第564話 ハリエットの訪問
今日は思わぬ大残業の発生により、投稿時間がいつもより大幅に遅れてしまいました。申し訳ございません。
ラグナ神殿と西の塔、二つのスタンプを集めたライト達。
ラグナロッツァの屋敷に帰る途中、夕焼け空のもとのんびりと歩きながら会話する。
「これでスタンプ九個、あと一つで全部揃うね!」
「どのスタンプも凝った図柄で、見てて飽きないよな」
「スタンプ集めのために、今まで行ったことがない場所に行くのも楽しくていいですよね!」
ライトにラウル、マキシも各々自分のスタンプカードを眺めながら和気あいあいと盛り上がっている。
それもそのはず、あと一つ集めればコンプリートとなるのだ。
黄金週間という長期休暇を皆心から楽しんでいる姿に、引率役のレオニスも内心で和みつつ喜んでいる。
するとここで、ライトがレオニスに向かって質問してきた。
「ねぇ、レオ兄ちゃん。そういえばこのスタンプカードの報酬って、いつどこでもらえるの?」
「黄金週間終了から一ヶ月間、各街の行政機関にスタンプカードを持ち込めば報酬をもらえる」
「ラグナロッツァの行政機関というと、ラグナ官府?」
「本来ならそうなるところなんだが、ラグナロッツァだけは事情が特殊でな。冒険者ギルド総本部が報酬交換所に指定されている」
レオニスの話によると、ラグナ官府はラグナ宮殿内にあるので大量の市民が押し寄せるのは防犯警備上よろしくないという。
ラグナ官府は中央の宮殿から最も遠い外周部にあるとはいえ、確かに防犯面を考えると他の街のように報酬交換所にする訳にはいかないだろう。不特定多数が交換所に押し寄せる中に、凶悪なテロリストが紛れ込んでいたら対処しきれないことは明らかだ。
その代わりに、冒険者ギルド総本部を代理機関として担わせれば、不逞の輩がいてもすぐに取り押さえるなど迅速に対応できる。
実に理に適ったシステムである。
「冒険者ギルド総本部で交換できるなら、その方が都合良いね」
「ああ、俺もラウルもよく行く場所だし、ライトやマキシだって気軽に立ち寄れるからな」
「よーし、そしたら明日皆で最後のスタンプをもらいに行こうね!」
「「「おー!」」」
五月病御祓いスタンプラリーのコンプリートを目指し、気合い十分のライト達だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次の日の朝。
ライト達は早々に四人で南の塔に向かい、最後のスタンプを無事ゲットした。
スタンプカードには、各スタンプの設置場所の建物や紋章を模したスタンプがずらりと並ぶ。
どれもとても緻密で格好良いデザインばかりだ。それらを眺めているだけでも、充足感に満ち足りるライト達である。
午前十時前にはラグナロッツァの屋敷に戻ったライト達。
今日は早めの昼食をラグナロッツァの屋敷で摂り、午後は各々好きなように過ごす予定だ。
居間でのんびりと寛ぐライトに、レオニスが声をかける。
「ライトは今から友達とサーカスショーを観に行くんだよな?」
「うん、午後の部の大型魔獣の曲芸を皆で観に行くんだ!」
「そうか、楽しんでこいよ」
「うん!ありがとう!」
レオニスは今日の小遣いとして、大銀貨一枚をそっと手渡す。
いつものライトなら遠慮するところだが、レオニスの『友達といっぱい楽しんでおいで』という心遣いが分かるので、今日は素直にその厚意をちゃんと受け取る。
するとそこに、ラウルが音もなくライトの横に現れた。
「ライト、お客様が来たぞ」
「え? ぼくにお客様??」
「ご近所のウォーベック邸のお嬢様だ」
「ハリエットさんが???」
ライトが不思議そうな顔をしながら、ハリエットが待つ玄関ホールに向かう。
今日の午後に皆とサーカスショーを観に行く時に会うのに、わざわざ午前中にぼくのところを訪ねてくるって、一体どうしたんだろう。何かあったのかな?
