第556話 海の女王といたずらっ子
人魚達に連れられて、ラギロア島沖の海底を泳ぐこと約数分。
海底神殿らしき建造物が見えてきた。
周囲は人魚達に出会った時よりも明るい。先程よりも水深が浅い場所になり、地上の光の届く量が増えたようだ。
海底神殿に来る途中に、他の神殿同様に結界の膜のようなものを感じ取ったライト達。
だが周囲には人魚達がいるので、二人とも敢えて口には出さない。
人魚達は、そのまま海底神殿の中までライト達を連れていった。
海底神殿の外観は、これまでと同じくギリシャ神殿風の建物だ。中の造りも、これまでに見た湖底神殿や暗黒神殿と全く同じに見える。
まぁね、モンスターや女王様達だって色違いコピペだもんね、建物だってコピペで使い回すよねー、とライトは内心で思う。
いや、コピペは決して悪いことではない。労力を抑える立派なコストカット方法である。
それに、コピペとはいえちゃんとした豪華な建物であり、神殿と呼ぶに相応しい風格を備えている。
かくいうライトだって、コピペと知りつつ各地の神殿を見る度に感嘆し、属性の女王に会う度に歓喜しているのだ。
創造神もチョロいが、結局はそこに集うユーザー=ライトもまたチョロいのである。
だが、神殿の内部はこれまでと違い、何やら家具や調度品のようなものがたくさんある。
珊瑚でできたテーブルやソファがあり、最奥の祭壇前には何と大きなベッド?まであるではないか。
そしてそのベッドには、何者かが寝そべっている。
その人物こそ、海底神殿に住まう海の女王だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『女王ちゃーん!連れてきたわよー!』
『何かねぇー、可愛らしいニンゲンのオスの子とイケメンなオスの二人いたわ!』
人魚達が明るい声で祭壇に寄っていく。
人魚は別に海の女王の臣下とかではなく、普通の友達のようだ。
海の女王が人魚達に向かって礼を言う。
『貴女達、ありがとう』
『どういたしまして!』
『ていうか、私達と女王ちゃんの仲じゃなーい!』
『そうよそうよ、このくらいのことで御礼なんて言わなくてもいいのよ!』
『でも私達、そんな律儀な女王ちゃんだから大好きなんだけどねー』
『『『ねー♪』』』
ベッドで寛いでいた海の女王に、わらわらとまとわりつくように群がる人魚達。
本当に海の女王のことが大好きなようだ。
『このニンゲン達、女王ちゃんに会いに来たんですってー』
『害意はなさそうだし、二人とも水の勲章を持ってたからここに連れてきたけど。大丈夫よね?』
『私達もずっとここで見張ってましょうか?』
人魚達が心配そうに海の女王の顔を覗き込む。
ライトの必殺技『上目遣い嘆願』にKOされた彼女達だが、それでもやはり部外者と海の女王だけで引き合わせるのは不安なようだ。
『大丈夫よ。私の姉妹の勲章を持つ者ならば、それを持てるだけの理由があるということでしょうから』
『……分かったわ。私達、神殿の近くにいるようにするから』
『何かあったら、すぐに呼んでね? いつでも駆けつけるわ』
『ありがとう。貴女達にそう言ってもらえるだけで、とても心強いわ』
人魚達は一人づつ海の女王にハグをしながら、神殿の外に向かって泳いでいく。
その途中でライト達とすれ違いざまに、一言づつ声をかけていく。
ライトには『ライト君、またねー♪』『地上に帰る前に、もう一回お姉さん達とお話しましょうねー♪』という非常に好意的なもので、投げキッスやハグまでしてくる。
一方レオニスには『海の女王ちゃんに不埒なことしたら、絶対に許さないんだからね!』『もしこの神殿内で悪さなんてした日には、この海から生きて帰さないわよ?』という非常に手厳しいものだ。
この対応の落差の激しいことよ。何とか足して二で割れないものか。
そうして人魚達が去った後、しばしの静寂が流れる。
明るくも騒がしい人魚達がいなくなっただけで、こうも違うものなのか、と思うほどの静けさである。
