第1641話 六種類の使い魔達
早速三個目の卵の孵化に取りかかるライト達。
次々とカタポレン産巨大桃を卵に与えていく。
今度の卵も前回の林檎のように、大きさの変化がかなり緩やかなところをみると、また精霊系の生き物が生まれるかもしれない。
そんな期待に満ちた思いでサマエルが卵を見つめていると、レオニスがサマエルに声をかけた。
「おい、サマエル。卵から孵化した子達の名前を、今のうちにちゃんと考えておけよ」
『……ン? 名前???』
「そ、名前。……まさかとは思うが、新しく迎えた仲間に対してずっと名無しのままでいるつもりじゃねぇよな?」
『そそそそんな、ことは、な、い……』
「だよなー。これからまだ二十個以上も卵を孵化させるってのに、全員名無しとかあり得んもんな!」
ニカッ!と無邪気に笑うレオニスに対して、サマエルの目が泳ぎまくる。
そう、実はサマエルは名付けのことなど今の今まで微塵も考えていなかった。
というのも、サマエルの配下の天空竜達には個々の名などない。固有の名などついていなくとも、誰が誰であるかを互いに把握していたからだ。
しかし、今回新しく迎える仲間達に対してもそれでいいのか?と問われれば、絶対に違うだろう。
レオニスが提起した名付け問題に、サマエルは内心冷や汗ダラダラで焦っている。
今まで見たこともないようなサマエルの慌てぶりに、ラーデが声をかけた。
『サマエルよ、大丈夫か?』
『は、はい……しかし、父上……この天空島で住まうにあたり、名など要るものなのですか?』
『もちろん。神樹ユグドラツィのもとで仲良く暮らしていたハドリー達、あの子達にもちゃんと一人一人に神樹が考えた名がつけられていただろう?』
『た、確かに……』
『我らの目には、正直なところハドリー達の顔貌の厳密な区別がつかん。しかし、それぞれ個々に違う名を持たせることで、彼ら彼女らの存在意義が確固たるものとなるのだ』
『………………』
ラーデの話にサマエルが無言になる。
確かにラーデの言う通りで、ユグドラツィのもとで出会ったハドリー達はサマエルの目にも全員同じ顔に見えた。
さすがに服装などから男女の性差くらいは分かったが、それでも男の子同士、女の子同士で複数戯れていたらあっという間に誰が誰だか分からなかった。
しかし、それでもユグドラツィやライト達が『リィ』『ハナ』『ドナート』『リシェ』と名前を呼べば、その名を持つ子が『はーい!』『なぁにー?』と、それぞれが嬉しそうな顔で呼びかけに応えていた。
その光景を見たサマエルも『……ぉぉぉ……』と感嘆していた。
今まで自分達には必要のないことだったからと言って、ここで新たに生まれた白妖狼や唐種招霊にもそれを強いる訳にはいかない。
むしろこれからは、最側近の天空竜達にも固有の名を与えるべきか……とまでサマエルは考えていた。
そんなやりとりをしているうちに、巨大桃を与え続けた卵の殻に罅が入り、二十五個目の巨大桃を吸収し終えた卵から何かが生まれた。
それは、濃淡のピンクがグラデーション状に入り混じる芍薬の精霊で、まるで芍薬の花をそのままスカートにしたかのようなふわふわとした愛らしい衣装を着ていた。
「おお、これはまた可愛らしい精霊が出てきたな!」
「花びらのような下半身がドラリシオに似ているが……これもやはり植物系の精霊なのか?」
「本当に可愛いお花さんだねー!ラウルと同じ妖精さんかもよ?」
手のひらサイズのちんまりとした芍薬の精霊を、ライト達がこれまた物珍しそうに眺めている。
ライトはともかく、レオニスやラウルのような大の男が臆面もなく顔面を間近に近づけるのは如何なものか。
当の芍薬の精霊もびっくりしたのか、ピャッ!と小声で叫びながらサマエルにしがみついた。
『これ、レオニス、ラウル、こんな小さき精霊を脅かすでない』
「ン? ぉ、ぉぉ、そりゃすまん」
「脅かすつもりはなかったんだが……ごめんな」
「ホント、ラーデの言う通りだよー、もー。そりゃレオ兄ちゃんもラウルも超イケメンだけどさ、イケメンにはイケメン独自の圧ってもんがあるんだからね?」
「「何だそりゃ」」
ラーデの苦言に大の男二人して速攻で謝るも、ライトの謎のダメ押しには納得がいかない様子である。
しかし、レオニスもラウルもこの程度のことで凹むタマではない。
謎のダメ押しなんざキニシナイ!とばかりに気持ちを切り替えて、すぐに動き出した。
