第1613話 ダリオ・サンチェスの人物像とレオニスの危惧
作者からの予告です。
明日の8月12日から15日までの四日間、お盆休みとして更新をお休みさせていただきます。
何卒ご了承の程、よろしくお願い申し上げます。
ダリオ・サンチェスとは、如何なる人物か―――
レオニスからの問いかけとラウルの懇願に、クラウスが徐に口を開いた。
「ダリオ・サンチェス……彼を一言で表すとしたら『我慢ができない人間』、かな」
「我慢ができない、人間……?」
「そう。自分が嫌だと思うことは梃子でもしないし、やりたいと思ったことは何でもやる。そしてそれは善悪問わず、だ」
「………………」
クラウスの話に、レオニスとラウルの顔が僅かに歪む。
やりたいことをやる、やりたくないことはやらない。それは人間の欲求として当然のことのように思える。
しかし、人間社会の中で生きていくには、どうしても我慢なり妥協なりしなければならない場面が必ず出てくるものだ。
特に高位貴族ともなると、たとえ勉強が嫌いであっても勉強しなければ教養やマナーは身につかないし、どんなに気が合わない人間相手でもそれなりにコミュニケーションを取れるようにならなければ話にならない。
それくらいのことは、平民であるレオニスにも容易に想像できる。
しかし、ダリオ・サンチェスという人間はそれができない、とクラウスは断言した。
いや、これがもし子供であればある程度許されるだろう。
だがダリオ・サンチェスは、現ラグナ大公のはとこ。ラグナ大公が五十歳手前であることを考えると、ダリオ・サンチェスも少なくとも三十路は過ぎているはずだ。
それはつまるところ、子供がそのまま大人になったようなものということである。
「ダリオ・サンチェスは私や兄とも年齢が近いため、幼少期から知っている。確か彼が二歳の頃だったか? 母親が病に倒れて亡くなっていてな。そのせいか、相当甘やかされて育っていったため、大人になっても堪え性のない人間になってしまった」
「ラグナ宮殿の中でも、大公一族以外の者は全て下に見て尊大な態度を取るし、与えられた仕事を満足にこなせないどころか失敗の責任を全て他人のせいにするし……」
「彼がラグーン学園の大学院を卒業した後、ラグナ宮殿官府に勤めることになった時に一番最初に配属されたのが、私もいる財務省だったのだが……あまりに使えなさ過ぎて、配属後たったの半年で別の部署に異動させられたくらいだ」
はぁー……と深いため息をつきながら、ダリオ・サンチェスの話をするクラウス。
普段は物腰の柔らかいクラウスにここまで言わせるとは、ダリオ・サンチェスはなかなかに難物のようだ。
「しかし、彼の最大の難点はそこではない。彼は自分が欲しいと思ったものは、人であれ物であれ必ず手に入れないと気が済まない、という性格にあるのだ」
「金で買える物ならまだいい、サンチェス家にはそれなりの財力があるからな。だが、人の場合はそう簡単にはいかん。他の家に仕える執事やメイドを強引に引き抜くなんてのは可愛いもので、独身時代には既に婚約者がいる未婚の令嬢をダリオが一方的に気に入り、強引に別れさせて奪い取ったという醜聞は一度や二度ではない」
「さすがに人妻には手出しができなかったらしいが……それでも一度だけ、真実の愛?を見つけたとか何とか言って、某子爵夫人に離婚を迫ったことがあった。その件では、父親のテオドロ氏を始めとして周囲が必死に止めたが、それでも止まりそうになかったので祖父君のサンチェス公にお出ましいただいて何とか事無きを得た、ということもあった」
「彼には道徳観も倫理観も一切ない、要は節操無しなのだ」
最後には吐き捨てるような口調で言い切ったクラウス。
確かに義理人情に篤いウォーベック家の人間からしたら、ダリオが起こした数々の醜聞は聞くに堪えないものであろう。