……もしかして、午後にどーーーしても外せない用事ができたから、サーカスショーを観に行けなくなってしまった、とかいう話かな……
ライトはそんなことを考えながら、玄関ホールまで歩いていく。
そして玄関ホールには、いつも以上におめかししたハリエットが立っていた。
「ライトさん、こんにちは、お久しぶりです!」
「ハリエットさん、こんにちは。ホントだね、黄金週間で学園がお休み中だから一週間ぶりくらいだね」
「こんな午前中に、事前のお約束もなく突然訪ねてきてしまってごめんなさい」
「いやいや、そんなこと気にしないで。ぼく達もともと家が近いご近所さんだし!」
「お気遣いありがとうございます」
同級生なのに、久しぶり!というハリエットの言葉にライトも微笑みながら応える。
ハリエットの様子は実に明るく溌剌としているが、兎にも角にもその用件が気になるライト。その真意を早々に尋ねる。
「ところでハリエットさん、今日はどうしたの? 午後のサーカスショーのこと?」
「ええ、実はそのことでお知らせがありまして……」
「もしかしてハリエットさん、用事ができて行けなくなっちゃった、とか……?」
ハリエットは、やはり午後のサーカスショーのことでライトのもとを訪ねてきたようだ。
思わず身構えながら、おずおずとハリエットに問うライト。
すると、ハリエットが慌ててそれを否定してきた。
「あっ、いいえ、違います!実は私のお父様が、今日のサーカスショーの午後の部の特別チケットを用意してくれまして」
「特別チケット?」
「はい、今回私達が観に行くサーカスショーには、一般席とは違う特別観覧席があるそうでして。私がお友達とサーカスショーに行くという話をしたところ、お父様がその特別観覧席用のチケットを手配してくださったのです」
「そうなの!?」
何とハリエットの用件とは、特別観覧席用のチケットが入手できたという朗報だった。
それはいわゆるVIP席というやつで、見晴らしの良い特別席でショーを観られるということだ。
しかもそれは指定席券だから、入場券を買う手間も省けるということでもある。
当日入場券を買うつもりだったライト、ハリエットからもたらされた朗報に驚きと喜びの表情を隠せない。
だが、喜ぶと同時に気にかかる点もあった。
「あ、でも今日は皆で行くから、何枚も入場券要るよ?」
「ご心配は要りませんわ。お父様は私達二年A組のお友達五人と私のお兄様、合計六枚のチケットを用事してくださいました」
「そうなの!?!?」
ハリエットの父の完璧な対応に、ライトはまたも驚きを隠せない。
せっかくの特別チケットでも、一枚二枚だけなら全く意味を成さない。ハリエットにライト、イヴリンにリリィにジョゼ、皆でいっしょに観に行くから楽しめるのだ。
それをちゃんと理解しているとは、やはりウォーベック伯爵は有能である。
「でも、特別チケットってものすごく入手が大変じゃない?」
「そこはお父様の人脈を活かして、人数分を確保してくださったようです」
「ハリエットさんのお父さんに感謝しなくちゃね!」
「あ、そしたら今度またラウルさんのスイーツをいただけますか? お父様は本当にラウルさんの作るスイーツが大好きなので……」
「すぐにラウルに頼んでおくね!」
ハリエットの父も、別に報酬欲しさにチケットを用意してくれた訳ではない。ただ娘に喜んでもらいたくて手配したのだろう。
だが、こんな貴重なチケットをタダでもらうのは忍びない。生粋の平民のイヴリンやリリィならともかく、ライトにはちゃんとした御礼を返すだけの力はある。
今度ラウルに頼んで、ハリエットさんのお父さんのためのスペシャルスイーツを作ってもらおう!と決意した。
