第229話 暴かれた正体
「さて……そしたら今回ラグーン学園に寄越した書簡の主である大主教とやらが到着する前に、その上司に聞いておきたいんだが」
「何でしょう?」
「神殿ってのは、相変わらずこんな傲慢な奴ばかりなのか?」
レオニスは、それまでに神殿が送ってきた書簡数通をエンディの前に差し出した。
最初のうちこそ『???』というような表情のエンディだったが、レオニスから渡された書簡の中身に目を通すにつれてだんだんと顔つきが険しくなっていく。
そして全ての書簡を一通り読んだ後、大きなため息とともに目を伏せるエンディ。
「こんなものを送りつけていたとは……全く以て申し訳ないことです」
「この書簡の主じゃ話にならんから、そいつよりさらに上の者にオラシオンから直接話をつける、と聞いていたが」
「ええ、学園理事長から私のところに直接話がきまして。お恥ずかしいことに、学園理事長からこの話を聞くまで私自身はこの件のことを知らされておりませんでした」
「そうなのか?大教皇ってのはラグナ教の中で一番偉い役職なんじゃないのか?」
エンディからの答えに、不思議そうな顔でレオニスが聞き返した。
問われたエンディも、苦笑しながら答える。
「私自身、この大教皇という地位についてまだ三年と日が浅いこともあり……私より何倍も長く聖職者として勤めておられる年配の方々の方が、いろんな意味で強い力を持っていることも多いのですよ」
「そんなもんなんかねぇ……」
「もちろん私とて、ただ軽いだけの神輿になるつもりは毛頭ありませんがね」
基本実力主義の冒険者稼業に身を置くレオニスには、その辺の政治的要素や派閥力学といった駆け引き的なことはいまいちピンとこないらしい。
だが、エンディの言うことは大組織あるある話である。
跡取りとして就任したばかりの若社長よりも、組織の幹部として長年君臨してきた古参の専務や常務の方が実権を強く握っている的なやつだ。
「で、その大主教とやらは何故うちのライトに接触してくるんだ?今回の話し合いの目的は?」
「リュングベリ大主教の説明では『この者は必ず我が神殿で確保しなければならない』と話していました」
「ライトを神殿で確保する、だと……?」
エンディの口から語られた神殿側の思惑の一端を聞き、レオニスの様子が途端に不機嫌さを増す。確かにそんな言い種をされれば、レオニスならずとも大抵の人は大なり小なり気に障るだろう。
実際かなりイラッときたレオニスだったが、ライトの懸命な視線『まだ怒らないで!我慢して!』という訴えにグッと堪える。
冷静になるために呼吸を調えてから、レオニスは改めてエンディにその意図を問うた。
「大教皇、あんたはその大主教の意見に対してどう思ってんだ?」
「もちろん神殿側の一方的な都合を押しつけるのは良くないと思っています。しかもリュングベリ大主教が言っていた『この者』であるライト君は、まだこんなに小さな子供ですし」
「……そうか」
「……ただ……」
エンディがリュングベリ大主教の主張とは違う方向性だと知り、レオニスは少しだけ安堵する。
一方で、エンディは少し俯きながら話を続ける。
「大主教に真意を問い質しても、いつもはぐらかされてばかりで……私自身、彼の意図を図りかねているのです」
「ですので、本日はそれを確かめるために保護者の方や学園理事長など、神殿以外の第三者もいる場で話を聞くつもりで来ました」
「私個人としての意見は、子供が小さいうちは家族のもとで過ごすことが最も望ましい、そう思っています」
「ですが、リュングベリ大主教の意見も頭ごなしに否定する訳にはいきません。一度ちゃんと意見を聞いてみないことには、良し悪しの判断もできませんし」
エンディの意見ももっともである。
大主教はともかく、大教皇はかなりまともそうだ。これなら話し合いも何とかそれなりに済ますことができるか……そんなことをレオニスが考えていた、その時。
窓の外から再び馬車が止まる音が聞こえた。
