第385話 大中小の宴
ライトがラキとともにオーガの里の中央広場に辿り着くと、そこにはヘロヘロになって仰向けに寝転がるニルがいた。
息の荒いニルの横にはレオニスがいて、何やらニルの介護をしているようだ。
「ニルはなー、俺と同じ脳筋だけどなー、歳も歳だからしゃあないわなー」
「ほれ、これ飲んどけ。筋肉痛予防にもいいぞー」
レオニスはそう言うや否や、空間魔法陣から取り出したエクスポーションを手に取りニヤリと笑う。
そしてエクスポーションの蓋を開けたかと思うと、ニルの口に突っ込んだ。
「ンぐッ」
「さぁ飲め、ほれ飲め、エクスポならいくらでもあんぞー」
目にも止まらぬ早業で次々とエクスポーションを取り出しては蓋を開け、容赦なくどんどんニルの口に突っ込んでいくレオニス。
やはりレオニス、本家本元の鬼人族にまで恐れられた【角持たぬ鬼】の二つ名は伊達ではない。
「ンガゴゴ……ゴキュ、ゴキュゴキュ、ゴッキュン」
「おおー、さすがだニル、良い飲みっぷりだな!」
その口に十本は突っ込まれたであろうエクスポーションを、全て飲み干すニルにレオニスが大絶賛を送る。
しかしてレオニス提供のエクスポーションを全部飲み干したニル、ガバッ!と起き上がりガッツポーズとともに完全復活を遂げる。
「ッしゃー!儂、復活!!」
「すげーな、ニル!」
「いやいや、お主のエクスポとやらはよく効くわ」
「もうちょい飲んどくか?」
「いや、もう大丈夫じゃ」
「そうかそうか、そりゃ良かった」
地べたに胡座をかいたまま、首をコキコキ鳴らしたり背伸びしたりして身体をほぐすニル。レオニスが与えたエクスポーションがよく効いたようで、何よりである。
なおもニルは腰を捻ったり肩を回したりしながら、ふと力が抜けたようにぼそりと呟く。
「いやー、久しぶりの全力疾走はさすがに堪えたわ。儂も歳よのぅ、寄る年波には勝てぬわ」
「なーに言ってんだ、ニル!あと千年は生きるんだろ?二千歳の誕生日迎えるのにまだ半分もならんじゃないか!」
「角なしの鬼よ、お主本当に数の数え方を知らんのか? 儂はまだ千歳にもなっとらんと言うておろうが」
身体の衰えを実感し、ついつい愚痴を零すニル。
このサイサクス世界におけるオーガ族は、人族の六~七倍程度生きるとされている。
現在ニルは約五百歳、人間の年齢に換算すると八十歳前後に相当する。
八十歳の肩車全力疾走とか無謀にも程がある。途中でぎっくり腰にならなかっただけ幸運と思うべきか。
だが、そんなニルにレオニスが更なる激励の言葉をかける。
「フッフーン、俺知ってんだぞ? オーガ族にとっちゃ千歳未満なんて、まだまだヒヨッコのうちなんだろ?」
「全く……この儂をヒヨッコ扱いするなんざ、お主くらいのもんだ」
「ぃゃぁ、そんなに褒められたら照れるじゃねぇかー」
「褒めとらんぞ?」
人族に比べたら長命なオーガ族でも、さすがに千歳を超えるのは難しい。人族で言えば百五十歳前後に相当するのだから。
だが、ここはニルの格言『言うだきゃタダ』が最も真骨頂を発揮する場面だ。齢五百をとうに過ぎたニルをヒヨッコ扱いするのも、裏を返せば『もっともっと元気で長生きしてくれよ、ニル!』という、レオニスなりの励ましなのである。
そんな二人の種族を越えた、騒々しくも心温まる交流?を目の当たりにしたライトとラキ。
ニルの体調が復活したのを見て声をかける。
「ニル爺、あまり無茶してくれるな」
「おお、ラキ、遅かったではないか。我が瞬足についてこれなんだか」
「こちらはライトを乗せているんだ、そちらのレオニスといっしょにされては困る」
「ふむ、それもそうじゃの」
「ラキ、ニル爺ェ……お前ら覚えてろよ……」
