第404話 穢れの在り処
屍鬼将ゾルディスの断末魔の叫びがようやく収まり、ライト達の周りに静寂が戻ってきた頃。
しばらく警戒し続けていたレオニスがハッ!と我に返り、慌ててライトのもとに駆け寄った。
「ライト!大丈夫か!怪我はないか!?」
「う、うん、ぼくは大丈夫、どこも怪我してないよ。それよりレオ兄ちゃんの方は?」
「ああ、俺もどこも怪我してないから心配すんな。……はぁー、ライトが無事で本当に良かった……」
二人とも互いの無事を確認して気が抜けたのか、はぁぁぁぁ……という大きな吐息とともにその場にへなへなとへたり込む。
まさかこのような場所で屍鬼将ゾルディスと対決するなどとは、夢にも思わなかった。戦闘慣れしているレオニスはともかく、ライトは未だに手の震えが治まらない。
「しかし、さっきの光は……ライトがマントの内側に着けているラペルピンか?」
「うん、多分そうだと思う……」
ライトは己のマントの前合わさりを少しだけ広げて、着用しているラペルピンを覗き見る。今現在はもう先程のような発光はしておらず、普段と変わらない艷やかな八咫烏の羽根とピンクゴールドの三連チェーンが見える。
「つーか、ゾルディスが何かおかしなこと言ってたな? あの光のことを、古の遺失魔法【精霊の記憶】とか何とか……」
「遺失魔法に……【精霊の記憶】? レオ兄ちゃん、それホント? ゾルディスが本当にそんなこと言ってたの?」
「ああ、間違いない、確かにこの耳で聞いたが……何か心当たりでもあるのか?」
「……ぇ? ぁ、ぃゃ、んーと、精霊っていうとあの怖い禍精霊【火】以外まだ見たことないから、精霊の記憶とか魔法とか一体どんなものなのかなー、と思って……」
「ああ、そういやそうだな。この炎の洞窟には普通の火の精霊もいるはずだが、今のところまだ一度も見れてないもんな。まぁ今は魔物除けの呪符を使っているせいもあるが」
レオニスが語った『遺失魔法』に『精霊の記憶』という言葉に、思わずライトが強く反応する。
その反応を見たレオニスから心当たりを問われ、とっさに何とか誤魔化したものの、実はライトには心当たりがあったのだ。
『『遺失魔法』に『精霊の記憶』だと?……どちらもBCOでレアモンスターからドロップする、魔法系のレアスキルを指す言葉だが……何故そんなものが屍鬼将の口から出てくる?』
『このラペルピンは、八咫烏のマキシ君の羽根を用いて、アイギスで加工してもらったお守りで、フェネぴょんとのお揃いで……』
『これに魔法系スキルが仕込まれる要素といったら、フェネぴょんの付与魔法くらいしか……』
頭の中で懸命に思考するライトを、レオニスが心配そうに覗き込む。
「……おーい、ライト? 大丈夫か?」
「……ン? ぁ、ぁぁ、ごめんなさい。何だかいろんなことがあり過ぎて、考えても考えても上手くまとまらなくて……」
「ああ、そりゃしょうがない。俺だってゾルディスの言ってたことはかなり気になるが、考えてもさっぱり分からん」
「そうだよね……ていうか、それよりもこれからどうする? さっきまではもう少し探索を進めてから、また明日改めて炎の女王様のところに行こうって話だったけど」
レオニスに心配されたライトが慌てて取り繕いつつ、この先の行動をどうするかレオニスに問う。
「んー、そうだなぁ……この炎の洞窟に異変をもたらした元凶らしいゾルディスは倒したが、肝心の穢れそのものを何とかしなきゃならん」
「だが、どこに穢れが埋め込まれているかまでは分からんし……って、そういやよくよく考えたらそれを知る手がかりがここにいるじゃねぇか」
レオニスがこの先どうするかを考えていたが、その流れでふと何かを思いついたようだ。
座っていたレオニスが立ち上がり、キョロキョロと辺りを見回し何かを探している。しばらくしてとある一方向を見定め、その方向に向かってツカツカと歩いていく。
