第1634話 レオニスの配慮と族長達の矜持
時は少し遡り、ラウル達と分かれてユグドラツィのもとを飛び立ったレオニス。まずオーガの里に向かった。
オーガの里に入りラキ宅に行くと、ラキは朝の薪割り仕事を終えたばかりで一息ついていたところだった。
「よう、ラキ、久しぶり」
「おお、レオニスか、久しいな。というか、こんな早い時間にお前が訪ねてくるとは珍しいな。何かあったのか?」
「ああ、実はな―――」
椅子代わりの切り株の上に座り、額の汗を布で拭い取るラキにレオニスが来訪目的を説明した。
「ほう、ラーデ殿のご子息がこの森に来ているのか」
「ああ。ラーデには三人の子供がいて、その一番下のサマエルというやつが今俺んちに泊まってるんだ。今はラウルやラーデといっしょに、ツィちゃんのところに顔を出してる最中だ」
「何だ、せっかくならツィちゃんのところで遊んだ後に、我が里にも皆と連れ立って遊びに来てくれていいのだぞ?」
ラーデの子供が来たという知らせに、ラキが笑顔でサマエルの来訪をレオニスに促す。
しかし、レオニスがバツが悪そうに単身来訪の理由を語る。
「ぃゃー、それがなー……そのサマエルがなかなかに厄介というか、壮絶に口が悪くてな。その上態度もデカいし……そんなのをこの里に連れてきたら、血の雨が降る未来しか見えんだろ」
「何と……お前にそこまで言わせる程なのか」
「まぁな……ま、皇竜の直系の子孫だから? 普通じゃあり得ん尊大な態度も分相応ではあるんだがな」
「確かに……天空に住まう皇竜の実の子ともなれば、さぞかし強大な力を持っているのだろうなぁ」
「ああ。言いたかないが、如何にお前らオーガ族が強くてもサマエル相手に喧嘩売ったら……全滅は免れんだろうな」
「フッ……はっきりと言いおって」
サマエルをここに連れてこなかった理由を、渋い顔をしながら語るレオニスにラキが苦笑いしている。
このサイサクス世界のオーガ族は、腕っぷしの強さが自慢であり誇り高い戦士一族だ。
故に他者から一方的に見下されたり侮られたりしようものなら、己が誇りを賭けて戦いを挑む。
相手がどれ程格上で強大であろうとも関係ない。一族の名誉を守るためならば、命を捨ててでも一矢報いる方を選ぶ者達ばかりだ。
しかし、レオニスとしては絶対にそんなことをさせたくない。
そしてそのレオニスの思いは、ラキにも十分に伝わっていた。
「とにかくそんな訳で、要らん揉め事を起こしたくねぇから俺だけで知らせに来たんだ。つーか、もし本人を連れてこれるなら、俺だって最初からそうしているさ」
「それもそうか」
「そゆこと」
ため息をつきながらサマエルのことを説明するレオニスに、ラキも静かに聞き入っている。
確かにいつものレオニスなら、ラキ達に紹介したい客人がいたらすぐにでも連れてくるところだろう。
それをせずに伝言だけで済ませようとするということは、直接紹介できない理由があるのだ。
そしてそれは、サマエルの傲岸不遜な性格のせいだ、ということをこれまでの会話でラキも把握していた。
しかし、ここで簡単に引き下がるラキではない。
レオニスの話を聞いてなお、ニヤリ……と不敵な笑みを浮かべつつ呟いた。
「しかし……そう言われると、逆に直接会ってみたくなるな」
「え。何で?」
「何でも何も、ラーデ殿の実の息子なのだろう? ならば我も、ご近所さんとして交流を深めておきたいではないか」
「ラキ……お前までご近所付き合いを重視し始めたの?」
サマエルに会ってみたいと言い出したラキに、レオニスが目を丸くしてびっくりしている。
円満なご近所付き合いは大事!というのはライトが日頃から掲げている標榜で、レオニス邸の執事であるラウルもこれを遵守して日々活動している。
しかしまさか、オーガ族族長のラキまでがライトの方針に感化されるとは思いもしなかった。
ラキがこう思うようになったのも、ひとえにライトやラウルとの交流の賜物。
特にライトから紹介されたラウルの存在は、オーガ達の中でレオニスが考えているよりはるかに大きい。
ラウルが主催する料理教室を通して、オーガ達の食生活や行商の成果が格段に良くなったからだ。
この素晴らしい出会いをもたらしたのも、円満なご近所付き合いがあってこそ。
これまでの我らは、同盟関係にあるナヌスくらいしか付き合ってきてなかったが、これからは他種族との交流も積極的にしていかなくては―――これこそが、ラキがライトやラウルから学んだ最も重要な教訓だった。
「というか、皇竜殿の子ということは、竜族なのだろう? ならば我も、サマエル殿にお会いしておきたい」
「サマエル自体が竜族かどうか、俺はそこまで詳しくないんだが……確かにサマエルは、多数の天空竜を従える天空島の主の一人だからな。竜族と考えて間違いないだろう」
