第1667話 一難去ってまた一難
己の行動が原因で、炎の洞窟や氷の洞窟に災いを呼び込んでしまった、と後悔し心から謝罪したレオニス。
今回の事件で最も大きな被害を受けた炎の女王は、レオニスを責めることなく赦した。
彼女にとってレオニスは、この炎の洞窟に神殿守護神の朱雀のフラムを迎え入れるという最高の幸運をもたらしてくれた功労者。
それ以外にも、レオニスは炎の女王の頼みを聞いて他の全ての属性の女王達の安否確認をしてくれたり、最も敬愛する火の女王との縁まで取り持ってくれた。
確かに今回は酷い目に遭ったが、たった一回のことで炎の女王がレオニスから受けてきた多大な恩まで帳消しになる訳ではない。
現に今回もレオニスは火の女王とともに窮地に駆けつけてくれたし、その後も彼の持てる手段全てを使って炎の女王とフラムを助けてくれた。
それを思うと、炎の女王はレオニスを責め立てることなど到底できなかった。
そしてそれは、何も炎の女王だけではない。
火の女王もまた妹と同じ気持ちだった。
火の女王も、炎の女王同様にレオニスから受けた恩は多い。
彼女一人では絶対に排除できなかった、エリトナ山に堆く積み重ねられ続けた死霊兵団の残骸。
この忌まわしい不浄の骸骨の山を、レオニスは二度に渡り全て片付けてくれた。
炎の女王と会えるようになったのだって、レオニスやライトがもたらしてくれた縁だ。
それら全ての奇跡はレオニスがいなければ得られなかったことを、火の女王もまたよく理解していた。
しかし、それはそれとして、今回の炎の洞窟での事件は許し難い。
レオニスの過失は快く水に流すとしても、事件を引き起こした他の人族達を放置するつもりはなかった。
『レオニス。其方の懺悔は確と受け取ったし、妾達も其方には多大な恩がある。故に其方のことは赦すが、我が妹を死の淵にまで追いやった者達は赦さぬ。炎の女王を害した輩どものこと、其方が知る全てを詳らかに明かせ。嘘偽りや隠しだては赦さぬ』
「……分かった。俺が炎の精霊から聞いた話では、四人の侵入者が炎の洞窟に入り込んだってことで、そいつらの名前や能力は分からん。男二人と女二人の四人組だってことくらいしか聞いていないんだが……そいつらはおそらくっつーか、間違いなくアレらだと思う」
ギラリ!と鋭い眼光を放ちながらレオニスを詰問する火の女王。
傍から見ればそれはものすごい圧なのだが、レオニスは一切怯むことなく正直に答えている。
そしてレオニスが視線を火の女王から外し、ちろり、と見遣った先にあるのは黒焦げになった何かだった。
それは完全に炭と化していて、元が何だったのか分からないくらいに原型を留めていない。
しかし、頭部や胴体、二本の腕に二本の足がついているような造形は、それがかつては人だったのであろうことを彷彿とさせるに十分だった。
そしてその黒焦げの残骸が四つあることも、侵入者の人数と合致する。
これらのことから、炎の女王の胸を貫き瀕死の重傷を負わせた犯人は既に絶命していることは明らかだった。
『ふむ……では、炎の女王を襲った輩共は既に天誅を食らったと考えて間違いないのだな?』
「ああ。俺やラウルはあんた達の加護をもらってるから、フラムの暴走の炎にも耐えられたが……普通の人族だったら、間違いなく瞬殺されて終わりだろう」
『そうか……ならば良い。この炎の洞窟で、もう二度とこのような事態にはならぬのだな?』
「いや……非常に申し訳ないんだが、そうなるとは言い切れん」
『何故だ?』
一度は納得しかけた火の女王の顔が、レオニスの煮え切らない答えに再び険しいものになる。
レオニスとしても本当はそんなことを言いたくはないのだが、ここで本当の敵、黒幕のことを伏せておく訳にはいかない。
それは火の姉妹やフラムを騙すことになり、彼ら彼女らにとってもこの先不利益が生じることになりかねないからだ。
「こいつらを雇った者が他にいる。そいつが乙女の雫を手に入れることを諦めない限りは、何度でも人を雇って洞窟に送り込む可能性が高い」
『ふむ、ならばそいつを始末すれば良いのだな。そいつはどこにいる? 吾が直々に裁きを下してやろう』
