第396話 魔物除けの呪符の仕組み
二度目の炎の洞窟調査を無事終えたライトとレオニス。
プロステスに戻る道中、歩きながら二人は炎の洞窟内部を振り返り話し合う。
「魔物除けの呪符が効いたのは幸いだな。これで禍精霊【炎】や他の魔物達の相手をする手間が省けて調査に専念できる」
「そうだねー。昨日と違って強くなった魔物を相手にしなくて済むのって、かなり楽だったもんねー」
魔物除けの呪符が狂乱状態にある禍精霊【炎】や他の魔物達に効くかどうか不明だったが、状態異常にある魔物に対しても効果があることが今日の洞窟調査で立証された。そのことにライトとレオニスは殊の外喜ぶ。
何もしなければ、人族に対して問答無用で襲いかかってくる魔物達。それらを撃退する手間をかけることなく、最初から回避できるのはかなりのメリットだ。
今後の調査も捗ること間違いなしである。
「今回は呪符を五枚使ったから、念の為に買い増ししておいた方がいいかもね」
「ああ、今日入った部分は炎の洞窟全体のうち二割か三割ってところだからな」
「じゃあ、後二回か三回は調査しないといけないね」
「ラグナロッツァに戻ったら、魔術師ギルドに行ってピースに三十枚ほど描いてもらうかー」
ここでレオニスから意外な人物の名前が出てきたことに、ライトは不思議そうな顔で問うた。
「?? ピィちゃんに描いてもらうって、どゆこと? わざわざピィちゃん個人に呪符作りを依頼するの?」
「あー、ライトは呪符とかあまり使ったことないから知らんか。魔術師ギルドの呪符ってのは、描き手によって術の効力に差が出るんだ」
「そなの!?」
レオニスから返ってきた答えに、ライトは驚きを隠せない。
「差が出るって、どんな風に変わるの?」
「描き手の資質というか、まぁ主に高い魔力持ちや魔法攻撃力が強い者ほど描いた呪符の効果が高くなるんだ」
「へー、呪符にそんな違いがあるなんて知らなかった……」
「例えば魔物除けの呪符の場合な。あれは基本的に使用した者の強さによって、出てこなくなる魔物の範囲が変わるんだが、ここら辺は理解できるか?」
「うん、呪符を使った者より弱い魔物が出てこなくなってことだよね?」
そこら辺はライトも前世のゲームBCOで散々世話になったアイテムなので、その効果は熟知している。
使用すれば自分のレベルより低い魔物が一定時間出てこなくなるのだ。
「そう、魔物除けの呪符の基本的な概念はまずそれなんだが。それ以外にもう一つ判断基準があってな。『呪符の製作者の強さに応じて変わる』というのもあるんだ」
「そなの!? それはすごいけど、何でそんな判断基準もあるの?」
「そりゃお前、除けられる魔物の判断基準が使用者の強さだけだったら、例えばお前以外の普通の子供や年寄りなんかの非力な者達が使えんだろ?」
「……あ。言われてみればそうだね」
レオニスの解説に、ライトも思わず納得する。
だがライトよ。レオニスの言葉の中に『お前以外の普通の子供』という文言が入っているが、それでいいのか。
レオニスのみならず、ライトまで着実に人外の道を歩んでいることの示唆に他ならないのだが。
「非力な年寄り子供以外にも、生まれつき魔力が低くて攻撃魔法も強くない者。こうした弱い者達でも魔物除けの効果を得るには、使用者自身の強弱に左右されない別の要因が要る。それが『描き手の強さ』という訳だ」
「なるほどー、確かにそれなら誰でも使えるようになるね!」
ゲームの中で使っていた魔物除けの呪符は『使用者のレベルより低い魔物が30分間出てこなくなる』というアイテムだった。
だがそれではレオニスの言う通り、レベルの低い者が使用してもほとんど効果が得られないということになる。
ゲームなら、レベル上げしてから後で使おう!なんてこともできるが、現実世界として生きる者達はそうはいかない。
中でも魔物除けの呪符などというものは、本来弱者を守ってナンボのアイテムだ。弱者が己の身を守るために使われるべきアイテムなのに、その弱者のレベルにだけ合わせていたら雑魚魔物すら除けることができない、ということになってしまうではないか。
これでは本末転倒もいいところである。
「でもさ、そしたらギルドマスターを務めるピィちゃんの描く呪符が強力なのは分かるけど、それだと他の人が描いた呪符は人気が出なくて売れなくなっちゃったりしないの?」
「あー、そこら辺は大丈夫。同じ呪符でも作者によって値段が変わるから」
レオニスの話によると、呪符の作者が誰であるかによって販売価格も変わるらしい。
確かに効果に強弱がある品を一律の値段で売るはずがない。最も強力なピース作は特級品、次に強い効果を持つ作は高級品、中堅クラスの作は普及品、といったようにランクが分けられて販売価格もそれぞれ違う設定がされているとのこと。
「まぁ俺一人が使うだけなら、新人魔術師の訳あり呪符でも構わないんだがな。それだとライトやラウルに持たせた時に効果が薄いとマズいからな」
「あー、そしたら八咫烏の里に行く時に持たせてくれた魔物除けの呪符、あれもピィちゃん製だったの?」
「ああ。ライトは魔力こそ高いが魔法攻撃力の強さとかまだ分からんし、ラウルはラウルで自称軟弱者だし。まぁ今のラウルは絶対に軟弱者じゃねぇけど」
かつてマキシの里帰りとして八咫烏の里に出かけた時。強力な魔物に襲われないように、レオニスに持たされた魔物除けの呪符を使用して三人の身の安全を確保したことがあった。
