第180話 聖遺物の正体
「……ん……」
ライトが再び目を覚ました時には、部屋の中も窓の外も真っ暗でほんのり薄い月明かりが窓から差し込んでいた。
再び眠りについてからまた丸一日ほど寝ていたらしく、先程目を覚ました時よりも深い闇が辺りを包む。
ふと横を見ると、レオニスが椅子に座って腕組みしたまま寝ている。ライトとの約束を守って、ベッドの横に座ってずっと傍についていたのだろう。
だが、そこは現役冒険者たるレオニスのこと、ライトが起きた気配を鋭敏に察して顔を上げた。
「……ライト、起きたか」
「うん……」
「よく寝れたか?」
「うん……レオ兄ちゃんがいてくれたから、またたくさん寝ちゃった……」
「そうか、それは良かった」
レオニスは安堵したように、優しく微笑む。
「ライト、腹は減ってないか?」
「ん……まだ食欲湧かないや……」
「そうか、腹が空いたらすぐに言えよ?ラウルが速攻で何か作ってくれるから」
「うん……ラウルのごちそう食べたら、もう少し元気出るかな……」
「そうだな、元気を取り戻すにはまず何でもいいから食べて力をつけんとな」
「じゃあ、朝になったら何か食べる……」
「ああ、ラウルにもそう言っとくから、ライトはもうちょい横になって休め」
「うん……」
ライトはレオニスの言うがままに、ベッドの中で再び目を閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『全く……何であんなもんが神殿なんて場所に置かれてるんだ……』
レオニスの勧めに従って目を瞑ったライトだったが、さすがに丸一日以上も寝た後では如何に疲労困憊でもすぐには寝つけそうになかった。
なので、いつものように脳内で神殿で起きた出来事の考察をすることにしたのだ。
ライトの意識がブラックアウトする直前に目にした、聖遺物として祀られていたもの。それは、赤黒く光る大剣だった。
普通の人には、ちょっと色味の珍しい大剣が恭しく飾られているようにしか見えない。
だが、ライトにはその異様な大剣に見覚えがあり、尚且つその正体を知っていた。
『あの赤黒く禍々しいオーラを放つ大剣……間違いない、あれは【深淵の魂喰い】だ』
『所有者の命を蝕み喰らい続けることで威力を発揮するという、正真正銘呪いの装備として名を馳せた大剣【深淵の魂喰い】』
『そんな呪物にも等しい物騒な代物が、よりによって神殿の祭壇に聖遺物として祀られているだと?一体何の冗談だ』
『冗談キツいどころの話じゃない、笑えないにも程がある』
ライトがラグナ神殿で目にした聖遺物、その大剣の正体は【深淵の魂喰い】という名の魔剣である。
剣身そのものも赤黒く妖しい輝きを放つが、その剣身から放たれるオーラが兎にも角にも異質なのだ。
本体をはるかに凌駕するどす黒さを纏うその姿はさながら七支刀のようであり、地獄の業火の如き燃え盛る焔を思わせる。
そしてこの異質なオーラは、魔力の高い者にしか感知できない。故に大多数の人間の目には、ちょっと珍しい色の大剣が大仰に飾られているようにしか見えない。
だが、レオニスの推察通りライトの魔力の高さは既に尋常ではないレベルにまで至っている。魔力が高過ぎるが故に、魔剣の発する強烈な禍々しいオーラをダイレクトに、しかも完全に無防備な状態でもろに浴びてしまったのだ。
ライトが三日間も昏睡状態に陥ってしまったのは、必然の流れだった。
もちろんこれらの知識は、前世で散々プレイしてきたブレイブクライムオンライン由来である。
その魔剣【深淵の魂喰い】とは、冒険ストーリーの中でとある人物が古代遺跡から発掘した曰く付きの遺物だ。
そして、冒険ストーリーを進めていくとプレイヤーが入手することができる。いわゆる『イベント限定アイテム』というやつである。
『そういやあの大剣は、ゲームの中ではヴァルシーニの兄貴の所有品だったが……この世界では一体どういう扱いなんだ?』
『本来ならヴァルシーニの兄貴が持っているはずの剣が、何故ラグナ神殿の聖遺物として祀られているんだ?』
『つか、そもそもヴァルシーニの兄貴はこの世界にもいるのか?クレア嬢やクー太やイグニスがいる以上、ヴァルシーニの兄貴もシェリカ姐さんもどこかにいるんだろうとは思うが……』
今ここでライトが脳内で思い浮かべているのは、『ヴァルシーニ』と『シェリカ』という名のNPCだ。
ヴァルシーニは大剣使いで皆の頼れる兄貴的な金髪碧眼のベテラン冒険者、シェリカは赤髪に翠目の明るく快活な女性ながらも勇者の血を引く末裔、という設定があった。
この二人は勇者候補生であるユーザー達を導く先輩として、ゲーム中の様々な場所で出会う。
新規登録時にはチュートリアル解説役として活躍し、その後は討伐イベントの依頼主となったり冒険ストーリーの一端を担う役として物語の中に登場する程に、ヴァルシーニとシェリカは様々な場面で重要な役割を負わされたNPCだった。
