第356話 リリィへのご褒美
苦々しい顔をしたラウルの口から語られた、衝撃の事実。
先程まで観ていたあの華やかなパレードの中心、神輿に乗って踊っていた美姫が何とラウルの幼馴染だというではないか。
そう言われてみれば、ライトにも思い当たる節があった。
「……そういえばあの踊り子の人、ラウルと同じ黒髪の巻き毛で金色の瞳だったね」
「ああ。俺は数ある妖精族の中の一つ、プーリア族の生まれだが。プーリア族ってのは俺のような、黒髪巻き毛で黄金色の瞳が標準なんだ」
「そうなんだね。でも、黒髪巻き毛で黄金色の瞳ってだけだと、人族の中にも探せばいそうだけど……?」
ライトの疑問ももっともなものだ。このサイサクス世界にも黒髪の人族は普通にいるし、そこに黄金色の瞳となると相当珍しい組み合わせではあるが絶対にあり得ないという訳でもなかろう。
だがラウルは首を横に振り、ライトの疑問を否定する。
「いや、あいつは間違いない。何故ならあいつの羽織っていた二重の羽衣、ありゃプーリア族しか作れんものなんだ」
「あの羽衣を身に纏えば、妖精族だけでなく誰でもその身体を浮かせて自由自在に宙を舞うことができる。あんな移動している神輿の上で悠々と踊れるのも、あの羽衣あってこそ出来る芸当だ」
「まぁ、あいつ―――シャーリィにはそんなもんなくても、もとから踊りの才能はずば抜けて長けていたがな……」
あの舞姫は、シャーリィという名前らしい。
そして彼女の衣装のひとつだと思っていた羽衣が、ラウルの話によると『天舞の羽衣』という名の織物で、プーリア族独自の伝統工芸品だという。
妖精はもともと身軽で空中浮遊もできるが、あの羽衣を羽織ることによってさらに強化されてより高度な飛び方ができるようになるらしい。
他にも風系攻撃魔法無効や防御カウンターを常時展開していたり、護身用の魔導具としてもかなり強力なものなのだという。
黒髪巻き毛や黄金色の瞳等の外見的特徴だけでなく、その身に纏っていた羽衣までもプーリア族の特産品?というならば、あの美姫はラウルの言う通りプーリア族のシャーリィという妖精で間違いないのだろう。
「じゃあ、あの踊り子さんがラウルの幼馴染ってのは本当のことなんだね。でも、どうして人里にいて踊り子なんてしてるんだろう。ラウルと似たような性格で、プーリアの里?に馴染めなかったの?」
「分からん……あいつは俺と違って里の人気者だったし、それこそ同年代の中では中心だったから何で森の外にいるのか本気で分からんし、何があったのか想像もつかん」
ラウルはプーリア族の中でも異端で、里にいるのが嫌で外に飛び出したと聞く。何故そうなったのか、という詳細はまだ聞いたことがないのでライトには分からないが、ラウルにはラウルの事情があったのだろう。
だが、あの踊り子の女性はそうではないらしい。ラウルが言うには、彼女は同年代の中でも中心的存在で人気者だったという。
確かに彼女の舞う踊りは、それはもうとても素晴らしく美しいものだった。あの溢れんばかりのキラキラエフェクトが乱舞する華麗な舞を観たら、誰もが瞬時に魅了されるだろう。
しかしそうなると、彼女がどうしてプーリアの里を出たのかが分からない。そんなに人気者ならば、ラウルのように簡単に出奔できるとは到底思えないからだ。
周囲からものすごく引き留められるだろうし、もしかしたら彼女を連れ戻すための追手すら出ているかもしれない。
とはいえ、現段階では何も分からない。
ラウルの幼馴染のシャーリィという妖精が、人に紛れて踊り子として活躍している、ということくらいしか分からないのだ。
「んー……そこら辺は本人?本妖精?に聞かないと分からないけど、ラウルはそのシャーリィさん?にまた会いたいの?」
「いや、別にどっちでもいい。絶対に会いたくないって訳じゃないが、今更同郷の者に会いたいとも思わん」
「そっかぁ。じゃあ会いに行かなくてもいいの?」
「会いに行ったところで門前払いだろうさ。あの神輿の天辺に乗るくらいだ、あの踊り子の一団の中で一番のスターだろ」
「そうだねぇ。多分それなりに高い地位にいて、そういう人達の警護もすっごく厳重そう」