ラキ達の相変わらずの扱いに、レオニスが悔しげに歯軋りする。
そんなレオニスの横に、ラキの手によって肩からそっと下ろされたライトがレオニスのもとに駆け寄り声をかける。
「レオ兄ちゃん、ニルさんの肩車どうだった?」
「おう!そりゃもう眺めは良いわ速度は速いわ、最ッ高だったぜ!」
「そっか、それは良かったね! ぼくもラキさんの肩に乗せてもらって、すっごく楽しかった!」
「そりゃ良かった。オーガ族族長の肩に乗せてもらうなんて、こんな栄誉はないぞ?」
「それを言ったらレオ兄ちゃんだって、オーガ族長老の肩車なんて光栄過ぎでしょ?」
「そうだな!」
二人して笑っていたところに、今度はナヌス族の族長ヴィヒトが近づいてきて声をかけた。
「レオニス殿、久しいの」
「おお、ナヌスの族長殿。久しぶりだな」
「ライト殿も過日は良い土産をいただき、誠に感謝する」
「ヴィヒトさん、こんにちは! お土産喜んでもらえて何よりです!」
「今日は我等もオーガの宴にお呼ばれされての。ここでお二方に会えたこと、本当に嬉しく思っておる」
ライト達が挨拶を交わしていると、宴の会場である中央広場のど真ん中にラキが立ち、その場にいる全員に向かって話を始めた。
「皆の者、聞いてくれ。今日の宴は過日より稼働した防御結界、その運用開始の祝賀会だ」
「秋に起きた単眼蝙蝠の襲撃は、皆の記憶にもまだ新しいことと思う。あの時は数多の助力により事なきを得たが、今後あのようなことが再び起きぬよう里の防衛にさらに力を入れていかねばならない」
「その防衛のための方策をナヌス族と人族、双方の叡智をお借りして結界という守るための新たなる力を我々は手に入れることができた。お力添えいただいた方々には、本当に感謝している」
「今日のこの宴には、我等を助けしナヌス族の方々とオーガ族の恩人である人族二人もお招きしている。我等オーガ族、ナヌス族、そして人族とのより深き絆を以て、三種族のますますの繁栄をここに願い祝おうぞ!」
「「「おおおおおッ!!」」」
ラキがその手に持つ杯を高々と掲げたのを合図に、オーガ達が歓声を上げた。その歓声は凄まじく、ライト達の身体がビリビリと揺れるくらいの熱狂ぶりだ。
ラキの演説を見守っていたライトやレオニス、ヴィヒトも心からの拍手を送る。
こうしてオーガ族主催の祝賀会が始まっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「うおおお、お料理全部が大きいー」
ライト達に用意された席に並ぶ料理の数々に、ライトは目を見張りながら見入る。
オーガ族主催の宴なので、料理や飲み物も基本的にサイズがデカい。だが、一応それでもライト達人族のサイズを考慮してか、オーガ用の標準的な皿よりはかなり小さなものが用意されている。もしかしたら、子供達が遊びに使うおままごと用の皿かもしれない。
ライト達の向かいにはラキやニルが座り、彼らの席を堺にしてラキ達の後ろ側にオーガ達のエリア、ライト達の背後にナヌスのエリアがそれぞれ設けられている。
ナヌス達はナヌス用のエリアからくれぐれも離れないよう、ラキ達から事前に言われている。
普段の少人数での交流ならともかく、大柄なオーガ族と小人族のナヌスが大規模な宴会の場で同じエリアにいるのは非常に危険だからだ。何かの拍子にオーガがナヌスを踏み潰してしまいかねない。酒が飛び交う場ならなおさらである。
故に飲食の卓や基本的な居場所は、オーガ達とは少し離れた場所に設置されていた。
そして今回、ナヌスからは五十人ほどが宴に参加している。その内訳は族長一家や長老などの重鎮の他に、結界の維持やメンテナンス担当の魔術師達も関係者として呼ばれていた。
