第280話 翼竜達の庭の向こう側
前回の予告通り、本日からまた更新再開します。
ラウル達と昼食を食べ終えたライト、午後からとある場所に出かけた。
そのとある場所とは、ドラグエイト便の発着場である。
一昨日翼竜籠でカタポレンの森の巌流滝行きで世話になったばかりの、翼竜籠便で知り合ったシグニスにビッグワームの素材を譲ってもらえるか相談しに来たのだ。
待合室も兼ねた受付ターミナルに入ると、受付には先日同様シグニスの妹が受付嬢として座っていた。
来客に気づくと、明るく元気な声で挨拶してきた。
「いらっしゃいませ!本日はご搭乗ですか?」
「あ、いえ、シグニスさんにちょっと相談したいことがありまして……」
「あ、兄ちゃん……じゃなくて、御者のシグニスですか?なら今の時間は翼竜達に昼食を与えている最中だと思います」
「ありがとうございます!ついでに外の翼竜達を見学していってもいいですか?」
「もちろんです!ですが、翼竜達を刺激しないように大声で話したり走り回ったりなさらないでくださいね?直接触るのも厳禁です」
「分かりました!」
受付嬢の許可を得て、ライトは外の翼竜達のいる広場?に出た。
一昨日見てライトが感動した翼竜達が、一昨日同様のんびりと牧場?のような広い場所でそれぞれ寛いだり次の出立を待っている。
プテラナちゃんやシグニスさんはいるかな?と思いながらライトが牧場を見回すと、ちょうど餌やりをしているシグニスの姿が見えた。
寛いでいる翼竜達を脅かさないために、ライトはシグニス達のもとにそっと小走りで寄っていった。
「シグニスさん」
「うおっ!……ああ、こないだのお客さんの坊っちゃんじゃねぇか」
「はい、ライトです。先日はお世話になりました」
「いやいや、俺の方こそ美味い昼飯までご馳走になって」
無言かつ足音を立てないように近づいていったライト。そのため、シグニスはライトに声をかけられるまで気づかなかったようだ。
ライトの突然の挨拶に驚きながらも、二日ぶりの再会に笑顔で受け入れてくれたシグニス。
「どうした、今日も翼竜籠に乗るのか?」
「いいえ、申し訳ないですけど今日は客じゃないんです。シグニスさんにちょっと相談したいことがありまして……」
「俺に相談?何だい?」
「実は……」
ライトの意外な言葉に、己の顔を指差しながら確認しつつ何事かを問うてくるシグニス。
職業柄、他人から相談を受けることなどあまりないのだろう。
そんなシグニスに、ライトはビッグワームの大顎が欲しい、ということを話した。
「……という訳なんですが」
「ふーん、ビッグワームの大顎、ねぇ……」
「どうでしょう、難しいですか?」
「いや、難しくはないんだ。むしろその部分は翼竜達があまり食べたがらない部分だし」
シグニスの話によると、ビッグワームの顎部分は翼竜達の嫌いな部位らしい。
もちろん食べられない部分ではないのだが、顎というかビッグワームの鋭いノコギリ歯が翼竜の歯と歯の間に詰まって残りやすい、のだそうだ。
特に乾物状態の干しビッグワームになると、水分が減って筋張るのか生のビッグワームよりもさらに歯に詰まりやすいらしく、顎がある頭部だけを残す翼竜も少なくないのだとか。
それ故干しビッグワームに加工する際には、干す過程の途中で頭部の切り落としをするという。
「そしたら、その切り落とした顎を譲ってもらえませんか?もちろんお金もきちんと払いますので」
「うん、そしたらなおのことじいちゃんに話してもらった方がいいな」
「えーと、冒険者ギルド総本部の横にある事務所というか、本社にいたおじいさん、ですか?」
「そう、あっちの事務所にいる爺さんね。そのじいちゃんが予約受付や経理その他事務全般やってるんだ。特に金銭の絡むことはじいちゃんが全て取り仕切ってるから、じいちゃんが「うん」と言えば問題ない」
