第563話 黄金週間五日目
ミサキ達が無事八咫烏の里に帰郷した翌日。
この日は五月四日の金曜日、早いもので黄金週間も残すところ後三日である。
ここ最近ずっと出かけっぱなしで忙しかったので、ライトとしてもそろそろ一休みしたいところなのだが、そうはいかない。
何故なら、明日は級友達とサーカスショーを観に行く予定が入っているし、最終日にはレオニスとともに競売祭りに行くからだ。
とはいえ、他に黄金週間中にしなければならないことは、五月病御祓いスタンプラリーのスタンプをあと三つ集めることだけ。
四人全員揃って動けるのは、今日一日と明日の午前。
今日はお昼ご飯までは各自自由に過ごして休憩、午後からスタンプラリー二箇所を回り、最後のスタンプは明日の午前中に皆で回ろう!ということになっていた。
そんな訳で、今日のライトは明け方早々に行動開始している。
カタポレンの森での朝のルーティンワークを終え、ディーノ村の冒険者ギルドディーノ村出張所に移動したライト。
まだ朝の七時にもならないうちから、ピンとした姿勢で受付窓口に座るクレアがいた。
「クレアさん、おはようございます!」
「あら、ライト君じゃないですか。おはようございますぅ」
「黄金週間中だというのに、朝早くからのお仕事本当にお疲れさまです」
「いえいえ、これが私の務めですし」
和やかに朝の挨拶を交わすクレアとライト。
実にほのぼのとした光景である。
「そういうライト君は、こんな朝早くからどこかにお出かけですか?」
「休みのうちに、父さんと母さんの家の手入れを一回はしておこうと思いまして」
「まぁ、それは素晴らしいことですねぇ。親孝行な息子さんで、グランさんもレミさんもとてもお喜びになられていると思いますよ」
「ぃゃぁ、そんな……でも、クレアさんにそう言ってもらえるととても嬉しいです」
ライトをべた褒めするクレアに、ライトは照れ臭そうにはにかむ。
そしてはたと何かを思い出したように、ライトがクレアに話しかける。
「あ、そういえば。ぼく、黄金週間初日の鑑定祭りを観に行きました。クレアさん、審査員で出てましたよね!」
「まぁ、ライト君もあの場にいたんですか?」
「はい、観客として見てました!クレアさんの鑑定する姿、とっても格好良かったです!」
「あらヤダ、お恥ずかしい。あれは当日の朝に、本当に急に言われまして……」
黄金週間初日の鑑定祭りのことを、興奮気味に話すライト。
まさかあんなところでラベンダー色の頂点たるクレアを見ることになるとは、本当に思いもよらなんだのだ。
あんな大勢の観客が見ている舞台で、いつもと変わらず冷静沈着に振る舞うクレアはやはり偉大な大物だなぁ、とライトは心底感嘆していた。
「クレアさん、全然緊張してなくていつも通りでしたよね!本当にすごいなぁ」
「いえいえ、いくら私でもさすがにあの時は緊張しまくってましたよ?」
「え、そうなんですか?」
「ええ。お昼は差し入れのお弁当三個しか喉を通りませんでたし、声も終始半音上擦ってしまいましたし」
「…………」
弁当三個って、喉を通らないレベルに収まる範疇なの? 声も半音上擦ってたとか、全然分かんなかったよ? とライトは内心思う。
だがそこは思っても口にはしないライト。見た目は子供、中身は大人である。
「じゃ、ぼくはそろそろ行きますね。午後からはレオ兄ちゃん達といっしょに、御祓いスタンプラリーのスタンプ集めに出かけるんです」
「まぁ、そうなんですか。黄金週間を楽しんでいるようで何よりですぅ」
「ありがとうございます!また来ますね!」
「お気をつけていってらっしゃーい」
ライトは笑顔のクレアに見送られながら、冒険者ギルドディーノ村出張所を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後ライトは父母の家に移動し、窓を開けて空気の入れ替えをしたり家の周りの草むしりを手早くこなす。
その滞在時間、約五分。家の手入れはきちんとしているが、これで親孝行息子と言われると過大評価な気がしないでもないライト。何故なら、今日の主目的は別のところにあるからだ。
家の鍵をかけて、次の目的地に向かう。
今からライトが向かうのは、北レンドルー地方。そこにいるディソレトホークを狩る―――つまりはレシピ生成の材料『荒原鷹の斬爪』確保のために、今日は朝早くから行動しているのだ。
