第459話 灼熱のノーヴェ砂漠
前話の第458話を大幅改訂しております。
昨日のうちに最新話としてお読みくださった方は、申し訳ありませんが今一度読み直していただけるとありがたいです。
ライトが珍しく土日もずっと家に篭り、必死にホワイトデーのお返しの品の作成に日々没頭していた頃。
レオニスはグライフとともに、ノーヴェ砂漠の探索に出かけていた。
グライフも冒険者復帰してから四ヶ月以上は経過していることだし、例のノーヴェ砂漠にもぼちぼち行ってみるか、ということになったのである。
以前グライフの冒険者復帰祝いが開催された日に、会場である直営食堂に向かう前にノーヴェ砂漠の話が出ていた。
ノーヴェ砂漠は、かつてフェネセンが長期間行方不明になっていた時に、三年の時を経て再びその姿を現した地である。
再び行方不明になったフェネセンが、今回も同じ場所に現れる保証などどこにもない。だがそれでも、何か手がかりがあるかもしれない、という思いが二人の中にはあった。
ちなみに今回の探索には、何故かラウルも同行している。
いや、正確に言えばラウルはノーヴェ砂漠の探索についてきたのではない。彼の目的はノーヴェ砂漠の最寄りの街、ネツァクである。
レオニスがノーヴェ砂漠に出かけるのを聞きつけたラウルが「ご主人様よ、ネツァクに行くならついでに俺も連れてってくれ」と願い出たのだ。
ラウルの実力ならばノーヴェ砂漠も行けそうではあるが、先日の下水道清掃依頼での事件もあったことだし、あまり無理はしないようにレオニスからも言い含められている。
ラグナロッツァの冒険者ギルド総本部から、ネツァク支部に移動した三人。
ここから先はレオニスとグライフ、ラウルと二手に分かれての行動になる。
「じゃ、俺達はノーヴェ砂漠を散策してくる。ラウルも用事が済んだら適当なところで切り上げてラグナロッツァに帰れよ」
「了解。ご主人様達も気をつけてな」
ラウルはネツァク支部に残り、レオニスとグライフはノーヴェ砂漠目指して建物を出ていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニス達がネツァク支部を出てから約小一時間。
二人は既にノーヴェ砂漠の真っ只中にいた。
三月とはいえ、灼熱の砂漠の暑さは半端無く厳しい。それでも真夏の七月八月よりまだマシではあるが。
カラッと晴れ渡る空から照りつける太陽の光。
直射日光に当たらないよう、レオニスもグライフも耐熱効果のあるマントを頭からすっぽりと深く被る。
時折二人めがけて、様々な魔物が襲いかかってくる。
ヒュプノブルーモスやデザートスイーパー、エフェメロプター、アビスソルジャーなどをバッタバッタと倒しては、己の空間魔法陣にポイポイー、と放り込んでいくレオニス。
魔物由来の素材、特にノーヴェ砂漠のものは高値がつくものが多いのだ。
ヒュプノブルーモスは青くて大きな蛾型の魔物、デザートスイーパーは砂色にところどころ紅色の模様があるヒトデ型の魔物、エフェメロプターは三つ目がついたカマキリのような頭と鎌を持つ翡翠色の蜉蝣型の魔物。
ちなみに砂漠蟹のもとであるサンドキャンサーも時折襲いかかってくるのだが、サンドキャンサーだけは倒さないでくれ!とラウルから頼み込まれているので、それらだけは軽いデコピンで済ませている。
ラウル曰く『サンドキャンサーは生かしたまま砂抜きしないと食えたもんじゃない。ご主人様が倒しても食えずに廃棄なんてもったいないから、見つけたり襲われたりしても倒さずに逃がしてやってくれ』とのこと。
確かに砂だらけでジャリジャリの砂漠蟹など、とても食えたものじゃなかろうなぁ……とはレオニスも思うので、ここはラウルの頼みを受け入れて素直に従うことにする。
時折突進してくるサンドキャンサーには、レオニスが目と目の間に強烈なデコピンをかます。
サンドキャンサーが脳震盪?を起こし、泡を噴きつつ目を回し気絶しているうちにすたこらさっさと逃げるレオニスとグライフ。
そしてアビスソルジャーだけは魔物ではなく、その正体はノーヴェ砂漠で無念の死を遂げた者達の怨霊と言われている。
それは旅の途中で魔物に襲われた旅人だったり、盗賊に襲われた商人だったり、はたまた処刑代わりに手足を縛られたまま置き去りにされた重罪人だったりと様々だ。
これらは怨霊なので、邪龍の残穢同様倒しても何も得られない。ただ単に霧のように散り、大気に溶け込んで終わりだ。
とはいえ、人を見れば襲いかかってくる習性があるため、発見したら積極的に倒すよう冒険者ギルドでは奨励されている。
こうした様々な敵に対し、レオニスだけでなくグライフもまた襲い来る魔物を迎撃し見事に撃破している。
だいぶ前からリハビリと称して活動してきた成果が伺えるというものだ。
「おお、グライフもだいぶ勘を取り戻したようだな!」
「おかげさまで。ですが、こうも暑いとやはり体力的に厳しいですね……ノーヴェ砂漠に来たのなんて、もう何年ぶりのことだか思い出せないくらいに昔のことですからねぇ」
「まぁここから先の魔物退治は、全部俺がやるから安心しな。グライフは体力温存しつつ、周囲の様子をよく見ててくれ」
「分かりました。魔物の相手は貴方にお任せして、私は何か異変が起きてないか注意深く観察することにしましょう」
