第188話 神殿からの接触
「新しい使い魔の卵か……どうしようかな」
フォルのお使いの成果であるお持ち帰りアイテムの中に、新しい使い魔の卵を見つけたライトはしばらく考え込んでいた。
使い魔が増えるのは純粋に嬉しいが、先日フォルを孵化させたばかりなのにまた新しい使い魔を増やしてレオニスに怪しまれたり窘められてもマズい。
故に、フォルの時のようにすぐに孵化させるのは少々躊躇いがあるのだ。
ちなみにゲームの場合は、餌を与えなければ成長しないだけでずっと卵のまま、使い魔欄の中にいた。要するに、他のアイテム類と同じ扱いで経年劣化は発生しなかったのだ。
試しに卵を手に乗せてマイページの使い魔欄を開いてみるが、卵はそのままライトの手の上にあった。
どうやらこの世界では、卵のままでは使い魔とは認識されず使い魔データに登録できないようだ。
さてそうなると、この使い魔の卵をどうするべきか。ライトは悩みに悩んだ。
あまり急激に使い魔を増やし過ぎても、人目を考えるとしばらくは孵化は避けたい。だが、曲がりなりにも生命体のもとである卵だ。このまま何もせずに長期間放置していたら、腐ったり朽ち果ててしまうかもしれない。
ライトもさすがにそれだけは避けたかった。
「んー……そしたら孵化させてから、野に放ってみるかな……放し飼い的な感じになるかもしれないし」
そう、フォルのようにライトと同じ空間で常時ともに過ごすことを考えるから孵化を躊躇うのだ。ならば、何も同居に拘らなければいいかもしれない。家飼いと外飼いを分ければ案外イケるかも……ライトはそう考えた。
放し飼いと言えば聞こえは悪いかもしれないが、卵の生命を朽ちさせることなくこの世界に生かすにはそれしか思いつかなかったのだ。
「そしたらどうしよう、今度はどの種族にするかな……」
ライトはしばらく考え込んだ後、ハッ!と思いついたように顔を上げる。ライトの中で、何か良い案が閃いたようだ。
「近いうちにやってみるか!」
ライトはそう言うと、ハンカチを取り出してうずらの卵より小さな使い魔の卵をそっと包み、机の引き出しの中に大切に仕舞い込んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二日後の週明けの月曜日。
すっかり元気になったライトは、いつも通りラグーン学園に登校した。実に九日ぶりのラグーン学園である。
レオニスはとても心配そうにしていたが、ライト本人が
「もう大丈夫だから!レオ兄ちゃんの付き添いとかいらないからね!一人で学園行けるから!」
と過保護モードを断固お断りしたため、普段通りの登校になったのだ。
ライトが1年A組の教室に入ると、既に教室にいた同級生達が一斉にライトのもとに駆け寄り取り囲む。
「ライト君、おはよう!」
「すごく久しぶりだね、もう具合はいいの!?」
「金曜日の神殿訪問の時、ものすごく顔色悪かったから皆心配してたんだよ!」
「病気とかじゃないんだよね!?」
「今日は体育あるけど、無理しないようにね?」
同級生達が本当に不安そうな顔つきで、口々にライトの体調を心配してくれている。
押し迫るような勢いにライトは若干戸惑うものの、こんなにも自分のことを心配してくれる同級生達の優しさがとても嬉しかった。
「皆、ぼくのこと心配してくれてありがとう。そしてごめんね、皆にも迷惑かけちゃって」
「ううん、迷惑なんてことないよ」
「そうだよ、ライト君こそ神殿訪問をとても楽しみにしてたのに」
「急に具合が悪くなるなんて、本当についてなかったね」
「でも、病気じゃなかったなら、何が原因だったんだろうね?」
「「「「「………………」」」」」
誰かが鋭い一言を放つ。その言葉に、ライトのみならず同級生全員がはたと止まり無言になる。
そしてこんな時、その重苦しくなりつつある空気を一気に薙ぎ払い払拭するのは決まってイヴリンだ。
「ま、原因は分からないけど、ライト君が元通り元気になったならそれでいいんじゃない?」
「……ん、そうだね。学園に来れるってことは元気になった証拠だもんね」
