第433話 ライトの妙案
ラウルの家庭菜園計画が家主のレオニスに認められてから、三日後のこと。
ラグーン学園から帰ってきていたライトと、この日は早めに仕事を終えたレオニスがおやつを食べるためにラグナロッツァの屋敷にいた。
三人分のおやつを用意するラウル。本日のおやつは『ナッツたっぷりキャラメルタルト with ぬるチョコホットドリンク』である。
「「「いっただっきまーす」」」
ラウル特製の美味しいおやつを皆で食べながら、ラウルが話を切り出した。
「ご主人様よ、例の家庭菜園の温室のことなんだが」
「おう、ご近所さんで話を聞いてきたか?」
「ああ。両隣のグレアム家とメレディス家に、ウォーベック家にも聞いてきた」
「そうか。で、どうだった?」
貴族街のご近所三軒に話を聞いてきたというラウル。
温室に関する情報収集なら、三軒も聞けば十分であろう。
その成果は如何ほどのものか、気になるレオニスが早速ラウルに問うた。
「ご近所さんの聞き取りは一昨日して、昨日はご近所さんで聞いた業者のもとを訪ねて話を聞いてきたんだが……」
「ン? どうした、何か問題でもあんのか?」
「いや、問題というか……案外費用が高いもんだと思ってな」
念願のガラスハウスの話だというのに、何故か表情が晴れないラウル。
そんなラウルの暗い表情を敏感に察したレオニスが問うも、その原因はどうやら温室の建設費用が関係しているようだ。
「業者のところでいろんな種類の温室の資料を見せてもらって、その中で俺が一番いいと思ったやつが一軒10万Gを超えててな」
「おお、結構いい値段するな。だが、全く手が届かないってほどでもないだろ? 何が問題なんだ?」
「それを四軒建てたいんだ」
「ブフッ!!」
ラウルの答えに思わず噴き出すレオニス。
珈琲を飲む直前で良かった、と内心で胸をなでおろすレオニス。
今ここで珈琲を盛大に噴いたら、レオニスの向かいの席に座るライトに甚大な被害が及ぶところである。
「え、何、ラウル、お前温室四軒も欲しいの? そんなたくさん要る?」
「そりゃ要るだろう。最低でも四季の春夏秋冬、四種類は分けて栽培したいし」
「ああ、そゆこと……」
ラウルの主張にレオニスも一応はその理由に納得を示す。
温室なんて一つありゃ十分だとレオニスは軽く考えていたが、ラウルは春夏秋冬それぞれ作る場を分けて推進したいらしい。
こと料理に関しては一切妥協しないラウル、家庭菜園という未来の食材調達に関しても料理繋がりということで最初から全力かつ本格的に取り組むつもりのようだ。
「んー、確かに季節毎に分けた方が管理もしやすいだろうとは思うが……」
「一応業者からチラシをもらってきてあるんだ、見てくれ」
「どれどれ? ……ほう、温室と一口に言ってもいろんな種類があるんだな」
「俺が一番いいと思ったのはこれなんだが」
ラウルが空間魔法陣から数枚のチラシを取り出し、レオニスに渡した。チラシを受け取ったレオニスは、一枚づつざっと目を通していく。
その中でラウルが最も良いと思ったものを指で指してレオニスに教えた。
それは天井が低いタイプで、室内面積はかなりの広さがあるものだった。
「俺は家庭菜園で野菜を育てたいから、高木用である必要はないんだ」
「確かにな。広さの割にはそこそこ手頃な値段だと思ったが、そうか、天井が高くない分値段も抑えられているってことか」
「正解」
野菜栽培という己の目的に合った選択がきちんとなされていることに、レオニスはチラシを眺めながら感心する。
基本己の欲望に忠実なラウルだが、温室購入は包丁や食器類を好きなように買うのとは訳が違う。
10万Gを超える買い物となれば、さすがにラウルも慎重になりあれこれしっかりと考えるようだ。
「しかし、これを四軒となると総額60万Gか。なかなかの値段になるな」
「これでも一応値段交渉はしたんだ。ガラスにかける防御魔法の強度を一番弱いのにしたりとかな」