数歩歩いた先で立ち止まったレオニス。その足元にはぐるぐる巻きに縛り上げられたままのマードンが転がっていた。
「……おい。起きてるか?」
『…………』
「つか、生きてるか? 怖ぇ上司からの直接処刑は免れたはずだが」
『…………しゃま』
「ン? 何だ?」
『…………ゾル、ディス、しゃま…………』
しばらく無言だったマードン。一応生きていたようだ。
縄でぐるぐる巻きにされた身体はふるふると震え、薄く開いた目からは涙のようなものが滲み出ている。
その涙は一体何に対してのものか、レオニスには分かる由もない。だが、マードンの口から出てきた言葉は、今しがた塵と化して消えた元上司の名だった。
「あー……お前、これからどうするんだ? 見ての通り、お前の元上司はたった今俺が討ち取ったばかりだが」
『……我が主、ゾルディス様の仇は討ちたァいが……我に貴様をヌッコロす力などなァい……』
「ん、そりゃまぁな……俺だってそう簡単にお前に殺されてやる訳にはいかん」
『…………』
レオニスの問いに、力なく答えるマードン。
それでも一応元上司の仇を取りたいという意思はあるようだ。
「つーか、お前が決闘をお望みなら応えんでもないが……ゾルディスはお前を殺して始末しようとした奴だぞ? そんな奴のために仇討ちすんのか?」
『……それでェも……』
「ン?」
『それでェも、我にとッてはお慕いすべェき、主だッたのダ……』
未だに縄でぐるぐる巻きにされたイモムシ状態のマードン。その身体は小刻みに震えていた。
ゾルディスにはこれまでずっと扱き使われてばかりだったろうに、主を敬愛するその心意気だけは見上げたものである。
「そうか……まぁお前が俺と戦いたいってんならいつでも受けてやる。だが、今はそれよりも先にしなきゃならんことがある」
『…………』
「この炎の洞窟に埋め込んだ穢れ。お前らの言葉だと『魔力の泉』とやらになるのか? それがどこにあるかを探さなきゃならん」
フェネセンから教わった『穢れ』は、マードン達四帝側では『魔力の泉』と呼んでいるらしい。確かに奪われる側と奪う側では、同じものを指していてもその意味合いは全く変わってくる。
奪われる側の人間その他にしてみれば、その悪辣な仕掛けは穢らわしい罠以外の何物でもない。だが、奪う側の四帝にしてみればそれは自分達に莫大な利益をもたらす恩恵の泉なのだ。
「なぁ、マードン。その『魔力の泉』がどこにあるのか、ここはひとつ素直に教えてくれんか。でないと俺はまたお前にお仕置きの続きをしなきゃならん」
『…………』
「頼む、教えてくれ。なるべくなら手荒な真似はしたくないんだ」
先程までと違い、頼み込むように穢れのことを話すようマードンに促すレオニス。
これまでは敵同士だったとはいえ、目の前で主を失い茫然自失となった抜け殻のようなマードン。レオニスの心情としても、打ちひしがれたマードンにこれ以上手荒なことはしたくなかったのだ。
とはいえ、マードンがこのまま黙秘を貫くようなら手荒な尋問の再開も吝かではないことに一切変わりはないが。
『…………いいゾ。特別に教えちゃるァ』
「本当か!?」
『あァ。我にはもう……どッこにも寄る辺などなァいのダからな……』
炎の洞窟に仕掛けられた穢れの在り処を問うたレオニスに対し、素直に承諾するマードン。虚ろな受け答えしかできない有り様は何とも憐れで、いつもの威勢の良さなどすっかり消え失せてしまっている。
思いの外あっさりと陥落したが、思えばマードンの主ゾルディスは既に目の前で倒されたばかりだ。
仕えるべき主がいなくなった以上、マードンにとってはもはや全てがどうでもいいことなのかもしれない。
「で、そいつはどこにある?」
『女王ダ』
「……何? 今何と言った?」
『だァからァー……魔力の泉ィのもとはァ、炎の女王の中に埋め込まれておンのだ』