「倒れたのは心配だったけどすっかり回復したんだもんね、良かったね!」
イヴリンの明るくあっけらかんとした言葉に、皆一斉に納得しつつ明るい笑顔を取り戻す。
イヴリンは本当に太陽のような子だな、とライトは思う。
皆でそんな会話をわいわいとしていると、担任のフレデリクが教室に入ってきた。
同級生達は蜘蛛の子を散らすように、それぞれの席に戻っていく。
そして一日の授業が始まっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
午前中の体育の授業こそ大事を取って見学したものの、それ以外はいつものように授業を受け一日を無事終えたライト。
さぁ帰ろう、と帰り支度をしていたところ、フレデリクに呼び止められた。
「あ、ライト君。帰る前に理事長室に行ってくれるかい?理事長先生がライト君にお話したいことがあるそうなんだ」
「え?理事長先生がぼくに、ですか?」
「うん、僕も昼休みが終わる直前に理事長先生からそう言われただけだから、どういう話なのか詳しくは聞いていないんだけど」
「分かりました、じゃあ今からいってきます」
ライトはフレデリクに言われた通りに、理事長室に向かった。
理事長室の扉をコンコン、とノックしてから入室するライト。
「理事長先生、1年A組のライトです。ぼくに何かお話したいことがあるとフレデリク先生から聞きましたが……」
「ああ、ライト君。もうおうちに帰る時間だというのに、わざわざ来てもらってすまないね」
理事長のオラシオンが、入室してきたライトに労いの言葉をかける。
「ライト君、先々週の神殿訪問で具合が悪くなって倒れたそうですね。もう具合は大丈夫ですか?」
「はい、土日にゆっくり休んだのでもう大丈夫です」
「そうですか、それは良かった」
「でも……せっかくの社会見学だったのに、皆に心配と迷惑をかけてしまいました……理事長先生にも気を遣わせてしまって、本当にごめんなさい」
本当に申し訳なさそうな神妙な顔つきで、オラシオンにもペコリと頭を下げて詫びるライト。
その年齢に似つかわしくない大人びたライトの言動に、オラシオンは内心で心配になってくる。
この子は賢いを通り越して、あまりにも聡すぎる。それ故に、子供のうちから背負わなくてもいいような重荷までその幼い身の内に抱え込んでしまうのではないか―――と。
「……で、理事長先生。ぼくにお話したいことって、何ですか……?」
「……あ、ああ、実はですね。神殿からライト君宛に、書簡が来てまして」
「え?神殿からぼく宛に書簡、ですか?」
「ええ。おそらくは先日のことに関してだと思うのですが」
オラシオンが机の引き出しから一通の手紙を出して、ライトに渡した。
とても上質なものだと一目で分かる封筒に、ご丁寧に封蝋まで施してある。
「今日の昼に、神殿から使者が来ましてね。水晶の壇の前で倒れた学園生に、この書簡を渡してほしいと依頼されまして」
「……それなら間違いなくぼく宛、ということですね」
「そういうことになりますね」
「神殿がぼくに、一体どんな用事があるんでしょう?」
「さぁ……それは書簡の内容を見てみなければ何とも言えませんが」
今までこの世界で生きてきて、全く関わりも接点もなかったラグナ教。
初めて訪れた時に倒れてしまい、それから間を置かずにラグナ教側からわざわざ接触してきた。ライトとしては、何かもう壮絶に嫌な予感しかしない。
「とりあえず、今ここで理事長先生といっしょに確認してもいいですか?」
「それは構いませんが……自宅に持ち帰ってレオニス卿と確認がてら相談するのでは?」
「もちろんレオ兄ちゃんにもちゃんと相談しますが、レオ兄ちゃんはあまり神殿に対して良い感情を持っていないらしくて……手紙の内容によっては、何かとんでもないことになりそうで」
「ああ……確かにそうですね」
オラシオンもレオニスの神殿嫌いは知っているようで、ライトの言に納得していた。
オラシオンの承諾も得て、ライトは書簡の封を開けてその内容を読んでいく。
「……これは……」
