第376話 神樹の枝の使い道
「あー、コホン……驚かせてすまん」
「全くよ、もう……あまりカイ姉さんに心労かけないでよね」
「本当に申し訳ない……」
「レオの仕事柄を考えたらしょうがないけど」
ブローチが破壊された元凶を聞き、その場で目を回してしまったカイ。
レオニスはカイを抱き抱え、住宅の母屋の方にカイを連れていき寝室のベッドに横たえさせた。
まだ伸びているカイと、カイのベッドの横に付き添いながらレオニスに文句を言うセイ。二人を前にして、レオニスはただただ平謝りするしかない。
「……でもまぁ、本当に良かったわ。そんな超大物相手にもあのブローチが効いたってことだし」
「ああ……あのブローチがなければ、今頃どうなっていたか分からん」
「カイ姉さんもだけど、私やメイだって一応はレオのこと心配してんだからね?あまり心配させないでちょうだい」
「ん……こればっかりはもう、本当にすまん」
「……ん、んん……」
ぐったりとしていたカイが、やっと目を覚ましたようだ。
「あっ、カイ姉!」
「カイ姉さん、気がついた? お水飲む?」
「……ぁぁ……レオちゃん、セイ……ごめんなさい、姉さんちょっと……目眩がしちゃった……」
セイに支えられながら、ゆっくりと身体を起こすカイ。
レオニスも心配そうにカイを見つめる。
ベッドの横に置いてあったコップをセイが渡し、水を少しづつ飲むカイ。数口飲んで、ふぅ……と一息ついた後しみじみと零す。
「ホント、嫌よねぇ……歳を取ると身体のあちこちが軋んで、思うように動かない時が増えていくばかりで」
「カイ姉、何言ってるんだ。まだそんな歳じゃないだろ?」
「そうよ!カイ姉さんはまだまだ若いわよ!若くて綺麗で優しくて、世界一素敵な自慢の姉さんなんだから!」
「うふふ……二人とも、ありがとうね」
己の不甲斐なさを零すカイに、レオニスとセイが励ましの言葉をかける。二人の優しい言葉に、カイも力無く微笑む。
「カイ姉、起きたばかりのところをすまんが、実は例のブローチの他にも頼みたいことがあって今日はここに来たんだ」
「そうなの?他にも何か作って欲しいものがあるの?」
「ああ。まずはこれを見てもらえるか?」
レオニスが空間魔法陣を開き、一本の木の枝を取り出した。
それを見たカイとセイが不思議そうな顔をしている。
「これは……木? 枝にしてはかなり太いけど……」
「カタポレンの森に住まう神樹、ユグドラツィの枝だ」
「神樹の、枝……!?」
思いも寄らぬ素材名に、カイとセイの目が大きく見開かれる。
まだベッドの上にいるカイの膝の上に置かれた立派な枝に、二人とも興味津々の眼差しを向ける。
「はぁ……私はそこまで魔力が高い方じゃないから、詳しいことは分からないけど……」
「それでもこの枝が放つ神気?とにかく気高くて尊い品格のようなものはすごく感じるわ」
「この枝で、何かを作れってことね?」
察しの良いカイが、レオニスの言わんとしていることを先んじて問う。
「その通りだ。この枝を取らせてくれた神樹ユグドラツィに、外の世界を見せてやる、と約束しててな。これで何かアクセサリーを作ってほしいんだ」
「そうなのね。木製でアクセサリーとなると、かなり限られてしまうけど……一応聞くけど、武器とか防具ではダメなのよね?」
「ああ。神樹の分体として持ち歩くつもりだから、さすがに分体で直接敵を殴ったり防御に使うのはどうにも憚られてな……」
「そうよね……さすがにそれは神樹が可哀想よね……」
ここで三人とも、うーーーーん……と唸る。
ライトと相談した時もそうだったが、木製の装備品というのがどうにも思いつかないのだ。
「うーん……女性用なら扇子の骨とか、団扇の持ち手なんかに使えるけど……男性に扇子とか団扇をアクセサリーとして持たせるのは、さすがにちょっと厳しいかしらねぇ」
「そしたらやっぱり腕輪、かしら?ウッドビーズにして宝石と組み合わせてもいいし、木のままで一つの環を作ってバングルにしてもいいし」
「そうね、腕輪なら重ね着けも可能ね」
先程までヘロヘロだったカイも、いつの間にかしゃんとしてセイとあれこれ相談している。
カイは根っからの職人だが、その根底には『服飾や宝飾品が大好き!』という思いが常に満ちている。神樹の枝という貴重な素材を前にして、早くも好きなアクセサリー作りの構想にワクテカが止まらないようだ。
