第472話 親友の面影
ナヌスの里で、様々な丸薬を譲ってもらったライト。
酔い覚まし、解毒薬、痛み止めの他、以前作っていたという体力回復や魔力回復用等々もストック分を出してきてくれた。
ナヌス族は小人族、背丈は成人男性でもライトの膝より少し上くらいなので、彼らの使う丸薬は当然人間が使うものよりも小さい。正直ライトの小指の爪の先ほどの極小粒だ。
ただでさえ小さい粒の上に、色も濃茶とか黒っぽいのとか似たりよったりで正直ライトには見た目での区別が全くつかない。
ライトのくしゃみ一つで全部吹っ飛びそうなので、とりあえずナヌス達の使う小袋にそれぞれ種類別に分けてもらった。
「皆さん、ありがとうございます!」
「いやいや、何のこれしき。ライト殿には本当にいつもお世話になっておるからな」
「ええ、ライト君がいつも持ってきてくれるアレ。黄色いぬるぬるの素のおかげで、私達の長年の悩みだった肌荒れやシミが劇的に治ったのよ!」
「ライト君には本当に感謝してるわ!丸薬作りは私達女性の仕事だから、また必要な丸薬があったらいつでも言ってね!」
族長ヴィヒトとともに、ナヌスの女性達が挙ってライトに礼を言う。
ライトは身体的にはまだ子供でアレルギーもないため、肌荒れやシミなどのお肌の悩みには無縁で、黄色いぬるぬるを飲んでも特に変化したなど実感したことはないのだが。ナヌスの女性達には劇的に効いたようだ。
これはもしかしてあれか、黄色いぬるぬるはレモン味だけに『レモン○○個分のビタミンC!』などの効能があるのだろうか?
何はともあれ、ナヌスの人々に喜んでもらえることは素直に嬉しいライト。
そのおかげで、今後もナヌスの女性達に頼めばいつでも丸薬を融通してもらえることになり、まさに両者Win-Winの万々歳である。
「じゃ、また来ますねー!」
見送ってくれるナヌスの人々に手を振り、何度も振り返りながらライトはナヌスの里を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ナヌスの里で丸薬を無事ゲットした後、今度はオーガの里に向かうライト。
オーガの里に行くのも祝賀会以来、二ヶ月ぶりのことである。
森の中をしばらく歩いていくと、オーガの人々が住む家が見えてきた。ライトの背丈の何倍もあるオーガ族の住む家だけに、とにかく大きい。
早いところ誰かを見つけて声をかけないと、ライトの方が踏み潰されてしまうかもしれない。
誰かいないかな、とキョロキョロとオーガを探していると、数人の女性オーガ達が歩いているのを見つけたライト。
彼女達はその背や手に大きな弓を持っている。防衛のための弓部隊だろうか。
早速ライトは大きな声で話しかける。
「こんにちはー!」
「……ん? 君は……ライト君?」
「はい!先日の祝賀会にもレオ兄ちゃんといっしょにお招きいただきました、ライトです!」
ライトに声をかけられた女性オーガの一人が、ライトの顔を見てすぐに誰だか気づく。
ライトはまだオーガ達との交流が浅いので、族長のラキや長老のニル、他には子供のジャンやルゥくらいしか分からないのだが。あちら側はライトのことが分かるらしい。
一人の女性オーガがライトの前にしゃがみ込み、優しい眼差しでライトを見つめる。
人族と鬼人族で美醜の感覚が同じかどうかは分からないが、少なくともライトの目には整った顔立ちのとても美しい女性に見えた。
その美しい女性が、ライトに話しかけてきた。
「こんにちは、お久しぶりね。何か御用があってこの里にいらしたの?」
「はい、族長のラキさんはおられますか?」
「あら、うちの旦那に御用なの? 今日は里の外れで弩の練習に付き合ってるはずだから、いっしょに行きましょうか」
「お願いします!……キャッ!」
その女性は、ラキのことを『うちの旦那』と言った。
どうやらこの美しい女性は、族長ラキの妻リーネらしい。
リーネの申し出に、ペコリと頭を下げるライト。その頭がまだ下がっているうちに、何とライトはリーネの肩に乗せられていた。
「弩の練習場はここから結構離れた場所にあるの。良かったらこのままいっしょに行きましょう」
「……はい!」
先日の祝賀会の時と同様、オーガ族の肩に乗せてもらうライト。
一際体躯の良いラキの肩よりは位置が低いものの、それでも普段とは全く違う眺めにライトの心は躍りまくる。
