第574話 CPの価値
ゲーム内通貨Gと、課金通貨CPが交換できるようになる―――
ヴァレリアの口から飛び出してきた、あまりにも想定外な答えにライトは絶句する。
前世においてそれは、BCOのみならず大抵のソシャゲにおいてあり得ないことだ。
ゲーム内通貨で課金通貨が入手可能になるなら、リアルマネーを出してまで課金通貨を求める必要がなくなるからだ。
そんなことになれば、誰もゲームに課金しなくなることは必定であり、ゲームを運営する企業にとっても収益を減らす自殺行為でしかない。
「…………ぷはぁッ!」
「ライト君、大丈夫かい?」
「あ、あまり大丈夫じゃないですけど……大丈夫です……」
『ミーナが持ち帰ってきたエクスポーション、持ってきましょうか?』
「ぃ、ぃぇ、もう大丈夫ですので、お気遣いなく……」
あまりの衝撃に、それまで息をするのも忘れかけていたライト。
どうやら酸素が足りなくなって再起動したようだ。
そんなライトの様子に、ヴァレリアはラウル特製シュークリームをもっしゃもっしゃと頬張りながら声をかけ、ミーアは慌てた様子で心配そうにライトの身を案じている。
すぅー、はぁー……と何回か深呼吸を繰り返すライト。
しばらくしてようやく落ち着いてから、改めてヴァレリアに問いかけた。
「GとCPが交換できるようになるって、それ本当のことなんですか……?」
「もちろん本当のことさ。こんな重要なことで嘘をついて君を騙すほど、私は腐った人間ではないよ?」
「そ、それは……もちろんぼくだって、ヴァレリアさんがぼくを騙す嘘つきだなんて思っていませんが……」
ヴァレリアの返しに、ライトは言葉に詰まる。
「疑うつもりはなかったんですが……ごめんなさい、ヴァレリアさん。その話は、ぼくの前世の常識からはあまりにもかけ離れすぎていて……俄には信じられなかったんです」
「ま、そりゃそうだよねー!あっちでは絶ッッッ……対にあり得ないことだもんねー!ライト君がすぐには信じられないのも無理ないと思うよー!」
素直に謝るライトに対し、疑心暗鬼だったライトを責めることなくきゃらきゃらと笑い飛ばすヴァレリア。
どうやらヴァレリアの機嫌を損ねるまでには至らなかったようだ。
「これはね、CPがこの世界に存在するためにはどうしたって欠かせない措置、言ってみれば存在確定の紐付けみたいなもんさ」
「紐付け……?」
「向こうの世界では、Gは閉ざされた仮想空間でしか使えないアイテム、CPは現実世界の現金を仮想空間に送り込んだアイテム。この二つのアイテムの間には決して超えられない、次元差レベルの壁が存在していた」
「…………」
ヴァレリアが述べる理論に、ライトも無言で頷く。
実際に、ゲーム内で課金アイテムをゲーム内通貨で売り飛ばすことはできても、その逆は決してできなかった。
「だが、このサイサクス世界においてその理論は通用しない。何故ならば、ここではGとCP、どちらも実在する代物だからだ」
「Gは普通の流通貨幣として、CPは旧貨幣として。双方ともに、この世に厳然として存在する物資だ」
「GとCP、向こうではCPが上位でGは下位。地位も次元も全く違うアイテムとして、決して同じ土俵で語られることのないものだった。だがここではどちらとも、サイサクス世界という名の同じ土俵内にいるアイテムなんだよ」
「どちらともこの世に等しく存在する物資である以上、お金で換算できない物なんてありはしない。例えそれが、向こうの世界では神の如く無敵を誇る課金通貨であっても、決して例外ではない」
何やら小難しい持論を展開していくヴァレリア。
だが、ライトも何となくではあるが、ヴァレリアの言っていることが分かるような気がする。
よく、あまりにも希少性が高過ぎて値がつけられない、という例え方をされることがある。
だが、値がつけられないというのは、値をつける価値もない、というのと表裏一体である。だってそうだろう、値が不明のものなんて、そこら辺に転がっている値がつかない石ころと一体何がどう違うというのか。
