第570話 第三の職業
レオニスがあれやこれやと動き回っていた頃。
ライトはとある重大な悩みに直面していた。
それは『ヴァレリアへの二回目の質問で、何を聞こう?』ということだった。
黄金週間中は、ほぼ毎日超多忙な日々を過ごしていたライト。だがそれでも一回だけ、黄金週間五日目の午前中に素材採取の魔物狩りをすることができた。
この時に、今ライトが職業システムで就いている求道者光系四次職【神霊術師】の習熟度が★10のMAXに到達したのだ。
ライトが職業システムにおける頂点の四次職をマスターする度に、ヴァレリアに質問する権利を一回獲得する。
ライトがヴァレリアに質問したのはまだ一回だけだが、今回目出度く二度目の質問をする権利を得た。
さてそうなると、次はどの質問をすればいいものやら迷いに迷いまくるライト。
ライトが知る職業システムとは全く違う、ジョブシステムとは一体何なのか。
職業システムの根幹である転職神殿は、何故あんなにも無惨に破壊され尽くしてしまったのか。
この世界における『勇者』とは、一体何なのか―――
他にもヴァレリアに聞きたいことは山ほどある。
だが、聞けるのは四次職をマスターする毎に一つだけ。
職業の四次職ともなると、マスターするまでにかなりの日数がかかる。故に質問内容も慎重に選ばなければならない。
「……よし、やっぱ次はあれを聞こう」
次の週末休みには転職神殿に行き、新たな第三の職業に転職しなければならない。
その時にヴァレリアに会ったら、何を質問するかを決めたライトだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうして迎えた、黄金週間以来初めての週末土日。
土曜日は転職神殿には行かず、他にやらねばならない諸々のことに対応していた。
午前中は北レンドルーで狩りまくった魔物の解体作業に徹し、午後はハリエットの父にサーカスショーの特別チケットをもらった御礼をしに、ウォーベック邸に出かけたりした。
もちろん約束の手土産『ラウルの新作スイーツ』持参である。
良質のチョコレートをふんだんに使った、それはそれは綺麗なザッハトルテのホールケーキ。
ツヤッツヤに輝くコーティングチョコレートに、その場で箱を開けて中身を確認したクラウスは完全にKOされていた。
クラウスの横で見ていたライトやハリエットでも「うわぁ、すっごい綺麗……」「こんな綺麗なケーキ、王宮の晩餐会に出されてもおかしくありませんわ……」とうっとり見入るほどだ。
ラウルの料理の腕、その進化は留まるところを知らないのである。
そうして迎えた日曜日。
ライトは満を持して、朝早くに転職神殿に移動した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ミーアさん、ミーナ、おはようございます!」
『ライトさん、おはようございます』
『主様、おはようございます!』
朝の清々しい空気がまだ残る時間に、転職神殿に現れたライト。
前に来たのは黄金週間入りの直前だったので、二週間ぶりの訪問になる。
『お久しぶりですね。元気に過ごしておられましたか?』
「おかげさまで、この通り元気です!あれから黄金週間に入り、ずっと忙しかったのでご無沙汰しててすみません」
『いいえ、ライトさんの実生活が最優先ですからね。どうぞお気になさらず』
『主様、今日は私の弟妹を孵化なさるのですか!?』
ライトとミーアが当たり障りのない穏やかな挨拶を交わす傍で、ミーナがワクテカ顔でライトに尋ねる。
ミーナがお使いで使い魔の卵を拾ってきて以来、その卵から生まれる使い魔は絶対に自分の弟妹!と信じてやまないミーナ。一日も早く弟妹に会いたいミーナ、その眩しいばかりの笑顔にライトが申し訳なさそうに答える。
「えーとね、それがね……ミーナには申し訳ないんだけど、孵化用の餌、卵に与えるグランドポーションの材料がまだ揃ってないんだ」
『まぁ、そうなんですか……』
「うん、ホントは黄金週間中に全部集めるつもりだったんだけど……予想以上に忙しくて、結局一回しか素材集めに行けなかったんだ」
今日は使い魔の卵の孵化ができないことを、ミーナに説明するライト。
黄金週間中に、グランドポーションの材料の一つ『荒原鷹の斬爪』のもとであるディソレトホークを大量に確保したライト。
だが、グランドポーションを作るには他にもまだいくつかの材料を補充しなければならなかった。
