第420話 ライトの失念
作者体調不良により、内容が短かった3月3日更新分と3月4日更新分をまとめて新規文章を追加した修正版です。
日頃拙作をお読みくださっている読者の皆様方には大変ご心配をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。
神樹ユグドラツィとの楽しいお茶会を過ごした後、ライトとレオニスはまた多忙な日々を送っていた。
ライトは先日咆哮樹の木片を入手したことで、レシピ作成のコズミックエーテルが作れるようになりその作成に勤しんでいる。
レオニスは炎の女王の願いに応えるため、他の女王の生息地を確認して巡回する順番などの計画を立てている。
ちなみにラウルとマキシは、いつもと変わらぬ通常運転である。
ただ、いつもと違うことが一つだけある。それは、ラウルの号令一下のもとバレンタインデー限定のぬるチョコドリンクの買い出しの手伝いだ。
買い物一回につき、お一人様五本のぬるシチョコドリンクを総出で毎日冒険者ギルド総本部売店に買いに行かされていた。
ライトはラグーン学園から帰宅してからラウルとともに買いに行き、レオニスとマキシは仕事帰りに立ち寄ってそれぞれ五本のぬるチョコドリンクを買っていく。
ここまで皆こき使われて不満は起きないのか?という疑問が出そうだが、そんな空気は全くない。むしろワクテカ感さえ漂うくらいだ。
そう、ラウルの『チョコレート系の美味いデザート作りのためだ!』という言葉を聞けば、異論を唱える者などいる訳がないのである。
そうしてバレンタインデーが過ぎた次の日、木曜日にライトとレオニスは晩御飯後に今後の行動についての話し合いをした。
場所はカタポレンの森の家、レオニスの書斎である。
「炎の洞窟の問題も解決したことだし。さてそうすると次に何をすべきかと言えば、他の女王の安否の確認だな」
「うん、そうだね。ていうか、ぼく、炎の女王様と氷の女王様くらいしか知らないんだけど……他の女王様はどこにいるの?」
ライトの質問に、レオニスは大きな地図を出してきた。サイサクス大陸全土が描かれた世界地図である。
「闇の女王は暗黒の洞窟の最奥の暗黒神殿、地の女王は奈落の谷の谷底にある地底神殿にいるという」
「暗黒の洞窟って、うちの近くにあるアレ?」
「そそそ、あれあれ。でもって、光の女王と雷の女王も天空島の天空神殿のある場所でいっしょに暮らしているらしい。属性的にかなり近いからだろうな」
ライトがいつも素材採取している暗黒の洞窟、その最奥に神殿があるとは全く知らなかった。割と本気でびっくり仰天である。
光と雷は、双方ともに天空島の天空神殿にいるという。確かにどちらとも、地上よりも天空にいる方が相応しいだろう。
そこからさらにレオニスは、他の女王の居場所を示していく。
「火の女王はシュマルリ山脈北東にあるエリトナ山、風の女王はサイサクス大陸西部にあるコルルカ高原、海の女王はラギロア島の海底神殿、水の女王は目覚めの湖の湖底神殿にいる」
どれもライトの全く知らない情報で、ライトは内心驚いていた。
おそらくは冒険フィールドの舞台として用意されていた、未実装の場所なのだろう。
というか、ライトが最も驚いたのが水の女王の情報だった。
「え!? 目覚めの湖に水の女王様がいるの!?」
「ああ、湖底神殿にいるらしいが」
「ぼく、イードとウィカといっしょに湖底神殿行ったけど、女王様になんて会わなかったよ!?」
ライトが驚愕しながら語る話に、今度はレオニスが目を丸くする。
「え? お前、いつの間に湖底神殿になんて行ってたの?」
「……あ。えーとね、一ヶ月くらい前、かな? 水の精霊のウィカの力を借りれば、湖中散策できるかなーと思って。ウィカとイードに頼んだら……できちゃった☆」
「できちゃった☆って、お前……そりゃウィカの力を以ってすれば、湖中散策も容易だろうけども……」
思わず自らバラしてしまった目覚めの湖での湖中散策のことを、ライトはテヘペロ顔で改めてレオニスに報告する。
そんなライトのテヘペロ顔に、レオニスは呆れる他ない。
このやんちゃ坊主め、一体誰に似たんだ……と内心思うレオニス。だがそれは、紛れもなく特大のブーメランであることを早急に自覚するべきである。
「全く……そりゃ確かに目覚めの湖はこの家から近いし、遊び場として最適ではあるが……俺ですら、まだ湖底神殿になんて行ったことねぇってのに」
「そなの? レオ兄ちゃんなら湖底神殿にも行ったことありそうなのに、ないの?」
ライトにしてみれば、レオニスが湖底神殿に一度も行ったことがないというのが意外だった。
何しろこの家から目覚めの湖は近くにあり、最も馴染みの深いご近所さんだ。こんな近所にあるのに神殿探検しないなんて、ライトに言わせれば『ウソでしょ!?』的な話である。
だが、そんなライトの言葉にレオニスは額にピキピキと青筋を浮かべながら、能面の笑顔でライトのこめかみを両の拳でギリギリと締め上げる。
「あのな? 普通の人間ってのはな? 単体では水中の奥深くまで潜れないもんなんだぞ?」 Σグリッ
「イタッ」
「一人で潜れるとしたら【海女】や【潜水師】なんかの水潜りに特化したジョブ持ちか、もしくはパーティーで潜るには【精霊使い】の加護持ちが必須なんだぞ?」 Σグリゴリッ
「イタタッ」
