第506話 鑑競祭りの打ち合わせ
ライト達がお昼を食べにヨンマルシェ市場の向日葵亭に向かっていた頃。
レオニスはラグナ宮殿官府にいた。
その目的はもちろん『世界のお宝発掘!鑑定&競売祭り』、通常鑑競祭りの出品に関する打ち合わせをするためである。
十日ほど前にも出品エントリーのために訪ねたため、今度は入口の守衛所も難なく通してもらえた。
受付窓口のある四階入口正面の該当部署に、迷いなくスイスイと歩いていくレオニス。
受付窓口の奥には『世界のお宝発掘!鑑定&競売祭り 開催事務所へようこそ!』という、実にポップな横断幕が相変わらずデカデカと掲げられている。国家を挙げての祭りと言われるに相応しい力の入れようだ。
レオニスは受付窓口にいる若い女性職員に声をかける。
「あー、鑑競祭りの出品に関する打ち合わせ?とやらをしに来たんだが」
「鑑競祭りの出品者様でいらっしゃいますかー?」
「ああ、出品者で間違いない」
「でしたら担当の者を呼びますので、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうかー?」
「レオニス・フィアだ」
「レオニス・フィア様ですねぇー、しばらくそちらの椅子でお待ちくださいませぇー」
明るく溌剌とした女性職員は、実に爽やかな笑顔でレオニスに対応しながら奥の方に向かって引っ込んでいく。
なかなかに気持ちの良い、手慣れた接客ぶりにレオニスは内心で感心する。言ってみれば彼女も、冒険者ギルド他各種ギルドに必ずいる受付嬢と同じ役割を果たしているのだろう。
女性職員に言われた通りに、椅子に座りながらしばし待つレオニス。
すると、三分くらいしてから女性職員が再びレオニスの名を呼んだ。
「レオニス様、いらっしゃいましたらこちらの窓口にお越しくださいませぇー」
自分の名を呼ばれたレオニス、早速窓口に向かう。
女性職員は窓口に来たレオニスに向かって話しかけた。
「お待たせいたしましたー。あちらの個室にお入りくださいませぇー」
女性職員が揃えた指先で指した先は、先日の出品受付審査の時に入った個室と同じ場所だった。前回同様、今回も機密情報扱いなのだろう。
女性職員の案内に従い、個室に入るレオニス。
そこには先日の出品時と同じく、中年男性職員と鑑定士の二人がいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「レオニスさん、お久しぶりです!本日は御足労いただき、誠にありがとうございます!今日もよろしくお願いいたします!」
「あ、冒険者君、久しぶりだねぇ」
個室の中の応接ソファに座っていた鑑定士の方が、レオニスの姿を見てシュタッ!と立ち上がり深々と礼をする。
対して中年男性職員の方は、相変わらずのほほんとした様子でレオニスに向けて手を小さく振る。
二人の職員からそれぞれの歓迎を受けたレオニスは、彼らの向かいのソファに座ってから改めて挨拶をする。
「先日は世話になった。今日の打ち合わせもよろしく頼む。何分にもこういったオークションへの出品は初めてのことなんでな、分からないことだらけなんだ。いろいろ教えてくれると助かる」
「もちろんです!我々で協力できることは何でもいたします!……あ、改めてまして、私はティモシーと申します。普段は魔術師ギルドでアイテム鑑定の仕事をしておりますが、この時期だけ鑑競祭りの事務員として派遣されております。どうぞお見知りおきください」
「ティモシーな、よろしく頼む」
「私はハンス、ラグナ官府第四課主任をしている。しがない一職員だがよろしく頼むよ」
「ハンスか、こちらこそよろしく頼む」
ラグナ官府側の職員二人の自己紹介も無事済んだところで、ティモシーの方から早速本題が切り出される。
前回の出品申請時にはハンスが書類を持っていたが、今回はティモシーの前に置かれている。どうやら今後のレオニスへの対応は、ハンスではなくティモシーが実権を握ったようだ。
「早速ですが、まずは鑑競祭りの流れについてご説明させていただきます」
ティモシーの説明によると、鑑競祭りはその名の通り『鑑定部門』と『競売部門』の二部制だという。
まず黄金週間の初日に平民主役の鑑定祭りが開催され、最終日に貴族が主体の競売祭りが催される。
黄金週間の始まりと終わりを担う、まさに国を挙げてのビッグイベントという訳だ。
鑑定祭りには主に平民が様々なお宝を持ち込み、その真贋や価値を競う。鑑定ということは当然贋物が紛れている可能性もあり、この場に貴族が混ざって鑑定を受けることはほぼないという。
そりゃあな、貴族が贋物掴まされてましたー、なんて公衆の面前でバラされた日にゃ面子が立たんわな、とレオニスですらその理由は言われずとも分かる。
