第582話 稀有な人物
クエスト【交換素材目録を作ろう!】を進めるため、早速ライトはマイページを開きアイテムリュックから様々な素材を取り出す。
「えーと、これは『砥石』、こっちは『錬銑鉄』、『玉鋼』、『星印安来鋼』、『黒蝕真銀』に『大珠奇魂』……」
マイページのイベント欄【交換素材目録を作ろう!】を開きながら、交換条件を満たした強化素材の基材を出してテーブルの上に並べていく。
ここで強化素材について、改めて解説しよう。
BCOにおける強化素材とは、手持ちの武器や防具を鍛冶屋で強化するために必要なアイテムである。
強化素材を得るには、特定の基材を交換所に持ち込んで交換してもらう必要がある。
その交換用基材は、冒険フィールドでモンスターを倒すことで得る。いわゆる『ドロップアイテム』というやつである。
以前ライト達がオーガの里の結界作りのために集めた『大珠奇魂』を例に挙げてみよう。
交換所で『大珠奇魂』を一個得るための基材は、以下の通りである。
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狗狼の呪爪 1個
高原小鬼の牙 1個
毒茨の花粉 1個
蒼原蜂の前翅 1個
サファイア 2個
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このように、交換に要求される基材は一~六種類、そのうち一つは鉱物類と決まっている。
強化素材の中で最もランクの低い『砥石』は石2個で入手できる。
上に挙げた『大珠奇魂』は四種の魔物由来のドロップ品と宝石一種、計五種の基材が必要となる。
強化素材のランクが高くなるほど、基材の数が増えていく仕組みだ。
そして強化素材のランクは、二つの要素によって左右される。
まず一つ目は該当モンスターの生息地。
ユーザー達は冒険ストーリーを進めることで、行き来できる街を増やしていく。そして行動可能な街が増えるほど、出入りできる冒険フィールドも増えていく。
ここら辺はまさにRPGの王道といった流れだ。
冒険フィールドが進むにつれ、当然モンスターも手強くなっていく。モンスターが強ければ、ユーザー側もそれを倒すための力を身につけていかなくてはならない。
冒険を進めていかなければ入手できない基材は、必然的に基材としてのランクも上がるという訳だ。
そしてもう一つは、ドロップ品のランク。
BCOでは、モンスターがドロップするアイテムは毎回同じものとは限らない。モンスター一種につきドロップアイテムが三種以上存在する。
それはスライム族がドロップするアイテムを見れば分かりやすい。
スライムからのドロップアイテムは『ぬるぬる』『ねばねば』『べたべた』の三種類がある。
その中で『ぬるぬる』が最もドロップしやすく、『べたべた』は最もドロップしにくい。『ねばねば』はその中間。
このように、アイテムによってドロップ率が違うのだ。
しかしこのドロップ率に関しては、サイサクス世界ではあまり大きな影響を持たない。
ゲームの中ではドロップアイテムは完全ランダムで、モンスターを倒しても目当ての基材が出ないことも多々あった。
だが現実世界となった今では、魔物を倒せば必ず死骸が残る。
黒焦げとか粉々とか、よほど酷い倒し方でもしない限りは素材として確保できるのだ。
ライトが今こうして数々の基材を目の前に出せるのも、そのおかげである。
今までレオニスとともに各地を出掛けた際に、レオニスが倒した魔物のほとんどをライトが回収していった。
オーガのために集めた『大珠奇魂』用の狗狼や以外の素材は、その後レオニスからの要求もなくずっとそのままライトの持ち物としてもらっていたのだ。
本当に神様仏様レオニス様々である。
そうしてライトの手でテーブルの上に並べられた、数々の交換用基材。
ライトが新しい基材を出す度に、店主はそれらを一つ一つ手に取り左眼にかけた片眼鏡でじつと眺めて品定めをする。
無言のまま黙々と作業を進める二人。
ライトは今出せる分の交換用基材を全て出し切り、店主の返答を待つ。
テーブルに出された交換用基材を一通り鑑定し終えた店主が、ようやくその口を開いた。
「基材の品質は、全て問題ございません」
「では……」
「この場で全て交換いたしましょう」
「……ありがとうございます!」
店主から交換の快諾を得たライト。パァッ!と明るい顔になり、満面の笑みで店主に礼を言う。
そして店主はその場に座ったまま、空間魔法陣を開き強化素材を取り出した。
「おおお……店主さんも空間魔法陣を使えるんですね!」
「私はライトさんのようにマイページは使えませんからね」
「もちろんマイページもいいんですけど、ぼくとしては空間魔法陣も欲しいんですよねぇ」
「おや、どうしてですか? マイページでも十分事足りそうなものですが」
空間魔法陣を使える店主を羨むライトに、店主が不思議そうな顔で尋ねる。