もはや見るまでもないとは思うが、一応念の為にオラシオンが窓の外を見て確認する。
「神殿からの第二陣のご到着のようですよ」
やはり、遅れて来たリュングベリ大主教が乗る馬車のようだ。
一同は再び来客の到着を待つことにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コン、コン。理事長室の扉がノックされる。
それを受けて、オラシオンが「どうぞ、お入りください」と返事を返す。
理事長室の扉が従者二人によって大きく左右に開かれ、廊下の中央に一人の男性が立っているのが見える。大教皇と同じような、でもよくよく見ると刺繍の量や肩掛の長さが若干違う聖職者の衣装。
恰幅が良く、背はあまり高くない。中肉中背ならぬ多肉中背といったところか。
この人物がラグナ教No.3、イェスタ・リュングベリ大主教だろう。
リュングベリ大主教がふんぞり返りながら、理事長室に入ってくる。
エンディ大教皇を迎え入れた時のように、ライト達三人は新たな来客を迎えるために席から立ち上がった、その時。
ライトの胸元に着けていたラペルピンが、突如激しく光りだした。
「……え、ちょ、何!?」
「「「……ッ!!」」」
その強烈な光に、その場にいた者達全員が目を開けていられない。薄目を開けるのが精一杯だ。
しばらくして、ラペルピンの光が少しづつ収まっていく。その光は弱くなりながらも、まだ薄っすらと輝き続けている。
突然起きた異変のその先に、さらなる異変が起きていることを真っ先に気づいたのはレオニスだった。
「貴様……誰だ!!」
レオニスが叫び詰問したその視線の方向は、理事長室の扉。
扉の前には、ついさっき入室してきたラグナ教大主教イェスタ・リュングベリ大主教がいるはずだ。
だが、そこには聖職者の衣装をまとった大主教ではなく―――異形の悪魔がいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『……オノレ……何ダ今ノ光ハ……』
扉の内側にいる悪魔が忌々し気に呟く。
くすんだ緑の肌に、瞳孔が横型の赤い瞳。頭の上には黒くて大きな角が二本、左右に生えている。二本足で立ってはいるが、その爪先は偶蹄類のそれだ。
まだ名乗りこそしないが、その姿形は誰がどう見ても悪魔の類いである。
「貴様は誰だと言っている!答えろ!」
思いっきり警戒しながら、悪魔に対して容赦なく威圧するレオニス。
だが、目の前にいる悪魔はレオニスの威圧も怯む様子はない。
悪魔特有の禍々しいオーラを放ちながら、黙したままニヤリと醜悪な笑みを浮かべる。
ここでエンディが怯むことなく悪魔に向かって大きな声で問いかける。
「リュングベリ大主教はどこです!!彼をどうしたのですか!!」
『……フフフ』
エンディの問いに、悪魔は不敵な笑みを浮かべる。
『ソンナ者ハ最初カラオラヌ』
「……何ですって?」
『アレハ我ガ偽装シテイタニ過ギヌ。ラグナ教ニ潜ムタメニ作リシ仮初ノ姿ヨ』
「では……ラグナ教の中にはずっと、ずっと……長い間悪魔が潜んでいて、我等信徒を操っていたということですか……!?」
大主教は拐われたり殺されたのではなく、最初から悪魔が化けていたのだ。
その驚愕の事実を知った大教皇エンディが愕然とする。
『ラグナ教デハ長キニ渡リ、様々ナ情報ヲ手ニ入レテキタ』
『特ニ【勇者】ノ魂ヲ持ツ者、ソノ炙リ出シ。長キニ渡リ非常ニ役ニ立ッテクレタゾ』
『今日モコウシテ【勇者】ノ魂ヲ持ツ者ヲ始末スルコトガ出来ルノダカラナ!』
悪魔がライトの方を見ながらニタリと笑う。
その悍ましい視線に、ライトの背筋にゾクリとした悪寒が走る。
横にいたレオニスが庇うようにして前に出て、ライトを背後に隠した。
オラシオンもエンディの傍に駆け寄り、守るように前に出る。
『キシャアアアアッ!!』
悪魔が醜悪な笑みを浮かべたまま、鋭い爪を剥き出しにして大きく振りかぶりライトのいる方に襲いかかる。