それが足りていない現状では、孵化作業に入れないのだ。
「ごめんね、ミーナ……ずっと楽しみに待っててくれたのに」
『あッ、いいえ!主様が謝ることではないです!楽しみが少し先に延びただけのことですから!』
「ありがとう、そう言ってもらえると気が楽になるよ。今日ここで転職したら、またすぐに材料集めに出かけるから。そしたら来週の土曜日か、遅くとも日曜日には絶対に孵化させるからね!」
『はい!楽しみにしてます!』
来週には絶対に孵化させる!と力強く宣言したライトの言葉に、ミーナは花咲くような笑顔で応える。
その後ライトはミーアの方に向き直り、改めて転職の意を伝える。
「ミーアさん、それでも何とかこないだの素材集めでようやく【神霊術師】をマスターしたんです!」
『まぁ、それは素晴らしい!おめでとうございます!』
「そういう訳で、早速転職したいんですが。お願いできますか?」
『もちろんですとも』
二人は祭壇の前に移動し、早速転職の儀式を始める。
『転職すると、レベルが1にリセットされます。所持金、装備品、アイテム、スキル、職業習熟度はそのまま持ち越されますので、ご安心ください』
『どの職業に転職なさいますか?』
「【僧侶】でお願いします!」
次にライトが選んだ職業は【僧侶】。RPGでお馴染みの、回復職だ。
覚えるスキルは回復系だけに留まらず、自身にかけるバフスキルや敵にかけるデバフスキルも覚える。その上光系や闇系の攻撃スキルまでもいくつか習得できるという、実にお得な万能職業である。
いつものように、大きな力のうねりを伴う職業変更の儀式を無事済ませたライト。
素早さが売りの【斥候】系、精霊の力を借りて魔法を操るという【求道者】系と経験してきて、今度は回復が得意な【僧侶】系となった。
それまでのような身軽さや、強い魔力が満ちるような感覚はない。だが、癒やしを司る回復系だけあって、何だか穏やかで温かみのある魔力が身の内に宿ったような気がする。
ここで回復スキルを一通り覚えれば、万が一怪我をした時にも対処できるようになるだろう。
レオニスもたまに使っている、回復中級魔法のキュアラ。これも僧侶系の職業、二次職の中でスキルとして習得することができる。
いつかレオニスのそれと同名スキルの効果比べをしてみたいところだが、レオニスには内緒で比較するというのも難しそうだ。
そして三次職ではHP全回復のフルキュアが、四次職ではHP全回復に麻痺や毒も治す究極の回復スキル【治癒術・極大】も覚えられる。
ここまで回復スキルを習得できれば、もはや即死系攻撃と寿命の老衰以外でライトが死ぬことはほぼなくなるだろう。
いや、それでもまだ油断はできない。
魔物が跳梁跋扈するこのサイサクス世界、四帝が植え付ける穢れや屍鬼将が操る屍鬼化の呪いなど、非常に危険な罠がいくつも存在する。
きっとライトが知らない、まだ見ぬ悪辣な落とし穴だって存在するに違いない。
そうした危険な罠を乗り越えて、元気で長生きできるスローライフを目指すぞ!とライトは決意も新たにするのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『さて、転職の儀は無事終えましたが……』
「ええ、これで二つ目の四次職マスターできました!これもミーアさんとヴァレリアさんのおかげです!」
「……呼んだかい?」
「ヒョエッ!」
【神霊術師】を無事完了させたことを喜ぶライト。
そのライトの背後から、いきなり人の声が聞こえてきたではないか。
あまりにも突然のことに、本気でびっくりしてその場で飛び上がるライト。
慌てて振り返ると、そこにはヴァレリアが立っていた。
『まぁ、噂をすれば何とやら、ですねぇ』
「そりゃあね? 世界中のどこであろうと、私の噂をされたら聞こえるし。どんな噂されてるかを確かめに、世界中のどこにいても一足飛びに駆けつけちゃうからね!」
「ぅぅぅ……ヴァレリアさん、脅かさないでくださいよぅ……ホンット、心臓に悪い……」
その場でへたり込み、半べそをかきながら胸の辺りを押さえつけるライト。あまりにも驚き過ぎて、心臓がずっとバクバクし続けていてなかなか治まらないようだ。
そんなライトを見たミーナが、慌ててライトのもとに駆け寄る。
『主様、大丈夫ですか!?』
「う、うん……大丈夫……」
『そこの貴女!主様に何て酷いことするんですか!』
