第448話 二度目の孤児院訪問
お昼ご飯をラグナロッツァの屋敷で済ませて、ラウルを加えて三人でラグナロッツァ孤児院に向かう。
道中では、互いに昨日の出来事を話していた。
「へー、バッカニア達といっしょに依頼を引き受けたのか」
「子供達にも懐かれていたし、とても良い先輩冒険者だった」
「つーか、あいつらいつの間にラグナロッツァに帰ってきてたんだ。帰ってきてるなら、俺にも顔見せてくれりゃいいのに。全く薄情なヤツらだ」
ラウルの口からバッカニアの名を聞いたレオニス、口を尖らせながら文句を言う。
バッカニアが顔を見せに来ないのは、他でもないレオニスのせいなのだが。
そんなレオニスに向かって、ラウルはバッカニアとの約束を守るべく進言する。
「あー、そういやご主人様よ。あいつらと氷の洞窟に行くなら、夏にしとけよ。でないとスパイキーが凍死するってさ」
「氷の洞窟? 何でそこで氷の洞窟が出てくんの?」
「だってご主人様、バッカニアにまだ氷蟹フルコース料理三十人前奢ってもらってないんだろう?」
「……あー、アレか?……ンー、まぁ本気であいつから何十人前も奢ってもらおうとは思ってねぇがな」
やはりレオニスとしては、氷蟹フルコース料理○○人前奢れ云々は単なるジョークに過ぎないらしい。
現にバッカニアの名前を聞いても、すぐには氷蟹や氷の洞窟と結びつかないようで、ラウルに解説されるまで気がつかなかったほどだ。
バッカニアの顔を見ればそのネタを思い出す程度、ということらしい。
「だが、バッカニアの方はそうじゃないようだぞ? 俺の雇い主がご主人様だと知って、すんげー落ち込んでたし」
「え? 落ち込む? 何で?」
「そりゃご主人様に本当に奢らされると思い込んでるからだろ。何でもここ最近しばらくラグナロッツァを離れてたのは、レオニスの旦那と顔を突き合わさないためだったって言ってたぞ?」
「何ッ!? バッカニアのやつめ、そんなこと言ってやがんのか……酷ぇやつだ」
ラウルの進言は、留まることを知らない。
昨日のバッカニア達の様子がそのまま筒抜けである。
一方のレオニスは、バッカニアが自分と顔を合わせたがらないという話を聞き少なからずショックを受けている。
そんなレオニスに、ラウルはなおも追撃をかける。
「バッカニアは根が真面目だから、ご主人様にしてみればただの冗談でもその手の話は本気で受けとめてしまうんだろう。ご主人様もあまり苛めてやるなよ」
「苛めとは心外な。……だが、そうだな。バッカニアがそれで思い悩んでいるというならば、それは俺のせいということになるな」
ラウルの言葉に、しばし考え込むレオニス。
レオニスとしては苛めているつもりなど毛頭なかったし、スパイキーやヨーキャもそれが単なるジョークだと分かっていた。
だが当のバッカニアが真に受けていたら、それはジョークとして成立しないのだ。
「……よし。そしたら今度あいつらを連れて氷の洞窟行って氷蟹を狩るか。そうすりゃバッカニアも俺も、フルコース分を奢り奢られたことになってチャラにできるしな。ついでに他の魔物も狩れば素材を売って稼ぎになって、バッカニア達にも魔物狩りの良い経験になる。一石三鳥の双方全面円満解決だ」
「さっきも言ったが、氷の洞窟に行くなら夏にしとけよ。でもって、俺も連れてってくれ。俺も自分の分の氷蟹を狩りたいからな」
「おう、自給自足とは良い心掛けだ。そしたら夏に避暑がてら、皆でツェリザークに行くか!」
バッカニアのためを思ってのラウルの進言は、何と『レオニスと愉快な仲間達の氷蟹狩りツアー開催確定』というとんでもない結果をもたらした。ラウルの氷蟹狩り参戦宣言に、解決策を見い出してご機嫌だったレオニスの顔はさらに綻ぶ。
そのツアーの参加者は、現時点ではレオニス、ラウル、そして『天翔るビコルヌ』の三人の計五人。この場にバッカニアがいたら、卒倒しそうな話である。
ここでレオニスが、少し前の方を歩いていたライトに声をかける。
「おーい、ライト。夏休みになったら、お前もツェリザークに行くかー?」
「ン? ツェリザーク? 何ナニ、何の話?」
「今度氷の洞窟に皆で氷蟹を狩りに行くから、行くなら最も洞窟に入りやすい夏に行くかって話」