「くっそー、黄金週間入ってから忙し過ぎ!素材集めなんて全ッ然できてない!でも全部楽しかったからいいけど」
「それでもせめて、少しくらいはグランドポーションの材料を確保しとかなくちゃね!」
「ミーナも神殿でずっと待ってるだろうし……早いとこグランドポーション五十本分を作り上げるぞー!」
北レンドルーに向かって驀進しながら、気炎を上げるライトだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
小一時間ほど思う存分魔物狩りをしたライト。
目当てであるディソレトホークを主に狩り、他にも襲ってくる魔物もまとめて狩って狩って狩りまくったおかげで、ライトの職業習熟度もMAXに到達した。
途中HP回復のためのハイポーションや、同じくSP回復のためのエネルギードリンクをちまちまと飲み続けたおかげで、ライトのお腹も若干水腹気味である。
だが、運動中の水分補給と思えばこの程度は余裕である。
それに、どんなに疲れていても各種回復剤を飲めば一発で万事解決だ。
ファンタジー世界ってすげーよね、ゲーム世界万歳!と心底思うライトである。
「さて、そろそろ戻ろうっと」
死屍累々の魔物達を、全てアイテムリュックに収納しきったライト。
再び冒険者ギルドディーノ村出張所に戻り、転移門でカタポレンの森の家の自室に移動する。
一風呂浴びて汗を流し、さっぱりしてから普段着に着替えてラグナロッツァの屋敷に移動していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「今日行くのは、ラグナ神殿と西の塔だっけ?」
「そうそう。道順的にそれが一番効率良く回れるからな」
昼食を食べながら、午後の予定を確認し合うライト達。
まずラグナ神殿に立ち寄り、そこから西の塔に向かうのがルート的には良いらしい。
だが、ライトにとってラグナ神殿は良い思い出はない。それどころか丸三日も寝込む羽目になった、悪夢のような出来事しかない。
「ラグナ神殿……ぼく、入っても大丈夫かな?」
「確かに中に入らなきゃならんが、スタンプ設置場所は薬草園の手前だ。本殿に入りさえしなきゃ大丈夫だとは思うが」
「うん……」
「不安なら、無理してスタンプラリー回りしなくてもいいぞ?」
「そうだな、何も絶対に集めなきゃならんもんでもないしな」
「そうですね。ライト君の体調や気持ちの方が最優先ですもんね」
不安そうなライトの様子を見たレオニス達が、心配そうにライトの顔を覗き込む。
だが、ライトは懸命に明るい声で気丈に振る舞う。
ライトだけでなく、ラウルやマキシだって景品のエネルギードリンクが欲しいと言っていたのだ。ここで自分が怖気づいて、皆を失望させる訳にはいかない。
「……ううん、薬草園のところまでなら大丈夫!ぼくだって行けるよ!」
「そうか? ならいいが……」
「もし万が一、少しでも体調がおかしいと思ったらすぐに言えよ?」
「スタンプ集めなんかより、ライト君の身体の方がずっとずっと大事ですからね!」
「皆ありがとう、心配かけてごめんね」
まだ神殿に入ってもいないうちから、ビクビク怯えても仕方がない、とライトは気を取り直す。
それにあの時も、水晶の壇のある本殿に入る前までへライトも大丈夫だったのだ。レオニスの言う通り、今回もきっと大丈夫だろう。
とりあえず入ってみて、ちょっとでも異変を感じたらすぐに引き返せばいい。ライトはそう思うことにした。
当初の予定通り、ひとまずラグナ神殿に向かうことに決定したライト達。
昼食の後片付けをしてから、四人で屋敷を出立した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そしてラグナ神殿に到着したライト達一行。
他の場所ほどではないが、それでもやはりスタンプラリーのために集まった人々の行列ができている。
列に並び、再びラグナ神殿の門を潜るライト。内心ではかなり緊張していたが、今のところ異変らしきものは全く感じない。
そうして進んでいった先には薬草園があり、その手前に簡易テントが建てられているのが見える。
テントの中では、レオニスにとって驚きの光景が広がっていた。何と魔の者達が、スタンプ押印係を務めているではないか!