「ン? ぃゃぁ、そんなつもりはなかったんだけど……びっくりさせ過ぎちゃった? ごめんね、ライト君」
プンスコ怒りながらヴァレリアに詰め寄るミーナ。
加えてへたり込んだライトの姿に、さしものヴァレリアも己の非を認めざるを得なかった。とはいえ、その謝罪の言葉は限りなく軽いものだったが。
「お詫びに回復スキルかけとくね、えいッ☆ 【治癒術・極大】」
ヴァレリアはそう言うと、【治癒術・極大】をライトにかけた。
ライトの身体をキラキラとした温かい光が包み込む。
半ばぐったりとしていたライトは、その光に包まれた直後すぐに心臓の動悸が治まり平常に戻った。
ライトがこのスキルをヴァレリアにかけてもらうのは二度目のことだが、相変わらず凄まじい効果である。
とはいえ、体調は良くなってもライトやミーナの気分までは収まらない。
ゆっくりと立ち上がったライトは、少しだけむくれたような顔をしつつヴァレリアに苦言を呈する。
「ヴァレリアさん、次からは普通の登場の仕方をしてくださいね?」
「ごめんごめーんゴ☆ 次からは気をつけるよ!」
『貴女!何ですか、その謝り方は!誠意が全く感じられませんよ!?』
「大丈夫だよ、ミーナ。ぼくの代わりに怒ってくれて、ありがとうね。ぼくはこうしてヴァレリアさんに治してもらって元気になったし、ミーナもそんなに怒らなくていいよ」
『主様……』
どこまでも軽いノリのヴァレリアに、真面目なミーナが本気で怒って食ってかかる。そんなミーナを、ライトは優しく宥める。
ライトを主と慕うミーナの気持ちはとても嬉しいが、これ以上ヴァレリアと対立するのは非常によろしくない。
こんな軽いノリのヴァレリアだが、その正体は『鮮緑と紅緋の渾沌魔女』という若干物騒な二つ名を持つ謎の魔女である。
BCOというゲームを誰よりも愛し、徹底的にやり込んだ自負を持つライト。そのライトでさえ、彼女の本当の実力や隠された真実の姿を全く知らない。
それらは冒険ストーリーでいずれ明かされていくはずだったのだが、前世でそれらが語られる前にライトはこのサイサクス世界に来てしまったのだ。
ライトがヴァレリアのことで知っているのは、その外見と名前、二つ名くらいしかない。
正真正銘謎に包まれたヴァレリアだが、二つ名を持つ程度には相当卓越した力を持っているはずだ。
彼女が【治癒術・極大】を軽々と他者に施せる時点で、それは憶測ではなく確信に変わる。
そして何よりも、ヴァレリアはライトが知らないサイサクス世界の秘密を知っている。
それらを教えてもらうには、ヴァレリアとは今後とも良好な関係を築いていかなくてはならない。
故に、ヴァレリアとミーナを今以上に険悪な関係にする訳にはいかなかった。
思案を巡らせるライトとミーナの横で、ミーアが突然ヴァレリアに向かって頭を下げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『我が妹の非礼は、姉たる私の非でもあります。どうかお許しください』
「ええッ!? 何でそこでミーアが頭下げるの!?」
『この子……ミーナはライトさんが私に与えてくださった、大事な妹です。妹の不始末は、姉たる私もともに責を負うのが当然です』
頭を深く下げたまま、微動だにしないミーア。
突然謝り始めたミーアに、ヴァレリアはただただ驚くばかりだ。
そしてミーアの謝る姿を見たミーナが、とても悲しそうな顔で呟く。
『ミーアお姉様……』
『ミーナ……いいですか、よく覚えておきなさい。私達はこの御方に逆らうことは許されません。どんなことがあろうとも、です』
『そんな……お姉様は何も悪くないのに、こんなことをさせてしまって……お姉様、ごめんなさい』
ミーナはミーアに謝った後、すぐにヴァレリアの方に向き直りミーア以上に深々と頭を下げた。
『ヴァレリアさん、ごめんなさい。罰を下すなら、どうぞ私だけにしてください』
「え?」
『ミーアお姉様は何もしておりません。不出来な私を庇っただけなのです』
「ええ??」
『ですので、罰するなら私だけでお願いします』
「えええ???」
巫女と天使が、ヴァレリアに向かってその頭を深々と下げたままずっと動かないでいる。
頭を下げられた当のヴァレリアは、目を見開いたまま二人の頭をキョロキョロと何度も繰り返し見るばかりだ。
そしてとうとう、鮮緑と紅緋の渾沌魔女の方から音を上げた。
「ちょ、え、待って待って、何この流れ!? これじゃ完全に私が悪者じゃーん!!」
思わぬ展開に、頭を抱えて天を仰ぐヴァレリア。
