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マイナーゲーム世界で人生を切り拓く〜気がつけばそこは、誰も知らないドマイナーソシャゲの世界でした〜  作者: 潟湖
初めての春休み

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第479話 エンデアンの特殊案件

 ラウルが三軒隣の『迷える小蛇亭』でひと仕事している間に、冒険者ギルドエンデアン支部内で依頼掲示板を眺めるライト。

 ここエンデアンも海に面した港湾都市とあって、交易も盛んで賑やかな街だ。首都ラグナロッツァとはまた違う依頼もたくさんある。

 そうした他の街の状況を知ることも、将来冒険者を目指すライトにとっては大事な勉強なのだ。


 エンデアン支部の依頼掲示板も、たくさんの依頼が貼り出されている。

 右側が単発依頼、左側は常時継続依頼。難易度は下の位置ほど易しいもの、危険度の高いものはより高い位置に貼られる。

 これが依頼内容の大まかな見分け方であり、冒険者ギルド全支部における共通仕様だ。

 先程ラウルが引き受けた『ジャイアントホタテの貝殻処理』は、左側の下の位置に貼られていたものだ。位置的に言うと『低難易度の常時募集案件』ということになる。


 しかし、低難易度だから楽ちんかと言えば一概にそうとは限らない。

 特に殻処理系に関しては、直接魔物を狩る仕事ではないので低難易度に分類されるが、前もって砕く手間や遠くに捨てに行かなければならないなどの労力がかなり要る。

 それなのに『難易度そのものは低いし危険度も少ないから』という理由で報酬単価が低いものが多い。

 ネツァクやエンデアンで殻処理依頼が溜まりやすい原因であり、差し詰めサイサクス世界のブラック案件と言ったところか。


 でもまぁ持ち運びに関しては、レオ兄やラウルのように空間魔法陣持ちなら余裕だし。この先アイテムバッグが普及すれば、こうしたブラック案件も積極的にこなす人も出てくるだろうな、などとライトは考えながら今度は上の方に貼られている依頼書を見る。



『魚の生け捕り依頼も多いけど、この世界に大型漁船ってあるのかな?……まぁ向こうの中世ヨーロッパだって大航海時代があって、いわゆる黒船とか海賊船なんかが発達していった訳だし』

