第1581話 主役達への贈り物・その五
神樹ユグドラツィのもとで始められた、ライトとユグドラツィの誕生日パーティー。
スペシャルゲストであるご近所さん達からの心尽くしのプレゼント進呈も粗方済み、残るはラウルとレオニスとなった。
レオニス達の前では、ラキとニルが水の女王とアクアとともに新しく作る予定の泉について活発に話し合っている。
その様子をにこやかに見守っていたレオニス達だったが、ここでラウルが先んじてユグドラツィに話しかけた。
「さ、そしたら次は俺からのプレゼントだな」
「えッ、あ、ちょ、待て、ラウル!抜け駆けは許さんぞ!」
「抜け駆けも何も、こんなもん早い者勝ちに決まってんだろうが。今日の大トリも、ご主人様に任せたからな」
「ぐぬぬぬぬ……」
ラウルに先を越されて大トリ指名されたレオニス、ぐぬぬと歯軋りしている。
先日のフラムの誕生日でも、レオニスはラウルに先を越されて大トリを務める羽目になった。
今日も出し抜かれて悔しがるご主人様のことなど、キニシナイ!とばかりにラウルがライトに声をかけた。
「まずはライトからな。俺からのプレゼントは、これだ」
ラウルがライトに声をかけながら、空間魔法陣を開いて何かを取り出した。
それは、一振りの小刀だった。
「それは……ぼく専用の武器?」
「武器っつーか、まぁ基本的には護身を兼ねた採取用だけどな。ライトも冒険者になったことだし、ちゃんとした刃物系の武器の一つも持ち歩いた方がいいだろうと思ってな」
「ありがとう、ラウル!ここで今、中身を見てもいい?」
「もちろんだ」
ラウルから受け取ったばかりの小刀を、早速ライトが鞘から抜いて小刀をまじまじと見入っている。
刀身は淡い黄金色に輝いていて、とても綺麗な色合いだ。
そしてライトは、この淡い黄金色に見覚えがあった。
「これ、ラウルのオリハルコン包丁と似てる……というか、ほぼ同じ色だよね?」
「正解。これはファングの包丁職人、バーナードに作ってもらったものだ」
「やっぱり!てことは、これはオリハルコン製の小刀ってこと!?」
「そういうこと。バーナードに『オリハルコンペティナイフ』を二本作ってもらってな。これはそのうちの一本。つまり、俺とお揃いだ」
小刀がオリハルコン製と知り、ライトの目が一層輝く。
しかも製作者はファングの包丁職人、バーナードだというではないか。
バーナードはラウルが愛用するオリハルコン包丁の生みの親で、その切れ味はそこら辺の鈍ら武器より余程鋭い。
ちなみにこのペティナイフの柄と鞘は、ともにユグドラツィの枝で作ってもらってあるという。
さすがにユグドラツィの分体までは入れられていないが、神樹の枝で柄や鞘を作るとは、まさに贅を極めたこの上ない逸品である。
しかし、ライトが最も嬉しく感じたのはそこではない。
『ラウルとお揃いの小刀』というところだった。
「ラウルとお揃いだなんて、すっごく嬉しい!ありがとうね!」
「どういたしまして。これを使って、冒険者ギルドの掲示板にある採取系依頼をこなしてくれ」
「うん!」
ラウルの励ましの言葉に、ライトが破顔しつつ大きく頷く。
今日冒険者になったばかりのライトには、すぐにこなせる依頼など指折り数えるくらいしかない。
その数少ない依頼の一つが、薬草等の植物を主とした採取依頼である。
植物の根ごと採取する依頼には刃物は不要だが、中には『葉っぱだけ』『花だけ』『実だけ』という部分的な依頼もある。
そうした依頼なら、オリハルコンペティナイフは十二分に役立つであろう。
そして、新たな得物を得て大喜びするライトに、レオニスが笑顔で声をかける。
