第540話 審査員の代役
ラグナ宮殿正門とヨンマルシェ市場噴水広場、二つのスタンプを得たライト達は花の森公園に移動した。
本日のメインイベントである鑑定祭り第一部が行われる場所には、既にたくさんの観客が押し寄せている。
前方の方を見ると舞台が見える。舞台にはまだ誰もいないが、審査員席などもちゃんと設置されている。
舞台の後方には大きなスクリーンが張られている。そしてスクリーン上部には、とても長い長方形の枠がある。
ライト達は多少後ろの席でも全然構わないので、少し離れたところに座る。
時刻は正午を少し回った頃。先程ヨンマルシェ市場の噴水広場で買い込んだお祭りフードを、お昼ご飯として皆で食べ始める。
「あの舞台で鑑定祭りの第一部が開かれるんだね!」
「ああ、俺も今日初めて見るが、第一部は主に平民がお宝を持ち込んで鑑定してもらうイベントなんだそうだ。価値の高い物もあれば偽物やゴミクズ同然の物もあって、そりゃもう盛り上がるらしいぞ」
「お宝って、どんなものが出てくるんだろう。すっごい楽しみー」
「鑑定は真贋だけじゃなくて、その価値を金額でも示してくれるんだと。0Gもあれば、ごく稀に万を超えるものも出てくるとかいう話だ。ほれ、あの後ろの長い四角の枠に金額が出るんじゃね?」
レオニスが舞台後方の長方形を指しながら言う。
鑑定祭りの詳細を聞けば聞くほど、何だかライトが前世でTVでよく観ていた某お宝鑑定番組のようだ。
実際このサイサクス世界の創造神の中の人も、前世のライトと同じ現代日本の人々なので、多分にそうした要素も含まれているものと思われる。
「僕の羽根もお宝になりますかね?」
「なるとは思うけど、マキシ君の身の安全のためにもやめといた方がいいと思うよ……」
「俺も何か出せればいいんだがなぁ。こんなことならプーリア里を飛び出す時に、シャーリィみたく天舞の羽衣の一枚や二枚も持ち出してくるんだったわ」
「うん、ラウルのそれも危ないからやめとこうね……」
鑑定祭りを初めて見るラウルとマキシも、自分でも出せそうなお宝があるか考えている。
この鑑定祭りでは、事前に応募した者だけでなく後半では飛び入り参加も可能らしい。
なので、ラウルもマキシも参加しようと思えばできるはずだが、彼らが出すものはどれも価値が高過ぎて公の場で出すには危険な代物ばかりだ。
ライトが二人を止めにかかるのも当然である。
「というか、ライト君もいろんなお宝持っていそうですよねぇ」
「え、ぼく? そんなの持ってないよ? ぼくなんかより、レオ兄ちゃんの方がいろんなお宝持ってるんじゃない?」
「あー、ご主人様なら世界中でいろんなもん拾ってそうだよな」
「ン? 俺?」
話を振られたレオニス、只今昼食の串焼をモリモリ食べているところである。
三人の視線を受けたレオニスは、口の端についた串焼のタレを親指で拭い、ペロリと舐めながら考え込む。
「ンーーー、お宝、ねぇ……まぁ空間魔法陣の中を探せば、ないこともないとは思うが……」
「飛び入り参加はしないの?」
「今年は最終日の競売祭りの方に大トリで出るからなぁ」
「あー、そうだねー、そっちの方で出るならこっちまで出なくてもいいかー」
そんな話をしていると、何やら前方が急に騒がしくなる。
その騒がしさに釣られてふと舞台の方を見ると、舞台袖から何人もの人が舞台を横切って歩いている。どうやら審査員達が出てきたようだ。
「キャー!パレン様ー!」
「今日もステキー!」
「うおおおおッ、パレン様のプロテインカップになりたい!」
パレンを称賛する黄色い声が多数聞こえてくる。
そしてそうした黄色い声の中には、極太の声もちらほら混じっている。相変わらず老若男女に愛されているパレンである。