『むしろ魔法が使えるこのサイサクス世界の方が、いろいろとできるんでは……?』



 口には出さず、脳内であれやこれやと考え込むライト。

 冒険者ギルドの依頼掲示板を藪睨みする八歳児というのも、なかなかにシュールな絵面である。

 とはいえ、ライトにとっては立派な就活だ。将来の仕事内容を真剣に見入るのも当然のことである。


 そんなライトに、クレエが声をかけてきた。


「ライト君、真剣に見てますねぇ」

「あっ、クレエさん」

「将来冒険者になるためのお勉強ですか?」

「はい!」


 クレエはライトに話しかけながら、依頼掲示板に依頼書を貼り付けていく。

 先程ラウルが剝がして窓口に持っていった、数枚の依頼書。ラウルが引き受けた以外の依頼書を戻しにきたようだ。


「今から冒険者になるために勉強を欠かさないなんて、すごい勉強家さんですねぇ」

「ぃゃぁ、それほどでも……」

「でしたらこの踏み台をお使いください。上の方の依頼書が見辛いでしょう?」


 クレエはそう言うと、入口側の壁のベンチのような椅子のところにタタタ、と小走りで行く。そして椅子の下に置いてあった箱を、ライトのために持ってきてくれた。

 かなりしっかりとした木箱で、ライトが乗っても大丈夫そうだ。

 この箱は、ライトのような低身長の人向けに用意された設備の一つらしい。細やかな気配りが何とも素晴らしい。


 実際大人向けに作られている依頼掲示板はかなり高さがあり、ライトの身長では上の依頼書がよく見えなくて内心困っていたところだった。

 クレエの気遣いに嬉しくなるライト。


「ありがとうございます!上の方がよく見えなくて、どうしようかと悩んでいたところだったんです!」

「いえいえ、どういたしまして。ラウルさんがお戻りになるまで、ゆっくりとエンデアン支部でお勉強していってくださいねぇ」

「はい!」


 ラウルがクレエに礼を言うと、クレエはにっこりと微笑みながら受付窓口に戻っていった。

 ライトは早速木箱に乗り、今までちゃんと見えなかった上にある依頼書を見てみる。

 上にいくほど高難易度になるので、掲示板の真ん中より上は依頼書が少なめだ。


「何ナニ、『深海珊瑚の採取』……深海って、どのくらいの深さなんだろ?」

「『人魚の鱗拾い、一枚から高価買い取り!』……人魚の鱗ってどんなのだろ? 他の鱗とは全然違うのかな?」

「『求む!拳大の天然真珠』……え、拳の大きさの真珠なんてあんの? つーか、そんなドデカい真珠、一体何に使うの?」


 様々な高難易度依頼を、興味深く眺めていくライト。

 どれも入手するのが難しそうなものばかりで、上の位置に貼るに相応しい内容だ。

 そんな中で、一枚の依頼書がライトの目に留まった。

 それは『ディープシーサーペント退治』と書かれていて、巨大な蛇のような魔物の絵姿が描かれている。

 左側一番上の掲示板の角に固定されるように貼られており、依頼書にも他とは違う縁取りが書き込まれている。何やら特殊仕様の依頼のようだ。

 そしてライトはその討伐対象の名を知っていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『ディープシーサーペントか……そういやあれは海から出てくるモンスターで、海のある都市からの討伐依頼だったな』

『そうか、この世界ではエンデアンの討伐依頼になっているのか』



 ディープシーサーペント―――それはBCOにおけるレイドボスの名であった。

 名称だけでなく、依頼書に描かれている絵姿もBCOのそれと特徴的に一致している。

 やはりライトの知るディープシーサーペントとエンデアンの討伐対象のそれは同一の魔物のようだ。

 依頼書にはあまり詳しいことは書かれていないので、その詳細をクレエに聞きに行くことにした。


 貸してもらった木箱の踏み台をベンチの下に戻し、受付窓口に向かうライト。

 クレエのいる窓口に並び、ライトの番になった。


「クレエさん、さっきは台を貸してくれてありがとうございます!」

「いえいえ、その程度のことでしたらお礼を言われるまでもないですよぅ」

「おかげでいろんな依頼書が見れて楽しかったです。とても勉強になりました!」

「お役に立てたなら幸いですぅ。何か気になる依頼とかありましたか?」


 クレエと和やかに話すライト。

 クレエに気になる依頼はあるか?と問われ、早速ライトは話を切り出す。


「はい。一番左上に貼られていた『ディープシーサーペント』というのが気になりまして。あれだけは他の依頼と違うようですが、どんな内容なんですか?」

「あー、ディープシーサーペントですかぁ……あれはまぁ、エンデアンに住む者の宿命とでも言いましょうか。厄介な存在だけど、切っても切れない腐れ縁、みたいなものですかねぇ」


 ライトの問いに、ふぅ……と小さなため息をつきつつ答えるクレエ。


「ディープシーサーペントとは、古くからこのエンデアンの沖に住む巨大な海蛇型の魔物でして。それこそ人族が住むようになるはるか以前から、この一帯の海を支配しているボスだと思われます」

「で、このディープシーサーペント、何でか人里めがけて時折襲来してくるんですよ。その周期もまちまちで、五日くらい立て続けに毎日襲来したと思ったら、その後は一週間ほど音沙汰なしになったり」

「最長だと、一ヶ月くらい姿を現さなかったこともありましたかねぇ。あの時は『他の海域に引っ越したのか?』と皆して喜んだのですが、喜んで祝杯をあげた次の日に出没しやがりまして。見事な糠喜びとなりました。……チッ」