そして、レオニスが出る競売祭りの方はと言うと。こちらは事前に真贋を査定して、本物かつ競売に出すほどの高い価値がある、と判断されたものだけが出場を許されるのだという。
故に出品者は貴族もしくは大富豪などの富裕層がほとんどである。
ちなみにレオニスのように、冒険者が発見した珍品や稀少品もたまに出品されることがあるそうだ。
その場合の多くは所有者が所属するギルド、冒険者ギルドや魔術師ギルドなどが代理となって各ギルド名義での出品になるのだとか。
レオニスは自身のネームバリューを最大限活かすために本人出場にしたが、名前を伏せて売りたい場合や無名の者は所属ギルドに託すのがほとんどだという。
「へー、結構大掛かりな祭りなんだな。オークションなんて今まで縁がなかったから、全然知らなかったよ」
「アクシーディア公国が誇る世界規模のイベントですからね!特に競売祭りの方は、その日だけで何億Gもの大金が動くほどなんですよ」
「一日で億超えの金が動くんか……そりゃすげーな」
ティモシーが祭りの規模の大きさを誇らしげに語る。
黄金週間最終日の競売祭りだけで億単位の金額が動くということから、如何にこの祭りが大規模なものであるかがよく分かる。
「ちなみに出品手数料として、落札価格の5%を運営委員会、つまりはアクシーディア公国に納めていただく決まりになっております。これは出品者全員に課せられた平等な決まりですので、何卒ご了承ください」
「5%な、それはまぁしょうがない、承知した」
「次に、入札開始価格ですが……当方の所感では、あの【水の乙女の雫】は最低でも1000万G以上の価値はあると思いますが。開始価格は200万Gあたりからで如何でしょう?」
「……それで構わん」
レオニスの出品物【水の乙女の雫】、最低1000万G以上の価値がある、というティモシーの言葉にレオニスは内心で『え、マジ? あれ一個でそんな高値つくの?』と驚愕していたが、そんなことはおくびにも出さず努めて平静を装う。
本当に1000万G以上で落札されたら、レオニスの念願であるラグナロッツァ孤児院の再建も大いに前進することだろう。
「次に、出品の順番なんですが。今回は例年より多くの出品物が集まりまして、総勢二十五名が出場します。中でもレオニスさんは品物が超稀少な上に、御自身も超有名な御仁でいらっしゃいます。ですので今回レオニスさんには、鑑競祭りの超目玉出品として一番最後、つまりは大トリを務めていただきたく」
「え、俺が大トリやんの?」
「はい、是非とも!」
ティモシーが身を乗り出しつつ力説する。
祭りの最後を締め括る一番最後の大トリ、それが如何に大任であるかはレオニスにも分かる。まさか初出場の自分にいきなりそんな大役を頼んでくるとは、思いもよらなかったレオニス。
だが、そう頼まれれば特に断る理由もない。
「ん……まぁ別に構わんが。それで祭りが盛り上がるってんなら、その方が楽しいだろうしな」
「ありがとうございます!」
「初出場で大トリかー、君、ホントにすごい人なんだねぇ」
レオニスの承諾にティモシーは歓喜の笑顔で深々と頭を下げ、ハンスはハンスでのほほんとした口調でレオニスを称える。
ちなみにハンスはレオニスがどういう人物なのか、未だによく理解していないようだ。
「あ、そうだ、ティモシー。この【水の乙女の雫】に関していくつか相談したいことがあるんだが」
「はい、何でしょう?」
「あれといっしょに提出した、魔術師ギルド発行の鑑定書。あれもつけると値が上がるんだよな?」
「ええ、確実に高値になります。あれ以上に信頼できる鑑定書などありませんから」
「そしたら他にも高値にできそうな要因を増やすこともできると思うんだが」
「えッ!? それはどんな方法でしょう!?」
レオニスの提案に、ティモシーが食いつくように聞き返す。
落札価格が上がるということは、入札が盛り上がるだけでなく国に入る手数料もその分増えるということだ。
一挙両得の可能性に、ティモシーが食いつかない訳がない。
「例えば【水の乙女の雫】をアクセサリーなどに加工する場合、俺が懇意にしている『アイギス』に優先的に依頼して作ってもらえるように橋渡しもできるし」
「あの『アイギス』でのアクセサリー加工権利、ですか!?」
「他には、つい先日入手したばかりの【火の乙女の雫】とセットで出してもいいし。……あ、こっちはまだ鑑定には出してないんだが」
「【火の乙女の雫】ですか!? え、ちょ、待、乙女の雫が二種!?」
レオニスの提案その一、アイギスへの加工権利。
出品物【水の乙女の雫】はそのままでも十分美しく観賞できるが、その美しさを十二分に引き出すならやはりペンダントや指輪等のアクセサリー加工するのが最も良いだろう。