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
黒幕の存在を正直に伝えたはいいが、それをすぐにでも殺す!という火の女王にレオニスが泡を食いながら止めにかかった。
「今回の黒幕の目星はついているんだが、そいつが黒幕だという確実な証拠はまだ手に入れてないんだ」
『ならばどうすると言うのだ。其方がその黒幕とやらの動かぬ証拠を掴むまで、妾に首を長くして待てと申すか』
「すまんが、そうしてもらいたい。確たる証拠も無しに、火の女王の手を汚させる訳にはいかん」
『………………』
次第に怒気を孕んでいく火の女王の言葉に、レオニスは一歩も引くことなく己の主張を伝える。
実際のところ、今回の事件の首謀者はダリオ・サンチェスでほぼ確定なのだが、それでも証拠がないうちは彼を裁くことはできない。
それに、レオニスは『火の女王の手を汚させる訳にはいかない』と言った。
それは、万が一にも火の女王に冤罪による人殺しをさせたくないというレオニスなりの強い意思と配慮であった。
『……相分かった。他ならぬ其方の頼みだ、無碍にする訳にもいくまい』
「火の女王、分かってくれてありがとう!」
『ただし。妾が待つのは次の満月の夜までだ。月満ちるまで待っても其方からの報告がなければ、その時は―――』
レオニスの意を汲み、火の女王が譲歩したかに見えた。
だがしかし、次の瞬間、火の女王から信じられない条件が出された。
『我がエリトナ山の守護神、タロンとともに人里を焼き討ちに出る』
「「ッ!!!!!」」
火の女王のあまりにも無慈悲な宣告に、レオニスだけでなくラウルまでもがその場で固まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
エリトナ山の守護神、タロン。
それは人族の間では『ガンヅェラ』という名で知られていて、別名『禍龍』とも呼ばれる。
サイサクス大陸最大の災禍の一つとして、今でも警戒されている超大型の魔物だ。
数十年から数百年に一度、不定期周期で人里に現れては大暴れしていく最大級の脅威。古い文献にも『あの龍が目覚めれば一国が壊滅する』とすら記録されているという。
今はエリトナ山の火口の奥深くで眠りについているが、そんなものが目覚めて火の女王とともに人里めがけて山を下りて来たら―――間違いなく大惨事となる。
しかし、レオニスは火の女王に抗議できなかった。
今だって炎の女王の敵討ちに出たいところを、レオニスの言い分を聞いて我慢していることが分かるからだ。
また、幸いにも前回の満月は三日ほど前のこと。次に満月になるまで四週間弱の猶予がある。
もちろんそこら辺も、火の女王による最大限の配慮であった。
「……分かった。次の満月が来るまでに、火の女王と炎の女王を満足させる報告ができるよう、俺も全力を尽くそう」
『うむ、期待しておるぞ』
苦渋の決断をしたレオニスに、火の女王も少しだけ溜飲が下がったのか嫋かな笑みを浮かべている。
そしてここで、火の女王がふと伏し目がちに口を開いた。
『何故ここでタロンの名が出てきたかと言うとな、妾がここに駆けつけることができたのも実はタロンのおかげなのだ』
「ン? そりゃまたどういうことだ?」
『妾がここに来る前、妾はタロンの背でうたた寝をしておった。そしたらな、タロンが手足をジタバタさせて……涙ながらに叫んだのだ。『フラム君が、危ない!』とな』
「「『『『『………………』』』』」」
火の女王が語る不思議な話に、レオニスやラウルだけでなく炎の女王やフラム、辻風神殿組までもが息を呑み静かに聞き入る。
『タロンは滅多に悪夢など見ない子でな。いつも『足の裏が痒いー』とか『マグマジュース、美味しいー』など、のほほんとした寝言ばかりなのだ』
『そんなタロンが……今日に限って顔を顰めながら、涙を浮かべて悶え苦しんでおったのだ。『ああッ!炎のお姉ちゃん!』『フラム君、戻ってきて!』と叫びながらな』