するとここで、レオニスがクラウスに問うた。
「そこまでやらかしてる奴なら、とっくに何らかの処分がなされているんじゃないのか?」
「そこが青い血を持つ者の、厄介にして奇っ怪なところでね。サンチェス公の血筋ということで、勝手に周囲が斟酌したりテオドロ氏やサンチェス公がギリギリのところで揉み消したり等々、いろいろと黒い噂もちらほらと聞く」
「………………」
レオニスの質問に、クラウスは率直に答えた。
その答えを聞いたレオニスの顔が、苦虫を噛み潰したように歪む。
ここ最近のレオニスは、その手の貴族と久しく接していなかったため忘れかけていたが、本来貴族というのはこうした傲慢な者も多かった。
平民は貴族に従うのが当然であり、貴族の意に反することをするなど以ての外。
もちろん貴族の中でも序列があって、下位貴族が上位貴族に逆らうなどあり得ない。
かつてレオニスを召し抱えようとした貴族達は、皆このような態度の者達ばかりだったことをレオニスは思い出していた。
そんな複雑な思いを抱えるレオニスに代わり、今度はラウルがクラウスに問いかけた。
「じゃあ、氷の洞窟の件でそのダリオとかいう奴のことを罪に問うのも難しいのか?」
「氷の洞窟の事件の話を聞く限りでは、かなり難しいだろう。殲滅されたという傭兵のパーティーは完全に自業自得だし、そいつら以外にさしたる被害もないようだし……」
「……それ、もし炎の洞窟でも同様の事件が起きた時に、今と同じことが言えるのか?」
「ッ!!!!!」
ラウルの素朴だが鋭い質問に、クラウスが思わず絶句する。
もし炎の洞窟で、【炎の乙女の雫】を目当てに炎の精霊を拉致しようとする輩がいたら―――
そしてそんな不埒な人族のせいで、プロステスの民が敬愛する炎の女王が嘆き悲しんだら―――
そう考えただけで、クラウスの身体は怒りに震える。
「……ラウル君、すまなかった。先程までの私は、どうかしていた。事件はツェリザークで起きたことであって、我がプロステスとは関係のないことで……対岸の火事のような気がしていたのだと思う。しかし、これは決して他人事ではない。炎の洞窟だって、氷の洞窟のように不届き者に狙われる可能性は十分にある」
「いや、俺に謝る必要なんざないと思うが……」
「そんなことはない。ラウル君のおかげで、私も目が覚めたよ。心から礼を言う、本当にありがとう」
ラウルの問いかけにより目が覚めたというクラウス。ラウルに向かって、深々と頭を下げた。
そんなクラウスに、レオニスも話しかけた。
「確かにあんたの言う通りで、炎の洞窟が次の標的にされる可能性はかなり高いと俺は思う」
「そう思う根拠があるのかね?」
「ああ。奴等にとって、要は乙女の雫なら何でもいい訳だろう? 今年の鑑競祭りでそいつが競り負けたのは【雷の乙女の雫】と【光の乙女の雫】で、そもそも【氷の乙女の雫】は俺もまだ出品してねぇし」
「言われてみれば、確かにそうだな……」
「なのに、奴等は氷の洞窟で氷の精霊を狙った。これは、属性の女王達の住処が問題なんだろう」
その後レオニスは、他の属性の女王がどこを住処にしているかをクラウスに教えた。
水の女王はカタポレンの森の目覚めの湖、火の女王はエリトナ山の火口、地の女王は地底世界、風の女王はフラクタル峡谷等々。
冒険者であるレオニスは全部熟知しているが、クラウスはそういう意味では一般人なのでそうした知識は乏しいのだ。
そうしてレオニスは、十一種類の属性の女王達全ての住処を羅列していった。
その上で、改めてクラウスに問いかけた。
「今挙げた十一人いる属性の女王の中で、どこが攻略しやすいと思う?」
「……氷の洞窟と、炎の洞窟……だな」
「その通り。他は天空島だの海底だの地底だの、まず冒険者でも行くのが難しいところばかりだ。そういうのに比べたら、カタポレンの森はまだマシっちゃマシだが……それでも氷の洞窟や炎の洞窟に比べたら、難易度は段違いだ」