そんな中、真っ先に動いたのはライトだった。
手のひらに乗せた水の勲章を、海の女王にも見えるように前に差し出しながら話しかける。
「海の女王様、はじめまして。ぼくはライトと言います。今日は海の女王様に会いたくて、ここに来ました!」
「お初にお目にかかる。俺はレオニス、ライトと同じく海の女王に会いに罷り越した」
「海の女王様のお元気な姿を見れて、ぼく達とっても嬉しいです!」
心底嬉しそうなライト達の言葉を受けて、海の女王はベッドから降りてライト達の前に来た。
ふわりと裾が広がる濃紺色の髪に、深海を思わせる深い藍色の瞳。流れるようなボディラインは、人魚達のそれにも負けない均整の取れた滑らかな美しさだ。透明感溢れる群青色の肌と相まって、半端ない色香を醸し出している。
この見目麗しさは、間違いなく海の女王である。
『私は海の女王。貴方達は私の姉妹の信を得た人間のようだけど、何用でここにいらしたの?』
「それを話すと少し長くなるがいいか?」
『なら、そちらの椅子に座って話を聞きましょうか』
海の女王は珊瑚でできたテーブルや椅子の方を指し、そちらに移動する。
ライトとレオニスも海の女王の後に続き、海の女王の対面側のソファに座る。
椅子にぽすん、と座りながら、ライトが心底感嘆したように呟く。
「海の中にこんな立派な家具があるなんて、ぼくびっくりしました」
「そうだな。こんな椅子やテーブルを使うのなんて、陸上の人型種族だけだと思ってたから俺もびっくりしたわ」
『これは時折流れてくる沈没船にある、便利そうな道具を模して作らせたものよ。もっとも、もとになった道具は海中ではすぐに朽ちてしまうものが多いから、全て海にある素材で新しく作らせたものだけどね』
「「……沈没船……」」
これまで見てきた精霊達の神殿には一切なかった、人族が使うような家具類。それがこの海底神殿に存在するのが、ライト達には不思議でならなかった。
その理由は沈没船であるという海の女王の話を聞き、二人とも得心する。
このサイサクス世界にも豪華客船が存在し、何年かに一度は海難事故が起こる。
海難事故で沈没した船には、人間が快適に暮らすための様々な道具が持ち込まれている。
海の女王は、そうした沈没船から人族が持つ知恵や知識を得ているのだ。
『誤解しないように言っておくけど、私がわざと船を沈没させている訳ではないわよ?』
「もちろんそれは理解している。海の精霊の頂点たるあんたにはそれだけの力があるだろうが、わざわざそんな愚を犯す理由などないしな」
「そうですよ!沈没船なんて、海にとっては大きなゴミにしかならないでしょうし」
『分かってくれてるならいいわ』
海の女王の釈明に、ライト達も頷きながら肯定する。
互いに理解を深めたところで、ライト達が海底神殿にいる海の女王に会いに来た理由を話していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『なるほど……地上ではそのような悪しき行いが罷り通っているのね』
「これまでに、水の女王、火の女王、闇の女王の無事は確認できている。目覚めの湖同様、奴等も水の中までは手出ししにくいだろうとは思うが、実際のところはどうだ? これまでに何か異変や襲撃を受けたことはないか?」
『貴方達の言うような、悪しき組織は海の中にはいないわ。だからといって、必ずしも完璧な平和が保たれているという訳でもないけど』
ライトやレオニスの推察通り、やはり海や湖などの広大な水場は廃都の魔城の四帝の影響下にはないようだ。
そのことを聞き、ライトもレオニスも心から安堵する。
「必ずしも平和ではないということは、海の中でもやはり事件は起きるんですか?」
『そんな頻繁ではないけど、極稀にね。大きな魚達の縄張り争いは常にあるし、他にもうちのデッちゃんが……』
「「デッちゃん???」」
海の女王は目を閉じ頬に手を当て、困ったような顔でため息をつく。
