第1550話 腕相撲四番勝負・その二
東のオーガの里近郊で行われた、人族 vs. オーガの腕相撲対決。
二戦目の対フィルマン戦も、レオニスの勝利に終わった。
今回も約三十秒で決着がつき、敗れたランベルトががっくりと項垂れている。
「くそッ……どうしてこんなことに……チェスワフさん、俺、どうすればいいんでしょう……死んで詫びる他ないですよね……?」
「馬鹿者。こんなところで命を落とすことなど許さん」
「ですが……これ以上、オーガの名誉を地に落とす訳には……」
「フィルマン、いいから今は余計なことを考えず、後は私達に任せておけ」
「……はい……」
チェスワフがフィルマンの脇を抱えて立ち上がらせ、先に負けて未だに項垂れているランベルトの横に座らせた。
二人ともレオニスに敗れたことが余程ショックなのか、放心状態で俯いてしばらく立ち直れそうにない。
対戦相手は残すところあと二人。
東のオーガ四人組のリーダーであるチェスワフと、三人の若者の最後の一人リクハルド。
二人が向かい合う形で話し合いをしている。
「チェスワフさん……これ、どうすりゃいいんですか……」
「……次は私がいこう」
「え!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ!そしたら俺が殿を務めるってことですか!?」
「そうだ。私が奴に勝てれば一番いいが、そう簡単には勝たせてくれんだろう。だからこそ、ここで私が少しでも奴の体力を削り、最後の四番手であるお前に勝利を託す。その方が我らの勝ち目が高くなるはずだ。何故ならお前は私よりもはるかに若く、そして力があるからな」
「そ、それは……そうかもしれませんが……」
チェスワフが明かした最後の作戦に、リクハルドが思いっきり動揺している。
リクハルドとしては、三番手は自分でリーダーであるチェスワフが一番最後に相手をするものだと思っていたのだ。
その予想が完全に外れて、自分に大トリの大役が回ってきたのだから、リクハルドが喫驚するのも無理はない。
しかし、チェスワフの作戦が最も有効性が高いのはリクハルドにも分かる。
ここは年功序列だの何だのよりも、確実に勝利を取りにいかなければならない。
「……分かりました。チェスワフさん、頑張ってください!」
「ああ。お前はランベルトとフィルマンを見ててくれ」
「はい!」
切り株という戦場に颯爽と向かうチェスワフ。
その頼もしい背中を、リクハルドは熱い眼差しで見送っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「三番手は私が出る。……今度こそ終いにしてやろう」
「おう、俺は誰が相手でも構わんぞ。全員とやるつもりだからな」
「その減らず口を叩けないようにしてやる」
三番目の対戦相手として進み出てきたチェスワフに、レオニスは相も変わらず煽るような言い方で返す。
そして両者が切り株の土俵の上に右肘を置き、三回目の腕相撲が始まった。
結果はレオニスの勝ち。今回はチェスワフが思いの外粘り、一分半近くかかっての決着だった。
オーガ相手の腕相撲、しかも休むことなく三連戦ともなると、さすがのレオニスでも少々厳しい。
レオニスはすかさず空間魔法陣から一本の瓶を取り出し、栓を開けてすぐさま一気に飲み干した。
それは、薬師ギルドが開発した新製品、濃縮エクスポーション。
通常のエクスポーションの三倍濃縮品で、薬師ギルドの専売品として今年の五月一日から発売開始となった。
そのお値段は1500Gとかなりお高いように思うが、実はそんなことはない。
通常のエクスポーション三本分は1800Gなので、それより300G割安というお手頃価格なのである。
「さ、こっちはまたいつでもいいぞ」
「………………」
腕相撲対決四番勝負の最後、リクハルドはもう言葉が出ない。
砂色の肌があからさまに青褪めていて、心なしか身体まで小刻みに震えている。
この勝負の勝敗が自分の肩に一身にかかっていると思うと、重圧に圧し潰されそうだ。
こんな状態で万全を期せる訳がない。
最後の勝負も約一分程度でレオニスの勝利に終わった。
「この勝負、レオニスの勝ち!」
審判役のガイが、レオニスの右手を高々と上げながらその勝利を宣言した。
それまで事の次第をずっと見守っていたテオやノアも「おー、やーっぱすげーなぁ!」「ここでも優勝しちまうとは!さすがは【角持たぬ鬼】だぜ!」と大絶賛している。
そんな中央のオーガ達に、レオニスが「お前らまでそのおかしな二つ名で呼ぶんじゃねーよ」と苦言を呈していた、その時。
先程敗けたばかりのリクハルドが大声で叫んだ。
「こんな茶番は無効だ!」
