第1575話 新たな出会いと交流
神樹ユグドラツィのもとで始まった、ライトの誕生日パーティー。
ライトはユグドラツィの根を背凭れにして地面に座り、ご近所さん達はライトを中心に円状に取り囲むようにして向かい合う形で座っている。
ライトの誕生日を祝うべく集まってくれた、多数のご近所さん達。
彼らをここに呼んだのは、レオニスとラウル。
実はこの日より数日前に、ライトの誕生日パーティーを開催することをラウルが前もって彼らに伝えていた。
その時の予定では、午後の二時頃に集まる予定だった。
しかし、ライト達が冒険者登録を終えて帰ってきたのが午前八時より前。完全に予想外のことに、ラウルは慌ててレオニスとともにご近所さん達に急いで声をかけ回っていたのだ。
「いやー、こんなに早い時間に開始できるとは思ってなかったからな。ご主人様にも手伝ってもらって、皆に昼飯もご馳走するつもりで急いで集まってもらったんだ」
「そっかー。だから正午に集合ってことにしたんだね」
「そゆこと」
ライトの話にライトが納得している。
実のところ、ライトも不思議には思っていたのだ。
身内だけでやる誕生日パーティーなのに、何故四時間以上も後の正午を集合時間に指定したんだろう?
ラウルなら前もってたくさんのご馳走を用意してあるだろうから、それをツィちゃんのところでちゃちゃっと出せばすぐにでも始められるのに……と。
だが、ご近所さん達にも誕生日パーティーに来てもらうことは、ライトへのサプライズとして伏せられていた。
ナヌスにオーガ、目覚めの湖に暗黒の洞窟、これらのご近所さん達に誕生日パーティーの開催時間が早まったことを知らせるために、時間の猶予が必要だった訳だ。
「ラウル、ぼくのためにいろいろしてくれてありがとうね」
「どういたしまして。今日は小さなご主人様の大事な日だからな。執事としてこのくらいはやって当然のことだし、何よりここにいる皆が、心からライトの誕生日を祝いたいと思ってくれている」
「本当にありがといことだよね!」
改めてラウルに礼を言うライトに、ラウルが優しく微笑みながらライトの頭をくしゃくしゃと撫でる。
こんなにも有能な執事がいてくれることに、ライトはただただ感謝しかない。
この和やかなやり取りを見ていたニルが、ご機嫌な様子でライト達に声をかけてきた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いやー、ライトは本当に賢くて良い子で、実に将来が楽しみじゃのう!」
「いえいえ、ぼくなんてレオ兄ちゃんに比べたらまだまだです。でも、今日ようやくレオ兄ちゃんと同じ冒険者になれたんです!」
「ほう、冒険者とな。冒険者とはどのようなことをするのだ?」
「人族の冒険者というのはですねぇ、世界中を旅して回って―――」
ご近所さん達の中でも、一際ご機嫌で陽気なオーガ族長老のニル。
自前で持参してきた秘伝の酒を、これまた自前の巨大お猪口で何度もクイーッ!と飲み干している。
そしてニルの持つ巨大なお猪口が空になる度に、ライトが巨大な徳利を両手で持ち秘伝の酒を注ぐ。
それはまるでサラリーマンと上司の飲み会なような図だが、ライトはニルのことが大好きなので何も問題はない。
ただし、ニルと違って酒を全く飲まないレオニスがチクリと釘を刺す。
「おいおい、ニル爺、あまり飲み過ぎてここで潰れるなよ?」
「何じゃとう? 角なしよ、『オーガの蟒蛇』の異名を持つ儂を舐めるでないぞ?」
「ニル爺ェ、そんな異名まであんのかよ……おい、ラキ、ニル爺が潰れたら責任持って家まで連れて帰れよ?」
「うむ、承知した」
「何なら罰ゲームも兼ねて、ニル爺をお姫様抱っこして連れて帰れ」
「それは断る。何故に我がニル爺を姫扱いせねばならんのだ」
ガハハハハ!と機嫌良く豪快に笑うニルに、レオニスとラキが渋い顔をしながら飲ん兵衛対策を練っている。
レオニスが何気にブチ込んだ『ラキがニルをお姫様抱っこして連れ帰る』という提案。
筋骨隆々のオーガ族同士、しかもお姫様抱っこされるのが酔い潰れた爺オーガとか、想像するだけで壮絶に寒い。
ラキが語るところによると、本当は今日はリーネとともに夫婦でお祝いに来るつもりだったらしい。
だが、ライトの誕生日を祝う会と聞いたニルが、どーーーしても自分も行きたい!絶対に行く!と、それはもう猛烈にごねたのだという。
仕方がないのでリーネに留守番を頼み、ラキとニルが中央のオーガの代表として誕生日パーティーに駆けつけたのだそうだ。
「泣く子とゴネる爺には勝てぬってか。ラキも大変だな……」
「まぁな……うちの我儘な年寄り連中を束ね檄を飛ばすのは、ニル爺の重要な仕事の一つなのでな。たまにはニル爺のご機嫌も取っておかねばならんのだ」
ラキの苦労を知り、若干の哀れみとともに労うレオニス。
親友の心からの労りに、ラキもふぅ……と深いため息を一つつきながら、レオニスがラキのお猪口に注いだ秘伝の酒をクイッ、と煽る。
中央のオーガの里の族長はラキだが、前族長にして現長老であるニルの影響力は未だに無視できないものがあるらしい。