もともとライトを驚かせるために、ヴァレリアが突然その背後に立って声をかけたのが一連の出来事の原因である。
しかも謝罪の口調に真摯さが篭っていなかったことも、ミーナの怒りを増す原因となったのだ。
なのでこれは、ひとえにヴァレリアの自業自得である。
「分かった、分かったよ!ミーアにミーナちゃん? 君達の誠意は十二分に伝わった!だからもう頭を上げて、ね、ね!?」
『……私達に罰をお与えにならなくて、よろしいのですか?』
「いつ私がそんな物騒なことをしたよ!?」
『そりゃあ……あんなことですとか、こんなことですとか……』
「ミーアの中の私って、一体どんな人物像になってる訳!? 私は破壊神でもなけりゃ邪神や魔王でもないよ!?」
二人に頭を下げられっぱなしのヴァレリアが、心底大慌てでいろいろ弁明を重ねている。
ヴァレリアが過去にどんなことをしてきたのかは全く不明だが、ミーアの態度を見る限りものすごーくとんでもないお仕置きをするだけの力はあるようだ。
『では……妹ともどもお許しいただけますか?』
「もちろんだとも!というか、そもそもこのヴァレリアさんは慈愛に満ち満ちた、とーっても心優しい乙女だよ!? この程度のことで罰を与えるとか、そんなつもり全くないからね!?」
『……ありがとうございます。ヴァレリアさんのお慈悲に、姉妹ともども心より感謝いたします』
『……ありがとうございます!』
懸命に言い募るヴァレリアに、ミーアもようやく感謝の言葉とともに頭を上げた。
ミーアが頭を上げた気配を感じたミーナも頭を上げ、姉に倣い礼の言葉を述べる。
ようやく事態の収束に至り、ヴァレリアが安堵したようなため息をつく。
「ったく……このヴァレリアさんを悪役に仕立て上げるとか、ミーアも大概しどいよね!」
『そんなことはないですよ? むしろ今回のことは、ただただヴァレリアさんのせいかと……』
「うぐッ……そ、それは、まぁ、うん、否定しないよ……」
不満そうに口を尖らせながらも、ミーアのさり気ない追求にぐうの音も出ないヴァレリア。
先程はまるで主従のような態度を取っていたミーアが、柔らかな笑みを浮かべながらヴァレリアに語りかける。
『ふふふ……ヴァレリアさんのそういう素直なところ、私とても大好きですよ』
「そ、そう?」
『ええ、己の非を素直に認められるというのは、十分に長所です』
「そうだよね!私ってば時々ダメな時もあるけど、本当は長所もたくさんあるもんね!」
ミーアの優しい言葉に、ヴァレリアも機嫌が直ってきたのかテンションが上がっているようだ。
ヴァレリアはそのままライトやミーナの方に向き直り、今度はちゃんとした謝罪をした。
「ライト君、さっきは本当にごめんね!ちょっとだけびっくりさせようとしたんだけど、やり過ぎちゃったようで……もうこんなヘマはしないから、ライト君も私のこと許してくれるかい?」
「もちろんです!ヴァレリアさんだって、悪気があってやったことじゃないって分かりましたし」
「ありがとう!ミーナちゃんもごめんね。突然現れてびっくりさせたら、誰だって警戒するよね。ミーアが言うような罰をさなんて与えないから、ミーナちゃんも私のこと許してくれるる?」
「もちろんです!許すどころかむしろ私の方が先程の無礼をお許しいただきたいです!」
「ありがとう!」
ヴァレリアからの心のこもった謝罪を、ライトもミーナも快く受け入れた。
一時はどうなるかと思われた空気も、瞬時に穏やかなものに変わる。
ミーアの手のひらの上で、見事に転がされているヴァレリア。二人の会話を傍で見ていたライトは『鮮緑と紅緋の渾沌魔女ヴァレリアって、こんな人だったっけ……?』と内心密かに思う。
だが、ミーアとミーナ、ヴァレリアの三人が仲睦まじく会話している様子は、とても好ましいとも思うライト。
可憐な乙女達の微笑ましい交流を、ライトもまた楽しげに眺めていた。
久しぶりのヴァレリアさん登場です。
ライトが第二の職業【求道者】に転職したのが作中時間の二月上旬。話数では第411話のことなので、四次職マスターするまでに三ヶ月程度かかった勘定ですね。
リアルでは第411話が2月24日投稿なので、五ヶ月ちょいほど経過してますが。
そして、作中でもライトが内心で思っていますが。ヴァレリアさんの性格が、何か作者の当初の思惑とどんどん違う方向に向かってしまっていってるのは、一体何故でしょう…( ̄ω ̄)…