「分かりました、ありがとうございます。早速今からドラグエイト便本社に行ってきます!……あ、でも、その前に……」
シグニスのアドバイスに従い、ライトはこの後すぐにドラグエイト便本社に向かうことにする。
だが、その前にライトにはちょっとだけしたいことがあった。
「翼竜達がお昼ご飯を食べる様子を見ていきたいんですが……」
「ん?見るだけならいくらでもいいぞ、うちは見学も大歓迎だからな!つか、何なら俺の手伝いしてくれてもいいぞ?」
「ありがとうございます!シグニスさんのお仕事のお手伝いさせていただきますね!」
シグニスはニカッ!と笑いながら、ライトの申し出に快くOKを出した。ついでに仕事の手伝いを要求するところがまた茶目っ気たっぷりである。
翼竜達を脅かさないように、ライトも声を抑えながらシグニスに礼を言った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふぅ、これで翼竜達へのお昼ご飯配りは全部終わり、ですか?」
「ああ、今日はライトが手伝ってくれたおかげで随分と捗ったぜ。ありがとうな!」
「いえいえ、ぼくもこんな間近で翼竜をたくさん見ることができてとても楽しかったです!ところで、ひとつ聞きたいことがあるんですが……」
「ん?何だ?」
その後リヤカーに干しビッグワームを積む手伝いをしながら、ライトは存分に翼竜観察を堪能していた。
そのお昼ご飯配りの途中から、ライトにはずっと気になっていたことがあった。
「この翼竜達のお庭?の向こうにある、別の牧場っぽいのがありますよね?あれは……」
「ああ、あれか?あっちはスライムの飼育牧場だ」
「!!!!!」
ライトがシグニスの仕事の手伝いで、牧場にいる翼竜達のもとへリヤカーで干しビッグワームを何回も運び、倉庫と牧場を往復していた時。その際に何となく周囲の景観を見ていると、翼竜達のいる牧場のさらに外側にも牧場地が広がっていることに気づいたのだ。
そしてその広大な牧場地、その至るところに何やら色とりどりのふよふよもっちゃりした物体が見えるのだ。
あれはまさか……スライム?というライトの疑問は、大正解だったようだ。
「スライムって飼育されてるんですか!?」
「そりゃそうさ。ライトだってぬるぬるドリンクとか飲むだろ?その原料作りのために、こうして郊外でスライムが飼育されてんだ」
「そうだったんだ……ぼく、知らなかったです……」
「何てったってぬるぬるドリンクは、このラグナロッツァの名産品だ。学園での食堂や市場の飲食店にも出るし、冒険者ギルド総本部の売店やそこら辺の土産物屋でも売ってるくらいだからな」
確かに言われてみれば、ぬるぬるドリンクは至るところで目にすることができる。その普及具合は、もはや日用品レベルで人々の日常に溶け込んでいると言っても差し支えない。
シグニスの言う通り、学園での昼食ラインナップや同級生のリリィの実家の定食屋『向日葵亭』でも母親からの奢りで紫のぬるぬるドリンクをご馳走になったことなんかを思い出すライト。
そして、冒険者ギルドで初めてぬるぬるドリンクを見た時の、ライトの受けた衝撃。あの時の衝撃は、相当なものだったはずなのだが。いつの間にかライト自身もその衝撃をすっかり忘れ去ってしまっていたくらいに、ぬるぬるドリンクは民の日常生活に浸透している。
そしてそれだけの量を賄うには、もはや野生のスライム狩りでの採取では到底追いつかないのだ。
「じゃあ、ここでぬるぬるドリンクの原料を生産してるんですね」
「ああ。ぬるぬるドリンクのもとだけでなく、ねばねば乳液やべたべたパックの原料も作ってるぜ」
「!?!?!?」
ここにきて、シグニスの口から更なる重大情報がもたらされる。
このスライム飼育場では、ドリンクとして広く普及しているぬるぬるだけでなく他のスライム系素材も生産しているというのだ。
