第1674話 心強い味方と援軍
ライトが魔術師ギルド総本部から出ていった後。
レオニスは引き続きピースと話し合いを続けていた。
「えー、転移門の石柱が融けちゃったのん? そりゃまたとんでもない温度にまで上昇してたんだねぇ……」
「そうなんだよな……とりあえずまた同じ石柱で転移門を復旧させておいたけど、できるだけ早く石柱に代わる高熱に強い素材で作り直したいんだ。そうなると、何を素材に使えばいいかな?」
「ンーーー、融点が高い金属や鉱物ってのはいろいろあるけどーーー……入手や加工のしやすさを考えると、鉄で作るのが一番やりやすいんじゃなぁい?」
「だよなー……そしたら鉄で柱を作って、何ヶ所かに魔宝石を仕込んでそこに防御魔法を付与するか」
「それでいいと思うよー」
「よし、そしたら鍛冶師ギルドに特注を出すか」
レオニス一人ではなかなか判断し難い事柄を、ピースに相談することで次々と解決していく。
「つーか、さっきライトにも言っていた現場検証? お前、いっつも大量の書類に埋もれてるけど……行くとしたら、いつ行けるんだ?」
「ホントはさ? レオちんが登城する前にいっしょに行って、検証できれば一番いいと思うんだけどさ? そうなると、明日しかないんだよねーぃ」
「まぁなぁ……そうすりゃ俺も明後日ラグナ大公に報告できるし。何より日が経てば経つほど魔力の残滓が薄れていくから、現場検証するなら一日でも早く行かなきゃならん」
「「……ぬーーーん……」」
レオニスとピース、二人して目を閉じ顰めっ面で腕組みしつつ唸る。
実際レオニスの言う通りで、現場検証をするなら一日どころか一刻も早く炎の洞窟に向かうべきだ。
だが、ピースは魔術師ギルド総本部マスター。
自由気ままに動けるレオニスと違って、いろんな予定やら仕事やら柵があり過ぎて勝手に動けないというのが実情だった。
しかし、ピースは諦めなかった。
目をクワッ!と開き
「……ン、分かった。ここは魔術師ギルド総本部マスターの権限を使って、明日行こう!」
「え、明日すぐに行けるのか?」
「……今日徹夜して、明日の午前中も目一杯働けば、午後には出かけられる!!……はず」
天高く掲げた拳にグッと力を込めて握りしめながら、並々ならぬ意欲を燃やすピース。その姿はまるで、どこぞの覇王もしくは拳王を彷彿とさせる世紀末的オーラを感じさせる。
しかし、徹夜明けにさらに午前中も目一杯仕事をして、そこから炎の洞窟に現場検証に向かうなど無謀もいいところである。
さすがにレオニスもピースのことが心配になってきた。
「お前、それ、大丈夫なの?」
「ダーイジョブ、ダーイジョブ!こんなんいつものことだし!……ウヒヒヒヒ、そうと決まったら今すぐ秘書っちに言っておかないとね。レオちん、ちょーっと待っててねーぃ!」
「ぉ、ぉぅ……」
怪しい笑みと胡散臭い笑い声を漏らしたと思ったら、再びものすごい勢いでギルドマスター執務室を飛び出していったピース。
別の部屋で仕事をしている彼の第一秘書のもとに向かったようだ。
それから五分ほどして、ピースが執務室に戻ってきた。
「レオちん、お待たせー!明日の午後の現場検証、もぎ取ってきたどーーー!うぇーーーい☆」
「ぉ、ぉぅ、そりゃ良かったな」