「このチケットをお父様からもらったのは、昨日のことなんです。なので、ライトさんや皆さんが普通のチケットを買ってしまう前に、少しでも早くお知らせしないと、と思いまして……」
「そうなんだ!そしたらリリィちゃん達にも早く知らせに行こうか!ぼくも今すぐ出かける支度するから、ちょっとだけ待っててね!」
「はい!」
今日の突然の訪問理由を語るハリエット。
確かにこのチケットの存在を知る前に、リリィ達が一般用の入場券を買ってしまったらそれは無駄になってしまう。
そうならないために、早くライト達に知らせなければ!とハリエットは考えたようだ。
ライトもそれを瞬時に理解し、すぐに出かける支度をしに二階に駆けていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ハリエットとともに、ラグナロッツァの屋敷を出たライト。
イヴリン達のもとに行く前に、ハリエットの兄ウィルフレッドと合流する。
普段は馬車移動がデフォルトのウォーベック兄妹だが、黄金週間中は人出が多く混雑しているので徒歩移動である。
まずはリリィの実家である向日葵亭に向かうライト達。
一般客向けの営業は午前十一時開始なので、まだ開店前の向日葵亭。その扉をそっと押すと開いたので、ライトを先頭に中に入っていく。
すると、中で客席のテーブルを拭いていたリリィと目が合った。
「あッ、ライト君!ごめんね、まだ営業時間前なんだ!」
「リリィちゃん、こんにちは。お昼ご飯を食べに来たんじゃないんだ」
「リリィちゃん、こんにちは」
「あッ、ハリエットちゃんもいるの? 二人揃ってどうしたの?」
ライトの後ろからヒョイ、と顔を出したハリエットの存在に気づいたリリィ。テーブルを拭く手を止めて、不思議そうな顔でライト達のもとに来た。
「実はね、今日の午後に皆で行くサーカスショー。ハリエットさんのお父さんが、ぼく達のために特別チケットを取ってくれたんだって」
「特別チケット???」
「舞台がよく見える、とっても良い席に座れる特別な入場券だよ」
「舞台がよく見える席!?ナニそれすごい!」
ライトの解説に、リリィが興奮した顔で聞き返してきた。
その顔でリリィはガバッ!とハリエットの方を見る。
「ハリエットちゃん、私達にもその特別チケットをくれるの!?」
「ええ。お父様から「お友達と楽しんできなさい」と、六人分のチケットをいただいてあります」
「ありがとう!ハリエットちゃん、大好き!」
「キャッ!……私も、リリィちゃんのことが大好きですわ」
いつもイヴリンに抱きつくように、リリィがハリエットに抱きついた。それはリリィが本当に嬉しい時にだけする、全身全霊の感謝の意を表すハグである。
リリィの全身を使った喜びの表現に、ハリエットもまた驚きつつも嬉しそうにはにかむ。
「そしたら、イヴリンちゃんやジョゼにも知らせないとね!」
「ぼく達、イヴリンちゃんやジョゼ君のおうちを知らないんだけど……どうしよう?」
「そしたらパパとママに頼み込んで、今から十分だけ休憩時間にしてもらうわ!その間に、イヴリンちゃんに教えてくる!」
「そっか、ジョゼ君にはイヴリンちゃんから知らせてもらえばいいね」
「そゆこと!」
リリィはそう言うと、早速厨房の方に向かって駆け出していく。父親と母親に、十分だけ休みをもらいに交渉しにいったのだろう。
そうして一分ほど待っていると、厨房からリリィが戻ってきた。
その花咲くような笑顔は、労使交渉が無事成功したことを物語っている。
「休憩時間もらってきた!ごめんね、ライト君達はここで少しだけ待っててくれる?」
「もちろんいいよ。リリィちゃん、気をつけて行ってきてね」
「リリィちゃん、いってらっしゃいませ」
「ありがとう!」
