第1573話 ライトのおねだり
転職神殿でミーア達と別れ、カタポレンの家の自室に戻ったライト。
時刻は正午の十五分前。今からライトが全力で飛んで向かえば、ラウルとの約束である正午に十分間に合うはずだ。
着ている服やマントはこのままでいいし、アイテムリュックもカタポレンの森の外では常に身につけているので、そのままの出で立ちだでユグドラツィのもとに向かえばいい。
約束の時間に遅刻しないよう、ライトは早々に部屋を出た。
すると、廊下でレオニスとかち合った。
ばったりと向かい合ったライトとレオニス。
先に口を開いたのは、レオニスの方だった。
「お、ライト、帰ってきたか。おかえりー」
「あ、レオ兄ちゃん、ただいまー。今からツィちゃんのところに行こうと思ってたんだけど、レオ兄ちゃんもまだ家にいたんだ?」
「いや、俺はライトを迎えにさっき帰ってきたばかりだ」
「あ、そうなの? ごめんね、待たせちゃった?」
「いや、そんなに待ってた訳じゃないから大丈夫」
「そっか、なら良かった」
もうすぐユグドラツィのもとで誕生日パーティーが始まるというのに、レオニスがカタポレンの家にいたことがライトには不思議だった。
しかしその理由、ライトを迎えるために一旦家に戻ってきていたと聞けば納得だ。
「さ、早いとこツィちゃんのところに行くぞ。もう正午になるし、皆ライトの到着を待っているからな」
「うん!」
約束の時間が迫り、レオニスがライトを促す。
レオニスの言葉にライトが同意し、二人して玄関に向かいカタポレンの家の外に出た。
するとここで、ライトがレオニスに声をかけた。
「あ!ねぇ、レオ兄ちゃん!一つお願いがあるんだけど……いい?」
「ン? 何だ?」
何故かライトが照れ臭そうにモジモジしている。
レオニスに何か頼みたいことがあるようだ。
「あのね、その……今からツィちゃんのところに行くでしょ?」
「おう、それがどうかしたか?」
「ツィちゃんのところまで行くのに、久しぶりにおんぶしてほしいんだけど……ダメ?」
「…………」
両手の人差し指を絡ませながら、上目遣いでレオニスにおねだりをするライト。
ライトがレオニスに頼みたいこと、それは『ユグドラツィのところまで、おんぶで連れていってほしい』だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ライトは辻風神殿守護神の青龍ゼスの鱗を飲み込み、その力を取り込むことで飛行能力を得た。
それまでのライトは、空中飛行が必要な場面ではレオニスやラウルにおんぶしてもらいながら移動していた。
子供のライトどころか普通の人族は飛べないものなのだから、それはある意味当然のことで致し方ないのだが。
ライトとしては、いつも足手まといになっていることがもどかしくて歯痒かった。
そんな悔しい思いをしていたライトだったが、青龍の力を得て以来ライトは一人で自由に空を飛べるようになった。
移動のしやすさは格段に上がったし、普通の人族なら到底辿り着けないような場所でも行ける。これは本当にすごいことだ。
そしてライトが何より嬉しかったのは、飛べないことで常にレオニス達の足手まといだった状況を脱却できたこと。
これは本当に良かった、とライトは心の底から思う。
しかし、それでも時折ふと思う。
レオニスやラウルと様々な場所に出かけて、彼らの広い背中にくっついて空を飛んでいたあの頃。
その時のことを思い出す度に、胸踊るようなワクワク感と楽しさは別格だったな……と懐かしく思う時があるのだ。
そしてそれは、レオニスも同じだった。
ライトが冒険者を目指すようになってから、ライトは日々の修行
でメキメキと力をつけていった。
カタポレンの森の木々の間をスイスイと駆け抜け、エリトナ山のような険しい山でさえよ軽々と登るような体力だって得た。
自身の夢を叶えるために、ライトが日々努力し力を得ていく姿を見守るのは、レオニスにとっても非常に喜ばしいことだ。
それは決して親の欲目でもなければ兄の欲目でもなく、純粋に冒険者としての公平な目で見ても素晴らしい成果である。
その反面、ライトに頼られることがだんだんと少なくなっていくことに、レオニスはほんの少しだけ寂しさを感じていた。
ライトはまだ十歳の子供だってのに……あまりにも優秀過ぎて、俺の手から離れていくのが早過ぎだろ……俺が十歳の頃なんて、グラン兄の後ろを追っかけるだけで何もできなかったぞ?
