第22話 お願いと早とちり
「ねぇ、レオ兄ちゃん。お願いがあるんだけど」
「ん?何だ?」
いつもと変わらぬ、朝御飯ののんびりとしたひと時。
ライトはレオニスに、おねだり話を切り出した。
「あのね、ぼく、ラグナロッツァに行きたいの!」
「あ?ラグナロッツァ?何でまたそんなとこに」
ラグナロッツァとは、アクシーディア公国の首都である。
レオニス達の住むカタポレンの森から南下して、大陸中央を横たわる砂漠を渡った先にある、サイサクス大陸一の大都市だ。
「ぼくね、いつか学校にかよいたいと思ってるんだけどさぁ」
「ああ、そうだな……そういやお前もそろそろ学校通って、いろんなことを学んでいかなきゃなならん年頃だな」
「でね、学校にかよう前に、しなきゃならないこと、あると思うんだ」
「ん?何だそれは?」
何のことか全く分かっていなさそうなレオニスの顔を見て、ライトは小さなため息をついた。
「この森を出て、人里になれとかないと」
Σ ピカッ!!!
Σ ドンガラガッシャーン!!!
Σ ピシャーーーン!!……
Σ ピシャーーン!……
Σ ピシャーン……
『この森を出る』
ライトの口から出たこの言葉を聞いたレオニスに、落雷的衝撃が走る。
あまりのショックに目は見開かれ、身体は小刻みにわなわなと震えだし、みるみるうちに顔色を失う。
「え、ちょ、待ッ、おまッ、この家を出たい、の?」
「いやいや待て待て、お前はまだ7歳よ?もうすぐ8歳になるけど、それでもまだ家を出て独立するには早過ぎるぞ?」
「おおお俺は反対だ!お前はまだまだ子供だ、ここを出てひとり暮らしするなんて無理に決まってるだろう!」
「兄ちゃんはお前をそんな無茶言う子に育てた覚えはありませんッ!!」
レオニスは涙目になりながら早口で捲し立て、身振り手振り交えながらライトを説得にかかる。
そこに人類最強金剛級冒険者の威厳などという神々しいものは微塵もない。
「……んん?」
「レオ兄ちゃん、勘違いというか、何か早とちりしてない?」
レオニスの剣幕に呆気にとられていたライトは、怪訝そうな顔をしながらレオニスを見た。
「ぼく、別にこの家を出ていくつもりはないよ?」
「えッ、でもお前、今さっき『この森を出て』って……」
「うん。だって、この森の外に出なきゃ、人のいるところに行けないでしょ?」
「………………」
ライトは再び小さくため息をついた。
「レオ兄ちゃん、このカタポレンの森に、ぼく達以外の人間って、いる?」
「………………いません」
「でしょ?そしたら、ぼくがレオ兄ちゃん以外の人と、お話できるきかいって、いつ?」
「………………このままだと、ない、ですね」
「ですよね?」
『この森の外に出る』の意味がようやく通じたっぽい。良かった良かった、誤解が解けて。レオ兄思いっきり項垂れてるけど。
ライトは更に畳みかけるように話す。
「そりゃね?レオ兄ちゃんは、たまーに人のいる街に出かけては、狩りの成果を冒険者ギルドに持ち込みに行ったりね?アルのごはんや、ぼくがほしいとお願いしたものを、たくさんお買い物してきてくれたりして、他の人とのかかわりを持ててるからいいですよ?」
「でもね、ぼく、生まれてこのかた、この森をほとんど出たことない、ですよね?」
「このままじゃ、ぼく、学校に行っても人見知り強すぎて、一人も友達できないかも」
「つーか、この森以外のこと知らなさ過ぎて、浦島太郎助になっちゃうじゃないか!」
「いや、浦島太郎助どころの話じゃ済まん、重度のヒキニートまっしぐらなってまうやろがえーーー!!!!!」
力説していくうちにだんだんヒートアップしていくライトに、レオニスは若干引き気味だ。
「うん、最後の方何言ってんのかよく分からん」
興奮しながら肩で息をしていたライトが落ち着くまで待ちながら、レオニスはゆっくり語りかけた。
「……そうだな、お前だってこれから人の輪の中に入っていかなきゃならんもんな」
「俺もこのままずっと森の中で、お前と二人っきりで一生隠居し続けるとか、そんなつもりはさらさらなかったんだが……」
「ああ、そうか……お前と過ごす毎日が、あまりにも楽しくて……そこら辺のこと、お前から言われるまで完全にすっぽりと頭から抜け落ちてたわ」
「駄目だなぁ、これじゃお前の保護者失格だわ……」
「ごめんな、ライト」
伏し目がちに苦笑いしながら、少し寂しそうな表情を浮かべてライトの頭を優しく撫でるレオニス。
その顔を見たライトは、急に胸が締めつけられる思いがした。
「…………ッ!!そんなことない!!」
「ぼくだって、レオ兄ちゃんとここで暮らすのは、とっても楽しい!今までだってそうだし、これからもずっとずっと変わらないよ!」
レオ兄が『保護者失格』だなんて、そんなこと絶対にあるもんか!
今までずっと、それこそ赤ん坊の時から今日まで何不自由なく育ててきてくれた恩人なのに!
レオニスの寂しげな表情を晴らすべく、ライトは懸命に言い募る。
「だけど、ぼくもレオ兄ちゃんといっしょに、世界中を旅するって、やくそくしたでしょ?」
「そのために、ぼく、もっともっと勉強して、外の世界のことを知らなくちゃ、って、そう思ったの」
「学校に行くのだって、レオ兄ちゃんと並び立つためだし!!」
そこまで無言で聞いていたレオニスは、ふっ、と柔らかい笑顔を浮かべた。
「そうだな、ライトといっしょに世界中を冒険するんだもんな」
「うん、そうだよ、レオ兄ちゃん。男と男のやくそくだよ!!」
「ああ、男同士が交した約束だ、何があっても守らないとな」
『男と男のやくそく』のところで、ライトがグッと前に突き出した小さな拳。
その小さな握り拳に、レオニスは自らの大きな握り拳を小さくコツンと突き合わせる。
「ぜったいに、ぜったいだよ!」
「ああ。ライトには俺よりもっともっと強くなってもらって、俺の老後の面倒見てもらわなくちゃな!」
「……えッ、レオ兄ちゃんの老後?……全然そうぞうつかない……」
「ハハハッ、俺だっていつかはよぼよぼのジジイになるさ。一応人間だからな?」
冗談口をききながら、いつもの明るく優しい笑顔に戻ったレオニス。
そんなレオニスの笑顔に安堵しながら、ライトは軽口を叩く。
「ええええ、レオ兄ちゃん、ほんとに人間んんん??」
「ちょ、おま、何てことをッ」
「だってぇ、レオ兄ちゃん、人類最強の伝説の人じゃん!もはや人じゃないかも!」
「このぉーーー、そんな酷いことをいう口は、こうだッッッ」
「あいおふうーーーふええぇぇぃ」
柔らかほっぺをムニムニと弄り弄られながら、笑い合う二人であった。
 