「ライト、いいもんもらえて良かったなぁ」
「うん!これからのぼくの冒険者人生に、すっごく役立つよね!」
「間違いない。ただし……そのペティナイフ、あの包丁同様に切れ味も洒落にならんだろうからな。取り扱いは気をつけろよ?」
「分かった!他の人には絶対に触らせないし、ぼく自身も気をつけるね!」
「その意気だ」
ライトの頭をくしゃくしゃと撫でながら、注意を促すレオニス。
ペティナイフとは調理器具の範疇だが、刃物は凶器にも十分なり得る。
ましてやこのペティナイフはオリハルコン製。
空恐ろしいまでの切れ味は、もはや武器として扱うべき代物なのである。
もちろんそれはライトも重々承知しているので、異論や反論などない。
ライトは今もらったばかりのオリハルコンペティナイフを、早速アイテムリュックに仕舞い込んだ。
いそいそとアイテムリュックにペティナイフを収納するライトの横で、ラウルが真上を見上げながらユグドラツィに話しかける。
「さて、そしたら次はツィちゃんへのプレゼントだな。と言っても、俺がツィちゃんにしてやれることなんて、ほとんどないんだがな」
『そんなことはありません!ラウル、私は貴方にはいつも良くしてもらっています!』
「ハハハ、ツィちゃんは優しいなぁ」
『本当のことなのに……』
自身を否定するようなラウルの言葉に、ユグドラツィが懸命に反論している。
実際のところ、ラウルは神樹族や属性の女王達のように他者に加護を与えられるような、いわゆる高位の存在ではない。
どれ程才能に溢れていても、その出自はプーリアという極々普通?の妖精。
だからラウルとしては謙遜ではなく、本当に大したことはできない、と思っているのだが。ユグドラツィにとっては聞き捨てならないらしい。
「今回は、ツィちゃんが喜ぶであろう物を用意した。ツィちゃん自身へのプレゼントじゃなくて申し訳ないが」
ユグドラツィに詫びながら、ラウルが空間魔法陣から取り出したもの。
それは、うっすらと淡く光る生成色のリボンのような紐状の布だった。
『それは……リボン、ですか?』
「似たようなもんだが、ちょっと違う。これは通称『天舞の羽衣』といって、プーリアだけが作れる特殊な品だ。要は魔導具みたいなもんなんだが、これを身にまとうと様々な風魔法の恩恵が受けられる。でもって、これをハドリー達全員分を用意した」
『まぁ、うちの子達にそんな素晴らしいものをいただけるのですか!?』
ユグドラツィが喫驚している傍から、ラウルが「ハドリー達、全員集合ー!」と呼びかけてハドリーを招集している。
ラウルがユグドラツィのもとを訪れる度に、いつもハドリー達とも仲良く交流している。
彼ら彼女らにおやつを振る舞うなどの際にも、ラウルが「全員集合ー!」と呼びかけので、ハドリー達もいつもと同じくわらわらと集まってきた。
『ラウルパパ、なァに?』
『美味しいおやつをくれるのー?』
『今日はたくさんご馳走があって、嬉しいー♪』
ラウルの招集に応じ、すぐにラウルのもとに寄ってきた十六体のハドリー。
賑やかなハドリー達に、ラウルが指令?を出した。
「皆、とりあえず一列に並べ。今から一人一人に渡すものがあるから」
『『『はーい♪』』』
ラウルの指示に素直に従うハドリー達。
ラウルはハドリー達におやつを配る際にも、こうして一列に並べさせてから手渡すようにしている。
そうしないと、ラウル特製の美味しいおやつを巡って喧嘩や諍いになりかねないからだ。
一列に整列したハドリーに、ラウルが一本づつ天舞の羽衣のリボンを手渡していく。
それを受け取ったハドリー達は、小首を傾げながら不思議そうにしていた。