そんな麗しい憂い顔から『デッちゃん』という、何とも不釣り合いな謎の言葉が突如飛び出してきた。
ライトとレオニスの顔には『???』という文字が山ほど浮かんでいる。
『そう、海底神殿生まれのディープシーサーペントのデッちゃん。あの子、人里にちょっかい出すのが好きないたずらっ子で……』
「「……(デッちゃんって、アレのことか)……」」
海の女王が言う謎の言葉『デッちゃん』とは、港湾都市エンデアンの悩みの種であるディープシーサーペントのことである。
先程まで『???』で埋め尽くされていたライト達の頭の中に、今度はエンデアンの特殊案件として冒険者ギルドに常時貼られている依頼書の蛇龍の絵姿がみっちりと犇めていた。
「えーと、その……デッちゃん? 海底神殿生まれということは、祭壇に卵があって孵化したのがあのディープシーサーペントなんですか?」
『ええ、そうよ。ディープシーサーペントは世界にたった一体の、海底神殿生まれの由緒正しい蛇龍神なのよ』
「そ、そうだったんか……」
『あの子も孵化してからもう数百年は経つというのに、未だにやんちゃな子で……ニンゲンは凶暴で怖い生き物だから、人里には近づかないようにって何度も言ってるんだけど。ちっとも私の言うこと聞いてくれないのよねぇ……』
海の女王が言うには、エンデアンに出没するディープシーサーペントは蛇龍神だという。
あれが神だとは露ほども思っていなかったレオニスは、戸惑いが隠せないでいる。
だが、神殿にある巨大な卵から孵化したものがレイドボスであることを知っているライトは、内心で納得していた。
そう、ディープシーサーペントもまたBCOでは最初期型のレイドボスなのだ。
「ディープシーサーペントは、ここに帰ってきたりするのか?」
『いいえ、あの子はもう立派な蛇龍神だし、ここには滅多に帰ってこないわ。人里の街によく顔を出したり、世界中の海という海を泳ぎ回っているわ』
「あー、できればあまり人里には来ないでいただきたいんだが……」
『それができたら、私も苦労してないのよねぇ……ハァ』
レオニスの嘆願に、海の女王はさっきよりも深いため息とともに憂鬱な面持ちになる。
確かに海の女王の言う通りで、ディープシーサーペントが彼女の言葉を聞き入れてくれるようなら、最初から誰も苦労はしていない。
海の女王もデッちゃんのことを心配せずに済むし、エンデアンの街もディープシーサーペントの襲来に怯えなくてもよくなる。
現状そうなっていないということは、ディープシーサーペントの制御は誰にもできない、ということを示していた。
『数年前に一度、デッちゃんが人里で尻尾を切り落とされたことがあってね? それはもう大泣きしながら神殿に帰ってきたの。大怪我して泣きじゃくるデッちゃんが、あまりにも可哀想で……その時は、大津波を起こして人里を沈めてやろうかと思ったんだけど』
「「…………」」
どこかで聞いたような話に、ライトとレオニスはピシッ、と固まる。
『その場を見てた人魚達から、デッちゃんが先に港から陸地に上がって結構奥の方まで入り込んで暴れてたって聞いたから、さすがに大津波はやめといたわ。それは先に陸地に乗り込んだデッちゃんが悪いんだもの。それに、あれ以来デッちゃんも少しだけおとなしくなった気もするし』
「「…………」」
かつてディープシーサーペントが尻尾を切り落とされた、という大事件?を海の女王が切々と語る。
その話を聞いていたライトとレオニスは、ただただ無言を貫く。今の人族の世で、ディープシーサーペントの尻尾を切り落とせることができるのは、間違いなくレオニスしかいない。
しかも数年前という時期、そして何よりレオニス自身に思いっきりその事件に心当たりがある。
とはいえ、間違っても今この場で『あ、それ俺がやったやつだわ』と言い出せる空気ではない。
というか、その事件でよもやエンデアンが大津波に沈む一歩手前だったとは知らなんだ。
海の女王から聞かされた衝撃の真実、驚愕の裏話に二人の背筋が凍る。