そんな熱烈なファンの熱い声援に応えるべく、パレンは爽やかな糸目と真っ白い歯を輝かせながら満面の笑みとともに優雅に手を振っている。
今日のパレンの衣装は、黄金に輝く燕尾服である。
ジャケットやスラックスはもちろんのこと、蝶ネクタイにシューズ、トップハットに至るまで全てが眩い黄金色でキラキラに輝いている。
その彩りは、まさに黄金週間を体現した相応しい装いと言えよう。
そして何よりも素晴らしいのは、筋骨隆々の恵体でスーパーモデルのように堂々と歩くパレンのその姿だ。それは黄金の煌めきに負けないくらいの、圧倒的な存在感を放っていた。
「おお、マスターパレンの登場か。相変わらずすげー人気だな」
「パレンさん、キラッキラに輝いてて眩しいねぇ」
「つーか、あのスキンヘッドにどうやってトップハット被ってんだ?」
「ラウル、それ多分疑問持っちゃいけないやつだと思うよ……」
舞台に現れたパレンを見た四人も、思わずため息を洩らしながら各々感想を呟く。
その中で若干一名、某妖精が素直過ぎる感想を口にするが、隣にいる幼馴染の某八咫烏がそっと窘める。相変わらず正直者過ぎる妖精である。
「パレンさんの次にピィちゃんが続いてるね。ピィちゃんは副審査委員長なのかな?」
「多分そうだろうな。審査委員の面子の中で、マスターパレンと同等の地位にあるのはピースくらいだし」
「ああ、あれ、フェネセンの一番弟子なんだよな? どことなく師匠のフェネセンに似た雰囲気だよな」
「僕達は公国生誕祭の時に、魔術師ギルドのお店でお会いしただけですが。ギルドマスターがお店の手伝いしたり、こういうイベントにも出たりするって、何だか親しみやすくていいですよね」
黄金色に輝くパレンの後ろに続くように、ピースも入場している。
ピースの衣装はパレンと違い、実に正統な魔術師スタイルだ。
上品かつ重厚な紺地に、金糸の飾り紐や繊細な刺繍が散りばめられた豪奢なローブ。それは彼の師匠であるフェネセンとお揃いのローブである。
手には魔術師の杖を持ち、にこやかな笑顔で審査員席に向かうピース。
このイベントへの出演も、魔術師ギルドマスターの仕事の一環であるが、いつものデスクワークよりはよほど楽しいと見える。
そして審査員として入ってきた最後の人物に、四人の目が奪われる。中でもライトとレオニスの目は大きく見開かれ、あんぐりと口を開けている。
そのほっそりとした華奢な身体つきの人物は、頭の天辺から爪先まで全てがラベンダー色に包まれていた。
「え、ちょ、待、あれ、クレアさん!?」
「ええええ、何であいつがあんなとこに!?」
「おお、ありゃ冒険者ギルドの受付嬢の姉ちゃんじゃねぇか」
「あッ、あの人!僕がカタポレンの森から出て初めて会った人族のお姉さんです!」
レオニスが慌てて鑑競祭りのプログラム表を取り出し、中を見直したがクレアの名はどこにもない。
すると舞台に立っている進行役から、アナウンスの声が流れる。
『えー、本日の審査員のうちのお一人、鑑定担当のアレク氏が急病となり欠席と相成りました。つきましては代役として、特級鑑定士の称号を持つ冒険者ギルドの殿堂入り受付嬢、クレアさんにお越しいただきました!クレアさん、観客の方々に一言お願いいたします!』
『はい。私、この度鑑定祭りの審査員という大役を仰せつかりました、クレアと申します。アレクさんの代役ではございますが、皆様方のお宝を拝見する栄誉に恵まれたこと、とても嬉しく思います。僭越ではございますが、本日はこの大役を精一杯務めさせていただく所存ですので、どうぞよろしくお願いいたします』