レオニスは咄嗟に近くにあった応接セットのテーブルの脚を持ち上げ、盾代わりにして悪魔の爪の一撃を防ぐ。
そのまま重たいテーブルを前方に押し出し、悪魔の身体を吹っ飛ばした。
レオニスの半端ない膂力で押し返された悪魔の身体は、壁に当たって壁面がクレーターの如く凹み罅が入る。
「おらァ!!」
壁にめり込んだ悪魔に向かい、絶好のチャンスとばかりにレオニスが反撃に出る。今日は帯剣していないし、室内で強力な攻撃魔法を繰り出す訳にはいかないので拳一つでの勝負だ。
レオニスの拳を顔面や腹に受けた悪魔は、なす術もなくダウンした。
レオニスは完全にノックダウン状態で倒れ込んだ悪魔を捕まえて、ペシペシとその頬を叩いて起こしてから尋問する。
「誰の差し金でラグナ教に入り込んだ?ラグナ教内部に潜り込んで大主教にまで上り詰めるなど、お前一人の単独行動じゃあるまい」
「つーか、お前、この中で俺らじゃなくて真っ先にこの子供を狙ったな?お前の目的は何だ?」
「さっき、勇者の魂を持つ者だのその炙り出しがどうのと言っていたが……ありゃ一体どういう意味だ」
「答えろ!!……答える気がないなら指や腕、足を一本づつ丁寧に圧し折りながら身体に聞いてもいいんだぞ?」
レオニスはライトの名を伏せながら悪魔を尋問する。自分達の情報を敵に教えないためだ。
レオニスの本気の威圧が悪魔にのしかかる。その剥き出しの殺意のあまりにも凄まじい圧に、悪魔は怯えながら懇願し始める。
『……マ、待テ!分カッタ、話ス!我ノ知ッテイルコトヲ話ス!ダカラ、命ダケハ……!』
「……いいだろう。ただし、少しでも変な真似したらどうなるか分かってるな?首の骨圧し折る程度じゃ済まさんぞ」
悪魔の命乞いの言葉を受けて、レオニスはその手を緩めて少し距離を取った。
ケホッ、カハッ、と咳き込んだ悪魔の息が少しづつ落ち着き整っていく。
『……我ハトアル御方ノ命ニヨリ、ラグナ教幹部トシテ人族ノ監視ヲ続ケテイタ』
「いつからラグナ教に潜り込んでいた?」
『我ガ代替ワリシタノハ三十年程前ダガ、悪魔ノ支配ハ数百年ニ渡リ続イテイル』
「なっ……そんな大昔から……!?」
悪魔の供述に、またもエンディが愕然とする。
「ラグナ教を悪魔が支配するのが目的なら、何故大教皇にならない?総主教も悪魔なのか?」
『大教皇ハラグナ教ノ表ノ顔ダ。ソコマデイケバ、人間界デノ露出モ増エル。目立ツコトナク内部ヲ牛耳ルニハ、大主教クライノ位置ガ最適ナノダ』
悪魔だけに、悪知恵もかなり回るようだ。
ここでレオニスがとうとう核心に迫る。
「……で?お前らの目的は一体何だ?さっき言っていた『とある御方』ってのは誰だ」
『……ソレ、ハ…………グフッ!!』
レオニスの問いにしばし言葉に詰まった悪魔が、突然目を剥いて口から大量の血を吐き出した。
床に転げたままグハッ!と血を吐き続けながら、のたうち回る悪魔の身体からどろりとした黒いオーラが発せられた。
それを見たレオニスは、咄嗟に大声を出した。
「皆、伏せろ!!」
レオニスはそう叫ぶと同時に悪魔の身体を再び壁側に放り投げ、ライトのいる方に向かって駆け出した。
オラシオンもエンディの腕を引っ張り、二人とも執務机の陰に入るようにして身を隠した。
レオニスがライトの上に覆い被さるようにして庇い、オラシオンがエンディとともに執務机の横に隠れたと同時に悪魔の身体がドカン!という爆音とともに大爆発した。
またも事件の臭いです。そう、平和な日常というのは儚く脆く、いつだって簡単に壊れてしまう危険性に満ちているのです。
ていうか、今回もレオニスの格好いいバトルシーンがあるというのに。毎回一話限りでサクッと終了してしまうのは何故だろう_| ̄|●
ちなみに突如謎の力を発揮したライトのラペルピン。その詳細は後ほどレオニスの口から語られますが、某天空のお城の某飛行できちゃう蒼い石のような『秘密の呪文』は不要です。