「だから別に改めてシャーリィに会わなくてもいいのさ。さ、この話はこれで終わりだ」
ラウルはそう言うと、お昼を食べるための公園に向かって歩き出した。その素っ気なさはいつも以上に無愛想で、本当にラウルはシャーリィに会おうが会うまいが心底どうでもいいと思っていることがライトにもひしひしと伝わる。
ラウルにとって、生まれ故郷である妖精族プーリアの里はマキシ同様あまり良い思い出はない。むしろ苦い思い出ばかりが占める。故に故郷を飛び出して、カタポレンの森すら出てこうして人里で暮らしているのだ。
ライトとしても、ラウルが話したくないことを無理に聞き出そうとも思わない。親友のマキシとともに、これからも人里で皆と楽しく仲良く過ごしてくれればそれでいいのだ。
ライトとマキシは手を繋ぎながら、ラウルの後を小走りでついていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「じゃ、ぼくはこれからリリィちゃん達とレインボースライムショーを観てくるね!」
「おう、気をつけて行ってこいよ」
「ライト君も学園のお友達とたくさん楽しんできてくださいね!」
公園でお昼ご飯を食べ終えたライトは、ラウル達と別れて向日葵亭のある方向に向かう。
現在の時刻は午後の二時を少し過ぎた頃。待ち合わせの時間である二時半には少し早いが、スライムショーの開かれる広場やその様子を先に見ておきたいので何ら問題はない。
広場に行くとそこには立派な舞台があり、まだ幕がかかっていてその内側は見えない。その規模はライトの予想以上に大きく、かなり大掛かりな装置や仕掛けもあるようだ。
座る席はなく全て立ち見だが、前方と後方を分けるようにして区分がある。立て看板の案内があったのでそれを見ると『前方席への入場は十歳以下の子供達のみ可・保護者は後方席で観ること』とある。
どうやら背の低い子供達でもちゃんとショーを観れるように、という配慮のようだ。ライト達のような小さな子供達にとっては、何とも嬉しい心遣いである。
観客席への入場口もまだ開いていないが、既に並んでいる親子連れもちらほらといる。
まぁ並ばなくてもそれなりに前列の方で観れるだろうけど、それでもやっぱ早めに列に並んだ方がいいかな?とライトが考えていると、遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい、ライトくーーーん!」
その声の方向を見ると、リリィが駆け寄ってきた。
ライトのもとに走り続け、辿り着いたリリィは息せき切りながら膝に手をついて呼吸を整える。
「はぁ、はぁ、はぁ……今日のスライムショー、すっごく楽しみで早くに休憩もらっちゃった!」
「そうなんだ、良かったね!」
「うん!でもって、ここにはリリィが一番乗りで来るつもりだったのに、ライト君の方が先にいるんだもん!」
「あ、そなの?一番乗り取っちゃってごめんね?」
「ううん、いいの!リリィはそんなことキニシナイから!」
ニコニコ笑顔で嬉しそうに話すリリィ。今日のこのレインボースライムショーを本当に楽しみにしていたようだ。
「まだイヴリンちゃんやジョゼ君、ハリエットさんは来てないけど。とりあえず列に並んでおく?」
「そうね!なるべく前の方で観たいもんね!」
とりあえず、先に来た二人だけでも観客席の入口に並ぶことにする。
そして何の気なしにふとリリィを見ると、小ブタのポーチを身に着けていた。
「あっ、そのポーチ、ハリエットさんのプロステス土産だね」
「うん!これ、とっても可愛いから大好き!おしゃれしてお出かけする時に使うって決めてるんだ!」
「そっかぁ、うん、小ブタ可愛いもんね。ハリエットさんも見たら、きっと喜んでくれるよ」
「あっ、ライト君のくれた小銭入れもね、このポーチの中に入ってるんだよ!」
リリィはこれまたとても嬉しそうに、ポーチの中の小ブタの小銭入れをチラリと出して見せる。それは確かにライトが三学期の初日に渡した、ライトからのプロステス土産の小銭入れだった。