ラキと同様に、ライトの身体をそっと手で支えて肩から落ちないよう包んでくれる手の温かさが伝わってくる。
夫婦揃って子供に優しいおしどり夫婦である。
あー、レオ兄にもリーネさんのような優しいお嫁さんが早く見つからないかなー。……ぃゃ、お嫁さんの前に彼女が先か。
ていうか、冒険者業界にも女性冒険者ってそこそこいるよね?五人パーティーの『龍虎双星』だって女性が三人いるし、こないだ買い物に行ったジョージ商会の冒険者用品売場にだって女の人もたくさんいたし……
レオ兄に言い寄る女性冒険者とかいないのかな? ……よし、今度クレナさんにでも聞いてみよっと。
ライトがリーネの肩の上でそんなことを考えていると、どこからか賑やかな声が聞こえてきた。
だんだんとその声は大きくなっていき、もはや賑やかどころの騒ぎではないレベルの騒がしさだ。
「……ライト君。ちょっと耳を塞いでてくれる?」
「ン? あ、はい」
突然のリーネの頼みに、ライトは『???』となりながらもそれに従い、両耳を人差し指で塞いだ。
その数瞬後、リーネの怒号のような大声が響き渡りライトの身体もビリビリと揺れる。
「あなたー!お客さんがいらしたわよー!」
リーネの大きな声に、それまで騒がしかった弩の練習場が一気に静まり返る。
それまでギャースカ騒いでいたのは、弩の打ち手である年寄りオーガ達だったようだ。
ジジイオーガ達の後ろで指導と見張り役を兼ねていたラキ。細君の呼びかけの声に振り返り、ライト達の方を見た。
「リーネ、どうした? 俺に客人?」
「ええ、我が里の大恩人であるライト君がいらしてるわよ」
「何ッ!? ライトが来たのか!?」
リーネの言葉に驚きの表情を浮かべるラキ。
そしてすぐにリーネの肩に乗っているライトの姿を確認したラキは、急いでリーネのもとにやってきた。
「ライト、よく来てくれた!今日は一人で来たのか?」
「はい。レオ兄ちゃんは別の用事で出かけてて、今日はぼく一人で来ました。お仕事中にお邪魔してしまって、ごめんなさい」
「良い良い、ライトが気にするほどのことでもない!今日は腰を痛めて寝込んだニル爺に代わり、我が弩の練習の見張りをしてただけだからな!」
ライトは仕事中に来てしまったことを謝るも、ラキは笑いながら喜色満面の笑みで受け入れる。
というか、弩の練習の指導ではなく見張りと言うあたり、指導とは違う別の苦労が垣間見える。
「ニルさん、寝込んでるって……大丈夫なんですか?」
「ああ、ニル爺はただのぎっくり腰だから気にせずとも良い。一昨日子供達に『オーガの韋駄天と呼ばれし我が疾走、とくと見るが良い!』とか言って散々走り回ったせいだ。ある意味自業自得なので気にするな」
「自業自得……ハハハ、ニルさんらしいですね……」
ニルが寝込んだと聞きライトが心配するも、ただのやんちゃが原因らしい。
ふぅ、と少しだけ呆れた表情のラキの様子を見るに、そこまで心配することはなさそうだ。
「あなた、こんなところで立ち話も何ですから、家に向かいましょう」
「ああ、そうだな。では弩の練習はここまでとしよう。皆、解散していいぞ!」
リーネの提案を受けたラキ、その場で振り返りジジイオーガ達に練習の終了と解散を告げた。
その時のジジイオーガ達の、何と生き生きとしたことよ。ヒャッホー!ラッキー!とばかりにさっさと弩から離れて練習場から速攻で去っていくではないか。
まるで彼らの足にも韋駄天が宿っているかのようだ。
「さ、では我が家に向かうとするか」
「ライト君、我が家はちょっと散らかってるけどごめんなさいね」
「いいえ、お子さんが三人もいるおうちなら散らかってるのが普通ですから!そんな当たり前のこと、ぼく全然気にしませんし」
「……本当にライトは賢き子だな。あの大雑把なレオニスの養い子とはとても思えん」
リーネの肩に乗せられたまま、三人でラキの家に向かうライト達。
和やかな会話をしているうちに、ラキの家に到着した。
家の中に入ると、ルゥにレン、ロイ、三人の子供達が父母を迎えに出てきた。
「パパ、ママ、おかえりなさーい!……って、ライト君?」
「ただいま。今日はライト君が来てくれたわよ」
「ルゥちゃん、レン君、ロイ君、こんにちは!」
「やったー!ライト君、いっしょに遊ぼ!」
玄関先で肩から下ろしてもらったライト。
父母を出迎えに玄関先に来たルゥ、目敏くライトの姿を見つけて喜ぶ。