『それでも懲りずに人里に行くのを止めてくれないの。本当に困った子だわ……このままじゃ、いつか人族に殺されちゃうかもしれない……』
「「…………」」
『だからね、人族にお願いがあるの。デッちゃんが人里に押し掛けても、大怪我しない程度に追っ払ってほしいの。というか、間違っても殺さないでね? あの子は世界で唯一の蛇龍神なんだから』
やんちゃ坊主の蛇龍神を心配する海の女王が、レオニスにディープシーサーペントを殺さないように頼み込む。
衝撃の事実を知ったライト達はずっと固まっていたが、何とか気を取り直したレオニスが口を開く。
「さすがにあれを殺すには至らんと思うが……それでも人族にだって、自分達の暮らしを守る権利はあるぞ? さっきの尻尾切り落としの話だって、人族にしてみたら正当防衛だし」
『それは、そうだけど……』
「あまりに酷い暴れ方されたら、如何に蛇龍神相手とはいえ黙って見過ごす訳にはいかんと思うぞ? 座してただ受け入れていたら、人族の方が滅ぼされちまう」
人族にも守るべき暮らしがあり、ディープシーサーペントに襲われたら正当防衛として戦う必要性があるということを主張するレオニス。
レオニスの言葉は、紛うことなき正論である。あんなデカい蛇龍神が人里で好き放題暴れるのを黙って見ていたら、人族の作り上げた街などあっという間に壊滅してしまう。
そんなことをさせないためには、人族だって反撃するのも当たり前だ。
海の女王もそれが分かるからこそ、あまり強くは出られなかった。
『それなら、デッちゃんが逃げたら追わないであげてくれる? あの子、好奇心の塊の割には臆病なところもあるし、痛いこと嫌いだから。人里近くに現れても、ちょっと突つくだけで逃げると思うの』
「ああ、ディープシーサーペントってのはそういう習性らしいな。海の女王の言葉として、あれにあまり危害を加えないように人族の組織に一応伝えておこう」
『お願いね。そして、もしデッちゃんが逃げても殺すために深追いしてまで襲いかかるなら―――その時は私も容赦しないから』
「ああ、それもちゃんと伝えておこう。ただし、大抵はディープシーサーペントの方から人里に近寄ってくるんだからな? そこら辺は海の女王も承知しといてくれよ?」
『分かったわ』
海の女王の願いを受け入れるレオニス。もっとも、それに対処するのは冒険者ギルドエンデアン支部だが。
しかし、海の女王の言葉や意思を人族側に伝えられるというのは画期的なことだ。
不幸な行き違いが起きないためにも、こうした意思疎通が行えるならそれに越したことはない。
レオニス達陸の生き物と、海の女王達海の生き物。
住む世界が全く違う者同士、交わることは極めて稀だ。
だがそれでも、こうして時折でも交流が持てるようになれば、どんなに素晴らしいことだろう。
人族と海の女王達との交流の架け橋となるべく、レオニスの方から海の女王に向けて手を差し伸べる。
海の女王には握手という習慣はなく、しばらく不思議そうな顔をしている。だが、人魚達がしていたようにハグをする文化はあるので、それがハグと同じようなものであることを察する。
そうしてゆっくりと差し出された海の女王の手を、レオニスがそっと握り握手を交わす。
人族と海の女王の友好が成立した瞬間だった。
エンデアンの特殊案件、ディープシーサーペントが海底神殿生まれであることが発覚。
そしてそれ以上に衝撃の愛称『デッちゃん』。今回も作者の素敵素晴らしいネーミングセンスが爆裂です!!(º∀º)
……って、こんなんしょうがないというか、どうしようもじゃないですかぁ_| ̄|●
だって、アレの正式名称が『ディープシーサーペント』ですよ?『デッちゃん』以外につけられるような愛称、あります? ないですよね?(;ω;)
もし『デッちゃん』以上に素敵素晴らしいカッコいい愛称があったら、是非とも作者に教えてください!感想欄にてお待ちしておりますッ!




