第1603話 ビナーの街での出会い
ライトのラグーン学園二学期が始まってから、初めての週末の土曜日。
ライトはレオニスとともにビナーの街に出かけていた。
その目的は、主に二つ。
今ビナーに滞在しているという『龍虎双星』のメンバーやレオニスの知己フェリックスに会うため、そして彼らとともに薬草採取をするためである。
早めに朝食を済ませて、午前五時五分には冒険者ギルドの転移門でビナーに移動したライト達。
薬草採取を含む全ての依頼書は、朝イチが最も激しい奪い合いになる。
龍虎双星やフェリックスも、朝イチで仕事を取りに来るに違いない。あいつらを確実に捕まえるには、早朝の時間帯が最適だ!というレオニスの読みにより、早朝の移動をすることになったのである。
転移門がある事務室から表玄関がある広間に行くと、依頼掲示板があるであろう場所に数多の冒険者達が群がっていた。
受付もかなり混雑していて、今まさに美味しい依頼の熾烈な争奪戦が繰り広げられているようだ。
ライトとレオニスは冒険者達で混雑する依頼掲示板に近づいていき、フェリックスや龍虎双星のメンバーの誰かがいないか、キョロキョロと見回して探した。
すると、レオニスが「お、いた」と言ったかと思うと、スイスイ、スススー、と人の波を上手にすり抜けて一人の男の背後に立った。
目当ての人物の左肩に、背後からレオニスがぽん、と手を置き声をかけた。
「よ、フェリックス。元気そうだな?」
「……ッ!?!?!?」
振り返ってレオニスの顔を見たフェリックス。
ズザザザザッ!とものすごい勢いで後退り、勢い余って依頼掲示板に背中がビターン!とくっついてしまっている。
「ななな何でレオニスがこんなところにいる!?」
「何でって、そりゃお前……フェリックスの薬草採取を手伝いに?」
大慌てしているフェリックスの問い返しに、レオニスがコテン☆と小首を傾げて可愛らしく答えるも、地獄の使者がやってもちっとも可愛くない仕草である。
というか、何故だか分からないがフェリックスの目にまでレオニスが地獄の使者に見えるフィルターがかかっているようだ。
これはもしかして、バッカニアやヴァイキング道場門下生達のレオニスを見る目がフェリックスにも伝染したのだろうか?
フェリックスもバッカニア達と同じくヴァイキング道場出身者だけに、見え方の伝染は大いにあり得る話である。
地獄の使者の登場に、フェリックスはなおも泡を食いながらレオニスを問い詰める。
「だから!何で天下の金剛級冒険者が、薬草採取なんてつまらん仕事をしようってんだよ!? まさか俺達の仕事を奪い取ろうって気か!?」
「いや、実はうちのライトが先月正式に冒険者登録してな。新人冒険者が最初に選ぶ依頼と言ったら、難易度低めの薬草採取が鉄板のお約束だろ? だから、フェリックスの仕事ぶりをライトに見せてやろうと思ってな」
「……あー、そりゃ確かにな……」
レオニスの答えに、フェリックスも納得している。
金剛級冒険者のレオニスに薬草採取は不似合いだし、まさか自分達の仕事をレオニスが奪うつもりなのでは!?と疑心暗鬼だったが、冒険者登録したばかりのライトがいるなら話は別だ。
新人冒険者が初っ端から魔物退治に挑むなど、無謀以外の何物でもない。
最初のうちはリスクが少ない依頼を受けるべきであり、薬草採取は野外活動系の依頼の中で比較的リスクが少ないとされる仕事なのだ。
レオニスの話に得心したフェリックス。
レオニスの横にいるライトの頭をワシャワシャと撫でながら、祝福の言葉をかけた。
「つーか、レオニスんとこの坊っちゃんもとうとう俺達の仲間入りかぁ!坊っちゃん、おめでとう!」
「ありがとうございます!」
「頼もしい後輩が増えるのは大歓迎だ!これから頑張ってくれよな!……あ、ただし俺から一つだけ、坊っちゃんに忠告しておきたいことがある」
「何ですか?」
ライトの冒険者登録を心から喜んでくれるフェリックスに、ライトも嬉しそうに笑顔で応える。
しかし、フェリックスからライトに忠告したいことがあるという。
先輩冒険者の体験に基づく貴重な金言を聞けるのだろうか?
「坊っちゃん、レオニスのやることをそのまま丸ごと見習っちゃダメだぞ? あいつはあらゆる意味で普通の人間とは違うからな」
「もちろんです!それは、レオ兄ちゃんといっしょに暮らしているぼくが一番よく分かってますので!」
「おお、そうか!ま、そりゃそうだよな!」
真剣な眼差しで宣うフェリックスの忠告に、キラキラと輝く笑顔で頷くライト。
金言というほどの忠告でもなかったが、それでもフェリックスにとっては超がつくほど大真面目な話だ。
凡人が規格外の真似をしたところで、その殆どは大怪我する末路を辿るしかないのだから。
そしてそれはライト自身もよくよく承知していた。
ライトの尤もな答えに、それまで顰めっ面で忠告していたフェリックスの顔が一転し、大笑いしながら納得している。
そんな二人の横で、レオニスがスーン……とした顔で「お前ら、ホンット酷ぇよね……」と呟いているような気がするが。多分気のせいだろう。キニシナイ!