スタンプを押すテーブルの後ろには、ホロ総主教の付き添いの他に衛兵が数人待機している。どうやら魔の者達を監視しているようだ。
簡易テントの中には、丘ゴブリン庭師Aリグ、水蜈蚣門番Eトルド、包帯魔女売店店員Iミライが椅子に座っており、それぞれニッコニコの花咲くような笑顔でスタンプを押す仕事をしている。
レオニスはスタンプカードを差し出しながら、魔の者達に話しかけた。
「よう、元気に働いているようだな」
「あッ、冒険者の兄ちゃんじゃねーか!久しぶりだな!」
「お前らも元気そうで何よりだ」
「兄ちゃんもな!黄金週間が明けたら、また仕事頑張れよー!」
「おう、ありがとよ」
「何なら今度、神殿の売店に立ち寄ってねぇー。私達が掘った木彫りの置物売ってるから!」
「そのうちな」
後ろには長い行列ができているので、ここで長い立ち話をするのも憚られる。
四人分のカードにスタンプを押印してもらった後、テントの後方に回り込みホロのもとに向かうレオニス。
ホロもレオニス達の存在に気づき、笑顔でレオニス達を迎える。
「これはこれは、レオニス卿。皆さんとスタンプ集め、お疲れさまです」
「よう、総主教。総主教自らがスタンプラリーの仕事に携わるとは、かなり意外だな」
「ええ。私自身こうしてスタンプラリーに関わるのは、かなり久しぶりのことです」
ホロがさり気なく視線を魔の者達の方に移す。
その仕草だけで、レオニスは総主教がここにいる理由を察した。
魔の者達は現在も軟禁中であり、本来なら研修施設から外に出すべきではない。彼らは魔族の手先としてラグナ教に潜入していた、重要参考人なのだ。
だが、彼らの身分は未だラグナ教職員である。スタンプ設置場所はラグナ神殿内だし、そもそも下っ端の者達に謀叛を起こすほどの力もなければそんな意志の欠片もない。
ならば、この黄金週間の期間中だけでも厳重な監視のもと、建物の外で仕事をさせてやろう、という判断が下されたのだろう。
魔の者達は魔族の手先ではあったが、彼らもまた幼い頃に魔族に拐われて使役されていた被害者なのだ。
「あいつらの身柄も、何とかしてやれりゃいいんだがな」
「ええ……私も大教皇様も、レオニス卿と同じ思いです。特に大教皇様は、ご自身の在位中に何とか彼らを救おうと決意し、日々奔走しておられます」
魔の者達の存在は、あまり大っぴらに話せる内容ではないので自然と二人の話し声も小さくなる。
あの事件により、大教皇エンディやホロ総主教は引責辞任することが決まっており、彼らが在位できる期間は限られている。
その限られた時間の中で、何とか魔の者達の処遇を少しでも良いものに変えてやりたい―――その思いで奔走する聖職者達の崇高な姿勢に、レオニスはただただ感銘を受けるばかりだ。
「そうか……あんた達も大変だろうが頑張ってくれ」
「お心遣い、痛み入ります」
「俺で力になれることがあれば、いつでも言ってくれ」
「ありがとうございます。大陸一の英雄からそう言っていただけるだけでも、万の軍勢を得た思いです」
「じゃ、またな」
「はい。レオニス卿のますますのご活躍を祈念しております」
レオニスはホロと軽く挨拶を交わし、ライト達とともにラグナ神殿を出て次の目的地に向かっていった。
はぁぁぁぁ、黄金週間も気がつけば五日目。ようやくというか、そろそろ終盤に差し掛かってきました。
……とか言いつつ。作中でも言及した通り、サーカスショーに鑑定祭り、スタンプラリーのスタンプ集め等々、まだまだイベントが幾つか控えてるんですよねぇ…(=ω=)…
あと十話くらいで完了するかしら?( ̄ω ̄;≡; ̄ω ̄)
というか、作者だったらリアルでこんなに休日が忙しかったら泣きます。本気と書いてマヂモンの大泣きします(;ω;)
でも、ライトは全部楽しんでるからいいよね!ラグーン学園が再開すれば、平日はまた平和な日々になるから大丈夫よ!
何なら授業中に寝て英気を養えばOK、OK!(º∀º) ←ダメ人間