「てな訳で。今から小生、ジャンジャンバリバリ仕事をこなさなきゃイカンザキなので!明日の正午に、小生をお迎えに来てねーぃ!」
「明日の正午な、了解ー」
満面の笑みとともにダブルピースで勝利=交渉成立を報告するピース。
彼の第一秘書との交渉は敗北を喫することの方が多いピースだが、今回ばかりは緊急性の高い大事件ということでピースの主張が通ったようだ。
「じゃ、俺はそろそろ帰る。また明日な」
「うぃうぃ、こちらこそ明日もよろぴくねーぃ!」
「ピース、お前もあんまり無理すんなよ」
「うん!レオちん、ありがとうね!」
やる気満々のピースを気遣うレオニスに、ピースも破顔しつつ頷く。
そうしてレオニスは、魔術師ギルド総本部のギルドマスター執務室を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔術師ギルド総本部を出たレオニス。
次に向かうは冒険者ギルド総本部。その目的は、ギルドマスターのパレンに炎の洞窟での事件の報告と諸々の相談をするためである。
受付窓口のクレナにパレンが滞在していることを確認し、そのままギルドマスター執務室に直行するレオニス。
毎回毎度アポ無しでパレンのもとに向かうレオニスだが、こんなことが許されるのは現役金剛級冒険者であるレオニスくらいのものである。
レオニスはギルドマスター執務室の前に立ち、コン、コン、と二回ノックをしてから扉を開けて入室した。
「よう、マスターパレン。邪魔するぞ」
「ンフォ? その声はレオニス君だね? ちょうどいいところに来てくれた、今から少し休憩しようと思っていたところなんだ」
「おお、そりゃタイミングが良かった」
レオニスが入室した時、ちょうどパレンは席を立ち背伸びをしているところだった。
執務机の上は相変わらず書類の山が堆く積まれている。
パレンは両腕を真上に上げてグググーッ……と背伸びをした後、机から出て応接ソファの方に向かってきた。
何故かその手に数枚の書類を持ち、レオニスの向かいの席にドカッ!と座った。
今日のパレンの出で立ちは、真っ白いローブを基調とした、いわゆる聖歌隊をモチーフにした衣装である。
膝下まである長いローブに、肩には見目鮮やかな赤いケープをかけている。
首元から股下まである長い前垂れはケープと同じ赤色で、金色の縁取りとお腹のあたりにある金糸の十字架の刺繍が何とも華やかだ。
おお、今日のマスターパレンは聖歌隊コスプレか。
十二月ってーとクリスマスが一番先に思い浮かぶが、クリスマスイベントの一つに聖歌隊の合唱があるもんな。
真っ白なローブはクリスマスの雪、赤いケープはサンタクロースの赤がモチーフなんかな?
つーか、鳩尾辺りからはゆったりとした衣装だけど、肩から胸元にかけてのムキムキマッチョはどう足掻いたって隠せんのだな……
こんなに筋骨隆々な聖歌隊ってのも珍しいが、マスターパレンならその逞しい腹筋で素晴らしい歌声を披露してくれそうだ。
うん、マスターパレンが腹の底から発する歌声なら、きっと邪悪な存在を一瞬で蹴散らしてくれることだろう。
さすがはマスターパレンだ、俺もマスターパレンを見習って歌声一つで魔物を倒せるようにならんとな!