『この、紐みたいのは、なァに?』
「それは、俺が作ったリボンだ。それを、どこでもいいから各々好きなところに着けてくれ。女の子なら髪に着けてもいいし、男でも腰や帽子なんかに着けられるだろ」
『『『はーい♪』』』
ラウルから受け取った天舞の羽衣リボンを、ハドリー達が思い思いの場所に着け始めた。
女の子はやはり髪に着けたいようで、女の子同士で三つ編みの結び目に結ったりしている。
一方で男の子達は、被っている帽子を外して帽子にぐるりと天舞の羽衣リボンを着けたり、あるいは半ズボンのベルトのバックルに結びつけたり、マフラーのように首に巻いたりする者もいた。
「よし、全員リボンを着けたな。そしたら皆、ちょっと飛んでみな」
『???……!?!?!?』
天舞の羽衣リボンを着けたハドリー達が、ラウルの指示に従い宙に浮き始めた。
その次の瞬間、ハドリー達の顔が驚愕に染まった。
『何コレ、身体がすっごく軽い!?』
『私、飛ぶの苦手なのに……いつもより上手に飛べてる!?』
『わーい、楽しーい♪』
ふわふわを宙を飛ぶハドリー達が、自身の身体の変化に即座に気づき、皆楽しそうにそこら中を飛び回っている。
ハドリーはラウルと同じく木の性質を持つ精霊だが、実はラウルとはかなり性質が異なる。
ラウルはフォレットという木から生まれた妖精だが、フォレットの木から直接生まれたのではなく、葉に溜まった朝露から生まれた。
そしてプーリア族自体が風属性を持つ妖精なので、空を飛ぶのも得意中の得意だ。
しかし、ハドリーは違う。
その性質は、風属性ではなく地属性寄り。その身軽さで本物の風に乗って飛ぶことも可能ではあるが、どちらかというと飛ぶこと自体がかなり苦手なのだ。
そんな彼ら彼女らが、ラウル特製の天舞の羽衣リボンを持つとどうなるか―――それは、今ライト達の周りを嬉々として飛び回るハドリー達を見れば一目瞭然である。
『ラウルお兄ちゃん、この紐スゴいね!』
『飛ぶのが簡単で、すっごく楽しい!』
『これならツィママより高く飛べそう♪』
口々に喜びを表すハドリー達に、ライトも嬉しそうに頷いている。
ただし、一人のハドリーが呟いた何気ない一言に、ラウルが即座に反応した。
「こらこら、絶対にツィちゃんより高く飛ぶなよ? これはお前達を危険に晒すためのものじゃない。身軽になって自分の身を守りやすくしたり、ひいては自分で動けないツィちゃんを守ってもらうためのものなんだから」
『分かった!』
『僕達がツィママを守る!』
『私も私も!』
「分かってくれたか」
ラウルの意図を知ったハドリー達が、力強く頷く。
ラウルは何も飛ぶのが苦手なハドリー達を手助けするためだけに、天舞の羽衣リボンを全員に渡したのではない。
ハドリー達が飛行が得意になれば、それだけ外敵に対しても取れる手段が増えるということだ。
例えばそれは、ハドリー達が力を合わせて外敵を排除したり、あるいは近所に住むライトやレオニスに助けを求めたり。
つまりラウルは、ハドリー達にユグドラツィの護衛としての能力強化を期待して天舞の羽衣リボンを渡したのである。
そうしたラウルの思いを知り、ユグドラツィもまたハドリー達に声をかける。
『皆、ラウルの言う通りですよ。貴方達が空を飛ぶことが得意になるのは、私もとても嬉しいですが……私の目の届かないところまで飛んで、あまりに遠くまで飛び過ぎて迷子になったり、ここに帰ってこられなくなりでもしたら……』
『ツィママ、安心して!絶対にそんなことしないから!』
『私達、ツィママから離れるなんてこと、絶対にしないもん!』