真価が分かる極一部の者にしか通じない価値など、その価値を知らない他の大多数にとっては無価値も同然なのだ。
そうした大多数の万人にもよく分かるように、これは石ころとは絶対に違う!非常に価値あるものなのだ!という主張をしたければ、無理やりにでも値をつけるしかない。そうしなければ、価値の差を明確に示せないのだ。
そうして無理やりにCPに値をつけた結果が、1000万倍という法外なレートになったということなのだろう。
「そんな訳で。このサイサクス世界では、例えCPといえどもその価値をGで換算し、売買することができる。ただし、その金額は壮絶に高い」
「お、おいくらなんですか……」
「1CPにつき1000万G」
「ッ!!!!!」
やっと聞き出すことができた、CPの購入金額。そのあまりの法外なレートにライトが噴き出しかけた。
だがしかし、これは先程聞いたCPの売却額1000万~5000万Gと同等だ。そう考えるとある意味平等であり、むしろその最低額の1000万Gなだけまだマシと言えよう。
もしこれが最高額の方、1Gにつき3000万Gだの5000万Gだの言われたら―――それこそライトは今ここで即座に絶望するしかない。
「つ、つまり……先程のイベントをクリアすれば、それ以降1000万Gにつき1CPとして交換してもらえるようになる、ということですね……?」
「そゆこと。ぃゃー、ライト君は理解が早くて助かるね!」
ヴァレリアはそう言うと、再びラウル特製唐揚げを頬張り始める。
甘いものの後に食べるしょっぱいものは、さぞや美味いことだろう。
この唐揚げ、激ウマッ!と猛スピードで食べていくヴァレリアの真向かいで、ライトは無言で必死に考え込む。
ヴァレリアは1CPにつき1000万Gと簡単に言うが、実際に1000万Gを稼ぐのは並大抵のことではない。
先日の競売祭りでレオニスが出品し、高額落札された乙女の雫二種。その金額5000万Gですら5CPにしかならない。
乙女の雫の【詳細鑑定】に書かれていた売価でも1000万G、たったの1CPとは何ともやるせなくなる。
目覚めの湖の水底に住む、水の女王が横たわる褥。その底に眠る、歴代の水の女王が残していった数多の【水の乙女の雫】。あれを五百個掻き集めて、ようやくライトが求める『天空神殿討伐権』一回分になる計算だ。
Gに換算すると50億G、日本円だと500億円。気が遠くなるような途方もない金額である。
あんなにも美しい雫五百個が、討伐権たった一回分にしかならないとは……実に理不尽かつ不条理極まりないと思うライト。
正直なところ、ライトには『天空神殿討伐権』一回分にそこまでの価値があるとは到底思えない。
だが、このサイサクス世界のCP=旧貨幣の価値を数値化するとこうなるのだ、と言われればその道理に従うしかない。
どんなに不条理でぼったくり価格であろうとも、CPをGで購入できないよりははるかにマシなのだ。
頭の中で、必死に金策を考えるライト。目線を下に向け、手は口に当てて何やらブツブツと呟いている。
そんなライトに、ヴァレリアが不意に人差し指でライトの鼻を突ついた。
「これこれ、ライト君。CPのことはまた家に帰ってから、後程ゆっくりと検討したまえよ。今ここで数分考え込んだところで、すぐにどうこうできるような瑣末な問題じゃないしね」
「ッ!!……そ、そうですね……」
「さ、分かったら君も少し寛ぎたまえ。まずは美味しいスイーツを食べて、身も心もリラックス、リラックスぅー♪」
ヴァレリアに指摘され、それもそうだ、と思い直すライト。
巫女に天使に謎の魔女、こんな可憐な美女達に囲まれたお茶会でずっと他のことを考え続けるなど、野暮の極みというものである。
そして衝撃的な話を連続で知ったライト自身、かなり気疲れしていることにも気づいたライト。
ヴァレリアの勧める通りに、ライトは目の前に置いてあったラウル特製クッキーに手を伸ばしていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今日は朝の早めの時間に、ライトはこの転職神殿に来た。
