第371話 策士ラウルの思惑
レオニス達がラグナ教ファング支部にて大苦戦していた頃。
ライトとラウルは、ファングの街をのんびりと観光していた。
「屋台で売ってるペリュトンの唐揚げ串も美味しいねー」
「ああ、外で食べる串ってのも美味いもんだよなー」
少し早めの三時のおやつとして、街路樹横のベンチに座り屋台で買った唐揚げ串を頬張るライトとラウル。野外で食べる絶品ご当地グルメに舌鼓を打つ二人、なかなかにファングの街を堪能している。
「じゃあ、今から肉屋さんに行く?」
「ああ、屋台でオススメされた肉屋に行こう」
食べ終えた串を空間魔法陣に放り込むラウル。
ちなみに食べた本数はライトが一本、ラウルは三本。その他にも、持ち帰りの土産として二十本買うという豪快さである。
その大量購入の見返りという訳ではないが、唐揚げを追加で揚げている間に雑談しながらオススメの肉屋をちゃっかりと聞き出していたラウル。料理人のみならず、探偵や諜報員などの仕事の適性も相当あるのではなかろうか。
屋台のおじさんに教えてもらった通りに、道を歩いていくライト達。のんびりと歩いた先に、目的地である『肉屋ルイス』に辿り着く。
早速お店の中に入るライトとラウル。そこには何種類もの塊肉が売られていた。
「ごめんくださーい」
「いらっしゃい!どの肉をお求めだね?」
「えーと、ファング名物?のペリュトンのお肉がほしいんですが、どの部分がオススメですか?」
「そりゃもちろん全部オススメさ!どの部位も美味しいよ!」
「ハハハ、そりゃそうですよね……ちなみにどんな部位があるんですか?」
店番をしていたおばちゃんにオススメを尋ねるも、全部!という言葉を返されてしまう。まぁ、おばちゃんのその返しも当然といえば当然なのだが。
その後のおばちゃんの部位解説によると、胸肉、手羽元、手羽先などは鶏肉系で、内腿肉、外腿肉、脛肉などは鹿肉系らしい。
ペリュトンとは『鳥の胴体と翼、オスのシカの頭と脚を持つ』魔物なので、肉の部位もそれに準じたものである、ということのようだ。
「じゃあ、とりあえず全部の部位を1kgづつくれ」
「はいよー!男前のお兄さん、たくさんのお買い上げありがとうね!」
ラウルの注文に、肉屋のおばちゃんは嬉しそうに返事をしながら早速肉を取り出しては適量を切り取って秤で重さを計っていく。ご機嫌な様子で鼻歌交じりで素早く捌く、何とも陽気なおばちゃんである。
一方、ラウルの横にいたライトは何故かものすごく意外そうな顔をしている。
買い物を終えて肉屋を出たライトが、待ちきれんとばかりにラウルに話しかける。
「ねぇ、ラウル。ラウルにしては珍しく買う量が少なかったけど、どうしたの?ペリュトンの肉に何か問題でもあるの?」
「ん?そうか?これでも結構買った方だと思うが」
「えー、嘘だー!いつものラウルなら、気に入った食材は10kgでも100kgでも買い占めるでしょ!?ラウル、どこか調子でも悪いの?お腹痛いの?ぽんぽん痛いなら今日は早くおうちに帰る?」
「ライト……お前ね、俺のこと一体どんなやつだと思ってんの?」
本当に心配そうに話しかけるライトの言い分に、ラウルは半ば呆れたようにがっくりと項垂れながら問い返す。
だがしかし、ライトの言い分は尤も至極にして当然とすら思える。そう、ラウルが気に入った食材を買うのに1kgづつなんて些少な数量で満足するはずがないのだ。
何ならその場で店の在庫全てを買い占めるくらいのことはしてのけるだろう。それがラウルという料理人、もとい料理妖精なのである。
そして、実はラウル自身にもそうした傾向があるという自覚は多少ある。
そうした自身の傾向をライトにまでガッツリ把握されていることに、何やら照れ臭いのか悔しいのか分からないような複雑な顔をしながら、ボソボソと小声で答えを返す。
「……ぃゃ、何、あのペリュトンって魔物、このファングの近辺で狩れるようだから。今度魔物の方でも仕留めてみるか、と思ってな」
「え?ラウルがペリュトンを狩るの?」
「そう。ペリュトン一体狩れば全部の部位の肉だけでなく、角や羽根、毛皮なんかも採れるだろ?その方がお得かな、と」
「あー、確かにそれはあるかも」
ラウルの答えに、ライトも納得する。
かつては魔物相手に狩りを行うほどラウルも強くはなかった。だが、ここ最近は神樹族の加護や祝福を得たことで、ラウルの強さもかなりのものになってきている。一週間ほど前に行ったツェリザークでは、邪龍の残穢まで倒してしまったほどだ。
ライトはその現場を直接見てはいないが、レオニスにその話を聞いた時には心底びっくりしたものだ。
邪龍の残穢を一撃で倒せるなら、リポップする通常モンスターのペリュトンなど物の数ではないだろう。ペリュトンを直接狩るつもりで肉屋での購入はお味見程度に抑えた、というのも納得である。
それに、ペリュトンの肉だけでなく鳥部分の羽根や鹿部分の角や革など、素材としても結構良い値段で売れそうだ。
食材ゲットのみならず小遣い稼ぎまで視野に入れるとは、ラウルもなかなかに策士である。
