第1682話 ラグナ大公の生い立ちとダリオとの関係
作者都合による長いお休みをいただき、ありがとうございました。
日常生活の復帰に何とか目処がついたので、本日から連載再開いたします。
ヴェントゥス・ラグナ・トロワ・フォルセティ・アクシーディア―――これが当代のラグナ大公の本名だ。
幼少期や公世子時代はヴェントゥスを名乗り、唯一無二の国家元首に就任して以降は公の場では『ラグナ大公』と呼ばれるようになった。
今でも彼のことを本名の『ヴェントゥス』もしくは愛称の『ヴェン』と呼ぶのは、親兄弟や妻子などの極々限られた身内や付き合いの長い親友の側近達のみである。
ラグナ大公は五人の兄弟姉妹の真ん中で、五歳上と三歳上の姉、二歳下の妹、そして七歳下の弟がいる。
上の姉とラグナ大公の母は前ラグナ大公の正妃で、下の姉が第二妃、妹と弟は第三妃が母である。
姉二人は他国の王族に嫁ぎ、妹はアクシーディア公国のとある有力伯爵家に降嫁した。
弟は兄であるラグナ大公を補佐するべく帝王学を学び、二十五歳の時に公国の侯爵令嬢と結婚して『ヴェントゥス公爵家』を立ち上げた。
今ではアクシーディア公国副宰相として、ヴェントゥスの片腕となるべく日々政治の場で精進している。
そしてラグナ大公は正妃の子にして嫡男という、生まれながらにして次期後継者の地位が確立していた。
そのため幼い頃から帝王学を学び、他にも自国を含むサイサクス大陸の有力国家の歴史や言語、マナーや王族が身につけるべき教養全般を徹底的に教え込まれた。
ヴェントゥス自身も勉強することは嫌いではなかったし、未来の大公たる者として恥じることのないよう貪欲に知識を吸収していった。
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そんな中、複数の同年代の子供達がヴェントゥスの近くに侍ることが何度かあった。
その主な目的は、将来ラグナ大公になるヴェントゥスの側近の選抜である。
そのためにアクシーディア公国内の貴族の子息が集められた。
対象年齢はヴェントゥスの年齢の上下三歳以内、身分は貴族階級で子爵以上ならOK。令嬢は側近ではなく婚約者候補として別途選抜されるので対象外。
初めて側近候補選抜試験が行われたのは、ヴェントゥスが七歳の時。それ以降も数年に渡り何度か繰り返し実施された。
最初の頃は主に年上の子、ヴェントゥスの年齢が進んでいくうちに同い年、年下と年齢層が増えていった。
そうして最終的にヴェントゥスの側近は四人に絞られた。
その四人はラグナ大公が四十代になった今でも彼の近くに仕え、仕事面はもちろん私生活においても心を許せる数少ない友人としてラグナ大公を陰日向に支えている。
そしてこの選抜試験、当然のことながら合格の陰には多数の不合格者がいる。
しかし、一口に不合格といっても全てが同じという訳ではない。
側近にするには少々足りないが、他の部門でなら十分活躍するだろうという者も多数いて、そうした者達には特性に合った道を進むよう導いていった。
そう、側近候補選抜とは有能な人材発掘の場も兼ねていたのである。
余談であるが、この側近候補選抜試験、実は我らがパレン・タインも受けていたりする。
それはヴェントゥスが七歳の時で、パレンは十歳。
パレンはタイン家の跡取りではないので、将来宮仕えになっても全く問題ないので人材的にも最適だったのだ。
パレンは何事においても優秀で、ヴェントゥスの側近最有力候補とも言われたほどだった。
実際ヴェントゥスはパレンを側近に迎え入れる気満々で、パレンの側近入りはほぼ確定していたのだが、何とパレンはこれを固辞した。
その理由は『困っている人々を助ける仕事に就きたい』というものであった。
聞けばパレンは、困っている人々を助けるために冒険者になるのだと言うではないか。
そんな熱い正義と理想を聞かされたら、ヴェントゥスも他の大人達もそれ以上引き留めることはできなかった。
もっともヴェントゥスの方は、ラグナ大公となった今でもパレンを側近に迎え入れることを諦めてはいない。
パレンと顔を合わせる度に、ヴェントゥスは「冒険者ギルドの総本部マスターを引退したら、今度こそ俺の側近に加わってもらうからな!」と必ず勧誘し続けている。
そしてその言葉に、パレンも毎回必ず「ンッフォゥ!実に身に余るお誘い、三十年後くらいによろしくお願い申し上げますぞ!」と返すのがお約束となっている。