「さ、そしたら次は苺でいくか」
「そうだな!……つーか、サマエル、白い狼や黄色い花の子の名前はもう決めたか?」
『ぬ? ま、まだ……考えている、最中だ』
「何だ、まだ決まらんのか? なら俺もいっしょに考えてやるぞ?」
「「『ダメッ!!』」」
改めてサマエルに名付け問題を問うたレオニス。
そのレオニスが何気なく発した、名付けの手伝いへの立候補。
これにライト、ラウル、ラーデが一斉に猛反対したではないか。
しかもその反応速度は1秒未満。とんでもない反射神経に驚きを禁じ得ない。
そしてこの周囲からの猛烈な反対意見に、レオニスは「えー、何でだよー? 皆で考えた方が絶対に早いだろ?」とブチブチと文句を言い、サマエルは『???』と訳が分からなそうにしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後も卵の孵化作業は順調に進み、当初の計画通りに六種類の種族が生まれた。
まずは一番初めに生まれた白妖狼。
ずっとサマエルの少し後ろにいて、ラーデとともに次々と新しく生まれる後輩達?のふかふかベッド代わりも務めていた。
白妖狼の次に生まれたのは唐種招霊の精霊。
バナナのような甘い香りを漂わせる樹木の精霊で、頭の天辺に淡い黄色の花がついている。
三番目に生まれたのは、芍薬の精霊。
ふわふわドレスのようなスカートが如何にも女の子らしいのだが、男の子の場合だとどうなるのだろうか?
そして四番目の巨大苺から生まれたのは、白詰草の精霊。
真っ赤な苺から白詰草の精霊が生まれるの?という疑問は野暮というものだ。
それを言ったら、巨大大根を糧としたハドリーだっていろいろとおかしかことになってしまうのだから。
そう、BCOが関わっている事象に常識など求めてはいけないのである。
孵化五回目に用いたペリュトン肉で生まれたのは、ジンという妖魔の一種。
上半身が裸で肌がうっすらと青みがかっていて、下半身は常に風の渦に包まれていて見えない。
筋骨隆々とした身体つきはマスターパレン顔負けの肉体美を誇り、顔立ちはドラゴン寄りで頭髪はなく、頭の天辺についている左右一対の大きくて立派な赤い角が一際目立つ。
体格からして間違いなくオスだろうが、これもメスとして生まれるとどうなるのかが非常に気になるところだ。
そして最後の六番目に生まれたのがハドリー。
生まれた場所こそ違うが、与えた餌は大根なので転職神殿やユグドラツィのもとで生まれたハドリー達と同じ種族である。
ハドリーを除く新しい使い魔達のステータスと詳細鑑定情報は、以下の通りである。
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【名前】−
【種族】マグノリア・フィゴ
【レベル】1
【属性】地
【状態】通常
【特記事項】従属型使役専属種族第六十三種乙類
【HP】40
【MP】50
【力】4
【体力】5
【速度】5
【知力】7
【精神力】6
【運】5
【回避】8
【命中】7
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【マグノリア・フィゴ】
唐種招霊という名の草木の精霊。
バナナのような芳しい香りを強く放ち、頭に黄白色の花を咲かせる。
その甘い香りで敵を眠らせたり、庇護欲を刺激するなどして身を守る。
唐種招霊が生み出す独自の水は、世にも貴重な幻の香水『木蓮の涙』として名を馳せる。
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【名前】−
【種族】ピオニー
【レベル】1
【属性】地
【状態】通常
【特記事項】従属型使役専属種族第六十七種乙類
【HP】45
【MP】45
【力】5
【体力】7
【速度】6
【知力】5
【精神力】5
【運】6
【回避】6
【命中】7
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【ピオニー】
芍薬の花の精霊。
『花の宰相』という意味の『花相』という異名を持つ。
一重咲き、八重咲き、翁咲きなど複数の形態があるが、どれも皆素晴らしい美しさで見る者を虜にする。
浄化魔法や治癒魔法に長けた種族で、主と仰ぐ者を守り尽くすことに生き甲斐を感じる健気さを持つ。