「あー、それで値段訂正されてんのか。まぁな、窓ガラスとかも割れないようにするために防御魔法は必須だもんな」
ラウルがこれと思った温室のチラシを見ると、一軒15万Gという価格が書かれている。四軒分となると総額は60万Gになる。
ラウルの話によると、四軒分の同時契約とガラスの防御魔法を一番グレードの低いものに指定することで、総額50万Gまでの値引きに成功していた。
「ガラス製の温室ってのは、何かしらの防御魔法をかけなければ売ってはいけない決まりがあるんだと。ただし強度は客側が選べるから、最も弱くて一番安い最低限のものにしたんだ。防御魔法なら、温室建てた後にレオニスにかけ直してもらえばいいかと思ってな」
「お前、俺をこき使う気満々だな……まぁいいけどよ」
値引き交渉の材料として、防御魔法のランクを一番安いものにするというラウルの作戦。
その裏側には『完成後にレオニスにかけ直してもらえばOK!』という策略があったようだ。
この執事、主人をこき使う気満々である。
するとここで、レオニスがラウルに向けて徐に口を開いた。
「で、だ。温室の値段はこれでいいとして。問題はその費用を誰が出すかだ」
「普通に考えて、この屋敷の持ち主である俺か、もしくは温室を作りたいと言い出したラウルのどちらかだが」
「ラウル、お前はそこら辺どう考えている?」
1万G2万Gくらいなら、レオニスのポケットマネーでポンと出してやることもできる。
だが、総額50万Gともなるとさすがのレオニスでも結構な大金と感じる額だ。
ラウルが欲しいと言い出したこの家庭菜園計画に、ラウルがどれだけ自身の金を使う気でいるのか。レオニスはまずそれを知りたかった。
まさかとは思うが、全額俺に出せとか言うつもりじゃねぇよな?
普段空気なんぞ一切読まんラウルのことだ、それも十分にあり得るが……そこまで酷いことを言うヤツではない、と、思いたい……
そんなことをレオニスが考えていると、ラウルはきょとんとした顔をしながら答える。
「温室の費用? そんなの俺が出すに決まってるだろう? だって家庭菜園を始めたいと言い出したのは俺なんだし」
「だからその費用は、俺の給金二年とちょっと分と引き換えにしてもらうつもりだ」
「支払いは前金で半額、残りの半額を完成後に支払う形式らしいから、先に払う前金半額分をご主人様に建て替えてもらう必要があるが」
ラウルの考えでは、何とラウル自身が最初から全額を払うつもりでいたらしい。
ラウルの給金は月2万G。50万Gは25ヶ月分に相当する。
これから25ヶ月分の給金を全額レオニスに返上することで、温室の購入費用に充てる腹積もりのようだ。
多少は脛かじりされることを覚悟していたレオニス、ラウルの予想外の答えに一瞬呆気にとられる。
だがその予想外の心意気に、レオニスも内心で少しだけ嬉しくなる。
「まさかお前が全額支払うつもりでいたとはな、驚いたよ」
「ン? そりゃご主人様が全額払ってくれるってんなら、俺としてもそっちの方がありがたいが」
「ぉぃ、ちょっと待て……あんだけ格好いいこと言っといて、今更それはねぇだろうよ?」
「まぁな。どの道俺が欲しいものなんだ、俺が金を出すのは当然だろ」
ラウルの軽口に、思わずレオニスが反論する。
「しかし、ラウル。これから二年間、給金一切無しでいいのか? 好きなもん見つけてもしばらく買えなくなるぞ?」
「ま、それくらいは我慢するさ。家庭菜園で理想の野菜を作ることができれば、収穫の喜びも得られるしな」
「つか、お前、夏にはオリハルコン包丁の代金の支払いもあるんだろ? そっちは大丈夫なのか?」
「………………」
レオニスの問いかけに『ヤベッ、忘れてた』という顔のラウル。
そう、今年の夏にはラウルの念願のオリハルコン包丁が出来上がる。そのお値段5万G、その支払いは当然オーダー主であるラウルが出さねばならない。
温室購入のために、今から二年間タダ働きとなるラウルの心配をレオニスがするのも無理はなかった。