余談から話をもとに戻そう。
側近候補選抜試験は、人柄や能力をじっくりと見定めるための観察期間が三ヶ月設けられていて、公世子が同年代の子供達と主に日中ずっと行動をともにする慣わしだった。
公世子であるヴェントゥスも当然その慣わしに従い、たくさんの貴族の子息達と研鑽を重ねた。
側近候補選抜試験の間、ヴェントゥスは側近候補達とともに座学で様々な勉強をしたり、近衛騎士団の演習場で護身術や剣術を習ったり、時にはラグナ宮殿内の庭園で皆でティータイムを楽しんだり。
これは、他の子供達のように学校には一切通わず全てをラグナ宮殿で過ごすヴェントゥスにとって、今でも良い思い出の一つとなっている。
そんな中で、ダリオは最短記録で側近候補から脱落した人物だった。
側近候補の合否判定は、将来の雇用主であるヴェントゥスの意見が最も強く反映されるが、彼の周りに常に控えている傍仕えの大人達―――ヴェントゥス専属の侍従やメイド達も日々観察していて、そうした身近で見守る者達の意見もちゃんと取り入れるようにしていた。
そして、余程のことがない限りは皆三ヶ月の観察期間を無事満了するものなのだが。ダリオは何と五日で実家に帰された。
これは側近候補選抜試験の中でも最短記録にして、異例中の異例の事態である。
その原因は、ひとえにダリオにあった。
ダリオは他の側近候補の子息達をあからさまに見下していて、他の子息達への態度が酷過ぎて何度も衝突を繰り返し、それを何度ヴェントゥスが諌めても一向に改めようともしなかったからだ。
この時のダリオの心境とヴェントゥスに対する評価は、以下の通りである。
『生まれた順番がちょっと違っていただけの、まぐれで大公になれる幸運な奴』
『俺のお祖父様が兄として生まれていたら、今頃俺とお前の立場は逆だった』
『ヴェントゥス、お前が手にしている幸運は本来なら俺のものになってもおかしくないものだったんだ』
これらは実際に、選抜試験中に寝泊まりするラグナ宮殿内の簡素な客室の中で、ダリオが腹立たしげに愚痴っていた発言だ。
こうしたダリオの心情や憤怒は完全に逆恨みであり、同情の余地などない。
というか、そもそも『祖父が兄として生まれていたら云々』自体が改変不可の因果であり、捕らぬ狸の皮算用にすらならない。
はとこに対してこんな感情を抱いていたのだから、大公一族以外の貴族に対する態度も必然的に悪くなる他ないというものである。
その結果、本来なら三ヶ月はヴェントゥスと行動をともにしなければならないところを、ダリオは五日目にして返品された。
その日もダリオは他の側近候補達をナチュラルに馬鹿にしていたが、堪忍袋の緒が切れたヴェントゥスがこめかみに青筋を立てて「ダリオ、お前もうここに居なくていい。帰れ」と言ったことで即座にラグナ宮殿から追い出されたのである。
もちろんダリオは抵抗した。
「俺のお祖父様はサンチェス公なんだぞ!」「俺を追い出すなんて乱暴なことをして、お祖父様が黙っていないからな!」「お前ら、タダで済むと思うなよ!」等々、主に他の側近候補達に向かって散々悪態をついた。
だが、ヴェントゥスの鶴の一声が覆ることはなかった。
何故なら宿泊中の客室は保安の意味も含めて常に影の監視がついていて、その言動は全て筒抜けだったのだから。
当時幼かったダリオにはそんなことを知る由もなかったし、大人になってからもずっと知る機会もなく過ごしているが。
そして、この一件以降ヴェントゥスとダリオは以前にも増して疎遠になった。
大叔父のサンチェス公とは普通に顔を合わせるし、会えばそれなりに話もするが、ヴェントゥスは内心で『大叔父上は、政治手腕はあっても子育てだけは下手くそだったんだな』と諦念に至っていた。
何故なら、側近候補選抜に送り込まれたにも拘らず五日で追い出されたダリオを、サンチェス公や父のテオドロはきちんと諌めることもできず、結果ダリオをますます増長させていったからだ。
大人になってからは、新年を祝う行事や公国生誕祭、ラグナ大公や大公妃の誕生日パーティーなどの大規模かつ欠席不可なイベントでのみ同じ場に立つようになった。
とはいえ、どのイベントも大勢の招待客がいて会場もだだっ広いので、二人が会話することなどほとんどなかったが。
しかし、直接会話は交わさずとも相手の評判は互いに知っている。
それだけ大勢の貴族や招待客に囲まれれば、様々な噂話が飛び交い嫌でも耳に入ってくるというものだ。