パレンの聖歌隊コスプレを見たレオニスが、壮絶なポジティブレビューを繰り広げている。
基本ファッションには疎いレオニスだが、パレンが着ている聖歌隊衣装は極上の生地を用いて作られているのが一目で分かる。
素晴らしい芸術品を前にしたら、誰しも深い感銘を受けるというものだ。
そんなレオニスのポジティブレビューなど知る由もないパレン。
レオニスが本題を切り出す前に、その手に持っていた書類をレオニスの前に置いた。
「今日のレオニス君の用件は、これかね?」
「??? …………そうだ、もうマスターパレンの耳にも入っていたか」
「プロステス支部から、緊急案件として今朝上がってきていてな。私も先程目を通したばかりだ」
パレンが差し出した書類には、昨日炎の洞窟で起きた事件のことが書かれていた。
書類の製作元は冒険者ギルドプロステス支部で、プロステス領主アレクシス・ウォーベックによる緊急調査依頼を受けてのことらしい。
事の重大さを鑑みると、アレクシスやプロステス支部の対応は至極当然と言えよう。
「この書類にも書いてあったが……レオニス君、君がこの事件の現場に立ち会っていたのだね?」
「ああ。一番最初に事件のことを知らされたのは、うちのラウルなんだがな。炎の精霊がラウルに助けを求めてきて、ラウルは自分一人じゃ手に負えない可能性を察して俺にも声をかけてきたんだ」
「さすがだな。ラウル君の判断は実に正しいと言えよう」
レオニスの話を聞いたパレンが、手放しでラウルの行動を讃えている。
プライドの高い者や、特に冒険者になってから日の浅い新人のうちは他者に頼らず自力で問題解決しようとして無茶をする者が多い。
いや、まずは自力での解決を試みること自体は良いことだし、何でもかんでも他人の力をアテにするのもよろしくない。
しかし、無駄に高い自尊心で判断を誤るのが最も良くないのだ。
その点ラウルは自分の力を過信したりしないし(ただし料理関連を除く)、自分の力が及ばないことにぶち当たれば素直に他者の助けを求めることができる。
そして、そうした行動を迷いなく取れる者こそが冒険者の中でも一番長く生き残れるのである。
その後レオニスは、昨日の炎の洞窟での大事件をパレンに語って聞かせた。
パレンはレオニスの話を聞きながら、時折手元の書類にも目を落とす。当事者の話と支部から上がってきた書類に齟齬がないか、きちんと確認しているのだ。
「……で、だ。マスターパレンには『ジェイク』『テッド』『カミラ』『ライラ』という名に心当たりはないか? おそらく全員が傭兵として闇ギルドに所属しているはずで、カミラというのは魔術師ギルドを永久追放された元魔術師だってピースが言っていたが」
「その四人については、私も先程シーマ君に調査指示を出した。もうすぐ上がってくるだろうが、おそらくは大した情報は得られんだろう」
「だろうな……闇ギルドについてはどうなんだ?」
「闇ギルド、か……我々としても、一刻も早く叩き潰したい存在なのだがな……」
レオニスの問いかけに、パレンも真剣な面持ちで答える。
闇ギルドとはその名の通り広域犯罪組織であり、拠点はもちろん構成員の数や素性など一切が不明の集団だ。
風の噂では、高位貴族がそれぞれ独自に持つ諜報機関と何らかの繋がりがあるとも囁かれているが、そんな噂を貴族達が認めるはずもなく事実無根とされている。
「闇ギルドはともかく、問題はダリオ・サンチェスだ。炎の洞窟での事件は、奴が雇った傭兵が起こしたと見て間違いない。炎の女王の話によると、侵入者の一人から『大きい炎の精霊を三人ほど貸せ』と言われたらしいからな。これは以前、氷の洞窟で氷の精霊を拉致しようとした奴らと同じ目的だと思われる。奴らの狙いは乙女の雫だ」
「確かに……乙女の雫に尋常でない執着を見せ続けているのは、ダリオ・サンチェス唯一人だからな。とはいえ、表立って騒いでいるのがダリオ・サンチェス一人というだけで、もしかしたら水面下で乙女の雫を狙い続けている輩もいるかもしれんがな」
「まぁな……だが、闇ギルドに依頼を出してそれを受け付けられること自体、常人には不可能だ。奴らは法外な報酬をふっかけることでも有名だしな」