するとここで、上機嫌なニルが真向かいにいるクロエに向かって声をかけた。
「儂の二つ名の『蟒蛇』とは大蛇のことを指すのだが……そこにいるお嬢さんは、大蛇族なのか? にしては、上は人族のようだが……」
『ン? ココのこと?』
「そう。お嬢さんの名はココというのか、可愛らしい名だの」
『ウフフ、ありがとう!』
「失礼ながら、お嬢さんがここに来られた理由を聞いてもよろしいかな? 先程ライトのことを、お兄ちゃんと呼んでおったようじゃが……」
ニルに話しかけられたクロエが、己の顔を指差しながら問い返している。
ニル達オーガ族は、暗黒の洞窟にいる闇の女王やクロエとは面識がない。
しかし、この場にいるからにはライト達の親しい関係者であることは間違いない。
ニルがクロエのことを気にするのも当然だった。
『ココはね、暗黒の洞窟にある暗黒神殿に住んでいるの。でもって、ココはライトお兄ちゃんの妹で、パパの娘なのよ!』
「ぬ? パパとは誰のことぞ? ……もしかして……」
『パパはパパよ? そこにいる、紅い服を着たレオニスパパ!』
「何ッ!?」
ニコニコ笑顔でライトとレオニスとの関係を披露するクロエの言葉に、ニルがガビーン!顔でレオニスに詰め寄る。
ライトに対するお兄ちゃん呼びも不思議と言えば不思議だが、それより何よりレオニスをパパと呼ぶことの方が億万倍も衝撃が強かったようだ。
「角なしよ、お前……一体いつの間に結婚したのだ!? しかも儂に黙って、こんなに可愛らしい娘の父親になりおって……」
「え"ッ!? 違ぇよ!ココは暗黒神殿の守護神で、まだ孵化していない神殿守護神の卵の孵化を手伝っただけだ!」
「角なしめ……何故我らに嫁や娘を紹介せんのだ!水臭いにも程がある!」
「だから!俺んとこにはまだ嫁なんて来てねぇよ!」
顔面10cm未満までグイグイと迫るニルに、レオニスが両手をニルの頬を鷲掴みしながら全力で押し返そうとしている。
確かにクロエの口から出た言葉は、額面通りに受け取ったらかなり衝撃的な内容だ。
しかし、正真正銘未婚のレオニスにしてみれば、それはある意味冤罪にも等しい。
故にレオニスは、クロエからパパと呼ばれるに至った経緯を必死に説明していた。
しかし、既に少し酔いが回っているのか、レオニスが実は既婚者だった!というニルの壮大な勘違いが一向に解けない。
レオニスの言い訳にも耳を貸さず、ニルがなおもクロエに話しかける。
「ココとやら、其方は本当にこの角なし……いや、レオニスの娘なのか?」
『うん!パパはココのパパよ!』
「そうか……」
ニルの質問に何の疑いを持つことなく、ニパッ!と屈託ない笑顔で応えるクロエ。
その無邪気な笑顔に、ニルが真面目な顔でクロエに語りかけた。
「レオニスは、我らオーガ族の大恩人。その大恩人の愛娘とあらば、我らにとっても其方は丁重にもてなすべき貴賓である。もし良ければ、いつでも我がオーガの里に遊びに来てくれ。里の者達一同、心より歓迎しよう」
『ホント!? 嬉しい、ありがとう!』
ニルの真摯な誘いに、クロエの笑顔はますます輝く。
そして胸元のブローチに向けて『ママ、オーガの里に遊びに行ってもいい!?』と嬉しそうに話しかけている。
これはもちろん黒水晶の中にいる闇の女王に話しかけているのだが、ニルやラキはそのことをまだよく知らないので、自分の胸元に話しかけるクロエの行動が理解できない。
二人して「ン? この娘は一体何に話しかけているのだ??」という顔をしていた。
そして闇の女王の方はというと、クロエの問いかけに対し『そうですな、その時はレオニスやライトにも同席してもらうのがよろしいかと』という肯定的な返事をしていた。
ニルはまだクロエの正体―――彼女が暗黒神殿守護神であることをよく理解していないため、一見不遜な態度に思われがちだが、闇の女王がそれに激怒することはない。
クロエはこれからも外の世界の広さを知り、学んでいく必要がある。
そのためには、まずはご近所付き合いを深めていくことこそが最善の道だということを、闇の女王も理解していた。
オーガ族と暗黒の洞窟の主達は、まだ出会ったばかりで互いのことをよく知らない同士。
だが、ライトやレオニス、ラウルといった親しい者達を通して、新たな出会いと交流を得ている。
彼ら彼女らの和やかな様子に、ライトは心温まる思いで微笑みながら見つめていた。
ライトの誕生日パーティーを介しての、様々な出会いのひとコマです。
……って、今回はオーガ族と暗黒の洞窟の主達の話だけで4000字近くになってもた><
他にもナヌスや目覚めの湖の面々がいるってのにー_| ̄|●
全くもー、それもこれも全部酔っ払ったニル爺のせいよ!(`ω´) ←八つ当たり
ライトがいつも標榜している『円満なご近所付き合いは大事!』を、誕生日パーティーという場でも実践したようなもんですが。
でもでも、久しぶりに出てきたラキやニルの戯れや、初対面のクロエとのやり取りを書くのは結構楽しかったりします。
この出会いは、いずれオーガ族やクロエ達に良い出来事をもたらしてくれるでしょう( ´ω` )