ヴェントゥスは王世子時代から周囲の評価がとても高く、ラグナ大公に就任してからもそれは変わることはなかった。
いや、むしろラグナ大公に就任してからの方がより評価が高くなったと言えるだろう。
彼の治世は概ね平和で、十年前に起きた『廃都の魔城の反乱』を除けば壊滅的な災害は起きていない。
時折ドラゴタイラント等の災害級魔物が人里を襲うこともあるが、そうした時でもヴェントゥスは被災者支援や救済措置を迅速かつ積極的に行っていた。
時を重ねるにつれ、名君として名を馳せるヴェントゥス。
その一方で、ダリオもまた順調に腐っていった。
これとてひとえに本人の努力や研鑽に比例していくものなのだが、努力も研鑽もしないダリオの逆恨みは年を追う毎に酷くなっていったのもある意味当然の結果であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
パレンの口からダリオの名が出てきたことで、そうした過去の苦々しい思い出がラグナ大公の中でまざまざと蘇っていった。
そのせいだろうが、ラグナ大公の顔が苦虫を噛み潰したように歪んでいる。
「ダリオなー……あの馬鹿、本ッ当ーーーに救いようがねぇな……つーか、救うどころかこっちが滅亡の危機に陥るとか洒落にならん!」
「ラグナ大公、落ち着いてくだされ。とりあえずレオニス君のおかげで、まだ十日の猶予もございます故」
「そりゃあな? 全く猶予がないよりかははるかにマシだが……これ、十日で何とかできる問題か?」
「できるできないの問題ではございません。何としてでも解決せねばなりません。解決できなければ、アクシーディア公国は滅ぶのみです」
「そりゃそうだけどよー……」
紛うことなきパレンのド正論に、ラグナ大公ががっくりと項垂れる。
弱気なラグナ大公に、パレンが毅然とした口調で反論するのは当然だ。しかし、ラグナ大公が気弱になって項垂れるのも理解できる。
今回の事件を解決するには、精霊誘拐を指示したダリオ・サンチェスを捕らえなければならない。
そしてそれを実行するには、闇ギルドに対する強制捜査などが必要となる。
だが、その闇ギルドは全貌が明らかになっていない。
拠点や構成員の所在も分からぬ相手に、十日でどうこうできるとはとても思えない。
そうした状況に、ラグナ大公が絶望感を覚えるのも無理はなかった。
しかし、この場で絶望に塗れているのはラグナ大公唯一人。
パレンはもちろん、レオニスやピースも平然とした顔をしていた。
「ラグナ大公、そう落ち込むことはございませんぞ。実は我らに、とっておきの秘策があるのです」
「……ン? 秘策? 何か良い案があるのか?」
「ええ。秘策といっても、これもまたレオニス君頼みの策ですがな。……レオニス君、ラグナ大公に例の作戦を説明して差し上げてくれるか?」
「おう」
パレンの言葉に、ずっと項垂れていたラグナ大公がのっそりと頭を上げてレオニスを見る。
そしてレオニスはパレンの要請に応じ、『とっておきの秘策』の解説を始めていった。
えー、ご無沙汰しております、潟湖でございます。
実に一週間ぶりの投稿で、読者の皆様方に忘れ去られていやしないかしら?と心底ビクビクしております(;ω;) ←かなり本気
自宅で転倒した母は、当初全く歩けなくて結局救急車を呼んで救急搬送となったのですが、骨折やヒビなどもなく入院には至らず。
現在は歩行器を使って、何とかゆっくりでも自分の足で歩けるようになり、少しづつですが生活も安定してきました。
とはいえ、いろんな申請や手続きは平日日中でなければできないことも多く、また転倒直後の土日は家の中の徹底的な整理整頓やら各所の修繕等々やること山盛りで、ここ最近の作者は帰宅後飯も食わず布団に直行&ダイブする日々でしたが(;ω;)
ですが、おかげさまで一週間で何とか日常生活を取り戻せる目処がついてきました。
これがねー、骨折で入院とかなってたら絶対にもっと時間がかかってただろうと思うのですよ。
そうならなかったことは本当に不幸中の幸いでした。
ホントにねぇ、うんうん唸りながらサイサクス世界の物語を日々チャリンコ操業で投稿できることの幸せさを、今回作者はまざまざと思い知りました。
この先も、拙作はずーーーっと高速チャリンコ操業を続けていくと思いますが。温かく見守っていただけると嬉しいです。




