第1611話 アクシーディア公国の貴族とは
作者都合により三日分のお休みをいただき、ありがとうございました。
読者の皆様方にはご心配をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。
家族の体調不良も無事緩和されましたので、予定通り本日より連載再開いたします。
冒険者ギルドマスター執務室で、レオニス達はツェリザークで起きている事件の経緯をパレンに話して聞かせた。
レオニス達の話に、パレンも顔を顰めながら答える。
「ツェリザークの氷の洞窟で、不審な事件が複数回起きているというのは、私のところにも報告書が上がってきている。しかしその殲滅されたというパーティーは、冒険者登録されていない者達ばかりでな。冒険者ギルドとしては、表立って介入できない状況にある、というのが報告書にあった」
「そいつらは偽名を使っていたとかではなく、本当に冒険者でも何でもない傭兵なんだよな?」
「ああ、報告書にはそうあった。冒険者ギルドの登録者照会をしても、氷の洞窟での死者と一致する該当者は一人もいなかった。街のスラムに転がり込んで、スリや強請り集りを働くような破落戸を集めたようだ」
「ちゃんとした傭兵ですらなかったってことか……」
パレンの話を聞いたレオニスの顔が曇る。
氷の洞窟の攻略や素材採取を目指すなら、冒険者ギルドに依頼するのが定石であり王道である。
それができない(というか、目当てである乙女の雫の買い取りを提示しても一向に見向きもされない)がために、冒険者ギルドでの募集を諦めて後ろ暗い連中を雇う訳だ。
「その傭兵を雇ったというのが、ダリオ・サンチェスという貴族らしい。マスターパレンは、このダリオ・サンチェスという人物を知っているか?」
「ふむ……サンチェス卿か……」
傭兵を雇って何度も氷の洞窟に侵入させて、氷の精霊を拉致しようと画策した黒幕と見られるダリオ・サンチェス。
その人物像、人となりをパレンが少しづつ語っていった。
「サンチェス家は、アクシーディア公国の元首であるラグナ大公の祖父、二代前に当たる御方の弟君の家系だ。今のラグナ大公から見たら、サンチェス公は大叔父、ダリオ・サンチェスははとこに当たる」
「じゃあ、結構な権力を持つ家ってことか?」
「そうだな。初代サンチェス公は、先々代ラグナ大公とともに今でもご健在であられる。お二方とも隠居なされた身ではあるが、中央での発言力は未だにそこそこあると言っていいだろう」
「そうなんか、そりゃ厄介だな……」
レオニスは貴族社会のことなどほとんど知らないので分からなかったが、ダリオ・サンチェスという人物は思っていた以上に高位の貴族のようだ。
黒幕が高位貴族となると、そいつらが犯した悪辣な所業を糾弾したところで有耶無耶にされる可能性が高い。
例えば冒険者ギルドに謎の勢力に圧力をかけられたり、あるいは悪事を公にするべく関係各所に訴えても見て見ぬフリをされる可能性だって大いにあり得る。
そうした事態にさせないためには、確たる証拠を揃えてラグナ大公に直訴する必要がある。
ラグナ大公を含めた他の大勢達の前で、動かぬ証拠とともにダリオ・サンチェスを糾弾すれば言い逃れはできなくなるからだ。
しかし、事がそう上手く運ぶかどうかは全くの未知数だ。
思っていた以上に厄介事の気配が強いことに、レオニスが思わず眉を顰める。
だが、それに反してパレンはあっけらかんとした顔で話を続ける。
「いや、確かに祖父君の影響は未だ大きいが、ダリオ・サンチェス自身にはそこまで力はない。彼の父親、テオドロ・サンチェス氏はサンチェス公の三男で、公爵家から独立した時に創設された新興伯爵家の当主でな。ダリオ氏はそのサンチェス伯爵家の嫡男ではあるが、サンチェス伯爵家自体は領地を持たぬ貴族だしな」
「領地を持つと持たないとでは、同じ貴族でもかなり違うのか?」
「そりゃそうさ。如何に貴族と言えど、継ぐべき領地がない家門は領地に代わるもの―――例えば類い稀なる商才なり武道なり、とにかく何でもいいから次代に継げる秀でたものが要る。それが全くないとなれば、いずれ静かに消えゆくのみだからな」
「そういうもんなのか……」
パレンの説明に、レオニスが分かったような分からないような、不思議そうな顔をしている。
その後のパレンの解説によると、王弟や王兄本人は王位継承権を持ったまま公爵家を立ち上げることができる。
そしてその公爵家は直系のみが継ぐものであり、継嗣以外の子達は独立して新たな家を立ち上げなければならない。
そうして枝分かれした分家は、伯爵家として新たなスタートを切ることができる。
しかし、伯爵家を無条件で維持できるのは、初代とその次代である二代目まで。
