第185話 狭間の剣
「……『光と闇を行き来する狭間の剣』?」
全く予想もしていなかった言葉に、ライトは呆気に取られながらネヴァンに聞き返す。
「そう。聖遺物として祀られているあの大剣は、かつて太古の昔に天地とともに生まれた剣」
「ラグナ教では、そう言い伝えられている」
あの大剣の正体を知っているライトにしてみれば、俄には信じ難い話だった。
だが、ライトが知っているのはあの大剣が【深淵の魂喰い】と呼ばれる呪われた魔剣である、ということだけで、よくよく考えたらあの魔剣の由来や来歴、効果のような本当の意味での詳細は実は一切知らない。
ゲーム内ストーリーでは、まだそこまであの魔剣に関して深く語られていなかったからだ。
「ラグナ教では、あの大剣はどんな言い伝えで語られているんですか?」
「聖遺物として祀られているくらいだから、伝説とか神話のような話とか伝わってるんですよね?」
自分はあの魔剣について、知っているようでその実態は殆ど知らない。そのことに思い至ったライトは、ネヴァンに更に話を聞くことにした。
その後も続くライトの数々の疑問に、ネヴァンが丁寧に答えていく。
「あの剣は神代の時代、それこそ天地開闢の瞬間からこの世界に在った」
「光あるところに影が生まれるように、天と地、光と闇は常に対で存在し、お互い切っても切れない間柄」
「そしてそれ以外にもうひとつ、忘れちゃいけない究極の対極事象がある」
「それは―――生と死」
ネヴァンの口から静かに語られる、何とも壮大な話にライト他一同は思わず息を呑む。
「光は生の象徴であり、闇は死を象徴する。あの剣は、光と闇そのもの」
「その時代時代で姿を変えて、生と死の狭間を行き来してきた剣」
「時には光の聖剣として増えすぎた闇を屠り、時には闇を救う魔剣として生ある者を喰らう」
「今神殿にあるのは、魔剣としての姿。生ある者の魂を喰らう、とても恐ろしい魔剣」
「だから、決して外には出さぬようにラグナ教で聖遺物として扱い厳重に保管している。……と、礼拝の時の話で聞いたことがある」
天地開闢と同時に生まれた光と闇そのものにして、生と死の狭間を行き来する剣。
どちらかの片方に偏ることなく両方の性質を持ち、その時々により性質を変える剣だとはライトも予想だにしていなかった。
さすがはラグナ教の神殿内で聖遺物として祀られるだけのことはある。
「でも、どうしてそんな恐ろしい魔剣があんな誰でも見れるような場所で公開されてるんですか?」
「あの魔剣は、直接触ったり持ったりしなければ害はないんだって。だから、主祭壇のとても高い位置に祀られてる」
「主祭壇は聖職者しか入れないし、信徒以外の普通の人は水晶の壇の手前からしか見れないから、触る心配もない」
「そして、聖遺物として公開して多くの人の目に触れることで、聖遺物への崇敬の念を集めて魔剣としての力を抑え浄化する……てことらしいよ」
ネヴァンの言う『多くの人の目に触れる』というところに、ライトは危機感を覚えた。
「誰にでも見られるってことは、悪い人に目をつけられる可能性もありますよね?泥棒に入られて盗まれる危険性はない?ですか?」
「それこそ心配無用。あの剣は今は魔剣。持つ資格のない者が【深淵の魂喰い】に触れて無事に済む訳がない」
「ああ、そういうことですか……」
ネヴァンの答えはもっともであり、ライトも納得した。
確かにあの魔剣に不用意に触って、何事もなく済む訳がないのだ。そこら辺の盗賊が聖遺物を価値あるお宝だと勘違いして盗んだところで、魔剣のその名の通りに魂を喰われて最悪はその場で死ぬことになるだろう。
それに、もし盗賊が死んだところで神殿を責める者は誰もいないだろう。聖遺物を盗もうとした罰当たりに神罰が下ったのだ、と判断されて終わりだ。
「ネヴァンさん、あの剣は何という名前なんですか?」
「魔剣としての名は【深淵の魂喰い】、聖剣としての名は【晶瑩玲瓏】と伝えられている」
「魔剣になったり聖剣になったり、切り替わる時の条件とかあるんですか?」
「さすがにそこまでは知らない……もっと上の、司祭様や総主教様ならご存知かもしれないけど」
魔剣としての名はライトも知っているものと同じだったが、聖剣としての名は初めて聞く名だ。
そして大剣が変貌する時の条件は、ネヴァンには分からないらしい。さすがにそこら辺は上層部しか知らされない、いわゆる機密事項なのかもしれない。
いずれにしても、聖剣と魔剣が表裏一体の同居状態とは何とも摩訶不思議な話である。
魔剣の状態はライトもよく知っているが、聖剣の状態は見たことがないどころかその存在さえ全く知らなかった。
『できることならば、聖剣の【晶瑩玲瓏】も見てみたいなぁ』
『もし今の状態が魔剣としての【深淵の魂喰い】じゃなくて聖剣の【晶瑩玲瓏】だったなら、倒れることもなかったかもしれないし……』
ネヴァンの話を聞き、まだ見ぬ聖剣に思いを馳せるライト。
だが、そこまで考えてからライトはあることにはたと気づき、思い直す。
『いやでも待てよ、称号に【勇者】なんてもんがついてしまった今、聖剣とのご対面は……マズい、か?』
『勇者と聖剣、同じ場に揃って居合わせた日には何か途轍もなく面倒なことになりそうだ……』
『結局俺は魔剣と聖剣、どちらの状態でもあの聖遺物には近づかない方が良さそうだ』
ゲーム内には存在していなかった聖剣【晶瑩玲瓏】。
ゲーマーとしては是非とも実物を拝んでみたいのだが、その願いを叶えるにはどうやら多大なリスクを背負わねばならないらしい。
だが、ライトとしては平穏な日々を手放してまで拝みたい代物でもない故に、早々にご対面の願いを放棄する。
この世界に生きる限りは、いつかはジョブ適性判断を受けねばならない。だが、せめてその日が来るまでは絶対に神殿には近づかないぞ!と心に誓うライトだった。
あれこれ書いてたら、次話と合わせて6000字を超えてしまいました……
さすがにこれは長過ぎる、ということで分割したのですが。今度はこちらの前半話の方が2000字以下になってしまって、んまーバランスの悪いこと悪いこと。
あれこれ手直しやら書き足していたら、いつもの投稿時間を大幅に過ぎてしまいました。
もうちょい早くに見直し手直しすべきでした_| ̄|●




