第47話 ラグナロッツァの屋敷
スレイド書肆を出た二人は、レオニスがラグナロッツァ内に所持しているという家に向かう。
大通りから少し離れた、閑静な住宅街といった街並みの中にその家はあった。
立派な門構えと、その奥に見える二階建ての豪奢な建物にライトは呆然とする。
「レオ兄ちゃん……ここが、ラグナロッツァのおうち?」
「ああ、そうだ」
「何か、思ってたよりすごく立派なお屋敷、だね……」
「お屋敷ってほどの大邸宅ではないぞ?ほれ、周りの家見てみろ、ここら辺では小さなうさぎ小屋扱いされてるから」
確かに、ここに来るまでにかなり大きな屋敷をいくつも見た気がする。
というか、レオニスの家のすぐ裏には王城らしき巨大な建造物が聳えておるではないか!
「周りの家ってより、後ろにあるあのお城みたいなの……あれ、王様とかが住むところ、だよね?」
「ああ、あれはラグナ宮殿だ。アクシーディアには王はいない。だが、ラグナ大公という一番偉い人がいる。そのラグナ大公が住む城であり、謁見の間や貴族や官僚が政務を執り行う場でもある」
「そうなんだ……ていうか、何でそんな場所からものすごく近いところにおうち持ってるの?」
「それはなぁ、万が一ラグナ宮殿に緊急事態が起きた時のためにここに住め!って、いろんなところのお偉いさんから言われてな」
「一応表向きは、これまでの討伐や任務で積み重ねてきた実績に対しての褒賞ってことにはなってるが。ま、本音としては王侯貴族や宮殿の護衛をしろってことさ」
ああ、用心棒的な意味合いなのね。
そういうことなら、宮殿から近いところにあるのも納得だ。
「まぁそうは言っても、俺にもカタポレンの森に住んで見回りやら魔獣暴走への警戒をするという任務があるからな。宮殿の近くにぬくぬくと住む訳にはいかんのさ」
「そうだね、森でのお仕事もあるもんね……」
「そそ、そっちと宮殿の用心棒を天秤にかけたら、さすがに森の警邏の方が重要ってなるわな」
そりゃそうだ。王侯貴族のお守りは近衛隊だの騎士団だの、いくらでも他の人達で担うことは可能だが、カタポレンの森の警邏はさすがにレオ兄にしかできそうにないもんな。
「だが、それでも一応万が一の場合にはすぐに駆けつけられるように、こうしてラグナ宮殿の近くに屋敷を持たされてるって訳だ」
「そうだったんだね……レオ兄ちゃんもいろんな柵があるんだねぇ……」
「しがらみ……お前、一体どこでそんな小難しい言葉覚えてくんの?」
豪華な家屋敷を用意したり、爵位を与えるというのは、力のある者の首に鈴をつけるということだ。
レオニスも、公的な爵位こそ断固固辞して受けてはいないが、姓を名乗ることを許されている。これは事実上、爵位を持つ人間と同等の扱いである。
確かにレオニスほどの実力があれば、その力を取り込み子飼いにしたいと考える貴族など掃いて捨てるほどいるだろう。
だが、それらを全て躱してなるべく自分の都合の良いところで相手を妥協させることが、レオニスは非常に上手だった。
それは、冒険者の生き方としての矜持もあるのだろう。
冒険者とは、法は遵守しても権力に縛られることを厭う、自由をこよなく愛する生き物だからだ。
いつものレオニスからの胡乱げな視線はとりあえず華麗にスルーしながら、屋敷の中に入る。
広々とした玄関ホールからして、いかにも高貴な人が住むための邸宅だということが分かる。
「……レオ兄ちゃんのおうちって言うくらいだから、ぼく、もっと小さくてこじんまりとしたのを想像してたよ……」
「カタポレンの森の家のように、か?」
「うん……」
こんなに大きな屋敷に、一人でなんてとても住めない。
掃除や片付け、模様替えとかもすんげー大変そうだし、何より寂しくて耐えられなさそうだ。
……ん?掃除?
「レオ兄ちゃん、そういえばこの家のお掃除や維持管理って、どうしてるの?メイドさんとか雇ってるの?」
名目上はレオニスの家ということになっているが、実質的にはほとんど住んだことがないはずだ。
なのに、屋敷の中は埃ひとつなく綺麗な状態に保たれている。
まさか、レオ兄自身が週一で掃除しに来ている、とかじゃないよね?