「とりあえず腕輪やバングルをいくつか作ってみるわ。その中でレオちゃんが気に入ったものをお買い上げ、ということでいいかしら?」
「ああ、それで頼む。あと、良かったらライトの分も作ってやってくれるとありがたい」
「ライト君の分、つまり子供用サイズってことね、分かったわ」
ここでレオニスが忘れずにライトの分も注文する。
さすがにレオニスサイズの腕輪は子供のライトとは共用できないからだ。
そして、その支払いや報酬についてもレオニスの方から明確に提示する。
「報酬はもちろんカイ姉の言い値で買うし、余った枝は全てカイ姉に譲る。カイ姉達の好きなように使ってくれ」
「あらまぁ、これだけの大きさならかなり余ると思うわよ?そしたらまたヒヒイロカネの時のように、もらい過ぎになっちゃうじゃない」
レオニスが差し出した神樹の枝は、レオニスの二の腕ほどもある太さだ。長さも150cm以上はある。
これだけ立派な太さなら、バングルだけでも何十個と作れるだろう。バングルとして取れない細い部分は、ウッドビーズにすることもできる。大小様々なサイズのウッドビーズにすれば、使い方は無限に広がるだろう。
「もらい過ぎなんてことはないさ。カイ姉達にはいつも厄介になってばかりだしな」
「それこそ私達のことなんて気にしなくていいのに。レオちゃんてば本当に律儀な子ねぇ」
「それに、カイ姉達ならこの神樹の枝を余すことなく使ってくれるだろう? その方が、この木の枝を譲ってくれた神樹も喜んでくれるってもんさ」
「そうね……こんな貴重な素材でアクセサリーを作れるなんて、職人冥利に尽きるわね」
神樹の枝の使い道が決まったところでレオニスが席を立つ。
そしてその場でカイとセイに向かって、レオニスは再び深々と頭を下げた。
「さて、俺はまた仕事に戻る。カイ姉、セイ姉、厄介ばかりかけるがこれからもよろしく頼む」
「レオちゃんもお仕事頑張ってね」
「そうよ、厄介ばかりかけてないでたまには姉孝行しなさい?」
「ん?姉孝行か? もちろんだ、俺でできることなら何でも言ってくれ」
「お?言ったわね?なら早いとこお嫁さんもらって、可愛い子供を私達に抱っこさせなさい!」
「ブフッッッ!!」
セイからの突然の婚活催促に、思わず全力で噴き出したレオニス。
よもやこんなところでまで婚活催促されるとは、夢にも思っていなかった。今お茶を飲んでる真っ最中じゃなかったことだけは幸いである。
だがこれは、セイなりの気遣いなのだ。家庭を持てば、守るべきものが増える。守るべきものが増えれば、無茶や無謀な行動も少しは控えてくれるようになるかも、というセイなりの思いが込められていたりする。
カイのように「レオが心配だから」と素直に言葉にして伝えられない、セイならではの言葉だった。
「んもう、突然何を言い出すかと思ったら……セイ、あまり無茶言わないの」
「えー、だって私達三人はもう誰も結婚なんてするつもりないしー。可愛い子供や孫はレオやライト君に託すしかないじゃない?」
「え、ちょ、待、一体何がどうなってそういう話になってんの? ていうか、カイ姉……俺の婚活ってそんな無茶だと思われてんの?」
セイを窘めるカイに、あっけらかんと答えるセイ。そして己の婚活が何気に無茶振り扱いされたことに、割と本気でショックを受けているレオニス。
何とも平和な空気に満ちた、穏やかな昼下がりだった。
今日もアイギスにてのんびりのほほんと過ごす回です。
あまりに平和過ぎて、どーーーでもいいような回に見えるかもしれませんが。神樹ユグドラツィと交わした『外の世界に連れてってやる』という約束、これを果たすための大事な第一歩でもあります。
アクセサリー以外にもライトのワンドがオーダー済みではありますが、出来上がりが半年後とだいぶ先のことですし。何しろ木製のアクセサリーにしてもらわないことには、ツィちゃんも分体を与えることができません。
それに、ツィちゃんから枝を分けてもらったのが新年早々のことなので、現時点で既に二週間以上経過してるんですよね。
ツィちゃんも首を長くして待っているでしょうし、早いとこカイ姉達に良いアイテムを作ってもらわねば!
なお、レオニスに伝説のバブリーアイテム『ジュリ扇』を持たせてやろうかしら?と一瞬だけ考えたことはナイショのお話。