「だって、マイページは人前で使えませんし……」
「ああ、それもそうですねぇ」
「それに、空間魔法陣なら家具とか食器も入れられるし、巨大な魔物の死骸の出し入れなんかも楽々できるでしょう?」
「確かにマイページでは、冒険以外の生活品はほとんど入れられませんねぇ……」
「空間魔法陣の代わりとして、こうしてアイテムリュックを持たせてもらえるだけでもありがたいことなんですけどね。でもこれだってまだ一般的に普及していない品だから、人前で堂々とは使えませんし……」
贅沢な悩みと分かりつつも、落胆のため息をついてしまうライト。
マイページから物を出し入れしたら、傍から見たら何もない空中からいきなり物が飛び出してきたように見えてしまう。
空間魔法陣でもないのに、そんなとんでもない芸当を人前で披露する訳にはいかない。
それに、マイページには冒険に関連するアイテム以外の品は収納できないのだ。これはマイページがBCOシステムの一端である以上、ライトにはどうすることもできない。
そしてこの世界独自の空間魔法陣を覚えるのは、ライトがもう少し成長してから、とレオニスに言われておあずけ状態が続いている。
その代替品としてアイテムリュックを持たせてもらってはいるが、これとてマイページ同様人前で堂々と使うことはできない。
何とももどかしい限りではあるが、中身はともかく見た目も肉体年齢もまだ子供であるライトはもうしばらく我慢するしかない状況である。
「はぁー、ぼくも早く空間魔法陣が使えるようになりたいなぁ……」
「身体が大きくなって立派な勇者となる頃には、きっと使えるようになりますよ」
「んもー……店主さんまでぼくを勇者扱いしないでくださいよぅ。ぼくはまだこんな小さな子供なんですからね?」
「ふふふ……どんなに小さくても、ライトさんは勇者候補生ですよ」
店主が空間魔法陣から取り出した強化素材を、マイページに収納しつつ不満そうに頬を膨らませるライト。口を尖らせながらブチブチと愚痴を零す。
この店主も、ミーアやヴァレリア同様どうしてもライトを勇者にしたいらしい。
このサイサクス世界が、BCO由来であることを知る者ならではの宿命みたいなものか。
ライトの当初の予定通り、十二種類の強化素材を得たライト。
全てマイページに収納した後、クエスト欄の【交換素材目録を作ろう!】を開く。
そこには空欄だった強化素材名のうち、十二箇所が今しがた収納した強化素材の名が記載されていた。
そして【おめでとうございます!規定数到達の報酬として一つ目の特典、交換所機能が解放されました!】という別ウィンドウがマイページの上に現れた。
「やったー!交換所機能が解放されました!」
「おめでとうございます。これで当店に直接お越しいただかずとも、お手元にて交換所機能を利用できるようになりましたね」
「ありがとうございます!」
思わず歓喜の声を上げるライトに、店主もにこやかに祝す。
だが、店主の表情には一抹の翳りが含まれていた。それは、ライトがもうこの店には来ないだろうという寂寥感から来るものか。
わざわざツェリザークに赴かずとも、手元でいつでもどこでも交換所機能を使えるようになったのだ。ならばもう強化素材の交換のためにここを訪れることもあるまい。
そんな店主の心情を知ってか知らずか、ライトはマイページを開いてトップページを眺めつつ、歓喜の声のまま店主に話しかけた。
「マイページのトップに【交換所】というボタンが出てきました!」
「それは良かった。間違いなく交換所機能を使える証ですね」
「はい!でも……これからも、たまにこのお店に来てもいいですか?」
「??? それはもちろん歓迎いたしますが……何故今後もわざわざ当店にお越しになるのですか?」
「それは……」
ライトの思わぬ言葉に、店主は戸惑いながらも問い返す。
たった今、目の前で交換所機能を解放したというのに、何故まだこの店に足を運ぶのか全く分からない。
心底不思議そうな顔つきの店主に、ライトはもじもじしながら答える。
「このサイサクス世界でBCOのことを話せる人って、本当に少ないんです。転職神殿のミーアさんに、謎の魔女ヴァレリアさん、そしてルティエンス商会の店主さん……ぼくがBCOのことで相談できるのは、今挙げた三人しかいないんです」
「……でしょうね」
ライトが打ち明けた話に、店主も静かに頷く。
実はこのルティエンス商会の店主にも、転職神殿のミーアと同じく交換所の主としてBCOのNPCであるという自覚がある。
そしてNPCでありながら、このサイサクス世界の住人としての自由意思も持っている。
故にライトがBCO関連の話題を誰にも話せない、ということを十分理解していた。
彼もまたBCOとサイサクス、二つの世界を知る稀有な人物であった。
「だから、店主さんともたくさんお話ししたいんです!交換所のことだけでなく、他にもいろんなお話が聞きたいです!……って、もしご迷惑でなければ、の話ですが……」