グライフの体調を心配したレオニスが、空間魔法陣から一本のエクスポーションを取り出しグライフに渡す。
回復剤を渡されたグライフは、早速瓶の蓋を開けて半分ほど飲んでから再び栓をして自分のマントの内ポケットに仕舞い込む。
灼熱の砂漠地帯では、こまめな水分補給も欠かせない。特に回復剤での水分摂取は、汗で流れ出た水分やミネラル分の補給だけでなく体力回復もできてまさに一石二鳥なのだ。
こうして二人はしばらくの間、ノーヴェ砂漠を宛もなく彷徨い歩いていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
見渡す限りどこまでも続く砂だけの大地に、ゆらゆらと揺らめく蜃気楼。日が高くなるにつれて、照りつける日射しもジリジリと強くなっていく。
ふとレオニスが横にいるグライフを見ると、心なしか足元がふらついているように見える。そろそろグライフの体力に翳りが出てきたのかもしれない。
如何にグライフがかつては聖銀級冒険者だったと言っても、引退後三年のブランクはそう易々と取り戻しきれるものではない。
ましてやここは灼熱のノーヴェ砂漠、現役冒険者ですらなかなか来たがらない過酷な地。
ここらが潮時か……と考えたレオニスが、グライフの肩に手を置きながら声をかける。
「今日のところはここまでにして、そろそろ街に戻ろう。お前もキツそうだし、いきなりブッ倒れる前に引き返すぞ」
「……すみませんね。貴方の足を引っ張るようで、大変心苦しいのですが」
「気にすんな、今日は様子見程度のつもりで来たんだし。ほれ、これを飲んでおけ。街に戻るまでの繋ぎだ」
「ありがたくいただくことにします」
レオニスが空間魔法陣を開き、本日五本目のエクスポーションを取り出してグライフに渡す。
グライフは遠慮なく受け取り、その場で一気に飲み干した。
飲み物をゴクゴクと勢いよく飲むグライフというのも、なかなかに珍しい姿だ。だがそれでも、どことなく紳士然としていて気品が漂うのはグライフならではの成せる技か。
「……はぁー。このエクスポーションの味も相変わらずですねぇ。砂漠のど真ん中で一気に飲み干す感覚というのも、あまりにも懐かし過ぎて涙が出そうですよ」
「お前もこの冒険者稼業に目出度く戻ってきたんだ、そんな懐かしさなんてすぐに消えちまうさ!」
お世辞にも美味しいとは言えないエクスポーションの味に、グライフがしみじみと懐かしさを覚えつつ呟く。
そんなグライフの呟きに、レオニスが笑顔になりつつ明るい声で言い放つ。
何とも呑気なレオニスの言い種に、生真面目なグライフは小さなため息をつきながら答える。
「今の私には書肆の経営もありますし、そこまで冒険者稼業にどっぷり浸かる気はありませんがね……」
「二足のわらじ、頑張れよ。できれば半々くらいに引き上げてくれると俺も嬉しいがな!」
「レオニス、貴方……他人事だと思って簡単に言ってくれますねぇ……」
「何言ってんだ!グライフだからこそ出来るって、俺はそう信じてるだけだぞ!」
グライフの肩に腕を回し、ガシッ!と肩を組んでニカッ!と嬉しそうに笑うレオニス。
グライフが冒険者復帰して以来、レオニスと組んで探索をするのは今日が初めてのことだ。つまりはレオニスにとっても何年ぶりかに組むグライフとのタッグであり、それだけにレオニスの喜びも一入なのだろう。
今日は特にこれといった成果は得られなかったが、たった一回の短時間の探索ですぐに結果を得ようとはレオニスも思っていない。
そもそもフェネセンの行方に関しては『最後に連絡が取れたのは天空島』『天空島に行く前に氷の洞窟に立ち寄った』、この二点しか判明していないのだ。
そんなフェネセンの行方を探し当てるのは、雲を掴みながら砂漠に紛れた一粒の金を探すに等しい。
だが、このまま黙ってフェネセンが帰ってくるのをただ座して待つばかりではいられない―――レオニスもグライフも同じ思いだった。
グライフの体力が今以上についてくれば、ノーヴェ砂漠での探索時間ももっと取れるようになる。
次はもっと準備を整えて、探しに来よう。フェネセン、お前が今どこにいるのか分からないが―――俺は俺のできることをする。
俺も手を尽くしてお前の居場所を探し続けるから、お前も全力を尽くしてこっちに戻って来い。
グライフとともにネツァクの街に戻る道すがら、レオニスはノーヴェ砂漠の上空、どこまでも広がる濃い蒼穹を眺めつつ心の中でフェネセンに語りかけていた。
ライトがまだ連れていってもらえない、灼熱のノーヴェ砂漠の探索です。
レオニスには炎の洞窟調査の際に新調した寒暖両対応のマントがありますが、グライフはかつて使っていたマントしかないのでちょっと厳しそう。それでも一応耐熱効果が付与されたマントではあるのですが。
しかし、作者だけでなく日本に住む人々はよほどのことがない限り、本物の砂漠地帯に行くことはほとんどないと思いますが。実際行ったらものすごく厳しい環境なんでしょうねぇ。
煮えるように暑い日中に、日が落ちれば一転冷え込むような寒さだとか。
喘息持ちで体力皆無の脆弱な作者だったら、きっと三日も生きていられませんでしょう。
それだけに景色もきっと絶景なんでしょうけど、作者はウェブで見れる美しい写真だけで満足することにします……




