第32話 ギルド内の御案内
レオニスと分かれたライトは、今度はクレナに連れられて再び大広間に入った。
まだ混雑は完全には収まりきっていないが、それでも先程よりは冒険者の数は若干減ったようだ。
クレナはライトの手を握り、人の波を軽やかにひょいひょいと器用にすり抜けて、あちこちを案内する。
「こちらは依頼の貼り出し掲示板です。右側は単発依頼、左側は常時継続依頼。難易度の高さにより、貼り出す位置は大まかですが目安として決まっています。易しいものほど下の位置、難しいもの、危険度の高いものほど高い位置に貼られます」
「ここは依頼の受付及び完了申請の窓口です。ラグナロッツァは大都市ですので、窓口は5つ設けられてます。そのうちの一番左側、あちらは冒険者の新規登録受付も兼任しています。ライト君ももしいつの日か冒険者になる時がきましたら、是非ともここラグナロッツァの総本部にて登録してくださいね。心よりお待ちしております」
「こちらは素材の買取窓口です。まずは窓口にて、どんな素材を買い取ってほしいのかを伝えます。窓口で渡せる程度の大きさなら、そのまま渡します。窓口に出せないくらい大きなもの、あるいは解体が必要なものでしたら、奥の方にある解体所に移動してから出していただきます」
「ここは売店エリアです。ちょっとした回復剤や解毒剤などを販売しています。重篤な負傷はさすがに専門家に頼らないと無理ですが、軽い怪我ならここの回復剤で十分治せますよ」
「売店エリアの横にある扉、こちらからは隣の建物のギルド直営食堂に行けます。食堂とは言いますが、実質的にはほぼほぼ酒場ですね。冒険者達の依頼達成打ち上げ会や、情報交換の場にもなっています。お酒が大量に飛び交う場なので、まだライト君一人では入れません。もし入りたい時はなるべく昼間の明るいうちに、レオニスさんや信頼できる大人の冒険者の方々といっしょに入ってくださいね」
「営業時間は、ギルド総本部エリアは受付窓口が午前5時から午後5時まで。事務方は午後8時まで仕事をしており、緊急事態対応のために24時間誰かしら当直がいます。緊急時に当直に連絡を取りたい場合は、裏口から入れます。直営食堂は午前11時から翌3時までです。直営食堂は隣の建物にも通り沿いの道から入れる別の出入り口があり、冒険者以外の出入りも自由です。普通の人々にもお昼の定食など大変好評ですよ」
「あ。今のうちに先程レオニスさんから依頼された、スレイド書肆への口座振込をちゃちゃっと済ませてしまいましょう。冒険者の口座管理は、依頼受付の窓口が担当していますので。ついでに売店でジュースも買ってきましょうかね。ああ、お金のことなら気にしないでください。今日は私の奢りということで」
非常に分かりやすい説明で、テキパキスラスラと流れるようにライトに各所の案内をしていくクレナ。さすがは『何でもできるスーパーウルトラファンタスティックパーフェクトレディー!』と呼ばれるクレアの実妹だけのことはある。この長ったらしい二つ名?は伊達ではないらしい。
ライトはクレナに連れられるまま、なされるがままに説明を聞いていた。だが、その目は終始キラキラと輝き、見るもの聞くもの全てが新鮮で歓喜に満ちた面持ちだった。
「ひとまず、総本部大広間の施設の説明はこんなところですかね。何か質問はございますか?」
「あ、えっと、その、驚くばかりで、すぐには浮かばなくて……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。ライト君はまだ冒険者登録できない年齢でしょうし」
ライトとクレナは、入口付近の壁に設置されている長椅子に座り一休みした。
二人の手には、クレナが案内ついでに売店で購入した瓶入りジュースがある。
そのジュースの名は『特製!橙のぬるぬるたっぷり増量リポペッタンコアルファDX』である。
ぉぃぉぃ、ぬるぬる入りかよ……この世界で言う『ぬるぬる』って、スライム系モンスターから採取できる強化素材の基材じゃねぇか。それ、人間が飲んでもいいもんなの?ぽんぽん壊したりしないの?
ライトは思いっきり怪訝な表情を浮かべながら、おそるおそる瓶の飲み口に顔を近づける。
うーん、見た目は名前そのままの橙色で、ニオイはほとんどしないな……ええいッ、ままよッ!
