第333話 例のアレ
その週はしばらく平和な日々が続いた。
ライトはラグーン学園の通学が始まったし、レオニスの方もアイギスに依頼した装備品の完成待ち状態だからだ。
ただし、やらなければならないことは互いに山ほどある。
ライトは学園終了後、翼竜牧場にラウルを連れてビッグワームの大顎を買い取りにでかけたり、そのついでに翼竜牧場の隣にあるスライム飼育場で紫のねばねばの源を購入したり等々、クエストイベントの進行準備を着実に進めていく。
レオニスはレオニスで、オーガの里やナヌスの里に足を運び大珠奇魂の素材回収や結界作りの手伝いをしたりしていた。
その甲斐あって、レオニスの分の【加護の勾玉】も最優先で作ってもらえたらしい。
「じゃあ、レオ兄ちゃんも加護の勾玉を取り込ませてもらったの?」
「ああ、その方が出入り自由になって便利だからな」
「そっかぁ、これでナヌスの人達も安心だね!」
そんな近況報告を、カタポレンの森での晩御飯時に交わすライトとレオニス。
「オーガの方も、大珠奇魂の交換用素材の残り半分が集まったらしくてな。今日素材を受け取ってきたから、今度またツェリザークに交換しに行くんだ」
「そうなの?そしたらラウルも連れて行ってあげなくちゃね」
「ラウル?何でだ?」
大珠奇魂とは全く関係のないラウルの名が突如出てきたことに、レオニスは疑問符をたくさん浮かべている。
「ほら、こないだラウルといっしょにツェリザークの雪を採取しに行ったって話したでしょ?」
「おお、そういやそんな話してたな」
「あの一回の採取だけじゃラウル的には全然足りないらしくてね?あと五回はここに来てもいいな!って言ってたんだ」
「五回……あいつだって空間魔法陣持ちでかなり採取しただろうに……」
ライトの話に、レオニスが半ば呆れたように呟く。
「うん。でも、氷の洞窟に近いほど雪の魔力も高くなるって話をしたら『いろんな濃度の雪を集めてみたい』って言ってたよ」
「いろんな濃度の雪、って……んなもん集めてどうすんだ?」
「ほら、ツェリザークの雪は氷の洞窟から漏れる魔力を含んでて、そのおかげで雪自体にいろんな効果があるでしょ?夏は氷代わりに飲み物に入れて飲めば夏バテ防止とか、あと普通に飲んだりお料理に使っても美味しいお水だから。魔力濃度によって味や効果にも違いがあるんじゃない?」
「あー、そういうことね……特に料理方面で使えるから、いろんな濃度の雪の味比べしたいってことか。まぁラウルも凝りだすとキリがないからなぁ……特に料理のこととなると見境なくなるし」
ラウルの謎の雪コレクター精神。その原動力が料理に繋がっていることを知り、腑に落ちたとばかりにレオニスが納得している。
しかし、ラウルがツェリザークで求めるのは雪だけではない。そのことをレオニスに思い出させるべく、ライトが話を続ける。
「あとほら、アレ、ツェリザーク限定品のアレだよ」
「…………ああ、アレか」
「そうそう、アレ」
ライトとレオニスが二人してアレアレと言っている、そのアレとは。ツェリザーク冒険者ギルド売店限定品『氷蟹エキス入りぬるシャリドリンク』のことである。
「ラウルをツェリザークに連れて行ってやれば、ラウルが大好きなアレもラウル自身が好きなだけ買い占められるでしょ?」
「そうだな……ラウルのやつ、俺にアレを買い占める時にはその素晴らしさを周囲に説いてこい!とまで言ってたしな」
「うん、その役目をラウルが好きなだけ果たせる良い機会になるんじゃない?」
「よし、そしたらアレの存亡の危機はラウル自身の手と口と金で救ってもらうことにするか」
そう、ラウルが旨味調味料として愛してやまない『氷蟹エキス入りぬるシャリドリンク』は本来のドリンクとしては十全な役目を果たしておらず、一般人にはかなり不評である。そのため売り上げ実績も芳しくなく、近々販売終了とか廃版間近と噂されているのだ。