「スライムのねばねばやべたべたが乳液とかパックにも使われているんですか!?」
「おう、そこら辺の原料はぬるぬるより採取量が少ないらしくてな?主に化粧品の原料に使われているらしいぜ」
「化粧品……」
「ねばねばは薄く溶きのばして、その濃度によって化粧水やローションなんかに使われてるし、べたべたは貴族も御用達の最高級パックになるんだと」
「ローション……パック……」
シグニスの口から語られる様々な情報に、ライトはただただ絶句する。
ライトはもとよりレオニスも美容方面にはさっぱり疎いので、まさかそれらが美容化粧品類に使われているとは知る由もなく完全な盲点だった。
しかもその採取量によって使い道を分けたりしていて、このサイサクス世界の人間もかなり商魂逞しいと見える。
世の女性達が、そのお顔にねばねば由来の化粧水やローションをペチペチと肌につけているという事実。
ライトもクレアがその可愛らしい少女のような可憐な顔に、懸命にちまちまとべたべたパックをべったりと塗りたくっている図を頭の中に浮かべてしまう。
衝撃の事実を知り、しばし呆けていたライトは頭の中のパッククレアを吹き飛ばすかのように頭をブンブンと振る。
そしてシグニスに向かって、改めて問うた。
「そのぬるぬるやねばねばの原料って、どこかで買うことはできるんですか?」
「んー、どうだろうな?飼育場で生産してるやつは業者向けだから、一般人に小売はしてねぇと思うが」
「そうなんですか……」
確かにこれだけ大規模な飼育場ならば、基本的に業者向けの商売展開だろう。
個人向けの小売がないとなると、ローションやパックを購入してまた遠心分離スキルで有効成分を取り出すかなー……とライトは脳内で考える。
だがその時、シグニスがふと思いついたように口を開いた。
「あ、そこら辺はここの飼育場に直接行って見てみたらどうだ?あすこも一般人の見学は受け入れてるはずだし、確か土産物屋も併設してるから化粧水やパックもその売店で買えるぞ」
「本当ですか!?」
「おう、スライム見学はしなくても化粧水やローション目当てに売店を訪ねる客も結構いるらしいぜ。お高い美容サロンで買うより安く手に入るんだとさ」
世の人々は、スライム自体はどうでもいいがそのスライム達が生み出す成果は欲しいらしい。
どのくらい安くなるのかは分からないが、いわゆる工場直売価格のようなお買い得な値段になっているのだろうか。
「いいこと教えてくれて、ありがとうございます!今から早速行ってみます!」
「おう、こっちこそ仕事手伝ってもらってありがとうな。うちも翼竜見学は常時受け入れてるから、また翼竜が見たくなったらいつでも来いよ」
「はい!」
「あ、もちろん客としてまた乗ってくれるのでも大歓迎だぜ?」
「はい!!」
シグニスは御者でいわゆる運転士だが、こうした営業努力も怠らない。明るく人懐っこい笑顔で放たれる営業トークはちっとも嫌味にならないのが、このシグニスという獣人青年の人柄を表しているのだろう。
シグニスからもたらされた貴重な情報をもとに、ライトは早速スライム飼育場に向かった。
翼竜便の御者シグニスの再登場です。意外と早くに再登場させることができて嬉しいー。
だかしかし。妹の方が未だにその名前すら出せていないのが目下の悩み。猫耳系の獣人兄妹なので、シグニス兄ちゃんだけでなく妹ももっと出せたらいいなー。
そして、新素材のねばねばやべたべたの入手方法が早くも見つかりました。
確かにねぇ、大人気のぬるぬるドリンクが日常的に飲用されてますからねぇ、天然素材からの採取だけでは到底賄えませんよね。
しかも乳液にローションに最高級パック等々、女っ気のない男世帯のライトやレオニスには知る機会はほぼない盲点だったのでした。
 