「そもそもだな、普通の人間は水の精霊と友達になんてなれないもんなの。ライト君よ、俺の言ってること、分かる?」 Σグリゴリギリギリッ
「わわわ分かりましたッ」
「分かればよろしい」
そう、ライトは完全に失念していたが実はレオニスの言う通りで、普通の人間は生身のままでは水深深くまで潜ることなどできないのだ。そしてそれはレオニスにも当て嵌まる。
如何にレオニスが人外で桁外れの能力を持っていても、舞台が水中となれば話は別だ。潜水艦などという最新鋭技術のない世界では、水中行動に特化したジョブ持ちでなければ、海や湖といった水場で長時間潜ることは現状では不可能なのだ。
冒険者として完全無欠のレオニスでも、不可能なことがある―――それこそがライトの中で最も失念していたことだった。
レオニスからのこめかみ万力お仕置きに、速攻で白旗を掲げたライト。レオニスもライトの「分かりましたッ」を聞いてようやく拳を緩めた。
涙目で己のこめかみをさするライトに、レオニスはため息をつきながら話しかける。
「まぁ、目覚めの湖はうちから近い遊び場だし、イードとウィカといっしょに遊んでてたまたま見つけたってことなら分からんでもないが。それでもあまり危険なことは進んでするな。お前の身にもしものことがあったら、俺はグラン兄やレミ姉に合わす顔がない」
「……ごめんなさい」
「お前だって将来は冒険者になるんだろ? 冒険はもっと大きくなってからでも存分にできる」
「うん……」
「そしてこれからは、もし偶然そういったものを見つけた場合はちゃんと俺にも報告するんだぞ?」
「分かった……」
レオニスの説教はどれも正しい。
ライトはまだ冒険者登録すらできない子供であり、レオニスを保護者としてその庇護下にある。両親を亡くし、天涯孤独となったライトを引き取って今もともに暮らしてくれているレオニスがいなければ、今のライトにはなり得なかったのだ。
そんな大恩あるレオニスを蔑ろにしていい筈がない。そして何よりレオニスの口から『グラン兄とレミ姉に合わす顔がない』とまで言わせてしまったことに、ライトの胸は強烈に痛んだ。
己の浅慮さを悔いるライト。その目にはこめかみの痛みとはまた違う涙が浮かぶ。そんなライトを見て、ちゃんと理解できただろうことを感じ取ったレオニスはライトの頭を優しく撫でた。
「分かってくれりゃいい。ライトだって遊びたい盛りなのは分かるからな」
「ううん、レオ兄ちゃんに心配させたぼくが悪いの。ごめんなさい」
「そうだな、そしたらこれからは大きな隠し事は無しな?」
「うん、分かった」
ライトの小さな拳とレオニスの大きな拳がコツン、と合わさった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ライトの思わぬ暴露騒動も一段落し、これからの行動の話し合いを再開するライトとレオニス。
「そしたら、今すぐにでも行けそうなのは水の女王と氷の女王の二ヶ所、てことになるのかな?」
「そうだな。その二つが地理的には行きやすいが、氷の女王のところは夏になってからの方が楽だとは思う」
「あー、そっかぁ。雪を集めるのは今の季節が一番いいけど、洞窟の中に入るのはキツいよね」
「そゆこと。まぁ真夏まで待たなくても、春になったらとかでもいいがな」
今はまだ二月の半ば、冬真っ盛りで寒さも厳しい。こんな時期に氷の洞窟に入るなど、通常の人間なら普通に自殺完遂コースである。
もっともライト達の場合、アイギス製の寒暖対応リバーシブルマントがあるから氷の洞窟に行こうと思えばいつでも行ける。だがそれでも、環境的に最も厳しいと分かりきっている時期に出向くことはない。
ライト達の都合の良い時に他の女王達の様子を見てきてくれ、と炎の女王に頼まれたのだから、見て回る順番もライト達が最も良いと思うタイミングで決めていいのだ。
「じゃあ、目覚めの湖から行く?」
「そうだな。その後に暗黒の洞窟、ラギロア島、コルルカ峡谷、エリトナ山、天空島、氷の洞窟は時期を見て行く。こんなところか」
「そしたら今度の土曜日に行こうね!」
「おう、ウィカやイードにも手伝ってもらわなきゃな」
「うん!」
ライトとレオニス、二人の今週末の予定が決まった瞬間だった。
相変わらず作者の胃は要安静ですが、発熱の方は治まってきたのでブツ切り状態だった第420話を新規文章も追加してひとまとめにしました。
ぃゃー、今回は本当にキツかったです……近年はコロナの影響でアルコール消毒が徹底的になされているせいか、風邪は全く引かなかったのですが。発熱で寝込んだのはコロナワクチン二回目接種の副作用時以来ですか。
胃痛と高熱で何もできず、ひたすら寝て過ごすしかないけど人間寝るにも限界があり。点滴その他身の置きどころがない中、ならば拙作の話の続きでも考えようか……と思うも、ろくに文章が浮かばず。
やはり多少なりとも元気がなければ、楽しい話も思い浮かばないもんなのだなぁ……と身を以て思い知りましたです。
そして一番強く思ったのは『ハイポ、エクスポ、イノセントポーションが欲しい!』でした。
HP回復剤だけではさすがに状態異常【急性胃炎】は治せないかもしれませんが、それでもヘロヘロになってガリガリ減っていくHPだけでも回復したかったです・゜(゜^ω^゜)゜・