ヴィヒトの話によると、結界のメンテナンスは五日に一回、ナヌスの魔術師がオーガの里に出向き結界の八方から同時に魔力を注入することで維持していくという。
オーガの里はナヌスに比べて面積的にかなり広大だが、そうやってこまめに魔力を注入していけば維持管理もスムースにできるだろう。もちろん魔術師の送り迎えはオーガ側が一手に引き受けるという。
今後長く世話になるであろう現場担当者とも懇意にするために、魔術師達も全員宴に招待されたという訳だ。
「ヴィヒト殿、これからまた何かとご厄介をかけるが、一族ともども末永いお付き合いをお頼み申す」
「いやいや何の、こちらこそ今後とも善き盟友としてよろしくお願いいたす」
各種族の重鎮達が和やかに言葉を交わしている。
他の民達もオーガ達が用意したご馳走に舌鼓を打ち、酒を酌み交わしたりしてあちこちで楽しそうに談笑する。
まだ酒を飲んでいないオーガがナヌス達のところに挨拶や様子を見に来たりして、大中小様々な者達が交流を深めている姿は何とも微笑ましい。
ちなみにナヌス達のテーブルや食器類は、ナヌスの里から運んできたらしい。さすがにオーガ族とナヌス族では体格から何からサイズが違い過ぎて、食器類なども共用できないからだ。
今日のこの祝賀会のために、朝からオーガ達がナヌスの里から家具や食器類の入った籠を運んだという。ナヌス達だけでは大変な家具類の運搬も、大柄なオーガ達にとってはお茶の子さいさいである。
一方ライト達の横には、オーガ族の子供達の席もあった。
オーガ族の子供達の身長はレオニスとほぼ同じ程度なので、サイズ的に同じ者同士という分けられ方をしたようだ。
しかし、ライトも子供だしレオニスも酒はあまり飲まないのでオーガの子供達を混ぜられたところで問題はない。
「ライトくん、おひさね!」
「ルゥちゃん、こんにちは!あっ、ジャン君もこんにちは、久しぶりだね!」
「おう、ライト、元気だったか? たまにはオーガの里に遊びに来てもいいんだぞ?」
「え、ホント? そんなこと言われたら、ぼく喜んで遊びに来ちゃうよ?」
「ホントだとも!なぁ、ルゥ?」
「うん!またいろんな飲み物飲みたーい!」
ライトもオーガ族の子供達に囲まれて、楽しそうに交流している。
背丈はオーガの子供達の方がライトよりかなり大きいが、そこは子供同士打ち解けるのも早い。
特にルゥやジャンは襲撃事件以来ライトと何度も顔を合わせており、すっかり仲良しだ。
「そんなルゥちゃん達に、今日は良い物持ってきたんだー」
「え? イイモノって、何ナニ?」
「一応今日の祝賀会のお祝いの品として持ってきたんだけどね? 皆に飲んでもらおうと思ってさー」
ライトが子供達と話しながら、アイテムリュックをガサゴソと漁る。そしてリュックからヒョイヒョイー、とたくさんの袋を出してテーブルの上に山積みに置いていく。
半透明の袋から薄っすらと見える、カラフルな色とりどりの袋を見た子供達が興味津々で覗き込む。
「ライト、これは一体何だ?」
「これはね、水で溶かすだけでぬるぬるドリンクが作れる粉なんだ」
「へー、人族の里には美味しい飲み物だけじゃなくて、簡単に作れる粉もあるのね!」
「赤はトマト、黄色はレモン、橙はオレンジ、水色はソーダ、紫はブドウ、今までに飲んだぬるぬるドリンクと同じだよ。水で溶かすから味の濃い薄いも好みで調節できるし、混ぜ合わせて新しい味も作れるんだ」
「何ソレすごい!」
そう、今日ライトがお祝いの品として持ってきた手土産、それはぬるぬるの素各種である。
大人も子供も皆大好きぬるぬるドリンク、その素なら間違いなく喜ばれるはず!というライトの読みは見事に当たり、子供達は大喜びである。