「あのね、お父さんとお母さんがね、今日は夕方の五時まで皆と遊んでいいって言ってくれたの!そのためのお小遣いもね、もらってきたんだよ!」
「そうなんだ、それは良かったね!」
「うん!だってリリィ、今日のこのレインボースライムショーを観るためにおうちのお手伝い一生懸命頑張ったんだもん!」
「そっかぁ、それはきっとリリィちゃんへのご褒美だね」
「うん!!」
列に並びながら、弾むような明るい声でライトと話すリリィ。
先日学友達とともに向日葵亭で行った休憩交渉では『午後三時から四時まで』という条件だったはずだが、それよりも一時間長い休憩時間をもらえたようだ。
リリィの頑張りももちろんあるだろうが、リリィの父母の気遣いもあったのだろう。友達といっしょにお祭りに行きたい、そう願う娘の気持ちも痛いほど分かっていたはずだ。
親としては、娘のそんなささやかな願いくらい叶えてやりたい、きっとそう思ったに違いない。
ライトとリリィ、二人でそんな会話をしていると、イヴリンとジョゼがやってきた。
「あっ、リリィちゃんにライト君、もう来てたの?」
「イヴリンちゃん、ジョゼ、こんにちは!レインボースライムショーが楽しみ過ぎて、もう来ちゃった!」
「イヴリンちゃん、とっても楽しみにしてたもんねぇ。でも、ライト君もそんなに早く来るほどスライムショーが楽しみだったの?」
「ン?ぁー、ぃゃ、ぼくはお昼のパレード観てそのままこっちに来たんだ。まぁ楽しみといえば楽しみだったけどね、ぼくラグナロッツァの生誕祭って初めてだから全部が楽しみだし」
意外そうな顔でジョゼに尋ねられたライト、正直なところを答える。
そう、ライトがこのサイサクス世界に生まれついて初めての盛大なお祭りなのだ。ワクテカするなという方が無理である。
離れて並ぶ四人がそれぞれにワイワイとしつつ待っていると、ハリエットとウィルフレッドがやってきた。
「皆さん、もういらしてたのですね。お待たせしてしまってすみません」
「やぁ、我が愛しのハリエットの学友達よ!生誕祭を心から楽しんでいるかい?」
「お兄様、私の名前の前にいろいろと余計なものをつけるのはいい加減止めてください……」
「何を言うんだ、ハリエット!これでも兄様は溢れんばかりの愛を抑えに抑えているんだぞ!?」
「「「「…………」」」」
今日もシスコン絶好調なウィルフレッドに、ハリエットはがっくりと項垂れる。そしてそんなハリエットを見たライト達同級生は、口には出せないものの心からハリエットの苦労ぶりを忍び内心で同情する。
でもまぁプロステスの市場でのお土産買い物ツアーの時には、ライトを敵視することなくハリエットとともに温かく見守ってくれた人だ、そこまでキチでガイなタイプの病的シスコンではないだろう。……多分。
そうこうしているうちに観客の入場口が開き、観客がどんどん入っていく。ライト達は早くから列に並んでいたおかげで、観客エリアの最前列に陣取ることができた。
全席自由の立ち見なので、ライトとリリィの横にイヴリンやジョゼ、ハリエットも集まってきた。ちなみにウィルフレッドは中等部の十四歳なので、後方席からの観劇である。
これから始まるレインボースライムショーに、リリィだけでなくライトもまたワクワクが止まらない。開演時間が近づくにつれ、広場に集まった満員の観客の期待もいよいよ高まる。
プァーン、というファンファーレにも似た複数の楽器の音色が広場に高らかに響き渡る。
その音色を合図に舞台の幕がゆっくりと上がっていき、観客席からも『わぁぁぁぁッ!』という大きな歓声が上がる。
観客席から巻き起こる熱気の渦に、ライト達が呑み込まれてともに熱狂するのにさほど時間はかからなかった。
このサイサクス世界にも『列に並ぶ』というマナー的文化があります。
ライト達はかなり先頭の方に並んでいますが、後から来たイヴリン&ジョゼ、ハリエット&ウィルフレッドも後方に並んでいます。
ていうか、後から来た人が先に並んでる人に合流するのって、その後ろに並んでる人からすれば横入りでしかないし。ムカつくことこの上ないですもんね。
もちろんライト達はそんなことしません、ちゃんと最後尾に並ぶ良い子なのです。