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【名前】−
【種族】クローバー
【レベル】1
【属性】地
【状態】通常
【特記事項】従属型使役専属種族第六十四種乙類
【HP】55
【MP】35
【力】7
【体力】8
【速度】4
【知力】4
【精神力】5
【運】8
【回避】5
【命中】6
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【クローバー】
白い可憐な花、白詰草の精霊。
可憐な見た目に反して繁殖力が強く、多少のことでは折れない強靭さを持ち合わせている。
幸運のシンボルである『四葉のクローバー』としても有名で、主と慕う者に大小様々な幸運を日々もたらしてくれるという。
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【名前】−
【種族】ジン
【レベル】1
【属性】風
【状態】通常
【特記事項】従属型使役専属種族第七種甲類
【HP】65
【MP】35
【力】6
【体力】4
【速度】8
【知力】4
【精神力】5
【運】5
【回避】8
【命中】7
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【ジン】
妖魔の一種で、古くから人ならざる存在として崇敬を集める。
高い知能を持ち、変幻自在の変身能力をも有する。
属性によって形態や呼び名が代わり、複数種類が存在すると言われている。
己が主と認めた者には、惜しみない愛情と忠誠を捧げる。
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当初の予定通り、六種類の使い魔を孵化させたライト達。
とりあえずここで一旦休憩を取ることにした。
これは単純に仕事の後の休憩時間というだけではなく、その間に各種族のリーダーとなる子達の名付けもしよう!という意図もある。
「はー、たくさんの子達が生まれたね!」
「卵に与える食べ物が違うだけで、こんなにも全く異なる生き物が生まれるとはなぁ……ホンット、不思議な卵だ」
「全くだ。ある程度予想していたとはいえ、実際にこうも違う精霊や狼が生まれるなんて……想像をはるかに超えてたわ」
休憩の準備を進めるライト達が、感嘆しきりといった様子で会話している。
使い魔の卵の本来の持ち主であるライトも、今日のこの結果には大満足だ。
普段はそうホイホイと孵化させることができない使い魔の卵だが、こうして様々な使い魔が孵化する瞬間に立ち会えるのはBCOユーザー冥利に尽きるというものだ。
ライトのホクホク顔に、レオニスが不思議そうな顔で声をかける。
「何だ、ライト、妙にご機嫌だな?」
「……え"? そ、そうかな? ……えーとね、前にツィちゃんのところでやったハドリー達の孵化の時を思い出してさ。たくさんの可愛い仲間が増えていくのが、何だかすっごく嬉しいんだ」
「そうだな。精霊の誕生の瞬間なんて、滅多に見られるもんじゃないからな。俺にとっても貴重な体験だし、初めて見る精霊はどれも可愛くて嬉しくなるよな!……ただし、最後の方のあの青い精霊?はすっごくゴツくて、どこぞのマスターパレンを彷彿とさせるがな」
ライトの咄嗟の言い訳に、レオニスもニカッ!と笑いながら同意している。
しかし、最後の放題な本音がダダ漏れ過ぎて余計な気もするが。多分気のせいだろう。キニシナイ!
そうしてライト達は、南の天空島での初めての休憩兼お茶会が始まっていった。
南の天空島での使い魔の卵の孵化。
前話で予定していた通り、六種類勢揃いです。
てゆか、五つものステータス画面を一気に出したのなんて、1600話を超える拙作でも初めてのこと。
ホントはねー、こういう詳細なステータスもこまめに出した方がいいんですけどねー。基本物ぐさな作者は余程必要に迫られないと出さないという(´^ω^`)
卵の孵化作業も、一度に六種類ともなると後半ではほぼほぼ割愛ですが。同じ場面を繰り返すだけというのも、ねぇ? 普通に飽きちゃいますしおすし。
しかし、新しいキャラクターが出てくるというのは、作者にとっても嬉し楽しいことでして。
特に可愛らしい花や草木の精霊が増えるのは、普段可愛い要素が不足気味の拙作の潤いにもなって嬉しいです♪( ´ω` )