店主の理解を得られたことに嬉しくなったライトは、そのまま意気込んで店主に迫る。
だが、はたと思い留まるライト。NPCとはいえ、相手は曲がりなりにも商会を営む店主だ。
特にこのルティエンス商会は、ツェリザークでも指折りの老舗として知られており、他の一般客も普通に出入りできる店である。
ディーノ村の山奥にひっそりと存在する、秘匿された転職神殿を訪れるのとは訳が違う。
商売の邪魔をしちゃ悪いな、とライトは考えたのだ。
そんなライトの気遣いに、店主は優しい笑みを浮かべる。
「お気遣いありがとうございます。ですが、ご心配は要りません。いつでもお越しください」
「そ、そうですか? お店やお仕事の邪魔になっちゃいませんか? 定休日とか教えてもらえれば、それに合わせて……って、それだと店主さんのお休みがなくなっちゃうからダメですよね」
「ライトさんも当店に三回お越しくださって、既にご存知かとは思いますが……」
「……???」
ルティエンス商会の商売の邪魔をしてはいけない!店主さんの休日を奪うのもダメ!と、必死に考えるライト。
遠慮がちなライトを宥めるべく、店主がコホン、と一つ咳払いをしてから徐に口を開く。
「ライトさんは、当店の品揃えを見てどう思いますか?」
「え? そ、そりゃあもう、ねぇ? ものすごーく個性的で、珍しい物ばかり置いてありますよねぇ……?」
「そうでしょう、そうでしょう。当店が取り扱う商品は、ほぼヴァレリアさんが持ち込んで来る品々ですからね」
「そうなんですね!道理で『ハデスの大鎌』とか珍しい武器がある訳だ!」
店主の話にびっくりしつつ納得するライト。
先日ライトが店の中で見かけた『ハデスの大鎌』。あれは課金しなければ入手できないアイテムだった。
一体どこからあんなレアアイテムを手に入れたのだろう?とライトは不思議に思っていたが、ヴァレリアの持ち込み品と言われればストン、と腑に落ちる。
課金通貨CPが入ったCP箱だって持っているヴァレリアだ、課金武器を持っていても当然である。
「で、当店にはそういった珍しい品々ばかりが並んでおります」
「ですよねぇ、見ていて飽きないですもんね!」
「はい。そうした品々のおかげで、普通の人々は当店に近寄らないのですよ」
「…………」
「来てもせいぜい、冒険者の方々が武具の強化素材を求めにいらっしゃる程度でして。来客も日に一人あれば良い方なのです」
「…………」
店主がライトに「いつ来てもいい」と言う理由が、ようやくライトにも理解できた。
取り扱っている品々があまりにも個性的過ぎて、商売の邪魔になるかも、なんて心配など不要なほどに来客のない店だったのだ。
「えー、でも……『ハデスの大鎌』を見て欲しがる冒険者とかいないんですか?」
「極稀にいるにはいますが、何しろあれは課金アイテムですのでね……基本的にCPでの売買しか受け付けられないのですよ」
「あれ、CPでしか買えないんですか……」
「一応Gでの換算もできないことはないですが……『ハデスの大鎌』には100CPという値段がついていますので、Gで売るとなると10億Gを要求せねばならないのです」
「10億G……そりゃ無理ぽですね……」
サイサクス世界でのハデスの大鎌の値段を聞き、ドン引きするライト。
以前ライトが店主にハデスの大鎌の値段を聞いた時、店主は「申し訳ございません、その大鎌には値段がつけられないのです」「お客様が大鎌を買うのではなく、大鎌が持ち主を選ぶのです」と言っていた。
あの時の言葉は、こういうことだったのか……とライトは今理解した。
もともと課金武器だからか、CPでしか買えない上にGに換算しても10億Gなどというとんでもない値段設定だったのだ。
これでは埒内の者にはとても手が出せない。
というか、たった一振りの大鎌に10億Gも出す金があったら、絶対に他のことに使うだろう。
ハデスの大鎌を購入する資格があるのは、ライトのような埒外の知識を持つ者だけである―――ということを、店主は言葉をぼかしつつ伝えたかったのだ。
「ま、そういう訳ですので。当店の商売の心配など無用ということです」
「そうみたいですね……」
「ですから、ライトさんもいつでも気軽にお越しください。私で良ければいくらでも話し相手になりますし、BCO世界にまつわる相談に乗ったりもできると思いますので」
「……はい!これからもよろしくお願いします!」
店主の柔らかな笑みに、ライトは再び歓喜に満ちた顔で応えるのだった。
今話のタイトルにもなった『稀有な人物』、ルティエンス商会の店主。
転職神殿のミーア、謎の魔女ヴァレリアに続き、ライトが心置きなくBCOのことを語り合える三人目の人物です。
まだ彼の名前すらはっきりと出ていませんが、それはまた次回にて出す予定。
今後もライトのBCO関連での良き相談相手となってくれることでしょう。