料理に関して一切の妥協を許さないラウルが認めた調味料が、他の者の不理解により消滅の危機に瀕している。いや、もとよりアレは調味料ではないのだが。
そこら辺の認識の齟齬はこの際さて置き、そんなことをラウルが許せるはずもない。何しろ例のアレの販売停止の危機を回避するため、レオニスにツェリザークに行った際には買い占めとそのお味の素晴らしさの布教まで頼み込むほどに、ラウルはアレのお味が気に入っているのだから。
ならばその崇高なる危機回避のお役目は、他ならぬラウル自身に直々に担ってもらおう!という訳である。
「ラウルも買い占めのために倍の金額出してもいい!とまで言ってたからねー。自分で定価で買えるなら、その方がずっと喜ぶんじゃない?」
「だな。じゃあ明日はラウルも誘ってツェリザーク行ってくるか」
己の与り知らぬところで散々噂され続けたラウル、今頃さぞかし盛大なくしゃみを連発していることだろう。
今日は木曜日、明日の金曜日が過ぎればまた土日になって、ライトのやりたいことをやれる時間が増える。
その前に、ぼくもまた図書室で調べものとか頑張らなくちゃ!と気を新たに引き締めるライトだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、金曜日の朝。
ライトはいつも通り、ラグーン学園に通うためにラグナロッツァの屋敷に転移する。今日はレオニスもいっしょの移動だ。
「ラウルー、おはよーぅ」
「おはよう、ライト。……って、何だ、今日は大きなご主人様もいっしょか?」
ライトの呼びかけに、いつものように音もなく現れて出迎えるラウル。ライトといっしょにレオニスまでいたことに、少しだけ驚く。
ライトとレオニスが朝から二人でいっしょにラグナロッツァの屋敷に来ることは、実はあまりない。大抵は屋敷に来る時間がズレるか、あるいはレオニスの移動は冒険者ギルドの転移門に直接出向くかになるからだ。
「おう、大きなご主人様もごいっしょだぞ、喜べ」
「何でそこで喜ばなきゃならんのだ?」
「あッ、お前そういうこと言っちゃうの?今日は俺、お前の大好きなツェリザークに行く用事があるから、せっかくならお前もいっしょに連れてってやろうと思って来たのに」
「何ッ!?ツェリザークに連れてってくれるのか!?」
「そう思ってたんだけどなー、やめるかー。だってラウル、俺が来ても喜んでくれないし」
ラウルに喜べと言って速攻で拒否られたレオニス、口を尖らせながら不服そうにそっぽを向いて機嫌を損ねる。
一方のラウルは、ツェリザーク行きのことなど露知らず普段通りの素っ気ない態度を取ってしまい、その結果大きなご主人様の機嫌を損ねてしまったことに大いに慌てだす。
「いや、ちょっと待て、待ってくれ」
「いンや、待たない。俺は今日は一人でツェリザークに行く」
「!!……レオニス、すまなかった!俺が悪かった、許してくれ!」
「…………」
事情を知り、レオニスに向かって姿勢を正し頭を深く下げて素直に許しを乞うラウル。己の非を認めすぐに謝ることができるのはラウルの美点ではあるが、つまりそれは自分の利益に直結することを損ねないための行動と考えると非常に現金でもある。
とはいえ、その利益を盾にラウルに文句を言うレオニスも大概子供っぽいのだが。
そんな大の男二人の思いっきり大人気ない様子を、見た目子供の中身アラフォーなライトはこれまた思いっきりため息をつきながら眺めつつ、しょうがないなぁ、とばかりに口を挟む。
「はいはい、レオ兄ちゃんもそんな意地悪なこと言わないで許してあげて。ラウルが口も態度もちょいワルなのなんて、今更でしょ?」