それならまだメイドさん雇ってる方が現実味があるってもんだ。
「いや、メイドは雇ってないが、ここにはとある妖精を住まわせていてな」
「普段はそいつにこの屋敷全般のことを任せてある」
「おーい、ラウル。今も見てるよなぁ?出てこーい」
レオニスが呼びかけると、突然ライト達の目の前に何者かが音もなく現れた。
「お呼びですか、ご主人様」
ラウルと呼ばれたその妖精?は、とても綺麗な黒のベルベット地の燕尾服を着た、黄金色に輝く瞳と漆黒の巻き毛がとても美しい、何ともきらびやかな眉目秀麗の青年だった。
レオニスにも負けず劣らず、キラキラエフェクトとダダ漏れ色香を湛えたその佇まい。世の御婦人方が見たら、喚声をあげながら卒倒しそうだ。
一見恭しく頭を下げるラウルに対し、レオニスは呆れたような声を出す。
「ご主人様だなんて、心にもないこと言わんでもいいぞ?」
「いえいえとんでもございません、貴方様は私めの雇い主でございますからして」
「ま、人目を気にして体面を取り繕えるのは良いことだがな」
「……こちらの坊っちゃんは、どなた様で?」
ラウルがライトを見ながら、レオニスに尋ねた。
「こいつはライト。俺の兄貴分、大事な恩人の息子だ」
「普段は俺といっしょにカタポレンの森で暮らしている」
「来月からここラグナロッツァの、ラグーン学園初等部に通うことになってな」
「寝食は変わらずカタポレンの森の家でするが、学園への通学拠点としてこの家を使う予定だ」
「学園の行事や天候その他の都合により、ここに寝泊まりすることもあると思うが」
「ま、そんな訳だ、ラウルも承知しといてくれ」
レオニスがさらっと説明した。
ライトを見つめたまま、静かにその説明を聞いていたラウルは、徐に口を開いた。
「……ふむ。ならば、そこまで畏まらなくても良いか」
「ああ、普通に接してやってくれ。ただし、俺の子も同然の大事な子だからな、間違ってもいじめたりするなよ?」
「そんなつまんねぇことしねぇよ。俺はお前の出す金で、美味いもん作りながらこの家でのんびり気ままに暮らしていけりゃいいんだからさ」
いきなり砕けた口調に変わるラウル。
少々びっくりしながらも、とりあえずライトはラウルに向かって挨拶をした。
「あ、初めまして。ぼくは、ライトといいます」
「今レオ兄ちゃんが説明した通りで、来月からラグーン学園に通うためにこの家を使わせてもらうことになりました」
「たまにお泊まりさせていただくかもしれませんが、普段はちゃんとカタポレンの家に帰ります」
「あまりご迷惑をかけないようにしますので、よろしくお願いします」
これまたさらっと説明がてらの挨拶をし、ペコリと頭を下げた。
それを受けたラウルは、心底感心したように口を開いた。
「ほーん、なかなかに礼儀正しい坊っちゃんじゃないか」
「最初はレオニス、お前の隠し子か?と思ったが。こりゃ絶対に違うな」
「俺は妖精のラウル。レオニスに雇われて、この家の管理を任されている」
「ライト、だったな。ま、よろしく頼むぜ」
ほぼ粉々にまで砕け散った粉末状態の口調ではあるが、悪い感じはしない。性質的には善良なようだ。
「さて、では早速カタポレンの家と繋ぐ転移門を新設したいんだが」
「はて。今あるギルドの転移門は使わないのか?」
「ライトが転移門を毎日使ってここに通うとなると、もうこの屋敷とカタポレンの家を直通させた方がいいからな。冒険者ギルドにも転移門の新設申請は既に出して、許可も取ってある」
「そうか、まぁその方が早いだろうな」
「そういうことだ。さて、どの部屋がいいかな、絶対に人目につかない場所がいいんだが」
「風呂やトイレ、厨房以外の部屋で、人に見られない最適そうな場所はどこだ?」
レオニスがラウルに相談した。
その相談に対し、ラウルは少し考えて回答を出した。
「それなら、二階の執務室奥の宝物庫が良かろう。この屋敷の執務室に客人を通すことなんざほぼないし、そもそも二階に客人を通すことすらまずないからな」
「それに、二階の執務室なら階段からも近い。階下への移動にも楽だろう」
執務室奥の宝物庫、だとぅ!?
何という冒険心をくすぐるパワーワードだ!!
コレは見逃せん、後でソッコー探検せねば!!
だが、話を聞けばその宝物庫には、宝物と呼べるような代物は何一つ置いてないらしい。ちぇー。
でもま、そりゃそうだ。レオ兄の場合、宝物庫に入れとくよりも空間魔法陣に入れとく方が安心安全だもんね。
「分かった、じゃあ今から早速そこに転移門を新設するか」
「宝物庫ってもほぼ空っぽの部屋だからな。部屋のド真ん中の床に魔法陣描いても問題なかろう」
「だな。相変わらずラウルは優秀で頼もしい番人だ」
「ありがとうよ、そしたら今度臨時給金上乗せ頼むわ」
「俺の財布の中身が枯渇しない程度ならな」
軽快なトークショーのような会話を交わす、レオニスとラウル。
この二人もなかなかに仲が良さそうだ。
三人は早速、二階の執務室に向かった。