「ま、どの道また半年後にはここに来なきゃならんしな」
「そうだねー。ぼくのワンドの出来上がりもちょうど半年後だし」
「俺のオリハルコン包丁といっしょに、また半年後に三人でファング入り確定だな」
「うん、楽しみだね!」
二人はのんびりと歩きながら、半年後にまたこのファングを訪れるのを楽しみにしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ごめんくださーい」
いつものようにライトが先陣を切って、お店の中に入る。
ここは午前中に一番先に訪問した『戦斧工房ガラルト』である。
時刻は午後四時を回り、空も茜色に色付こうとしている頃。イグニスの父スヴァロに頼んでおいた、イグニスへの返事の手紙を受け取りに来たのだ。
奥から人がパタパタと走ってくる気配がする。そうして店に出てきたのは、やはりスヴァロであった。
「いらっしゃい、ライト君!」
「イグニス君のお父さん、こんにちは!約束の返事の手紙は書いてもらえましたか?」
「ああ、昼飯の時に急いで書いたよ。かーちゃんの分もある」
「ありがとうございます!」
スヴァロが差し出した二通の手紙を、ライトが受け取ってリュックに仕舞う。
二通とも結構な厚みがあり、便箋何枚分も書き綴ったことが伺える。これをイグニスが受け取ったら、さぞ大喜びするに違いない。
イグニスの喜ぶ顔を思い浮かべると、ライトの顔も自然とほころぶ。
「ライト君、お礼を言うのはこちらの方だ。イグニスの手紙を届けてくれて、こちらからの返事も届けてもらえるなんて……本当にありがたいことだと思っている」
「そんな、頭を上げてください!ぼくもこのファングの街に用事がありましたし、そのついでで届けただけなんで!……でも、お役に立てて嬉しいです!」
ライトに向かって深々と頭を下げるスヴァロに、ライトは慌てて頭を上げるように言う。
「そういえば、君達はファングに用事があると言ってたね。何か武具を買いにきたのかい?」
「はい、ぼくのワンドとここにいるラウルの包丁をオーダーメイドで作ってもらうために来たんです」
「ワンドと包丁をオーダーメイド!?ワンドはともかく包丁を特注とは、そりゃまた何ともこのファングにおいても珍しいお客さんだ」
ライトの話を聞き、感心したように呟くスヴァロ。
確かにこのファングは武具職人が多く集う街だ。ラウルのお目当ての包丁職人もいるくらいに、職人の層は幅広い。
だが、包丁職人自体がかなりマイナーな部類であり、そのマイナーな職人にさらにマイナーなオーダーメイドを頼むなどという話はスヴァロでも聞いたことがなかった。
「まぁでも、このファングで工房を構えている職人は皆超一流の凄腕だ。どちらも間違いなく良いものを作ってもらえるだろう」
「はい!ぼくもラウルも半年後の出来上がりを楽しみにしてます!」
「受け取りは半年後か、その時にはまたこの工房にも寄ってもらえるか?」
「もちろんです!またイグニス君の手紙を届けに来ますね!」
「ありがとう。その時までに君にも何かお礼の品を用意しておく」
「えっ!?お礼なんていいのに……でも、そう言ってもらえるだけでも嬉しいです、ありがとうございます!」
「ああ、また半年後に会える日を楽しみにしてるよ」
「はい!」
ライトはスヴァロと固い握手を交わし、工房を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後ライト達は午後五時少し前に、冒険者ギルドファング支部に到着した。
建物の中に入り、周囲を見回すとレオニスとオラシオンが既に戻ってきていた。
「レオ兄ちゃん!理事長先生!」
「おう、ライト、おかえり」
「ライト君、こんにちは」
レオニス達の姿を見つけたライトが、嬉しそうに二人のもとに駆け寄る。
「ラウルの包丁や良い買い物はできたか?」
「うん!ペリュトンのお肉も買えたし、ラウルのオリハルコン包丁のオーダーメイドもちゃんと受けてもらえたよ!」
「そうか、そりゃ良かったな」
「レオ兄ちゃんも理事長先生もお疲れさま。そしたら皆でおうち帰ろう!」
「ああ、帰るか。クレヤ、転移門使わせてもらうぞ」
「レオニスさん達もお疲れさまですぅ。お気をつけてお帰りくださいねぇー」
レオニスがクレヤに挨拶をした後、四人で転移門のある部屋に移動していく。
こうしてライトの初めてのファング訪問は無事に完了したのだった。
これにてライト達のファング初行脚は完了です。
思っていたより短めでしたが、まぁ一章十一話は軽めでちょうどいいボリュームですかね。
作中の時間軸で半年後には、オーダーメイド品を受け取りに行くのでファングは再登場しますが。果たして何話あたりになるでしょう?( ̄ω ̄)
今回が第371話なので、500話以降は確実ですかねぇ?( ̄ω ̄ ≡  ̄ω ̄)
何はともあれ、ライトのワンドとラウルのオリハルコン包丁の出来上がりお披露目が楽しみです。