【水の乙女の雫】を落札した者には、そのアクセサリー加工の権利をラグナロッツァ随一のブティック『アイギス』に出せるというのだ。
ドレスなら一年二年待ちも珍しくないという、超一流ブティックアイギス。そんなショップにアクセサリー加工を優先して行ってもらえるというのは、レオニスが思う以上に破格の対応である。
そしてレオニスの提案その二、【火の乙女の雫】とのセット販売。
本来の出品物【水の乙女の雫】だけでも超貴重な品物なのに、そこにさらに同じくらいに稀少な同類他種まで抱き合わせにするとか、反則技もいいところである。
落札価格がどれほど跳ね上がるのか、ティモシーにすら予想がつかない。
あまりにも規格外の提案に、ティモシーはあばばばば、と狼狽えるばかりだ。
ちなみにティモシーの横のハンスは「へー、アイギスって、あのアイギスだよね? あの店にアクセサリー加工してもらえるなんて、すごいねぇ」「【火の乙女の雫】? 水と火のセットかー、何か洒落ててイイネ!」などと、これまたのんびりとした様子で感心している。どこまでも動じない人だ。
「あー、うー、えーと、どどどどうしましょう……まずアイギスでの加工権利、こちらは文句なくとても魅力的な案だと思います。アイギスもまたレオニスさん同様に超一流店として名を馳せておりますし、【水の乙女の雫】を存分に活かした、この世に二つとない品となることでしょう。ただ……」
「【火の乙女の雫】の抱き合わせは無理か?」
「はい……そんな奇跡の組み合わせ、どこまで値が上がるか私にも想像がつきません。そこまでになると入手できる人物、つまり余程の財力を持つ者でないともはや競り参加することすらできないことが容易に予想されます」
「そうか……そうだな、俺としては高値になればいいが、祭りを楽しむには不向きか」
ティモシーが懸念するところを、レオニスも早々に理解する。
あまりにも度を越した稀少さは、競売という祭りに参加する者をも選り好みし過ぎてしまうのだ。
それでは祭りとしての楽しみをも削ぎ落としかねない。レオニスにとってもそれは本意ではない。
「ですので【水の乙女の雫】と【火の乙女の雫】は抱き合わせではなく、それぞれ単品で出しましょう!」
「というと……俺が二品出す、ということか?」
「はい!そうすれば、二ついっぺんに買うほどの財力はなくても、どちらか一つだけなら買えるというという人も多いでしょう。そうした人達も競りに参加できますし、単品での出品でもかなりの高値が期待できるかと」
ティモシーは抱き合わせではなく、単品での出品を勧めてきた。
そうすれば競りに参加できる人数が増えて、皆が楽しめる祭りになる!ということらしい。
世にも珍しい品が種類違いで二つも出れば、最初に競り落とせなかった人達も二品目でリベンジ参戦できる。
これはもう祭りがヒートアップすること間違いなしである。
「一人で二品出しても問題はないのか?」
「あまり前例のないことですが、複数出品自体は禁止されておりません。品物が確かなもので、競売祭りに出すに相応しい品であれば問題ないかと。ただし、それには【火の乙女の雫】の鑑定書もおつけしていただくことが必須条件となります。」
「分かった。じゃあ、両方ともアイギスへの加工権利もつけて出そう。【火の乙女の雫】の魔術師ギルドの鑑定書も、黄金週間に入る前までには必ず用意する」
「是非ともそうしていただけるとありがたいです!」
オプションの件については、妥当なところで話がついた。
後はもう少し細かい要点があるようだ。
「競売祭りの当日のプログラムを、黄金週間開始前日に出品者全員にお配りします。お手数ですが、開始前日に当官府にお越しください。競売祭り当日の集合時間などもその日にお伝えいたします」
「承知した。鑑定書が入手できたらまた提出しに来る。その時もよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いいたたします!」
ティモシーはもう本日何度目か分からない、深々とした礼をレオニスに向ける。
頭を上げたティモシーと固い握手を交わしたレオニスは、ラグナ官府を後にした。
次なるイベント、黄金週間への下準備回です。
打ち合わせや資料を渡すと称して毎回出品者側に足を運ばせるお役所。
このサイサクス世界では、郵便物などの郵便システムが現代日本ほど発達していないというやむを得ない理由があります。
そりゃまぁ転移門を使って頼りを届けるとかも、やろうと思えばできないことではないのですが。そこら辺は費用をケチってゲフンゲフン、質素倹約を旨としたお役所スキルが発揮されているのです。