 ディープシーサーペントについて、クレエが滔々と解説していく。

 とても分かりやすく、まだ冒険者になれないライトでもすぐに理解できる内容だ。さすがはクレエ、クレア十二姉妹の一員だけあって非常に優秀有能である。

 だが最後のところで、忌々しげなしかめっ面とともに特大の舌打ちを漏らすクレエ。糠喜びさせられた悔しさは分からないでもないが、果たしてそれは淑女として如何なものか。


 アハハハハ……とライトは苦笑いしつつ、改めてクレエに問うた。


「そのディープシーサーペントというのは、完全には討伐できないものなんですか?」

「ええ。ある程度のダメージを被ると、海に潜って逃げるんです。しかも瀕死どころか少しの傷でもさっさと逃げるんで、致命傷を与える前に逃亡されるのが常でして」

「ああ、それじゃトドメを刺すどころじゃありませんねぇ」

「そういうことです」


 はぁ、と今度は大きなため息を漏らすクレエ。


「ですが、ディープシーサーペントという存在は、何も悪いことばかりでもないんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ。撃退する度に鱗などの素材を落としていきますし、エンデアンの冒険者達の結束にも繋がりますしね」


 ディープシーサーペントにトドメを刺すことは叶わないが、その代わりに何らかの素材を落としていくのだという。それは頑丈な鱗だったり、(ひれ)の一部だったり、時には脱皮した後の残りの皮だったり。

 そうした素材は、様々な武器や防具などに加工できるのだという。


「そうした利点がなければ、我々も死に物狂いでトドメを刺しにかかるところですが。まぁ街に被害を及ぼす前に早々に引っ込んでくれれば、我々としても深追いはしない、といったところです」

「ちなみにディープシーサーペントの撃退に関しては、鱗などの拾得物以外の報酬が別途に出ることは一切ありません。そもそもあれは通常の依頼ではなく、エンデアンを拠点とする冒険者全員に参加が課せられています」

「強制徴集で、いわゆる特殊案件ですね。理由もなく参加しなかった冒険者には、後日懲罰が課せられます」

「我々冒険者ギルドには、エンデアンの街を守る義務がありますからね。それに、街を破壊されたら元も子もないですし」


 何と驚くことに、ディープシーサーペントの撃退に報酬はなく、しかもエンデアンにいる全ての冒険者はその撃退に参加する義務があるという。

 しかし、それくらいのことをせねばエンデアンという街をレイドボスから守りきれないのだろう。

 いずれにしても、自分達の街は自分達の手で守る!という気概が感じられる。


「はぁー……いろいろと事情があるんですねぇ」

「ええ……ああ、そういえばその昔たまたまレオニスさんがこの街に立ち寄られた時に、ディープシーサーペントの襲来がかち合いまして。そこに居合わせたレオニスさんが、ディープシーサーペントの尻尾を切り落としたこともありましたねぇ」


 クレエの話によると、レオニスもディープシーサーペントの撃退に参加したことがあるのだという。

 レオニスと鉢合わせてしまったディープシーサーペント、何とも運の悪いことである。


「そうなんですか!レオ兄ちゃんの勇姿、見たかったなぁ」

「ちなみにその時に切り落とした尻尾。食べられるかどうかを試してみたところ、煮ても焼いても不味くてですね……試食した全員に大不評でした」

「それはまた残念なことで……」

「何をどうしても消せないあまりの強烈な生臭さに、ディープシーサーペントは『食用不可』という判定が正式に下されたほどです……まぁ毒がなかっただけでもマシというものですが」


 クレエが非常に残念そうに語る、ディープシーサーペントの肉の味。その無念そうな顔を見るに、非常に不味いものらしい。

 一見残念な話のように思えるが、ディープシーサーペントにとっては僥倖だろう。もし美味しい肉だったら、今頃ディープシーサーペントは『美味なる食材』として人族から格好の標的になっていたに違いない。