「いや、カタポレンの森だって他と大差ないくらいには十分に厳しいと思うが……」
レオニスの説明に、クラウスが納得しながら頷く。
天空島や海底神殿は、そもそも普通の人間には行くことすら叶わぬ場所。乙女の雫の採取を狙うなら、せめて陸地を住処とする女王を狙わなければならない。
しかし、陸地にいる女王の大半が難攻不落の僻地に住んでいる。
カタポレンの森、エリトナ山、地底世界にフラクタル峡谷、果てはノーヴェ砂漠。どれもこれも普通の人間には足を踏み入れることすら厳しい立地だ。
そんな中で、普通の人間でも簡単に近づける場所―――
それこそが『炎の洞窟』と『氷の洞窟』の二択しかないことに、クラウスも嫌でも思い至った。
「このことを、すぐにでもプロステスの兄上にお伝えしなければ!」
「うん、是非ともそうしてくれ。あんた達ウォーベック家の方でも警戒しておいてくれると、俺としても非常に助かる」
「ただし、炎の洞窟は誰のものでもないので、洞窟への侵入そのものを禁止するなどは今のところできないが……それでも、以前使っていた見張り小屋を活用して監視することはできる。炎の洞窟に入る者達を見張るよう、兄上に進言しておこう」
「それが一番いいな」
早速動き始めたクラウスに、レオニスも賛同している。
炎の洞窟は人族の所有物ではないので、如何にプロステスを治めるウォーベック家であっても炎の洞窟への出入りを完全に抑制することはできない。
しかし、炎の洞窟への出入りをウォーベック家が監視することなら可能だ。
それを示唆したクラウスに、レオニスが協力を申し出た。
「もし万が一、怪しい奴らが炎の洞窟に入ろうとしていたら俺にも教えてくれ。助力が必要ならいつでも協力しよう」
「ありがとう!レオニス君の協力を得られることほど、心強いことはない!」
「いや何、炎の女王も俺達の大事な友達だからな。この先何事も起きなければそれに越したことはないが、先のことなんて誰にも分からんしな」
「そうだな。しかし……ダリオ・サンチェスの性格を考えると、とても楽観視はできん」
レオニスの申し出にクラウスが喜ぶも、すぐにその顔が曇る。
特にクラウスはダリオ・サンチェスの性格をよく知っているだけに、とてもじゃないが楽観することはできないようだ。
「とりあえず、炎の洞窟で万が一何か異変が起きたら、俺にもすぐに教えてくれ」
「分かった。プロステスの兄上にもそう伝えておこう」
「よろしく頼む」
「こちらこそ」
今後の対策がまとまったところで、どちらからともなく右手を差し伸べて握手を交わすレオニスとクラウス。
今のところ積極的に打って出ることはできないが、それでも不審者に対する警戒をしておけば万が一の時に即時対応できる。
炎の洞窟や氷の洞窟の安寧を願う者同士、その安寧を壊す者は何人たりとも許さない!という決意を新たにしたのだった。
レオニスとクラウスの話し合いの続きです。
現時点ではダリオ・サンチェスを罪に問うのは難しいので、予防策的なことしかできませんが。それでも手を拱いてばかりで何もしないよりはマシな内容になった、はず。
でもって、これまた今年も中途半端なところでお盆休みに入ってしまい、申し訳ございません><
先日も家族の体調不良で休載したばかりだってのに。
でも、作者もお盆休みくらいゆっくりしないと熱中症で頭煮えて寝込んじゃう><
今年こそ、お盆休みの間に『BCO&サイサクス世界資料集』に何か追加したいなー。……って、その前に、こないだのマスターパレンの新コスプレの追加もまだできてないや_| ̄|●
殺人的な猛暑が続きますが、読者の皆様方もくれぐれも熱中症になどならぬよう、お気をつけてお盆休みをお過ごし下さいませ<(_ _)>
 