覚悟を決めて、ジュースの瓶を一気に煽るライト。そのお味は……
「……ッ!オレンジジュースみたいで、美味しい!」
「ここの売店で販売されているジュース類は、どれもフルーティーで美味しいんですよ?僅かではありますが、滋養強壮や回復効果もありますし。それに、ラグナロッツァ名物としても有名で、お子さんや親戚の方にお土産として購入していく方も多いくらいなんですよ」
予想外の美味しさに、ライトは目を見開いて驚く。
オレンジ色の見た目を裏切らず、蜜柑のような爽やかな酸味と甘さが絶妙なバランスの美味しさだ。
原材料の中には、おそらくスライム系モンスターのぬるぬる成分が入っているのだろうが……しかも、たっぷり増量……詳細は聞かぬが花、か。
「そうなんですね……橙の他にも、いくつか違う種類が売られていましたよね?」
「はい。赤に緑に薄黄に紫、黒、茶色、乳白色、期間限定で紅白スペシャルとかレインボーデラックスなんてのもありますね」
「レレレレインボー……」
レインボーって、七色の虹、だよね?赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の、アレだよね?
確かにぬるぬるの素であるスライムは、ブレイブクライムオンラインの中でも今挙げられた色全部、冒険フィールドの雑魚モンスターとして各地に存在していたが……
それ、飲んでるうちに混ざらないの?七色全部混ざったら、ものすんげー色と味になりそうなんだけど……
つーか、混ざる混ざらない云々以前に、それ、飲み物として成立するの?本当に普通の人間が飲んでもいいもんなの?
衝撃の連続に、ライトの脳内はぐるぐる回る。
そんなライトを他所に、クレナは何事もなかったかのようにふと問いかけた。
「ライト君も、いつかは冒険者になるんですか?」
「はい。ぼくは今7歳で、もうすぐ8歳になります。冒険者登録というのは、10歳になってから、なんですよね?」
「ええ、冒険者ギルドの規定には明確な年齢制限などは一切記されていません。ですが、暗黙の不文律として10歳から受け付ける、ということになっています。さすがに3歳や5歳の子供とかに、冒険者稼業をさせる訳にはいきませんし」
「ですよね。10歳でもまだ少し早いかな、とも思いますし」
「ええ。ですが、孤児院の子や貧しい家の子達は、3歳5歳でも何かしらの仕事や家の手伝いをしなければ、生きてはいけませんから……」
「……厳しい世界、ですね……」
ライトは両手に持ったジュースの瓶に、目線を落とした。
大勢の冒険者が集い、様々な手続きをする喧騒の中、ライトとクレナの間には静かな沈黙が横たわる。
自分は、父と母の縁があってこの世に生を受け、父母と死に別れるという不幸に遭っても運良くレオニスに引き取られ、何不自由なく育ててもらった。
両親とレオニスの間に深い縁がなければ、ハイロマ王国の教会孤児院に入れられたままだっただろう。そして今頃もまだそこにいるか、あるいは赤子のうちにどこかに養子に出されていただろう、とライトは思う。
別に何も、孤児院で育つことが悪い、なんて差別するつもりは毛頭ない。ライトの両親やレオニスだって、かつて孤児院で育ったのだし。
だが、もしレオニスがいなかったら―――レオニスのいない、ifルートの人生なんて、ライトには考えられなかった。
クレナの立て板に水の如き、流暢かつパーフェクトな施設案内。もしかしたら、長姉クレアよりも優秀かもしれません。
実際、辺境のディーノ村と首都ラグナロッツァでは、冒険者ギルドに限らずあらゆる物事や規模が雲泥の差ですしねぇ。
ええ、ですがそれはあくまでも若干程度レベル、ですよ?クレナの方がものすごーく優秀!という訳では、決してないのです。
本家本元看板受付嬢クレアも、実妹に負けず劣らず超絶技巧の実力者なのです!!
……何故でしょう、これ割と真面目な話なんですが。↑こう付け加えておかなければいけないような、内なる強迫観念がものすごくてですね。どう足掻いても拭えないのです……
これって一体何なんでしょうね?我ながら不思議でならないのですが。もしかして
「クレナだけを褒めて私を褒めないなどという暴挙、決して許しませんよ?」
という、クレアからの圧力でしょうか……?