「賓客として招いたのに、手土産まで持ってきてもらうとはかたじけない。だが子供達もあの飲み物が好きなようだし、ここはありがたく頂戴する」
「いえいえ、今日のお目出度い席に呼んでもらってとても嬉しいです!あ、レオ兄ちゃんもお祝いの品持ってきてるよね?」
「おう、ちょっと待ってな。俺からの土産は……あったあった、これだ」
ラキから改めて礼を言われたライトが、レオニスにも祝いの品を出すように促す。
ライトから話を振られたレオニスが、オーガのご馳走をつまみつつ空間魔法陣から何かを取り出す。
それはブランケットくらいの大きさで、人間が使うには巨大過ぎる巾着様式の袋だった。
「これは何の袋だ?」
「素材集めの際にアイテムバッグを貸しただろ? あれと同じものをオーガ用のサイズで新しく作ったんだ」
「おお、袋の容量以上に入るというあの便利な袋か?」
「そうそう、それそれ」
レオニスから袋を受け取ったラキ、驚きながら繁繁と袋を眺める。
素材は灰闘牙熊の皮を鞣して繋ぎ合わせたもので、袋の口を締める紐は注連縄のような極太の縄を用いている。オーガが日用で使うように耐久性を考慮した作りである。
「そんな貴重なものをもらっていいのか?」
「もちろんだ。目出度い祝いの席で贈る品だ、このくらいのことはさせてくれ」
「ありがとう、レオニス。本当にお前にも世話になってばかりだな」
「いいってことよ。俺だっていつかお前らの力を借りる時が来るかもしれんしな」
「ああ、我等の力が必要な時はいつでも言ってくれ」
貴重な品をもらったラキが恐縮するのを防ぐかのように、いつか自分もラキ達の力を借りると言うレオニス。
できればそんな日が来なければいいがな、と口には出さずに心の中でだけ思うレオニス。
現役最強の金剛級冒険者であるレオニスが、オーガの力を借りなければならないような事態など起きない方がいいに決まっている。
「そん時はよろしくな。あ、後でまた改めてアイテムバッグの使い方とか教えるから、お前が代表して覚えてくれよ?」
「承知した。さぁ、レオニス、お前も存分に食べて飲んで宴を楽しんでくれ」
「おう!酒は要らんが肉なら食うぞ!ラキ、お前も肉食え、肉!食わなきゃ俺が全部食っちまうぞ?」
「お前が人族にしてはいろいろとおかしいことは前から知ってるが、胃袋までおかしいのか? もしかしてお前の胃袋はアイテムバッグでできているのか?」
「ラキ、お前もホントに失敬なヤツだね……こうなったらここにある肉全部食ってやる!」
祝いの品を無事渡せたレオニス、再びオーガが用意した巨大な串焼にかぶりつく。
レオニスの食べっぷりにラキが半ば呆れながら眺めるが、もしかしたらレオニスの胃袋は本当にアイテムバッグと同じなのではないか?と本気で疑うあたり、ラキも相当な天然である。
他の民達同様、ライトとレオニスの周囲もまたとても賑やかで笑い声が絶えることはなかった。
レオニスの矢継ぎ早エクスポ連続ブッ込み無双再びの巻。
良い子は真似しちゃいけません、寝てるところにそんなことしたら噎せるどころの話じゃすまないですからね。
大中小様々なサイズが集まる宴、さぞ賑やかなことでしょう。イメージとしては親戚一同が集まる年末年始の大宴会ですね。田舎の祖父母宅に伯父伯母従兄弟、親戚全員が集まってどんちゃん騒ぎするアレですよ、アレ。
大人は酒飲んで食べて、子供達はジュース飲みながら別の部屋でトランプやボードゲームしたりして、伯母さん達は台所で片付けしながらきゃいきゃいとお喋り井戸端会議。……って、なーんか某ちび○○子ちゃんで出てきそうな風景だな。