その重要人物である二人のうちの一人、ヴァルシーニが冒険ストーリーで【深淵の魂喰い】の所有者とされていた。
冒険ストーリーの中盤あたりで、ヴァルシーニはとある古代遺跡で【深淵の魂喰い】を発見し、その手に取る。
ヴァルシーニはそれまでもそこそこ名の知れた冒険者だったが、古代遺跡の遺物を手にしたことにより更なる力を得る。
だが、その力に比例するように【深淵の魂喰い】はヴァルシーニの心身を容赦なく蝕んでいく。
皆の頼れる兄貴的存在だったヴァルシーニは、次第に深淵の闇に侵されていき、物語の最後の方では【深淵の魂喰い】を持つ右手が大剣と癒着したかのように同化してしまっていた。
金髪碧眼の端正な顔が赤黒く染まり、意識も半分乗っ取られかけて正常な時と混濁した時が入り混じるようになる。
そんな彼を、救いたいと思う者達がたくさんいた。
それは冒険ストーリー中の冒険者仲間のNPCだったり、あるいはゲームをプレイしているユーザー達だったり。
だが、ライトが知るのは先程のところまでで、闇堕ち直前の苦しそうなヴァルシーニの姿までしか知らない。
何故なら冒険ストーリーは更新頻度がものすごく遅く、ライトが橘 光としてゲームをプレイできていたのはそこまでが最新部分だったからだ。
冒険ストーリーを全て見届ける前に、謎が謎のままいつの間にかこの世界に飛ばされてしまったライト。
つまりライトは、あの聖遺物とされるものが【深淵の魂喰い】というとんでもない代物だということは知っていても、【深淵の魂喰い】が生まれた経緯やそれを入手したヴァルシーニの目的、彼がそんな危険な代物を使い続けてまで一体何を成し遂げたかったかなどの詳細な部分は一切知らないのだ。
そして、ライトはこのサイサクス世界に転生してからまだ一度もヴァルシーニやシェリカに出会ったことはない。いや、実際に出会うどころか未だにその名を聞いたこともなかった。
『金髪碧眼の大剣使いの冒険者といえばレオ兄もそうだが、レオ兄とは顔も名前も全然違うし。勇者の末裔であるシェリカに至っては、その存在を確認できるかどうかすら分からん……』
『何しろこの世界には、勇者は存在しないらしいし』
せっかくこの世界に生まれついたのだから、もし出会えるものならばヴァルシーニやシェリカにも会いたい。クレアや名も無き巫女ミーアのように、直接語らうことができたらどんなに楽しいだろう。
ライトはそう思うものの、この二人のNPCに関しては現状では全く手がかりがないに等しい。
だが、今すぐ急いで彼らを探さなければならない訳でもなし、もし必要ならばそのうち会えるだろう。
ライトはひとまずそう考えることにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『つか、俺がこんな目に遭ったのは間違いなくあの【深淵の魂喰い】が原因なんだろうが……』
『あんなもんを聖遺物として祀り上げるラグナ教とは、一体どういう存在なんだ……』
『そこら辺は、あれが呪われた忌まわしい大剣であることを知っているかどうかにもよるな……』
『知っていて祀り上げているならガチの邪教だし、知らずに飾っているなら無知故に何者かに操られた傀儡宗教ってことになる』
『どっちにしろ、あんなもんを所持している時点で厄介な組織ということに変わりはなさそうだ……』
今日ラグナ神殿で見た【深淵の魂喰い】、その正体がブレイブクライムオンライン中に出てきた呪いの装備であることは分かっている。
だが、ラグナ教という存在はブレイブクライムオンラインの中に出てきたことは一切ない。そもそもあの世界で宗教的な要素は、せいぜい転職神殿くらいしかなかったのだ。
故に、ライトにはサイサクス世界でも有数の強力な宗教組織だというラグナ教がどのような集団か、全く分かっていなかった。
『ラグナ教のことは、学園の図書室なり歴史の先生に聞くなりして調べてみよう……』
『ちょっと調べれば分かるような表層的な情報を得たところで、たいした収穫にはならんだろうが……それでも全く知らないよりははるかにマシだ』
『それに……曲がりなりにも聖遺物としてあんなに大々的かつ堂々と【深淵の魂喰い】を表に出して奉ってるんだ、何らかの逸話なり伝説なりあるだろう』
思いもよらぬ場所で、とんでもない代物と遭遇してしまったライト。
目の前に突如現れた謎と脅威への対策をするべく、あれこれと策を廻らすライトだった。
今は名前だけですが、新しいNPCキャラが出てきました。まだすぐには登場しませんが、いつか出せるといいな。
というか、同じNPCのクレア嬢みたいな濃い子になったらどうしよう……それはそれで面白楽しそうではありますが。