「うむ。ちょっとやそっとの財力では、依頼を受けるどころか門前払いを食らって終わりだろうな」
炎の洞窟の大事件を引き起こした黒幕について、レオニスとパレンが議論を交わしている。
善良な平民や下位貴族では一生縁がないであろう闇ギルド。
闇ギルドと繋がりを持てること自体が稀であり、それを可能とする者も必然的に絞られる。
その後もレオニスはパレンに様々な話をした。
プロステス領主アレクシスの要請により、二日後にラグナ宮殿でのラグナ大公謁見に同席すること、その前日である明日の午後は魔術師ギルドマスターのピースとともに炎の洞窟に現場検証に行くこと等々。
それらを聞いたパレンが、半ば呆れたように呟く。
「レオニス君、昨日の今日だけでなく明日明後日も壮絶に忙しいんだな……」
「まぁな……だが、火の女王から言い渡された期限は長いようで短い。次の満月、約三週間のうちに火の女王を納得させられるだけの成果を出さなきゃならん」
「火の女王を納得させられなければ、禍龍ガンヅェラが目覚める、か……冗談抜きでアクシーディア公国の滅亡待ったなし、だな」
「そういうこった」
事態の深刻さに、パレンの眉間に深い皺が寄る。
禍龍ガンヅェラが引き起こした数々の大災害は、冒険者ギルドのみならず様々なところで語り継がれている。
ガンヅェラが滅ぼした街や村は数知れず、今レオニス達がいる首都ラグナロッツァにまで肉薄したことも何度かあるという。
また、ガンヅェラが目覚めた時には冒険者ギルド他総出で対処に当たるのが常だが、その時には必ず火の女王がガンヅェラの傍にいてエリトナ山に戻るよう懸命に説得していた、という記述が冒険者ギルド総本部の記録にも残っている。
だが、今回はそうはいかない。
これまでガンヅェラを止める側に回っていた火の女王が、率先して人族への報復に動いたら―――絶望的な破滅への道しかないことは明白だった。
「……よし、そしたら明後日のラグナ大公謁見には私も同席しよう」
「いいのか!? そりゃ俺にとっては、これ以上ありがたいことはないが……アポ無しで大丈夫なのか?」
「何、問題はない。もともとこの一件は、ラグナ大公のお耳にも入れておかねばならん。むしろ、これ程の重大案件をラグナ大公にお知らせしない方が大問題だ」
「それもそうか」
パレンの提案に、最初のうちこそ躊躇していたレオニスだったが、パレンの言い分を聞けば納得できる。
火の女王の怒りを収めることができなければ、このラグナロッツァだって危機に晒されることになるのだから。
パレンという非常に心強い味方、そしてラグナ宮殿での謁見という慣れない場での援軍を得られることは、レオニスにとって最大の朗報であった。
「とりあえずレオニス君は、引き続き炎の洞窟の現場検証に当たってくれ。本当なら火の女王の説得も頼みたいところだが……」
「そりゃ無理だな。つーか、三週間以上も待っててくれるだけでも御の字ってもんだ」
「だろうな……だが、最後の最後まで諦める訳にはいかん。私も事件の黒幕を追い詰めて捕まえるために、最善を尽くそう」
「よろしくな」
聖歌隊の衣装に身を包んだ清廉なパレンが、右手を差し出しながらニカッ!と笑う。
彼の口の中で輝く白い歯は、彼がまとう聖歌隊の衣装以上に真っ白で眩い光を放っていた。
レオニスも右手を差し出し、パレンと固い握手を交わす。
アクシーディア公国の平和と安寧を取り戻すために、当代随一の最強の男達が結束した瞬間だった。
魔術師ギルドでの話し合いの後は、冒険者ギルド総本部での報告と話し合いです。
話はかなーり深刻で真面目な空気ビンビンなのですが。会う相手が相手だけに、今回も毎度お馴染みマスターパレンのコスプレ披露付きとなってしまいました(´^ω^`)
てゆか、これもうほとんど呪縛じゃね?と作者自身も思うのですがー…(=ω=)…
パレン様の出番=コスプレ披露は絶対に欠かせない!という、強迫観念にも似た思いがががが><
今日も今日とてパレン様のコスプレ&レオニスのポジティブレビューだけで600字以上も食ってますが。でもいいの。
何故ならパレン様のコスプレは、拙作における花形コンテンツなのだから!(ФωФ) ←開き直り