すると、ここまで二人のやり取りを黙って見ていたライトが何気なくぽつりと呟いた。
「そしたらラウルも冒険者登録すればいいのにー」
ライトの言葉に、レオニスとラウルが目を点にしながらギュルン!と首を90°向けてライトの顔をガン見する。
一方のライトはレオニス達の視線に気づかず、熱々のぬるチョコホットドリンクに視線を落としながら、ふぅ、ふぅ、と息をかけつつのんびりと冷ましてはコクリと飲む。
「だってほら、ラウルが冒険者登録すればネツァクの砂漠蟹の殻処理依頼引き受けられるでしょ? そしたら肥料もゲットできて依頼報酬ももらえて、一石二鳥じゃん?」
「ネツァクの殻処理依頼以外にも、ラグナロッツァの冒険者ギルドで簡単な依頼を引き受ければ小遣い稼ぎにもなるし」
「週一回くらいの依頼なら、ラウルも気分転換できていいんじゃない? 」
「もっとも、妖精が冒険者登録できるかどうかはぼく知らないけど。レオ兄ちゃんなら分かるんじゃなぁい?」
バレンタインデー限定品の貴重なぬるチョコホットドリンクを、ゆっくりと味わいつつ話すライト。
チョコレートの濃厚な味わいと至福の香りにうっとりしながら、ぷはー♪という感嘆の声とともに飲み終わり、ふと目を開けるライト。
自分の顔をガン見しているレオニスとラウルの形相にようやく気づき、ギョッ!としながらびっくりしてしまう。
「え、ちょ、待、何、二人ともどしたの?」
「……ライト、お前、天才だな!さすがグラン兄とレミ姉の子だ!」
「ああ、間違いなくライトは天才だ!」
レオニスとラウル、二人してライトの賢さを褒め称える。
確かにライトの言う通りで、ラウルが冒険者登録すれば給金がなくても小遣い稼ぎができる。昔の軟弱者だった頃と違い、今のラウルの強さなら冒険者としての仕事もそこそここなせるだろう。
かつてラウルはツェリザークで【第一類特殊警戒指定種】という、特記事項持ちの邪龍の残穢すら一撃で屠ったのだ。ラウルがその気になれば、きっと高位の冒険者になれるに違いない。
「ご主人様よ、俺妖精だが冒険者登録できるか?」
「そもそも冒険者登録に種族制限はない。会話する知性と行動や性格に著しい問題がないと判断されれば登録できるはずだ。もし万が一何かしら問題があると言われたとしても、俺が後見人となって推薦してやるから安心しろ」
「おお、今日のご主人様はいつにも増して頼もしいな!よろしく頼むぜ!」
「ラウル、お前も口が上手くなったもんだなぁwww」
いつにも増して頼もしい、と珍しくレオニスのことを褒め称えるラウルに、レオニスは苦笑しながら応える。
「おう、お褒めに与り光栄だ。そしたら早速今から冒険者登録しに行こうか」
「え、今から?」
「善は急げって言うだろ? ご主人様よ、俺の家庭菜園とオリハルコン包丁のために力を貸してくれ」
「しゃあねぇなぁ……じゃ、行くか」
今すぐ冒険者登録に行こう!と催促するラウルに、レオニスはよっこらしょ、とばかりに席を立つ。
「ぼくはカタポレンの森の家に帰って宿題してるから、二人とも頑張って登録してきてねー」
「おう、立派に冒険者デビューを果たしてみせるぜ!」
「お前、オリハルコン包丁の代金とか確保できたら温室購入代金の繰り上げ返済もしろよ……つか、この屋敷の維持管理や執事としての仕事も怠るなよ?」
「それはもちろん。俺の本業はこの屋敷の料理人であり執事だ。それは絶対に忘れない」
「ならいいがな。じゃ、行くか」
ライトに見送られながら、レオニスとラウルは冒険者ギルド総本部に出向くべく屋敷を出ていった。
ラウルのための楽しい家庭菜園計画、そこからラウルの冒険者デビューという思わぬ展開に。
瓢箪から駒、とまで荒唐無稽な話ではないですが、まぁ今のラウルの強さなら冒険者としてもぼちぼち活躍できるでしょう。
そしたら将来、ライトとレオニスとラウルの三人で冒険できるのも夢ではありませんね!(・∀・)