書簡を読んでいたライトの顔が困惑に染まる。
その書簡に書かれていたのは、いわゆる『出頭命令』であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「なぁ、奴等は馬鹿なのか?」
これは、ライトが神殿からの書簡を家に持ち帰りレオニスに見せた直後のレオニスの第一声である。
「馬鹿だよな?うん、絶対に馬鹿だ」
「いや、ただの馬鹿じゃ済まんな。限りなく底無しの、とんでもない大馬鹿野郎どもだ」
「体調不良で倒れて三日も寝込んで目を覚まさなかった子供に向かって『神殿に来い』だぁ?ふざけたことを吐かすのも大概にしとけ、つーか寝言は寝て言え」
「事情が聞きたいなら、貴様らの方が出向いて来いや。何でライトを呼びつけてやがんだ」
「奴等一体何様のつもりだ、神様仏様ラグナ教様々ってか?」
やはりというか案の定、ものすごい勢いで壮絶に不機嫌そうな顔つきになっていくレオニス。
その口調もいつもの明るく快活さはなく、心底苛ついた忌々しげなものだ。
「なぁ、あいつら一度〆てきていいか?いいよな?」
「え?殺しちゃダメ?もちろん殺しなんてしないさ、さすがの俺もそこまで無慈悲な殺戮者じゃないぞ」
「だが、神殿の建物を跡形もなく消し去って更地にするくらいならいいよな?え、それもダメ?何でだよ」
こうなると、もはや不機嫌そうどころの話ではない。
歯をギリギリと食いしばりながらまるで地の底から呻くように吐き出す言葉の数々が、兎にも角にもものすごく物騒この上ない。
「いや、あの、レオ兄ちゃん?お願いだから、落ち着いて?」
「これが落ち着いていられるかッ!これだから俺は神殿の奴等が大嫌いなんだ!!本当に信用ならん!!」
うがーーーッ!!と叫びながら天を仰ぎ両手で頭を掻きむしるレオニスに、その荒ぶるレオニスを宥めようと必死に声をかけるライト。
「この件に関しては、理事長先生の方から話をしてくれるって」
「……ん?オラシオンが、か?」
「うん。まず、ぼくが神殿に出向くのではなくて、ラグーン学園の理事長室での話し合いにするように頼んでくれるって」
「……んー、そりゃまぁライトが神殿に出向くよりははるかにマシっちゃマシだが……」
「でしょ?ぼくが神殿に行けばまた具合悪くなって倒れちゃうかもしれないから、そこは絶対に譲らないって理事長先生も言ってくれたし」
ライトはラグーン学園の理事長室でオラシオンと練った対策を、レオニスに話して聞かせる。
「じゃあ、その話し合い?の場には、俺も絶対に行くぞ?」
「もちろんそれも、理事長先生が是非そうしてくれって言ってたよ。レオ兄ちゃんはぼくの保護者だから、その権利はあるって」
「オラシオン、さすがだな。俺が考えそうなことは全てお見通しか」
「うん。それに、理事長先生も付き添いの一人としてその場に立ち会ってくれるって」
「そうか……それならより安心できるな」
ライトの説得が効いてきたのか、レオニスも次第に落ち着きを取り戻してきた。
神殿からの書簡をそのまま持ち帰らずに、理事長室で理事長先生といっしょに中身を確認しておいて本当に良かった……とライトは内心思う。
そのおかげで、神殿の書簡を見て間違いなく怒り狂うであろうレオニスをこうして宥め落ち着かせ、納得させることができたのだから。
「話し合いも学園が休みの日でないと無理だから、今度の土曜日か日曜日のどちらかにすることを神殿側に打診するって理事長先生言ってたよ」
「そうか……じゃあ日が決まったらまた教えてくれ。とりあえず今度の土日は両方空けとくわ」
「はーい」
ひとまず話がまとまったところで、二人は遅めの晩御飯を食べ始めるのだった。
まだラグーン学園生活の描写とかほとんど書けていませんが、今回のように出せば出したでそれなりに動いてくれるので、これからも少しづつでも出していけたらいいなぁと思いました。
そしていずれはジョゼとイヴリンの恋愛話とかですね……いや、きっと暖簾に腕押し糠に釘なんだろうな……でもいつかは書きたいな!
そう、願うだけならタダなのです!
 