「……ン? 今何て言った?」
「だから!こんな腕相撲勝負なんかで、力の優劣を決められる訳がないって言ってんだ!」
「だったらどうするんだ?」
「そんなの決まってるだろ!コレだ!」
冷ややかな声で問いかけ続けるレオニスに、リクハルドが己の拳を握りしめて前に突き出す。
それは拳を使った優劣の決着、つまりは殴り合いを指し示していた。
このちゃぶ台返しに、レオニスは憤慨することなく冷静に答え続ける。
「ほう、拳で殴り合いをしたいってのか。俺は別に構わんがな」
「……絶対に、跡形も残らない程潰してやる」
涼しげに勝負を受けるレオニスに、リクハルドが悔しげに歯を食いしばり殺意丸出しで凄む。
だが、この剣呑な空気に割り込む者達がいた。
「おい、リクハルド、それはやめろ」
レオニスを背にしてリクハルドの前に立ちはだかったのは、ガイ達三人だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
同胞であるガイ、テオ、ノアがレオニスを庇い、異論を唱えてきた。
このことに、リクハルドが憤慨する。
「お前ら!何故邪魔をする!?」
「邪魔するも何も、もう既に勝負はついたじゃねぇか」
「そうそう。レオニスはお前ら四人に腕相撲で勝負して、見事に全員に勝っただろ」
「俺ら三人が立会人として見てたんだから、勝敗は覆らんぞ?」
「…………」
ガイ達三人のド正論に、リクハルドは言葉に詰まり言い返せない。
しかし、このままでは東の里のオーガ達の負けが確定してしまう。
それだけは何としても避けたいのか、リクハルドは何とか必死に食い下がり始めた。
「だ、だが!腕相撲なんかで強さの証明がしきれる訳ないだろ!?」
「その、たかが腕相撲なんかで負けてる時点で話になんねぇだろ」
「し、しかし!最初から殴り合いしていれば、人族なんかに負けることなど」
「ハァ……お前、馬鹿なの? そうなった方がヤバいから、俺達が必死に止めたってのに」
「……お前らは、この人族の味方なのか!? 何故我ら同胞の邪魔をして、人族なんかの肩を持つ!?」
「だぁーからぁー……俺らはどっちの味方でもない、第三者としての審判をしてるっての」
悪足掻きをやめないリクハルドに、ガイ達三人が呆れ顔で受け答えしている。
そんな押し問答がしばし続いたが、そこにレオニスも入ってきた。
ガイの後ろにいたレオニスが、テオの太腿裏をポン、ポン、と手で軽く叩きながら前に出る。
「まぁまぁ、ガイ達もそう熱くなるな」
「ぃゃ、そうは言ってもな? これはさすがに俺達だって見逃せねぇしよ………………ッ!!」
声はあくまで穏やかだったレオニスだが、三人の前に出た瞬間猛烈な威圧を放った。
その尋常ではない威圧には、明らかに殺意と呼ばれるものも混じっていた。
「要は、こいつらは俺の命を取ろうってんだろ? オーガが本気を出して殴り合いするなんざ、普通に決闘と変わらんし」
「そ、それは……」
「ただし、そうなると俺も手加減は一切できんし、生き残るためには魔法もガンガン使わせてもらうことになるが。仕方ないよな?」
「レ、レオニス……ちょ、ちょっと待ってくれ……」
「ああ、火魔法と雷魔法は一応控えるから安心しろ。さすがにこの一帯の森まで焼き払う訳にはいかんからな」
「た、頼む、ちょっと落ち着いてくr」
今度は仲間割れ?し始めたと思しきレオニス達の様子に、それまで劣勢だったリクハルドが再び口を開いた。
「ほ、ほら!そいつだって、勝負の続きをしたがってるじゃないか!」
「ちょ、バカ、やめろって!」
「だいたいだな、さっきの腕相撲だってそいつがインチキしてたんだろ? 勝負の前に必ず何か飲んでたし」
「ありゃ単なる回復剤だろ!?」
「真剣勝負の合間に、勝手に回復剤を飲むこと自体がインチキだろ!いいからここは拳で決着をつけさせろ!」
何とかリベンジに持ち込もうとするリクハルド。
一方でガイ達三人は、今度はリクハルドの暴走を止めようと必死に宥めている。
このままでは、本当にレオニス相手の殴り合いが始まってしまう。
そうなったら、ただの流血沙汰では済まないことは必至。ガイ達の目には、レオニスではなくリクハルドの命の方が風前の灯にしか見えない。
何とか同胞の命を救うべく、必死にリクハルドを止めようとするガイ達。
しかし、リクハルドにとってはガイ達三人もある意味他所者。
他所者の助言など聞く耳持たないリクハルド。絶好の機会!とばかりに引かない彼の身体が、急に後ろにぐらついた。
リクハルドの肩を後ろに引いたのは、チェスワフだった。
「リクハルド、もうやめろ」
「……チェスワフさん!何で止めるんです!?」