「おお、それは素晴らしい!このカタポレンの森にあって、そのような高位の存在と見える機会など滅多にないからな。ここは何が何でも、サマエル殿にお会いしたいぞ!」
「ンーーー……まぁ、今からツィちゃんのところにお前一人だけで会いに行くってんなら、連れていけんこともないが……」
目をキラキラに輝かせてレオニスに迫るラキ。
ラキは巨体を前に屈ませて、レオニスの顔面10cm前までズズイッ!と迫り続ける。
その圧に屈したのか、レオニスがゴニョゴニョと小声で承諾した。
サマエルをオーガの里に引き入れるのは危険極まりないが、ラキが単身でサマエルに会いに行くのならば大丈夫かもしれない―――レオニスはそう考えたのだ。
しっかりと言質を取ったラキ、すぐさま背筋をシャキーン!と伸ばして張り切りだした。
「よし、決まりだな!そしたら今すぐツィちゃんのもとに行こうぞ!」
「え、あ、ちょい待て、ツィちゃんのところに戻る前に、ナヌスのところにも話をしに行かなきゃならんのだが」
「おお、そうか。ならば我もナヌスの里に行こうではないか。どの道その後レオニスとともに、ツィちゃんのもとを訪ねに出かけるのだからな」
「まぁいいけどよ……じゃ、早速ナヌスのところに行くか」
「うむ!」
お出かけする気満々のラキを連れて、レオニスはナヌスの里に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ナヌスの里に到着したレオニスとラキ。
ラキは巨体過ぎてナヌスの里には入れないので、レオニスだけがナヌスの里に入りラキは里の外で待つことにした。
程なくして、レオニスがヴィヒトを連れてラキが待つ里の外に出てきた。
レオニスがラキとともに来ていると聞き、ヴィヒトもラキに会いたいと申し出たのだ。
ヴィヒトの姿を見たラキが、笑顔でヴィヒトに挨拶をした。
「おお、ヴィヒト殿、久しいな」
「こちらこそご無沙汰しておる。ラキ殿も息災そうで何よりだ」
「早速だが、レオニスから話は聞いたか?」
「ああ。ラーデ殿のご子息が、昨日からこの森に来ておるそうだな」
「ナヌス達は魔力に敏感だから、相当驚いたのではないか? ナヌスの民達は大丈夫か?」
挨拶も早々に、ラキがサマエルの出現について話を切り出した。
ラキ達オーガ族は魔力に関して疎い方だからまだいいが、ナヌス達はそうはいかない。
ラーデ出現の時のように、もしかしたら再び動揺しているのではないか?とラキは心配していたのだ。
しかし、当のヴィヒトは事も無げに答えた。
「うむ。昨日突如起きた、尋常でない強大な魔力の出現は確かに驚いたが……一瞬騒いだだけで、今はもう皆平静を取り戻しておる」
「そうなのか?」
「ああ。何故ならその膨大な魔力が現れた方向には、森の番人殿の家があるからな……」
「……ああ、そういうことか」
「そういうことぞ」
思ったよりも冷静なヴィヒト。彼が語るその理由に、ラキも大きく頷いている。
前回ラーデがカタポレンの森に現れた時には、ヴィヒト達はそれこそパニック状態に陥った。
謎の強大な魔力の塊が突如里の近くに現れたのだ、彼らが慌てふためくのも無理はない。
しかし、これに全く動じなかったのが目覚めの湖の仲間達だった。
アクアや水の女王達は、突如出現した謎の存在を感じ取りながらも冷静だった。
『ねぇねぇ、何かとんでもない魔力があっちになぁい?』
『あるねー。……って、これ、ライト君とレオニス君の家のある方角だよねぇ?』
『……あ、ホントだ。なら大丈夫だね。レオニス君かライト君が話しに来るまで、僕達は静観してよっか』
『それがいいねー』
その出現方向がレオニス宅だというだけで、ウィカ他目覚めの湖の仲間達は安堵したという。
こうした会話を後日ウィカから聞いたヴィヒト達は、皆大いに反省した。
そう、よくよく考えれば確かにウィカ達が言っていたことは全て正しかったからだ。
それらのことは、冷静に考えればすぐに分かることだったというのに……我らは大慌てして、居もしない敵に対して備え右往左往するという醜態を晒してしまった。
ウィカ殿達を見習い、これからは常に冷静に状況把握に努めねば―――この時ヴィヒトは心に強く誓った。
その甲斐あって、今回のサマエル来訪に対して『あ、森の番人殿の来客か』と気づくことができた、という訳である。
「森の番人殿、我々のためにわざわざ心を砕いていただき感謝する」
「どういたしまして。サマエルは今日明日の二日、うちに泊まっていく予定だ。なるべく周りには迷惑をかけんようにするから、ナヌス達にも承知しておいてもらいたい」
「うむ。では、ラキ殿とともに私もラーデ殿のご子息にお会いしに行こう」