可憐な声で流れるようなスピーチを披露した後に、ペコリと頭を下げて一礼するクレア。観客から万雷の拍手をもって迎え入れられる。
どうやらクレアは最初から出演予定はなく、欠席者の穴埋めとして急遽呼ばれたようだ。
だが、そんな突然の代役指名にも拘わらず、実に堂々とした挨拶だ。
凛とした佇まいに、いつもと変わらぬ冷静沈着な口調。大勢の観客を前にしても決して動じることなく、常に完璧に振る舞う淑女。
やはりクレアは、何でもできるスーパーウルトラファンタスティックパーフェクトレディー!なのである。
「鑑定士の代役に指名されるなんて、やっぱクレアさんてすごい人なんだねぇ」
「まぁあいつの【全てを識る者】ならな、鑑定できんものなんてないわな」
「ていうか、あの姉ちゃん、ラグナロッツァの受付嬢とは違うよな?」
「え。まさかラウル、クレアさん達の区別つくの? 嘘でしょ?」
クレアの代役登場に、皆が驚き観客が歓喜に湧く中でラウルが何気なく放った一言。その衝撃にライトはギュルン!とラウルの方に首を向けながら凍りつく。
クレアと出会ってからもうすぐ一年になるライトですら、クレア十二姉妹の区別が未だにつかないというのに。
クレアには直接会ったことのないラウルが、クレア十二姉妹の五女クレナとの違いが分かるとしたら―――ライトの立つ瀬が全くないではないか。
ライトは思わず食いつき気味にラウルに尋ねる。
「今舞台にいるクレアさんとクレハさん、どこがどう違って見えるの!? 何か見分けるコツとかあるの!?」
「ン? そりゃ名前も違うし、放つオーラも違うだろ?」
「え? オ、オーラ……?」
「そ、オーラ。今舞台にいる姉ちゃんは、ラグナロッツァの姉ちゃんと同じ淡紫系の色で顔もそっくりだが。舞台にいる姉ちゃんの方が強烈な力を感じる」
ライトの必死な問いに対するラウルの答えは、何と『オーラ』であった。
レオニスの語るmm単位の見分け方も全然参考にならないが、ラウルの見分け方はさらに輪をかけて全くアテにならないことが判明し、ライトはがっくりと項垂れる。
くっそー、俺、人の放つオーラなんて全然見えねぇよ……全く、どうしてラウルはそんなもんが見えるんだ。やっぱ魔力が高い妖精ならではの能力なのか? ああ、やっぱ人族ってのは基礎能力値が低い種族なんだなぁ……
ライトは項垂れながら、鬱々と考える。
「お、一人目の鑑定依頼者が来たぞ」
「今一時になったところだな」
「ライト君、ほら、鑑定祭りが始まりますよ!」
「え、ホント?」
レオニス達の声に、ライトはパッ!と顔を上げる。
クレア十二姉妹の区別がつかないのは、何も今に始まったことではない。
そのチョモランマ並みの難題も、いつかはクリアしてみせる!とかつて心に誓ったライト。
だがそれは今は横に置いといて、目の前で始まる祭りを楽しもう!と気持ちを切り替えるライトだった。
黄金週間の初日、鑑定祭りにクレア嬢が降臨なさいました。
ぃゃー、やはりクレア嬢は何をさせても完璧な有能淑女ですね!仕事以外はちとアレですけど。
そして意外なことに、ラウルもクレアとクレハの違いが分かることが判明。
その見分け方は、作中でも語っていた通り『オーラの違い』で見分けています。
ラウルが他の生物のオーラを見ることができるのは、ライトの推察通り妖精ならではの能力です。とはいえ、年がら年中他者のオーラを感知し続けるのは厳しいので、普段はオーラを見てはいません。
無意識のうちに見ないように抑えていて、オーラを見たい時に能力を解放する、といった感じで使い分けしています。
普段からずっとオーラを見続けていると、市場などの人混みの中では他の視覚情報の妨げになりますし、魔力消耗なども案外馬鹿にならないでしょうからね。