二代のうちに継いでいけるものを内外に示せなければ、三代目以降は子爵に降格するのだという。
二代しか猶予がないというのは、少々厳しいと思われるかもしれない。
しかし、パレン曰く『当主の在位期間がそれぞれ四十年として、合わせて八十年。爵位を次代に繋ぎ、維持していくための資格を示す猶予としては、八十年もあれば十分』なのだそうだ。
例えば新しく家を興した初代当主が三十歳から七十歳まで当主を務め上げて、二代目も同じく四十年間当主を務めたら、計八十年の猶予がある訳だ。
確かにそう言われればそうだよな、と聞いているレオニスも納得している。
例外として、初代や二代目が早逝した場合、家を興してから五十年未満であれば三代目、四代目も伯爵位を継続することができる。
また、もし当主が早逝した場合に実子がいなければお家断絶となるが、そういう時には本家の公爵家や大公家筋の遠縁から養子を迎えてお家の存続を図るのだという。
複雑怪奇に絡む利権闘争話に、聞いているレオニスは軽い目眩がしてきた。
レオニスにしてみたら、位の高い貴族に生まれついたら一生安泰かと思っていたのだが、存外そんな楽なものでもないようだ。
特に領地の有無はかなり重大な問題らしく、領地を継げる本家以外=分家は領地に匹敵する才能を示さなければならない。
貴族ってのも、実は何かと大変なもんなんだな……とレオニスは心の中で思う。
そうした貴族社会の基礎知識を聞き終えたところで、レオニスがさらに話を続けた。
「そしたら、マスターパレンはダリオ・サンチェスという個人がどんな人物であるか、知っているか?」
「中央貴族に関する情報は、私もそこまで詳しい訳ではないのだが……確かラグナ宮殿内の、どこかの部門に名を連ねているはずだ。そういった宮殿内の事情は、レオニス君が懇意にしているウォーベック伯爵に尋ねれば、より詳しい話が聞けるのではないかと思う」
「ああ、そうか……クラウスはラグナ宮殿勤めだそうだからな。確かにクラウスに聞けば、詳しいことが分かりそうだ」
パレンのアドバイスに、レオニスが頷いている。
レオニスは、クラウスがラグナ宮殿内のどういった部署に勤めているかなど、そこまで詳しいことは分からないのだが。
それでも同じラグナ宮殿勤めであれば、何かしら知っていそうではある。
「ありがとう、マスターパレン。早速クラウスのところに行って、話を聞いてくるわ」
「うむ、是非ともそうしてみてくれたまえ。というか、今回私はあまり役に立てずに申し訳ない」
「いや、そんなことはないさ。こうして次の手がかりになり得る情報を教えてくれたんだから、それだけで十分さ」
「そう言ってもらえるとありがたい」
レオニスがソファから立ち上がり、続いてラウル、パレンが同じくソファから立ち上がる。
「ツェリザークの件は、冒険者ギルドも全面的にレオニス君に協力をしよう。事件を犯したのが如何に冒険者ではない、傭兵集団の犯罪だとしても見過ごす訳にはいかん。いつこちらに火の粉が降りかかるかも分からんしな」
「だな。マスターパレンの方でも、ツェリザークでの動きを注視してくれると助かる。よろしく頼む」
「うむ、任せてくれたまえ」
パレンの力強い協力宣言に、レオニスも顔を綻ばせながら握手を交わす。
その後レオニスはラウルとともに冒険者ギルド総本部を後にし、ラグナロッツァの屋敷がある貴族街に向かっていった。
レオニスとパレンの会談の様子です。
貴族がどういうものかなどは、生粋の平民である作者にはよく分からない世界で、Wikipedia先生の解説を見ても頭が煮えるー><
とりあえず、王族由来の貴族がねずみ算式に増えないよう、自動爵位は二代目まで!とかそれっぽいことにしてます。
何しろこのサイサクス世界のアクシーディア公国は、一応800年以上続く歴史ある国なので。大公の兄弟だからといって、毎回毎度無条件で公爵位を濫発してたら、貴族が増え過ぎちゃう><
ぃぇね、ホントはもうちょい先まで書きたかったんですが。とりあえず3000字超えたところで一旦区切ることに。
いつもなら、この程度の話なら前話と合わせて一気に投下してもいいところなんですが。作者自身もこの猛暑で頭がやられているのか、食欲不振で夏バテ気味です(;ω;)
というか、前話でマスターパレンの久々のコスプレで舞い上がっていたというのに。人生二度目の救急車のお世話になる羽目になるとは思いもせず_| ̄|●
今回も運良く大事には至りませんでしたが、こうして実際に救急車の中で隊員の方々にお世話になると、改めて頭が下がる思いです。
特に今夏は、大自然が本気で全ての生物を殺しにかかってるんじゃないか?と思える程の暑さ。日中も熱中症その他で、救急車の出番が殺到してるんだろうなー……
読者の皆様方も、くれぐれもお身体を大切にご自愛くださいませ。