「それいいねー!夏休み中ならぼくでも連れてってくれるってことでしょ? 絶対に行きたーい!」
「よし、じゃあ決まりな!」
レオニスに声をかけられ、振り向いてレオニス達のもとに駆け寄るライト。
夏に氷の洞窟に行くと聞き、ライトは当然の如くいっしょに行きたい!と宣言する。
氷蟹狩りツアー参加者に、ライトが六人目として加わった瞬間だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうこうしているうちに、ラグナロッツァ孤児院の前に到着したライト達。
歪んで軋む扉をそっと開けつつ、レオニスが先頭になって建物に入っていく。
「こんちゃーっす」
礼拝堂に入っていくライト達。相変わらず床の軋みが酷いので、そーっと気をつけながら奥に進んでいく。
礼拝堂の真ん中あたりでしばらく待っていると、孤児院の子供達が礼拝堂に入ってきた。
「あー、ラウル先生だー!」
「冒険者のお兄ちゃんもいる!」
「ライト君だ!いらっしゃい!」
あっという間に多数の子供達に囲まれるライト達。
もともと孤児院への来客自体が少ないのか、人恋しさに来客のもとに集う子供達。ライトやラウルはともかく、かつて自分も孤児だったレオニスには子供達の気持ちがよく分かる。
「レオニス兄ちゃん、また冒険者のお話聞かせてー!」
「おう、いいぞー。つーか、皆元気にしてたかー?」
「うん!昨日もね、ラウル先生に手伝ってもらいながら皆で一生懸命にお昼ご飯やおやつを作ったんだよ!ねー、ラウル先生♪」
「おう、皆頑張って作っててとても偉かったぞ」
レオニスの大きな手でワシャワシャと頭を撫でられる子供達。
破顔しながら昨日の料理話を披露する子供達に、ラウルもまたレオニスと同じように子供達を褒めながら一人一人の頭を優しく撫でていく。
「ラウル、お前いつの間に先生になったの?」
「昨日からだぞ。昨日も俺はここで子供達に料理を教えたからな、子供達から見たら俺は料理の先生だろう?」
「うん!ラウル先生、お料理とっても上手だもんね!教え方もすごく分かりやすいから、昨日から『ラウル先生』って呼んでるの!」
いつの間にか子供達から『ラウル先生』と呼ばれていたラウル。
昨日の雨漏り修繕依頼の間、ラウルはバッカニアの指示によりずっと子供達の子守りも兼ねて料理の指南をしていた。
その時に、ラウルの料理の腕の凄さを目の当たりにした子供達が自然と『ラウル先生』と呼ぶようになったのだ。
ラウルが先生呼びを強要したのではなく、子供達の中で自然と湧いてきた尊敬の念によるものである。
「ねぇねぇ、ライト君。今日もミサンガ編みの続き、教えてくれる?」
「もちろんだよ!皆毛糸はある?」
「お古のセーターを解したやつならあるわ。もう穴が開いててボロボロになってお下がりもできなくなったやつのだから、毛糸自体かなりボロボロだけど……」
冒険者話で男の子達の人気を集めるのがレオニスならば、女の子の一番人気はライトだ。その主たる理由はライトの特技の一つ、ミサンガ編みにある。
御守りも兼ねている可愛らしい紐編みは、世の普通の女の子達がこよなく愛するアイテムだ。
そんな素敵アイテムをすいすいと生み出せるライトは、女の子達の尊敬を一心に集めていた。
だが、ここは孤児院。老朽化した建物を見ての通り、経営はかなり苦しく資金に余裕などない。
ミサンガ編みの一つを作るのに、ボロボロのセーターを解いて材料を捻出する始末だ。
そんな粗末な物しか用意できないのが恥ずかしいのか、特に年長の女の子ほど俯いている。
そんな彼女達を見たライトは、努めて明るく振る舞う。
「じゃあその大事な毛糸を使う前に、ぼくが持ってきた毛糸で練習しようか!」
「ライト君、新しい毛糸を持ってきてくれたの?」
「うん、ぼくも練習用に使っている毛糸だから、そんなに良いものじゃないけど。それでも皆で使ってくれる?」
「……うん!」
女の子達の顔がパァッ!と明るく輝く。
今日ライトが持ってきた毛糸は、市場で普通に売られている毛糸だ。それならここの子供達も気兼ねなく使えるだろう。
中身アラフォーならではの、さり気ない気配り。これにより、女の子達とさらに仲良くなるライト。