大喜びするルゥに、リーネが優しい声で話しかける。
「ライト君はパパに御用があるようだから、パパとのお話が終わってからね。それまでママといっしょにお利口さんで待つのよ、いいわね?」
「もちろんよ!ライト君、パパとのお話が終わったらルゥのお部屋に来てね!」
「うん、分かった!」
母親の言いつけを守り、元気な返事をするルゥ。明るくて活発で、おしゃまな女の子らしさに満ち溢れている。
ライトはラキとともに来客室に、リーネと子供達三人は家族用の居間にそれぞれ分かれていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お茶も出せずにすまないな、何しろ我が里には人族用のちゃんとした茶器やら家具などないのでな」
「いえいえ、どうぞお構いなく」
「今度早急に人族用の茶器や食器だけでも購入して取り揃えるとしよう。レオニスに頼めばいいか」
「あ、そしたら今度ぼくが適当に見繕って持ってきますね。人族用のといっても、どうせレオ兄ちゃんとぼくくらいしか訪れないでしょうし」
「そうだな、そうしてもらえるとありがたい」
茶の一つも出せないことを詫びるラキ。
オーガ族の使う茶器を人族のライトには出せないためだ。
確かにオーガ族サイズのカップで茶を出されても、人族のライトではとても飲みきれない。それどころか、ライトから見たらドラム缶サイズの巨大なカップが出てくる可能性だってある。
ちょっとした五右衛門風呂になりかねないお茶は、さすがにライトでも御免被りたいところである。
「して、本日は我に用事があるとか。どういった用向きだ?」
「えーとですね、オーガ族の人達が作る秘蔵のお酒?があったら、是非とも譲っていただきたいんですが」
「秘蔵の酒、か? 確かに我が里は酒造りも盛んではあるが……」
ラキに用向きを問われたライト、正直にその目的を話す。
ライトが所望しているのが酒と知り、ラキが訝しげに問うてきた。
「レオニスは酒はほとんど飲まないはずだが……もしやライトが飲むのか?」
「いいえ、ぼくはまだ子供ですしお酒は飲めません。レオ兄ちゃんも下戸でお酒はすごく弱いですし」
「そうだよな。昔レオニスに我が里の酒を勧めたところ、『俺は酒飲めねぇから要らん!そんなもんより甘いもんでもくれ!』と言って、頑として飲まなかったし」
ライトの答えに納得しながら頷くラキ。
かつてレオニスに酒を勧めて断られたエピソードを聞かせてくれた。
飲めない酒を断るだけでなく、酒じゃなくて甘いもん寄越せ!と別の物をねだるあたりが何ともレオニスらしい話だ。
「お酒は直接飲むんじゃなくて、お料理に使いたいんです」
「料理に、か?」
「はい。うちにはとても優秀な料理人がいまして。本業は料理人じゃなくて執事なんですけど」
ここでライトが酒を所望した理由を語る。
今回の酒の入手の表向きは『ラウルが料理に使うお酒』ということにしたライト。
もちろん真の目的はイベントクエストクリアのためなのだが、ラウルに料理用のお酒をあげたいというのも本当のところである。
ナヌスの丸薬の時と同様、表も裏もどちらとも本当の事実なのだ。
「うちの執事兼料理人、ラウルという名前の妖精なんですけど。本当にお料理が大好きで、様々な食材や調味料を集めているんです」
「ほほう。我等は酒と言えば飲むばかりだが、なるほど料理にも使えるのだな」
「はい。お酒で肉や魚の臭みを消したり、旨味やより深い味わいにしたり、お酒には様々な調理効果があるんです」
「酒を使えば美味い料理を作れるのか……それは良いことを聞いた」
ライト自身はあまり料理はしないが、それでも酒が持つ調理効果くらいは知っている。
そしてラウルもそうした理由でいろんなお酒を料理に使っているのだ。
そんな耳寄り情報を聞いたラキ、しばらく思案している。
そしてふと顔を上げたラキは、ライトにとある提案を持ちかけた。
「良かろう、我が里の秘伝の酒をライトにお譲りしよう。もともとライトは我が里の大恩人、その程度の望みならいつでも叶えよう」
「ありがとうございます!」
「だが一つ、秘伝の酒を譲るにあたり図々しくも頼みがあるのだが、良いか?」
「何でしょう?」
「そのラウルという料理人を、一度我が里に連れてきてはくれまいか。調理で使う酒の使い方を、是非とも我が里にも伝授いただきたいのだ」