そして気がつけば、太陽はほぼ真上に昇っている。もうとっくにお昼時間になっているようだ。
ライト達が座っている木陰から覗く青空を見上げつつ、ライトが呟く。
「ぼく、そろそろ一度家に帰らなくちゃ……」
『ああ、そうですね。もうお昼の時間ですね』
「ぃゃー、今日はたくさんの美味しいものをご馳走になっちゃった!私はもう今日のお昼ご飯は要らないわー」
『んにゃむにゃ……お昼ご飯、れすかぁ?』
ライト達の会話の中に『お昼ご飯』という言葉が出たせいか、ミーアの膝枕で昼寝していたミーナが目を擦りながらのそのそと起きた。
それまでずっとぐっすりスヤァ……と寝ていたのに、何とも良いタイミングで起きる力天使である。
「ライト君が帰るなら、私もぼちぼち帰るとしよう。今日のお勤めも無事終えたことだし」
「ヴァレリアさん、今日もいろんなことを教えていただきありがとうございました!」
『ヴァレリアさん、私からも御礼を言わせてください。いつも私達のことを気にかけてくださり、本当にありがとうございます』
『ヴァレリアさん、もう帰っちゃうんですか? またいつでも神殿に遊びに来てくださいね!』
ライトとともに帰宅を宣言したヴァレリアに、他の三人がそれぞれに礼を言ったり別れを惜しみ言葉をかける。
そんな三人に、ヴァレリアはいつになく柔らかい笑みを浮かべながら応える。
「皆ありがとうね。今日はとっても楽しかったよ」
そしてヴァレリアはライトの方に向き話しかける。
「ライト君、本日の質問『CPについて』。君が聞きたかったことはもう存分に聞いたかい? まだ他にも聞きたいことが残ってたりはしてないかい」
「ぁ、ぇ、ぇーと、うーん……た、多分、もう、大丈、夫?」
「おいおい、そんなんじゃ困るよー? もし聞き漏らしがあったとしても、次はオマケなんてしてあげないからね?」
「ンぬぅーーー…………」
今日のライトの質問、CPについてまだ聞きたいことが残っていないかを最終確認するヴァレリア。
もともと一つだけの質問のところを、ライトは『CPについて』という非常に大まかな反則スレスレの聞き方をしたのだ。もしまだ何か聞きたいことを後から思いついたとしても、この場を解散した後に再び聞くことはできない。
もしどうしてもまたCPで聞きたいことが出てきても、それは次にヴァレリアに会う時に質問する権利を行使しなければならないのだ。
ヴァレリアに注意喚起されたライトは、数秒間考え込む。
だが、CPの正体、使い道、入手方法、今日ライトが聞きたかった主な重要情報は一通り聞くことができた。
さらには、本来なら自力で解明しなければならなかった、イベント経由の隠し要素まで教えてもらったのだ。
これ以上望むのは、罰が当たるというものだ―――ライトはそういう結論に至った。
「……もう大丈夫です!もしまた聞きたいことが出てきても、その時はまたちゃんと質問する権利を使って改めて聞くことにします!」
「その意気や良し。さすがは勇者候補生、狡猾と清廉の清濁併せ持つことのできる者こそが真の勇者だよ」
ライトの潔い答えに、ヴァレリアが手放しで褒めちぎる。
ヴァレリアが言うところの『狡猾』とは、今回のずるい質問の仕方をしたこと。そして『清廉』は、また聞きたいことがあっても次回改めて質問権利を行使する、と言い切った潔さを指している。
勇者たる者、清はともかく濁なんて負の面を持ってていいものなのか?と疑問に思うことなかれ。清だけしか知らない者は、濁に対する知識を持たないが故に免疫が皆無でもあるのだ。
濁の理論、思考が分からなくては、濁に面した時に対処法が分からずに呑み込まれてしまう危険性を孕んでいることにも繋がる。
そう、『知は力なり』であり『無知は罪』なのである。
しかし、それはそれとしてライトも理解できるのだが。ヴァレリアもまたミーアのように、どうあってもライトを勇者にしたいらしい。
くっそー、俺は冒険者になりたいだけであって、勇者になんてならなくてもいいのに……つーか、むしろ勇者になんてなりたくないんですけど!