「お前があまりにも見苦しいことばかり言うからだ」
「見苦しい!? 俺のどこが見苦しいと言うんです!?」
「どこが? そんなもの、全てに決まってるだろう」
チェスワフの言葉に、リクハルドが愕然とする。
「……何で……どうして……俺は、東のオーガの名誉を守るために……」
「既に決着がついた勝負に文句をつけるのは、オーガの名誉を守るとは言わん。むしろオーガの名誉をより汚すことになると、何故分からん」
「だって!奴は、勝負の度に回復剤を飲んでたっていうんですよ!? これは立派な詐欺でしょう!」
「例えばの話、お前はドラゴンや神などの、我らよりも明らかに強い者達に挑まなければならない時でも、今と同じことを言えるのか?」
「そ、それ、は…………」
理路整然とリクハルドの言い分を潰していくチェスワフに、暴走していたリクハルドの勢いが急速に衰えていく。
「我らオーガと人族では、力はもとより体格から何から全て違う。オーガが人族を捻り潰すなど、本来なら容易いことだ。赤子にも等しい人族が、我らオーガを相手に戦おうと思ったら道具でも何でも頼って当然だろうし、むしろそれを後出しで責めるなど言語道断。恥を知れ」
「…………」
チェスワフの冷静な言葉は、全て正しい。
人族がろくなハンデももらえずにオーガと戦うとしたら、そのハンデを埋めるべく回復剤でも魔法でも何でも使うだろう。
レオニスだって、自分の倍以上大きなオーガに勝つために諸々の手段を講じただけだ。
それを責められる謂れはないし、もし責められるとしたらそれは圧倒的優位に胡座をかいて凄んできた東の里のオーガ達の方だ。
そうしたチェスワフの説得に、リクハルドは最終的に黙り込んでしまった。
何とか部下を宥めることに成功したチェスワフが、改めてレオニスの方に向き直る。
「うちの若い者が見苦しいところを見せてすまない」
「いや、俺は別に構わんが……俺のことよりも、ガイ達を労ってやってくれ。あいつらの方が余程焦ってたしな」
「そうだな。ガイ、テオ、ノア、お前達にも迷惑をかけてすまなかった」
レオニスの言葉に、チェスワフも納得しながらガイ達に頭を下げる。
その様子に、ガイ達も安堵しつつ零す。
「ホントだぜ、チェスワフさんよ……」
「俺らの寿命まで縮みかけたぜ!」
「四人とも、命拾いしたな!」
三人ともホッとした表情だったが、その中でテオが真っ先に我に返りチェスワフに忠告した。
「いいか、チェスワフさん。今さっきのリクハルドの言ったことは、ここでちゃんと撤回しとけ。これ以上オーガの名誉を汚したくなかったらな」
「分かっている。一度決まった勝敗に後から異を唱えるなど、あってはならないことだ」
「分かってりゃいい。つーか、名誉云々以前にだな……コイツと本気の殴り合いなんぞしたら、あんた達の命の方が危なかったんだぞ?」
「そ、そうなのか……」
テオの心からの忠告に、チェスワフは頷いたり戸惑ったりしている。
チェスワフはまだレオニスの真の実力を知らないので、テオの忠告は話半分くらいにしか聞こえないのだ。
しかし、テオだけでなくガイやノアも本当に真面目な顔で頷き続けている。
それを見れば、テオ達の言っていることが決して大袈裟なものではないことが分かる。
それに、何よりさっきレオニスから発せられた威圧と殺気。
あれは紛い物や中途半端な脅しではなく———それなりに戦闘経験のあるチェスワフですら、まるで心臓を鷲掴みにされるような恐ろしさを感じ取っていた。
あんな恐ろしい威圧を出す者が、只者であるはずがない。
チェスワフは、ともすれば未だにレオニスのことを舐めてかかりそうな己の慢心を必死に諌めていた。
するとここで、レオニスがチェスワフに声をかけた。
「……さ、勝負もついたことだし。約束通り、そろそろ東の里に連れていってもらえないか? 何も里を荒らしに行く訳じゃない、ニル爺の娘や孫、曾孫に玄孫に一目会えりゃそれでいいんだからよ」
「……承知した。あまり長居はさせてやれんが、それくらいなら族長も許されるだろう」
「橋渡し役、頼んだぞ」
「ああ。オーガの名にかけて、約束は守る」
レオニスの確認の言葉に、チェスワフが頷きながら応じる。
そして自分と同じく勝負に敗けた三人の若者達のもとにいき、全員を立たせた。
「さあ、帰るぞ」
「「「……はい……」」」
項垂れる三人を鼓舞し、ヨロヨロとふらつきながら東の里に戻り始めた。
東の里のオーガ達との腕相撲四番勝負を経て、東の里に入る正当な権利を得たレオニス。
ガイ達三人とともに、凱旋よろしく東のオーガの里に向かっていった。
うひーん、今日も35時投稿ですぅー><
後書きはまた後ほど……