「ちなみにディープシーサーペントが一番最近出たのはいつなんですか?」

「一番最近は一昨日ですね。ここ最近は週一程度の頻度なので、しばらくは出ないと予想されています」

「そうですかぁ……ぼくもいつかディープシーサーペントの実物を見てみたいなぁ」

「ある程度運もあるとは思いますが、エンデアンに一週間も滞在すれば一回は見れると思いますよ」

「季節は関係ありますか?」

「特にこの季節に出やすい、出にくいといった傾向はありませんねー」


 ディープシーサーペントの出没頻度は季節の影響などはないらしい。そして出没頻度もバラバラで、特に決まった周期はなという。

 行動が読めない相手を都度撃退するのはかなりキツそうだ。


 ライトの知るディープシーサーペントとは、BCOのリリース直後に実装された『騎士団専用討伐任務』というコンテンツで登場した最初期のレイドボスである。

 騎士団専用討伐任務とは、各レイドボスを討伐するというコンテンツだ。一人もしくは多人数での攻略も可能で、騎士団というクランに所属すれば誰でも参加できる。

 討伐参加者には必ず何らかのアイテム報酬が出て、なおかつユーザー同士の交流にもってこいの場でもあった。


 ちなみにBCOでのレイドボスとしてのディープシーサーペントは、レイドボスの中ではかなり低い。

 レベルで言えば2、BCOのリリース直後に実装された最初期のレイドボスなので、初心者に毛が生えた程度の中級者でも数人で束になってかかれば倒せる程度のものだった。


 また、騎士団討伐任務は討伐完了するとそのレイドボスはその後二十三時間討伐不可能になる。

 そして二十三時間経過後に解禁されて、再び討伐が可能になるというコンテンツだ。

 要は一日一回討伐可能なレイドボス戦である。


 しかし、ゲームでは経験値やアイテムなどの様々な恩恵があるコンテンツでも、舞台が現実世界となると話は別だ。

 現実世界でレイドボス級の魔物が毎日復活したら、とんでもないことになる。

 必死こいて倒した強大な敵が、雑魚魔物のリポップみたく一日経てば何事もなかったかのようにシレッと舞い戻ってくるなんて、絶望以外の何物でもない。

 現代日本に例えるなら、ゴジラやキングギドラが毎日都市を襲いに来るようなものだ。考えただけでも恐ろしい事態である。


 だが、さすがにそこまで過酷なゲームシステムは適用されていないらしい。ただし、レイドボスはちゃんと存在していて『完全には倒しきれないけど、不定期に人里を襲ってくる』という環境に置き換えられているようだが。

 何はともあれ、このサイサクス世界が絶望に満ちた世界でなくて良かった、と心から安堵するライト。


 するとそこにラウルが帰ってきて、ライトのいる窓口にやってきた。


「ただいま。待たせたな、ライト」

「あっ、ラウル、おかえりー!」

「『迷える小蛇亭』の貝殻処理依頼をこなしてきた。枚数は二百、依頼完了のサインももらってある、確認してくれ」


 ラウルはライトにただいまの挨拶をした後、依頼書をクレエに差し出した。

 引き取ってきた貝殻の枚数二百、その数の多さにクレエも目を見開いてびっくりした表情になる。


「二百枚ですか!? それはまたすごいですねぇ、小蛇亭のオーナーもさぞ喜んだでしょう」

「ああ、大喜びで機嫌良かったな。依頼完了のサインをもらう時に、小蛇亭で使える食事券もくれたくらいだ」


 サインをもらうついでに食事券まで頂いたというラウル。

 その食事券は半額割引、しかも十枚ももらったというのだから小蛇亭オーナーの喜びようはすごかったようだ。


「さ、依頼も終えたしぼちぼち帰るか。あ、今日の依頼の報酬は俺の口座に入れといてくれ」

「分かりましたぁ。本日はエンデアンにお越しくださり、ありがとうございますぅ。またいつでもお越しくださいねぇ」

「クレエさん、今日はいろいろとありがとうございました!また来ますね!」

「ライト君もお疲れさまですぅ。またお会いできる日を、心より楽しみにしてますねぇー」


 上機嫌なクレエに見送られながら、ライト達はラグナロッツァに帰るべく奥の事務所に向かっていった。

 水神アープに続き、二体目のレイドボス発見です。

 今話ではその実物はまだ出てきていませんが、そのうち出てくるかも。

 それにしても、生臭過ぎて食べられないのは残念ですねぇ。もし美味しい肉だったら、ラウルが張り切ってディープシーサーペントの尻尾を切り取りにかかっていたかも!


 でも、すぐ近くに強大な魔物が住んでいて、いつ襲ってくるかわからないというのは何気に怖いですよねぇ。

 エンデアンは海に面した港湾都市ということで、交易や観光も盛んな都市。そうしたメリットを享受するには、ディープシーサーペントというご近所さんの存在をも受け入れなければならない訳です。ご近所さんなんて可愛らしいものではないですが。

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