ラウルやマキシのレベルは不明だが、今にして思えば当時あの周辺を彷徨いているという赤闘鉤爪熊よりレベルが上だったとは到底思えない。
それでも他の魔物に一回も襲われることなく八咫烏の里に辿り着けたのは、あの呪符がピース製の最高級品だったからに他ならないことをライトは知る。
「そっかぁ……あの時もレオ兄ちゃんのおかげで、ぼく達は魔物に一匹も出くわさなかったんだね。いつもありがとう!」
「ン? ま、まぁな……」
ニッコニコの笑顔でレオニスに礼を言うライト。
思わぬところで礼を言われたせいか、レオニスが少し照れているようだ。
照れ臭さを誤魔化すためか、レオニスは他の話題を振ってきた。
「ところで……洞窟の入口付近で襲ってきた魔物達、ライトの目から見てどうだった?」
「うん、昨日と同じくおかしかったと思う」
「やっぱりそうか……」
レオニスは炎の洞窟からの脱出を優先するために、身体強化魔法をかけて攻撃力を上げており全てを一撃で薙ぎ倒していた。そのため魔物の強弱が把握しきれなかったようで、ライトの助言を求めた。
ライトはライトで帰りは走り抜けながら入口に向かったため、魔物の死骸は拾わずにそのままレオニスの後を駆けた。その際に見た魔物達は、昨日と同じく血走った目と鬼気迫る表情、剥き出しの殺意に満ちていた。
このことから、魔物達は昨日と変わらず狂乱状態にあるとライトは判断したのだ。
「やはり穢れもしくはそれに近しい元凶が洞窟内のどこかにあって、魔物達を狂わせているんだろうな」
「多分ね……」
「これからまた何回か調査しなければならんが、何としてもそれを見つけなきゃな」
「うん、また来週もプロステスに来なくちゃね!」
プロステスの街に辿り着いたライト達は、アレクシスに報告すべく領主邸に向かった。
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「……とまぁ、そんな状況だ」
「そうか、分かった。今後とも引き続き調査を頼む」
「ああ。こちらの都合で土日にしか調査に来ることができんが、そこは承知しといてくれ」
「もちろんだとも。レオニス君の相棒であるライト君も、炎の洞窟調査に欠かせない有能な人材だからな」
「えッ!? そ、そんなことは……」
プロステス領主邸の執務室にて、二度目の調査結果を報告するレオニス。
その際に、調査は土日のみということをレオニスは改めてアレクシスに伝える。そう、ライトを伴って調査するにはラグーン学園が休みの日でなければならないのだ。
アレクシスもそこら辺は正しく理解しているようで、承諾の返事とともにライトのことを『有能な人材』として認めていた。
「ははは、謙遜せずとも良い。ライト君の観察眼は、並々ならぬものがある。レオニス君一人では気づけないことも、ライト君と合わせて二人いることで分かることも多いだろう」
「ああ。魔物除けの呪符を使えば、洞窟内で魔物に襲われる心配もないからな。ライトを連れていっても安心して調査に専念できる」
「魔物除けの呪符か。洞窟調査にかかる必要経費は全てプロステスが持つので、遠慮なく言ってくれ」
「お、そうしてもらえると助かる。魔物除けの呪符はラグナロッツァの魔術師ギルド総本部で買い足すつもりなんだが、クラウス伯に伝えればいいか?」
「ああ、そうしてくれたまえ」
魔物除けの呪符を炎の洞窟調査の必要経費として負担する、というアレクシスの言葉にレオニスが素直に喜ぶ。
確かに考えてみれば、魔物除けの呪符は炎の洞窟調査の安全対策として欠かせない消耗品であり、それを依頼主のプロステス側が負担するのは道理である。
「じゃあ、今回は俺達はこれで帰る。また来週の土曜日に調査する予定だから、そのつもりでよろしく頼む」
「承知した。二月三月のうちはまだ気温的にも調査しやすい時期だ。来夏まではまだ時間的に猶予もある。レオニス君、ライト君、今後とも調査を頼む」
アレクシスが席を立ち、改めて深々と頭を下げる。
報告を終えたライトとレオニスは、また次の土日にプロステスに来ることを約束し、領主邸を後にした。
魔物除けの呪符のような『自分のレベルより低い敵を出さないようにする』というアイテムは、RPGゲームなどでも定番のお役立ち便利アイテムですよね!(・∀・)
アイテム使用者のレベル以外の、もう一つの魔物除けの判断基準である『描き手のレベルにより変わる』というシステム。これはまぁいわゆる最低保証制度のようなもんですね。
これを数値として表すと、ピースが描いた呪符はレベル150、上級の腕を持つ魔術師が描いた呪符はレベル120、中堅魔術師が描いた呪符はレベル80までの魔物を確実に除けてくれます。
ちなみにライト以外のサイサクス世界の住人達にはレベルという概念はないので、この場合明確なレベル数などは提示できません。ただ何となーく感覚的に強い弱い、良く効く、効き目が薄め、といったふんわりとした感じしか掴めないのですが。
それでも効力の強さはそれぞれ実感することができるので、その実感をもとにランク付けがなされているのです。
でもって、ストーリー進行に関わるボスクラスの魔物に関してはレベルの数値関係なく呪符で除けることは不可です。
ダンジョンボスとかラスボスまで出てこれなくなっちゃったら話になりませんからね!><