でもなー、BCOシステムを散々利用するだけしといて、勇者なんて嫌だからやりませーん!なんてのも、虫が良過ぎるってもんだよなぁ……ここら辺非常に塩梅が難しいよな、さてどうしたもんか……
そんなことを頭の中で考えているライトの顔は、百面相を繰り広げている。
しかめっ面に上目遣い、眉間に皺寄せ、困り顔。あまりにもくるくると変わるライトの表情に、それまでじーっと観察していたヴァレリアが堪らず噴き出した。
「プフッ……ライト君の考えていることが手に取るように分かるねぇwww」
「えッ!? ヴァレリアさんって、人の心まで読めちゃうんですか!?」
「んな訳ないやろがえ……君の思考がそのまま顔にダダ漏れしているだけだよ。ねぇ、ミーア?」
『はい。私にはライトさんの思考は読めませんが、それでも先程のライトさんは百面相しておられました』
「ウソーン、そそそそんなはずは……」
ヴァレリアのツッコミはともかく、ミーアにまでそんなことを言われたライトは焦りまくる。
二人の回答を聞いたライトは、慌てて自分のほっぺたや口、鼻、おでこ等々、己の顔のあちこちをペタペタと触りまくって必死に整えようとしている。
その仕草が何とも面白おかしく、ヴァレリアはまた堪らず噴き出した。
「プププ……今日のライト君、本当に面白いねwww 私も特別サービスでたくさん質問に答えた甲斐があったというものだよwww」
「ハハハハ……ヴァレリアさんにそこまで喜んでもらえたなら、ぼくとしても嬉しいです……」
『主様の百面相は、見ているだけでとっても面白いです!』
「ンまぁー、ミーナちゃんってば正直者だねぇ!キャハハハハ!」
「ぐぬぬぬぬ……」
ミーナの思わぬ追撃にヴァレリアは大爆笑し、ライトはぐぬぬと歯軋りする。
悪意なき純真無垢なミーナの笑顔にはライトも怒りようがなく、ミーアも静かに微笑むばかりだ。
ライトとミーナを見て、ヒーヒー言いながら腹を抱えて笑っていたヴァレリア。眦にうっすらと浮かぶ笑い涙を右手人差し指で拭った後に、呼吸を整えてから改めて口を開いた。
「皆、今日は楽しいひと時をありがとうね。ライト君もまた、日々頑張ってね。次に会える日を心より楽しみにしているよ」
「はい!一日も早くまたヴァレリアさんに会えるように、ぼくも頑張ります!」
「ふふふ、大変素直でよろしい。じゃ、皆、またねー!」
ヴァレリアからの励ましに、力強く応えるライト。
そんな健気なライトの頭を嬉しそうに一頻り撫でてから、ヴァレリアは風のように姿を消していった。
ライトとヴァレリアの質疑応答も、ようやく収束です。
今後重要な役割を果たすであろうCPの解説が、思った以上にかかってしまったのもありますが。ヴァレリアさんも、今回は五回に渡り登場することができてとっても満足したでしょう!……した、よね?( ̄ω ̄;≡; ̄ω ̄)
でもまぁね、ヴァレリアの出番が少ないのはある意味仕方のないことです。
彼女は拙作において、トリックスター的な役割を持っています。
ライトが四次職をマスターする度にヴァレリアが現れて、ライトの求めに応じてサイサクス世界の謎を明かしていく。
彼女が謎を明かす度に、物語は様々な方向に大きく動いていきます。
例えその出番が少なくても、ヴァレリアという魔女の存在は今後もライトと拙作に多大な影響を与えていくのです。