「「!!!!!」」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「炎の女王に穢れを直接埋め込んだ、だと? 何てこった……」
「そんな、酷い……」
マードンの供述は、ライトとレオニスにとって強い衝撃をもたらした。
最初ライト達は、この洞窟内のどこかに穢れを埋め込んだのだろうと思っていた。そのつもりで洞窟内の壁や地面を隈なく観察して、異変のもとを見つけだそうとしていたのだ。
だがマードンの話では何と、よりにもよって炎の女王に埋め込まれているというではないか。
だが、考えてみればかつて穢れに苦しめられていた八咫烏のマキシも、その身体の奥深くに埋め込まれることで四帝に魔力を奪われ続けてきた。
そうした前例があることを思えば、炎の女王にも直接穢れを埋め込まれたという話も納得できるというものだ。
「ねぇ、レオ兄ちゃん。それって、マキシ君のように身体の奥深くに埋め込まれてるってことだよね?」
「ああ……実際に見てみないことには断定はできんが、おそらくはそういうことだろうな」
「じゃあ、今から炎の女王様のところに直接行ってみる?」
「そうするか。他を道をすっ飛ばして最奥まで真っ直ぐ行くだけなら、ここからでもさほど時間もかからんしな」
もともとこの炎の洞窟という場所は、BCOに出てくる冒険フィールドの中ではかなり初期寄りで比較的易しい部類だ。複数の階層もなく構造も単純で、落とし穴やワープなどのトラップも一切ない。
故に、最奥部に辿り着くこと自体はさほど難しいことではなかった。
「じゃ、今から行くか」
「うん!……って、レオ兄ちゃん。コレ、どうする?」
「ン? ああ、コレか……」
ライトとレオニス、二人してコレコレ言っているのは地面に転がったままのマードンである。
コレ扱いはなかなかに酷いものだが、つい先程まで敵対していた者同士なのだ、そうそうすぐに仲良くなったりお近づきになれるものでもない。
「一応連れていくか……もしかしたら嘘言ってるかもしれんし」
「そうだねー、このままここに置いてけぼりってのもあれだし」
「だが、この縄を解く訳にはいかんな。飛んで逃げる可能性も十分にあるし」
「かと言って、直接抱っことかはさすがに無理だよねぇ……」
「「……ンーーーむ……」」
蝙蝠という生物は様々なウィルスや病原菌の巣だということを、ライトは前世の知識として知っていた。
しかもこのマードンは屍鬼将の直属配下で、かつてオーガの里でもラキに屍鬼化の呪いを埋め込もうとした実行犯。どんな危ない菌や呪いを持っているか、分かったものではない。
それに、仮にも先程まで敵対していた魔族を抱っこして連れ歩くなど、どう考えてもあり得ないことである。
さりとてマードンをここに置き去りにしていく訳にもいかない。炎の女王に穢れが埋め込まれたという真偽を確かめるためだけでなく、他の情報を引き出すためにもマードンは今後しばらくはライト達の監視下に置いておきたい。
さてそうすると、このマードンを今後どのようにして扱うべきか。
二人はその場でうんうん唸りながら悩み始めた。
今回もラペルピンがライト達の窮地を救ってくれました。
マントの外ではなく内側に着けていたのは、炎の洞窟の暑さでラペルピンが傷んだら困る!という配慮からです。もとが八咫烏の羽根でできてますからね、洞窟内部でところどころ渦巻く炎から火の粉が飛んできて燃え移ったりでもしたら一大事ですし。
ちなみにこのラペルピン、炎の洞窟内でマードンと鉢合わせする直前にもうっすらと反応してまして。遭遇直前にライトが発した言葉「……ン? 何だこの光?」というのがそれに該当していた訳ですね。
ラペルピンの全貌はまだ謎に包まれており不明ですが、悪意の大きさや強さに比例してラペルピンの反応も大きく変わるようです。