ラキは料理の達人?であるラウルを、是非ともオーガの里に招聘したいのだという。
オーガ達が今まで知らなかった酒の調理効果を、実際に体感してどんなものかを知りたいのだろう。
思えば先日の祝賀会の時の料理も、別に悪いものではなかったとライトは思う。
だが、バリエーションが豊富かと言えば決して素直には頷けない。基本的にシンプルな焼き物が多くを占めていたことは事実だ。
自分達の手元にある酒を用いて料理のバリエーションが広がれば、オーガ達ももっと美味しいものが食べられるようになるかもしれない。
「じゃあラウルに話しておきますね。ラウルはお料理が大好きだから、断られることは絶対にないと思いますし。むしろ喜んでついてきてくれるんじゃないかな」
「そうか、それはありがたい」
「そしたら今日は、ラウルに味見をしてもらうためのお酒をもらっていってもいいですか?」
「もちろんだとも。我が里に伝わる酒の全種類を持たせよう」
話はとんとん拍子にまとまり、オーガ族の作る酒を無事譲ってもらえることになった。
しかもラキが『全種類』と言っているあたり、複数種類の酒がありそうだ。
ナヌスの丸薬同様、単純な一種類だけではないということらしい。
「酒は樽でいいか? ライトはアイテムリュックなるものを持っているのだろう?」
「え? た、樽? 皆さんサイズの樽はさすがにデカ過ぎるかと……」
「ふむ、それもそうか」
「そしたらこちらのバケツにいただけますか? 一種類につき三杯もいただければ十分かと」
ライトは水を採取する際に用いる木製バケツを取り出した。これに三杯ももらえれば、レシピ作成の材料として十二分に確保できる。
ちなみにライトにはバケツサイズでも、ラキにとってはお猪口に毛が生えた程度のサイズである。
「こんな小さいものでいいのか?」
「はい、ぼく達人族にはこれでも十分多い量です。それに、味が気に入ったらまた後日もらいに来ますから!」
器の小ささにラキが心配そうに問うも、ライトは十分だと答える。
それだけでなく『美味しかったらまたもらいに来る』とにこやかに言い放つライト。
その言葉はライトの養い親であるレオニスを彷彿とさせる。
大雑把でふてぶてしくて負けん気が強くて、でも憎めない愛嬌と茶目っ気のある、頼りがいのある人類最強の男。
ライトの陰に親友の面影を見たラキの顔が、自然と綻ぶ。
どんなに子が賢く見えようとも、やはり育ての親の影響は何かしらあるものなのだ。
「では早速酒蔵に参ろうか」
「はい!よろしくお願いs……キャッ!」
ラキの申し出に頭を下げてお礼を言うライト。
その礼の言葉も言い切らないうちに、ラキはライトを手で包み込み肩に乗せる。
オーガの里内でのライトの移動方法は、彼らの肩の上に乗せてもらうのがデフォになりつつあるようだ。
今日は二度もオーガ族の肩に乗せてもらったライト。
しかもその乗せてもらった肩は族長夫婦という、何とも贅沢かつ畏れ多いことだ。
だが身分云々に関係なく、オーガ族の肩から眺める景色はとても素晴らしい。
何度乗せてもらっても飽くことのない心躍る絶景に、ライトは終始笑顔が絶えなかった。
今回の本文とは関係のない、作者の最近の悩み。
それは『一話につき6000字を超えたら、分割すべきかどうか』ということ。
今話もそうなんですが、前話も6000字を超えてまして。一話あたりの文字数がだいぶ嵩むことが増えてるんですよねぇ…( ̄ω ̄)…
6000字を超えたらもう3000字程度で一度区切って、二話に分けても可能っちゃ可能なんですが。今話や前話のような『事件性は全くないけど、物語の進行に必要なエピソード』なんかの場合、あまり話を引っ張ったり話数を増やしたくなくて、ついつい読み切り的な一話で投下しちゃう作者。
でも、読者の皆様的にはどうなんだろう?短めの方が読みやすいかしら?6000字とか文字多過ぎて、読んでて疲れちゃわないかしら?とか、ふと考えるのです。
個人的には4000字前後がベターかと思うんですが、最近文字数の制御がなかなか思うようにいきません……
しかし、今現在拙作の文字数は185万字を超えてるので、常に一話3000字前後にしてたら今頃とっくに600話を超えてるという……正直それもどうなのよ?とは思うのですが。
でも、読者の皆様方に「文字数多ッ!長ッ!読んでて疲れる!」とか思われてたらどうしよう><