「ラウルもね、もうちょい態度改めようね。年がら年中雇い主に媚びへつらえとは言わないけど、お互い気持ち良く過ごしたいでしょ?」
「はい、二人とも仲直りしてね?今ここで仲直りのハグしないと、ぼくも怒るよ?二人と一週間は口きかないからね?」
「「……!!……」」
ライトの出した仲直りの条件『仲直りのハグ』に、一瞬だけピシッ!と固まるレオニスとラウル。
だが、それをしないとライトが一週間は口をきかないと宣告されては否やは言えない。そもそもこんな大人気ない口喧嘩を、幼い子供の前で朝っぱらから繰り広げた二人が悪いのだから。
二人ともそのことを重々承知しているのだろう、特に文句を言ったり抗ったりすることなく面と向かい合うレオニスとラウル。
「……ラウル。こんな大人気ないご主人様ですまんな、許してくれ」
「……いや、俺の方こそ大きなご主人様の厚意を無碍にするような至らない執事ですまん。これからは口のきき方にも気をつけるようにする」
「「…………」」
まずは軽く握手しながら、それぞれに謝罪の言葉を口にするレオニスとラウル。
そこからしばしの沈黙とともに視線を交わした後、互いに意を決するようにグッ、と小さく頷き合う。そしてそれとほぼ同時にガバッ!と抱き合った。
互いの背中に両手を回し、ヒシッ!と力強いハグを交わす二人の姿にライトは満足したように声をかける。
「さ、これで二人ともちゃんと仲直りできたね!もうつまらない喧嘩はしないでね!」
「「はぃ……」」
「ツェリザークでもちゃんと仲良く行動してね?特にラウルは雪の採取に行きたいんでしょ?だったら魔物とかにも気をつけなきゃならないんだし」
「「はいぃ……」」
「じゃ、ぼくはラグーン学園行くからね。二人とも、ツェリザークには気をつけていってきてねー!」
「「はいぃぃ……」」
「いってきまーす!」
「「いったらっさーい……」」
ニコニコ笑顔で元気いっぱいに駆け出していくライトを、ヘロヘロとした右手を振りながら力無く見送るレオニスとラウル。
ライトの姿が見えなくなってからも、しばらくは呆然と立ち尽くしていた。
「……これからは、ライトの前ではお互い気をつけような……」
「……ああ、そうしよう。その方が互いの身のためでもある」
「子供の教育ってなホントに難しいもんだよなぁ……」
「全くだ……さっきはすまんかったな」
「いや、気にすんな、俺も意地悪なこと言ったしお互い様だ……さ、んじゃ俺達もとっととツェリザーク行くとするか」
「そうだな。ご主人様、改めて今日もよろしくな」
「おう、任せとけ」
どちらからともなく呟いた今後の方針に、双方ともに固く守る決心をしたレオニスとラウルだった。
大の男、しかも双方自他ともに認めるイケメン二人が織り成す、麗しき仲直りのハグ。もしこの場に貴腐人属性の女性陣がいたら、それこそ阿鼻叫喚の歓喜の木霊がラグナロッツァ中に響き渡ることでしょう。
その図を想像するだに恐ろしい…(=ω=)…
でもいないので大丈夫!拙作にはブラコンやシスコンはゴロゴロいますが、そっち系の人はまだ出てきていないのです!ㄟ( ̄∀ ̄)ㄏ
いや、まだというより今後も出す予定は一切ありませんけども。
そして例のアレ、氷蟹エキス入りぬるシャリドリンクの再来です。
ツェリザークって何気にネタが豊富というか、登場回数がかなり多いんですよねぇ。ツェリザーク近郊にある氷の洞窟から始まり、その魔力をふんだんに含む雪、交換所の役割を持つルティエンス商会、黄泉路の池、そして例のアレ。
こうして見ると、こりゃ登場回数多いのも当然だわな、と思う作者。あ、あとアル達銀碧狼親子の拠点も氷の洞窟近辺でしたわ。
先日は久しぶりにイードを出せたので、今度はアル達も出せたらいいな!