レオニスはいつもそんなことを思っていた。
ライトの劇的な成長は、養い親としては嬉しくもあり、兄としては寂しくもあり。レオニスの胸中は、なかなかに複雑だった。
だから今回のライトのおねだりは、レオニスにとっても嬉しく感じるものだった。
そう、いくらライトが冒険者登録を果たしたといっても、ライトはまだ十歳の子供。
子供なんだから周囲の大人に甘えて当然だし、それが許されるのは今だけなのだ。
願いを口にした後も、レオニスの前で照れ臭そうにモジモジとしているライト。その姿は年相応で何とも可愛らしい。
いつもはしっかり者のライトが珍しく甘えてきたのが余程嬉しかったのか、レオニスがライトの頭をくしゃくしゃと撫でながら嬉しそうに笑う。
「おう、いいぞ。久しぶりにおんぶで空を飛ぼうか」
「うん!!」
「何ならおんぶじゃなくて、王子様抱っこでもいいぞ?」
「え"ッ!? それは要らない!おんぶだけでいいから!」
「アハハハハ!そっか、そりゃ残念だ!」
レオニスの快諾に、ライトの顔がパァッ!と明るくなる。
だが、その後に出てきたレオニスの提案『王子様抱っこ』はいただけない。
それはいわゆる『お姫様抱っこ』を男の子用に言い換えただけで、実質的にはお姫様抱っこと何ら違いはないのだから。
破顔しながら高らかに笑うレオニスに、ライトがレオニスの背後に回り込み背中に飛びついた。
「ぼくの特等席はここ!おんぶだけでいいからね!」
「はいよー。そしたらしっかり捕まってろよー」
「うん!」
レオニスの背中に飛び乗ったライト。
お姫様抱っこを回避するためにライトが取った強行策だが、レオニスはそれを受け入れて背中に手を回し、ライトの身体を支えておんぶする。
そしてレオニスの身体がふわり、と宙に浮く。
ライトをおんぶしたレオニスは、いつもよりゆっくりめの速度で神樹ユグドラツィのもとに飛んでいった。
ライトの誕生日パーティー第一部が無事終わり、さぁ次からは大本命であるツィちゃんのところでの誕生日パーティー第二部が始まるぞ!……と思ったら。家を出ただけで、まだ会場入りできていないという(´^ω^`)
しかし、ライトとレオニスの久しぶりの仲睦まじい兄弟としてのやり取りがですね、かなーりほのぼのとしていて楽しかったので。この余韻を存分に残すべく、ここで一旦締め。
作中でも書きましたが、ライトが自力で飛行できるようになったのはつい最近のこと。話数で言えば第1137話からですね。
……って、400話以上経ってますけど。作中時間では八ヶ月半くらいですか。
それまでのライトは、例えばユグドランガがいる地底世界や風の女王がいるフラクタル峡谷、金鷲獅子アウルムが住むコルルカ高原などの険しい地形の場所に行く際には、レオニスやラウルにおんぶしてもらわなければ同行できませんでした。
それが、青龍ゼスのおかげでライト一人で飛べるようになり、作者としてもだいぶ話を広げることができて大助かりなのは間違いありません。
ですが、初期の頃の非力なライトがレオニスにくっついて動いているのを書くのも、作者的には楽しくて好きだったんですよねぇ。
作中に出てきた『王子様抱っこ』などは、第58話や第67話という超初期も初期の大昔、懐かしい話です。
第67話なんて、王子様抱っこを回避するために木登りの小猿になってましたし( ̄m ̄)
こういう、非力な子供ならでは&大人に頼ったり甘えたりする場面が減って寂しく思うのは、何もレオニスばかりではないということですね(´^ω^`)