『だから、心配しないで!僕達、飛ぶ時にはよーく気をつけるから!』
『皆、分かってくれてありがとう……』
ハドリー達が慌てて誓いを立てながら、ユグドラツィの幹にヒシッ!と抱きつく。
大好きなユグドラツィを不安に陥れるのは、ハドリー達の本意ではない。
もとより彼らはユグドラツィのもとを離れる気などさらさらないが、それでも高く飛び過ぎた場合に何が起こるか分からない。
それをラウルとユグドラツィは危惧したのだ。
浮かれるハドリー達もそれをしっかりと自覚したようで、ユグドラツィにべったりと抱きついたまま誰一人として幹から離れようとしない。
そんなハドリー達に安心したのか、ユグドラツィが改めてラウルに礼を言う。
『ラウル、このような素晴らしいものをハドリー達に与えてくれて、本当にありがとう。この御礼は、いつか必ずしますね』
「誕生日プレゼントに礼なんて要らないさ。誕生日というのは、この世に生まれてきてくれたことに感謝するためのものなんだから」
『ラウル……貴方という妖精は、本当に欲がないのですね』
「欲がない? そんなことはないぞ、俺は常に欲望だらけだ」
感極まったように呟くユグドラツィに、ラウルが事も無げに否定する。
そんなラウルに、レオニスが即座に相槌を打つ。
「ツィちゃん、ラウルの言う通りだぞ? こいつにはしたいこと、やりたいことが山ほどあって、それを叶えるために冒険者になったくらいだからな」
「そうそう、ご主人様の言う通りだ。冒険者ほど俺に適した仕事はないからな。蟹や貝の殻をもらうだけで金が稼げるんだから」
「お前な、殻運びだけが冒険者の仕事じゃねぇぞ?」
「もちろん分かってるさ。他にも冒険者ギルドの売店で買い物したりしてるぞ?」
「それはもはや仕事とは言わん……そんなもん、ただの買い出しだ」
呑気なことを言うラウルに、レオニスが思わず脱力する。
確かにレオニスの言う通りで、ラウルがいつもこなす殻処理依頼も立派な冒険者の仕事の一つだが、冒険者ギルドの掲示板に出されている依頼はそればかりではない。
むしろ殻処理以外の依頼の方が圧倒的に多く、それらも積極的にこなしていくべき仕事なのだ。
するとここで、ライトがラウルに声をかけた。
「そしたらラウル、今度ぼくといっしょに何かお仕事しようよ!」
「お、それいいな。冒険者登録したばかりのライトには、先輩である俺が指導してやらんとな」
ライトの誘いにラウルが即座に応じる。
そんな二人の会話に、レオニスが泡を食ったように割り入った。
「え、ちょ、待、ライト、俺は!? 俺だって、ライトの初めての依頼とかいっしょについて行きたいぞ!?」
「あ、うん、もちろんレオ兄ちゃんにも指導してもらいたいな!レオ兄ちゃんも、冒険者の大先輩としてよろしくね!」
「ぉ、ぉぅ、分かってりゃいい……指導なら任せとけ、ラウルともどもビシバシ鍛えてやるから」
ニコニコ笑顔でレオニスの同行を認めるライトに、それまで大慌てだったレオニスが一転して照れ臭そうにゴニョゴニョと呟く。
弟の言動に一喜一憂する兄。この兄こそが、当代随一にして世界最強の冒険者だというのだから面白いものだ。
仲睦まじい兄弟のやり取りに、ユグドラツィの枝葉がワシャワシャと嬉しそうに揺れ動く。
そして他のご近所さん達も、クスクスと笑いながらそのやり取りを見守っていた。
うおーん、今日も昼近くなってもたー><
しかもラウルとレオニス、二人分まとめて出すつもりだったのに。何だかんだと予想以上に文字数食って、結局ラウル一人分だけになってもたー><
レオニスの分は次回に回しますぅー_| ̄|●