『これは何か、炎の洞窟で一大事が起きているに違いない……そう思った妾は、それを確かめるべく炎の洞窟に来たのだ』
火の女王が突如炎の洞窟に現れた理由。
それは、彼女の相棒であるガンヅェラのタロンの寝言が原因だった。
あまりにも意外過ぎる原因だが、火の女王の話を聞けば納得だ。
ガンヅェラに未来視や千里眼の能力があるとは初耳だが、そもそもガンヅェラの能力を知り尽くしている者などほとんどいない。
もしいたとしても、それは相棒である火の女王か謎の魔女ヴァレリアくらいのものだろう。
果たしてタロンがどんな夢を見ていたのか。それは相棒である火の女王ですら知る由もない。
しかし、タロンの真に迫る寝言によって火の女王は炎の洞窟の危機に駆けつけることができた。
事の真相を今すぐ知ることは適わないが、タロンには感謝しかない。
だが、それはそれとして、タロンが眠りから目覚めて人里に下りて来られては困る。
というか、困るの一言で片付けられる問題ではない。
そうなったら、もはやアクシーディア公国の存亡にまで関わる。
この死活問題を、レオニスの手で何としてでも解決しなければならない。
「そうだったのか……タロンには感謝しなくっちゃな。だが……もしかして、タロンがそろそろ目覚めてもおかしくない時期になってきているのか?」
『いや、妾が毎日子守歌を歌ってやっている間はおとなしく眠りについておる。肝心の額の角もまだ治りきっておらんしな』
「じゃあ、火の女王が子守歌を歌ってやらなければ、タロンの目覚めが早まるってことなのか?」
『ああ。タロンはな、妾の子守歌が一日でも途絶えると愚図り始めるのだ』
「それは知らなんだわ……」
初めて聞く話の多さに、レオニスは終始驚きを隠せない。
話だけ聞いていると、それは仲睦まじい母子や赤ん坊と乳母のような微笑ましいものだが、実際はそんな可愛らしいものではない。
その気になれば、人里などあっという間に灰燼と化すことができる火の女王と、同じくその燃え盛る巨体と口から吐き出す豪火で全てを蹂躙できる禍龍ガンヅェラ。
火属性の頂点二者の怒りを買うことだけは、何としても避けなければならない。
レオニスは俯きながら右手で頭をガリガリと掻き、はぁ……とため息をつく。
一ヶ月弱の猶予があるとはいえ、冒険者であるレオニスが高位貴族のダリオ・サンチェスをどこまで追い詰められるかは全くの未知数だ。
しかし、このまま何もせずにダリオ・サンチェスを野放しにするのはもっとあり得ない。
火の女王が宣言通りにタロンとともに進軍すれば、近隣の村や町などあっという間に滅んでしまう。
それは絶対に避けなければならないし、何よりレオニス自身がこれ以上ダリオ・サンチェスの愚行を看過する気はなかった。
「火の女王、俺もできる限り力を尽くす。人族の不始末は人族の手で、きっちりとけじめをつけなきゃならんからな」
『うむ。妾も其方には期待しておるぞ』
「身に余る光栄だ。……つーか、その前にとりあえず、ここの転移門だけでも先に直しておかんとな……」
レオニスの決意表明に、火の女王が満足そうに頷いている。
一難去ってまた一難とはまさにこのことだが、レオニスは逃げ出すつもりは毛頭ない。
そして目下で直しておかなければならない喫緊の課題、転移門の修復に取りかかっていった。
前話や前々話で一息つけたかと思ったら、別の大問題が浮上。
まぁねー、レオニス個人は許せても犯人や黒幕は許せませんよねー。
特に火の女王からしてみれば、可愛い妹を絶体絶命に追い込んだ輩共はまさに絶許の処刑対象ですしねー(=ω=)
でもって、第1664話冒頭にあった火の女王の『仔細は後で話す』を今回語ることができました。
タロンの寝言がファインプレーだった訳ですが。虫の知らせならぬ禍龍の知らせ?(・∀・)
って、そんなお気楽なこと言ってる場合じゃねぇんですけど_| ̄|●
ホントにサブタイ通りの、一難去ってまた一難ですよ。
レオニスだけでなく、作者にとっても難題と化してしまいますたよ。
これ、どうやって円満解決させりゃいいんだよぅぉぅぉぅ(TдT)
 