リリィは花咲く笑顔のまま、向日葵亭を勢いよく飛び出していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時刻は午後の一時を少し過ぎた頃。
ライト達は向日葵亭でお昼ご飯をご馳走になってから、サーカスショーが開催される広場に着いた。
そのお昼ご飯は、リリィの母親である向日葵亭の女将からの奢りである。
リリィが向日葵亭を飛び出していった後、三十分以内にイヴリンとジョゼも向日葵亭に集まってきた。
イヴリンは向日葵亭に入るなり、ハリエットのもとに駆け寄り両手を握りながら礼を言う。
「ハリエットちゃん!リリィちゃんから話は聞いたわ!ありがとう!」
「僕達にもそんな貴重なチケットを用意してくれたなんて、とっても嬉しいよ」
ハリエットの温情に、イヴリンもジョゼも大喜びしている。
そして全員が集まったところで、女将の「うちのリリィのために、皆ありがとうね!お昼ご飯は全員ここで好きなものを注文して食べていって、私の奢りよ!」という言葉とともに、全員でご馳走になったのだ。
こうしてしっかりと腹拵えもして、準備万端で近くの広場に向かうライト達。
するとそこには、興行用テントからまだかなり離れた場所だというのに、既にサーカスショーの当日入場券を求める人々の大行列ができていた。
今日は一般人でも入場できる最終日だけに、皆何かしらのイベントを堪能したいのだ。
想定以上の大混雑ぶりに、ライト達は愕然とする。
「うわッ、行列凄ッ!」
「うはぁー……こりゃ一般席だったら端っこで立ち見か、もしくは後方通路で座り見かなぁ……」
「そうだね……こんなにすごい数の人が集まるなんて、思ってもいなかったわ……」
「ハリエットちゃんのおかげで、この列に並ばなくて済むのね……」
あまりの長蛇の列に怯みながら、テントに向かうライト達。
だが、ハリエットの父が入手してくれた特別チケットがあれば、長蛇の礼とは無縁だ。
ライト達は大行列の横をスススー……と通り過ぎ、巨大な興行用テントに辿り着く。
ウィルフレッドが代表者として、入場口で六人分の特別チケットを差し出して入場する。
あの大行列に並ぶ手間を省いてくれたハリエットとその父に、ライト達はただただ感謝するばかりだ。
サーカス側の案内人に、二階のVIP席まで通されたライト達。
そこには二十席ほどの観覧席があり、数人の貴族らしき人々が既に着席している。
六人分の特別チケットは連番だったので、六人揃って並んで該当席に座る。
「うわぁ、この席ふっかふかに柔らかーい……」
「ここから舞台がよく見えるね」
「もうすぐ始まる時間だね」
普段活発なイヴリン達も、さすがに特別観覧席の空気を読んでか小声でのひそひそ会話をしている。
普段座りつけないような高級な椅子に座り、全員そわそわしている。それはもうすぐ始まるサーカスショーに、弥が上にも高まる期待感のせいか。
そうしているうちに、舞台の緞帳が少しづつ上がり始めた。
ざわざわとした観客席が、瞬時に「わぁぁぁぁッ!」という歓声に染まる。
舞台には、都会っ子のイヴリン達が今まで見たこともないような大きな魔獣がいるのが見える。
その圧倒的な存在感に、ライト達の目は釘付けになる。
こうしてシリウス大サーカス団のプログラムB『大型魔獣が繰り広げる驚愕の曲芸』が開幕していった。
西の塔と東の塔のスタンプ集めはほぼすっ飛ばして、シリウス大サーカス団話に突入。
というか、この東西南北の塔もいつか再登場するとは思いますが。これ以上黄金週間を引き延ばすのもどうかと思うので、ここはサクッと割愛。
そしてハリエットのお嬢様パワー炸裂です。いや、お嬢様パワーというよりは家門の力のフル活用というべきですかね。
コネの使い方の王道というか、正統派な使い方というか。娘に甘い父親の、ささやかなサプライズプレゼントですね。