前世ではここまでモテたことのなかったライト。だが今はどうだ、孤児院の女の子達にモテモテである。
そんな風にライト達が子供達の相手をしていると、奥から遅れてシスターマイラが出てきた。
「レオ坊、ライト君、いらっしゃい。ラウルさんも、昨日に続きようこそ」
「おう、シスター、元気にしてたか?」
「マイラさん、こんにちは!」
「こちらこそ昨日は世話になった」
マイラの歓迎の挨拶に、ライト達もそれぞれ返事を返す。
三人を出迎えるマイラもとても嬉しそうだ。
「シスター、なかなか来れなくてすまんな。今日は約束の聖なる餅を納めに来た」
「ありがとうねぇ、とっても助かるよ」
「他に俺達で何かできることはあるか?」
「昨日バッカニア達やラウルさんが雨漏りを修繕していってくれたからね、おかげさまでしばらくは雨の日も安心して暮らせるよ」
「そうらしいな、ここに来る途中でラウルから話を聞いたよ」
マイラと和やかな会話を交わすレオニス。
レオニスは他にも何か手伝えることはあるか尋ねるが、マイラは穏やかな笑顔のまま特に何も求めてはこない。
マイラにとっては、レオニスやライト、ラウルがこうして自分達のもとを訪ねてきてくれるだけで嬉しいのだ。
「じゃあ今日は、聖なる餅の保存のための保存室を作りたいんだが。食材を保存するための食糧庫はあるか?」
「ああ、一応あるよ。といっても、保存しとくだけのたくさんの食材なんてないけどね」
「そうか……そしたらそこに氷の魔石を置くことにしよう。そろそろ春も近づいてきて陽気も暖かくなってくるしな」
今からお裾分けする聖なる餅の保存場所として、既存の食糧庫に氷の魔石を置くという提案をするレオニス。
氷の魔石と言えば、数ある属性付き魔石の中でも最も高価な部類だ。
マイラもそれを知っているので、驚きながらレオニスに聞き返す。
「氷の魔石って……そんな高価なもの、置いていってもらってもいいのかい?」
「もちろんだ。持ち主の俺がいいって言ってんだから、何の問題もない」
「そうかい、じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらおうかね」
「そしたらシスター、食糧庫に案内してもらえるか? 食糧庫の広さの確認とそれに応じた魔石の必要数、それから配置場所やその方法なんかも決めたい」
「分かったよ。案内するからついてきておくれ」
早速マイラとともに食糧庫の様子を見に行くことになったレオニス。
ライトやラウルに向かって声をかける。
「ライト、ラウル、俺はシスターと食糧庫に行ってくるから、お前達は子供達と遊んでてくれ」
「はーい。ぼくとミサンガ編みする子は、こっちおいでー」
「了解。俺とおやつ作りする子は厨房行くぞー」
二人に声をかけた後、レオニスはマイラとともに食糧庫のある方に向かう。
ライトは礼拝堂で女の子達とミサンガ編みのレクチャーを始め、ラウルはおやつ作りのために料理参加者を募って子供達とともに厨房に向かっていった。
今回はレオニス達の二回目のラグナロッツァ孤児院訪問です。
ラウルだけは前日の冒険者デビューの初仕事で来ているので、三回目の訪問となるのですが。ラウルも子供達に料理を教えるのは楽しいようで、今後もレオニスが孤児院を訪問する際にはいっしょについていくでしょう。
そして、孤児院訪問の道中でまた何やらバッカニアの受難、しかも本人の与り知らぬところで確定してたようですが。頑張れバッカニア!
そして、ライトのモテ期到来。前世でも散々作らされてきたミサンガ編みの技術が、こんなところでも活きるとは!
ミサンガ編みの技術はフェネセンへの御守りを始めとして、その腕を見込んだカイ達にアイギスへ納品してお金を稼いだり、何かと役立ってくれています。
ぃゃー、身につけた技術がどこで役に立つかなんて、分からんもんですよねぇ。ライトの前世の橘 光だった頃には考えもしなかったでしょう。
……って、前世名出てきたのすんげー久しぶりな気がする。しかも本編じゃなくて後書きの雑談中という。まぁね、本編で前世名を語る必要のある場面なんて全然ないんですけど。