「あ、そういえばフェリックスさん、フェリックスさんは『龍虎双星』というパーティーをご存知ですか?」
「ン? 龍虎双星か? もちろん知ってるぞ。男二人、女三人の若い五人組パーティーだよな?」
「そうですそうです、龍虎双星の皆もこのビナーの街にいるって話を聞きまして」
「おう、あいつらもこの街で精力的に薬草採取をこなしててな。着実に貢献度を上げてるし、見どころのあるやつらだよな!」
ライトの問いかけに、フェリックスの顔がパァッ!と明るくなる。
龍虎双星のクルト達がフェリックスのことを知っていたように、フェリックスもまたクルト達のことをよく知っているようだ。
「てゆか、坊っちゃん達もクルト達のことを知ってんのか?」
「はい。クルトさん達がラグナロッツァにいた頃に知り合いまして、先日の歓迎会にも駆けつけてきてくれたんです。その時に、クルトさん達がビナーの街を案内してくれるって約束したんです」
「そうかそうか、あいつら、ビナーの街の案内を買って出たのか!……って、ン? 歓迎会って何だ?」
「ぼくの冒険者登録を祝う会を、こないだレオ兄ちゃんやラウルや皆がラグナロッツァ総本部の直営食堂で催してくれたんです」
「何だとぅッ!? そんな祭りがあっただなんて……俺も行きたかった……」
ライトの歓迎会がラグナロッツァで行われたと知ったフェリックス、がっくりと膝から崩れ落ちた。
聞くところによると、その時フェリックスはちょうど別の街に出かけていて、ライトの歓迎会のことを知る状況になかったようだ。
「くッそー、ネツァクの街までの護衛の仕事なんぞ受けなけりゃよかった……」
「い、いや、それはさすがにどうかと……」
「おい、レオニス!今からこのビナーの街で、坊っちゃんの歓迎会の二次会をする予定はねぇのか!?」
「ンな無茶言うなって」
ライトの歓迎会に参加できなかったことを、フェリックスが非常に悔しがっている。
確かにその時期にビナーの街にいれば、クルト達のように歓迎会の話を聞きつけて参加することができただろう。
フェリックスだけタイミングが悪かったのは可哀想だが、かと言ってこのビナーの街で二次会をやれ!とは無茶振りにも程がある。
そもそもライト自身、このビナーの街を訪ねるのは初めてであり、然程深い縁がある街でもないのだから。
するとここで、レオニスが話を戻すべくフェリックスに声をかけた。
「つーか、フェリックス、今日も薬草採取の依頼を受けるんか? もし受けるなら、俺達も同行させてもらいたいんだが」
「ン? そうだな、今日も薬草採取に出かけるつもりだ。……って、それには薬草採取の依頼書を確保しなきゃな。ちょっと待ってろよー、俺が良いヤツ選んでやるからよ」
「よろしく頼む」
レオニスの問いかけに、フェリックスがはたとした顔で応える。
今日レオニスがここに来たのは、ライトに薬草採取の依頼の現場を見せてやるため。
『薬草採取のプロフェッショナル』という二つ名?を持つフェリックスの依頼についていけば、きっと学べることも多いに違いない。
我に返ったフェリックス、すぐ後ろにある依頼掲示板の方に向き直り、依頼書の選定を開始した。
フェリックスはこの街に長期滞在しているらしいので、どの依頼が割が良いか等見分けがつくのだろう。
そうしてフェリックスが三枚の依頼書を掲示板から手早く剥ぎ取り、振り返りながらライト達に話しかける。
「よし、今日はこの三つをやるぞ。今から受付してくるから、レオニス達もついてきな」
「おう」
「はーい!」
フェリックスの呼びかけに、ライトとレオニスが素直に応じて後ろをついていく。
そうして受付窓口に続く列に並び、フェリックスの順番が来た。
「よ、マリノちゃん、おはよう」
「フェリックスさん、おはようございますぅー」
「マリノちゃんは今日も綺麗だな!」
「あらヤダ、フェリックスさんってば。毎朝同じことを言ってくださいますが、飽きませんかぁー?」
「飽きない飽きない!」
受付窓口でキビキビと働く受付嬢に、フェリックスが朝の挨拶とともに気安く話しかけている。
その受付嬢は、ラベンダー色ではなくインディゴブルーの制服を着ている。
冒険者ギルドビナー支部の受付嬢は、マリア十二姉妹の九女マリノだった。
ライトの冒険者としての見識を広げるために、ビナーの街にレオニスと二人でお出かけです。
第1599話のライトの歓迎会での話の流れで、龍虎双星とフェリックスに会いに行きがてら、ライトの今後の勉強のためにも薬草採取の現場を間近で見せてやろう!というのが今話の趣旨ですが。
それよりも前に第1216話で出ていた、アマロの結婚式終盤でのレオニスの発言『近いうちにフェリックスを訪ねにビナーの街に行くぞ?』という言葉も実現させたかった、というのがあります。
ぃゃー、フェリックスにしてみたらレオニスの突然のビナー来訪なんてびっくり仰天でしょうけど。
作者としては、バッカニア並みに軽いフェリックスもお気に入りの子なので、こうして再登場させることができて嬉しいです( ´ω` )
 