「え。ヴィヒトまでサマエルに会いたいの?」
「もちろん。ラキ殿がお会いして私が会いに行かぬなど、ナヌスの名折れであろう?」
「ンー、まぁなぁ……」
ラキどころかヴィヒトまでサマエルとの対面を希望するとは、完全にレオニスの想定外だった。
しかし、ヴィヒトの言い分も分からないでもない。
いや、ヴィヒトがサマエルに会わないからといって、ナヌスの名折れになるなどとはレオニスも思ってはいない。
しかし、それではラキを優遇してヴィヒトを仲間外れにするようで、どことなくバツが悪く感じるのも確かだ。
ヴィヒト本人がサマエルに会いたいと言うならば、その願いを聞き届けてやってもいいだろう。
「……そしたら、この際目覚めの湖の皆にも話を通しておくか。ここまで来てあいつらにだけ話を通しておかないってのも、何か気持ち悪いし」
「そうだな。水神殿達ならば、此度のことも冷静に把握しておられるだろうがな」
「うむ。先んじて話を聞いておくのと後から聞かされるのでは、心証もかなり異なってくるであろうし」
ついでに目覚めの湖も回っておこう、というレオニスの提案に、ラキとヴィヒトも同意する。
そうして三人は目覚めの湖に出向き、その結果ウィカが目覚めの湖の代表としてサマエルに会いに行くことになったのだった。
……………………
………………
…………
レオニスとラキがユグドラツィの結界内に入り、ラウル達がいる敷物エリアの横まで歩いてきた。
「ただいまー」
「お、ご主人様じゃねぇか、おかえりー。……何だ、ラキさんやヴィヒトさんに、ウィカまでいっしょについてきたのか?」
「おう、ラーデの息子が遊びに来たって話をしたら、二人とも一族を代表して挨拶をしたいって言ってな。だからここに連れてきた。でもってそのついでに目覚めの湖にも回って、結果ウィカが代表でついてきた」
「そっか、そりゃご苦労さん」
ただいまの挨拶をするレオニスに、まずラウルが労いの言葉をかける。
レオニスはサマエルの来訪を知らせに、ナヌスの里やオーガの里に出かけていたのだが。まさかそれぞれの族長がついてきて、さらにはウィカまで登場するとは。
予想以上に大人数の来客に、それまで敷物の上に座っていたラウルが徐に立ち上がった。
「ラキさんにヴィヒトさん、それにウィカもよく来てくれた。俺達は訳あってもう腹いっぱいなんだが、せっかくだからラキさん達にもここで何か美味いもんを出そう」
「おお、それはありがたい。思いがけずラウル先生のご馳走がいただけるとは、嬉しい限りですな」
「私もご相伴に与れるとは、何と幸運なことか。遠慮なくいただこうぞ」
『ラウル君、ジャイアントホタテのお刺身でよろしくねー☆』
ラウルの粋な申し出に、ラキ達が嬉しそうに応える。
ラキが右肩に乗っていたヴィヒトを大きな手に乗せて地面に降ろしてやり、左肩に乗っていたウィカは自らストッ、と地面に降りた。
ヴィヒトとウィカは敷物の上に座り、ラキは敷物の横の地べたに座る。
ラウルがラキ達のご馳走を用意している間に、ラキ達はユグドラツィに挨拶をしていた。
「ツィちゃん、こんにちは。ご無沙汰しております」
『こんにちは、ラキ。貴方も元気そうで何よりです』
「ツィちゃん様、我らが作りし結界は恙無く動いておりますかな?」
『ええ。ナヌスの方々のおかげで、平和な日々を過ごせておりますよ。本当にありがとう』
『ツィちゃん、こんにちは☆ うちの女王ちゃんやアクア君も、ツィちゃんによろしくねって言ってたよー☆』
『まぁまぁ、ウィカもありがとう。こちらこそ、水の女王やアクア君にまたお会いしたいですってお伝えしてくださいね』
この場の主であるユグドラツィと、和やかに挨拶や会話をするラキ達。
そして彼らの視線は、自然とラーデ達皇竜親子に向けられた。
前話ラストで登場したラキ、ヴィヒト、ウィカがレオニスとともにユグドラツィのもとに来た理由を明かす回です。
サブタイでは族長達と言いつつ、目覚めの湖組の代表をウィカにしたのは、水の女王やアクアよりはウィカの方がサマエルに悪態をつかれても華麗に受け流せそうだよなー、と作者が思ったからです。
てゆか、前話で文字数嵩み過ぎて分割することにしたおかげで、今日は投稿が早くて嬉しいー♪(º∀º)
駄菓子菓子。作者としては、口も態度も悪いサマエルがカタポレンの森でトラブルを起こさないよう、第1630話で必死に回避工作したってのに…(=ω=)…
何で庇ったはずのラキ達が、揃いも揃って自らサマエルに会いたがるんじゃーーー!(ノ`д)ノ===┻━┻ ←苦労を台無しにされた人
ホントにホントに、どうしてうちの子達はかーちゃんの言うことをこんなにも聞いてくれないんでしょうかね?_| ̄|●




