第1549話 腕相撲四番勝負・その一
少し離れた場所にあった切り株を見つけたレオニス達。
その切り株は直径2メートルくらいで、高さはレオニスの胸元より少し低いくらいだ。
レオニスが切り株の縁に手を当てながら呟く。
「お、これなら腕相撲の台としてそのまま使えそうだな」
「……レオニスとやら、逃げ出すなら今のうちだぞ」
「あァ? 何言ってんだ? 俺から言い出したことだ、逃げる訳ねぇだろうが」
「腕の一本か二本、圧し折られないと分からんようだな」
「ハッ、その言葉、そっくりそのまま返すぜ」
レオニスに対し居丈高なチェスワフだが、レオニスがそれに怯むことなどない。
むしろ受けて立つ!とばかりにせせら笑う。
「で? そっちは誰からやるんだ?」
「……ランベルト、一丁揉んでやれ」
「はい!」
レオニスの問いかけに、チェスワフが三人の若者のうちの一人を指名した。
ランベルトと呼ばれた東の里のオーガが、威勢よく前に進み出る。
ランベルトは四人の中では二番目に背が高く、赤く燃えるような吊り目はかなり勝ち気で短気そうな性格に見える。
身体も引き締まった筋肉質で、それなりに力も強そうだ。
レオニスが立ったままの姿勢で切り株に右肘をつき、レオニスと向かい合わせになる形でランベルトが胡座で座り、前傾姿勢で右肘をついた。
「フン……人族なんぞ、人差し指一本でも倒せる」
「おお、そりゃいい。ならお言葉に甘えて、お前には人差し指一本で勝負してもらおうか」
「いいとも。矜持も持たない虫けらには、人差し指一本ですら惜しい」
「何とでも言え。俺はこの後にも三回分の腕相撲を控えてるんでな」
「ッ!!……言わせておけば、調子に乗りやがって」
レオニスを蔑み見下したつもりのランベルトだったが、逆にレオニスに煽られて気色ばむ。
レオニスは、冒険者という職業柄『使えるものは何でも使う』をモットーとしている。
ましてやそれが勝負事ならば、相手からどれだけ蔑まれようとハンデをもらえるなら喜んでもらう。
何故なら勝負とは勝ってこそ。下手な自尊心のせいで負けを喫するより、何が何でも勝ちを取りにいくべきなのだ。
そう、勝てば良かろう!なのである。
そして、不敵な笑みを浮かべて煽るレオニスをランベルトが睨みつける。
この勝負の後に三回の腕相撲を控えている―――つまりレオニスは、自分との腕相撲だけでなく四人の東の里のオーガ全員に勝つつもりでいるのだ。
ランベルトにしてみれば、これ程の侮辱はないだろう。
一方でレオニスは、中央のオーガ達に声をかけていた。
「ガイ、テオ、ノア、お前ら三人には第三者として、この勝負の見届け人になってもらいたい。頼めるか?」
「もちろんいいとも。この勝負の勝敗を全て見届けるし、もし証言が必要になったらいつでも証人になるぜ」
「腕相撲の勝負に限り、俺達三人はどちらにも肩入れしない。公平な判断を下すと誓おう」
「レオニス、そしてチェスワフさんもそれでいいな?」
「それでいい。ありがとうな」
「私も異論はない」
中央のオーガ三人が見届け人となることを、レオニスとチェスワフの両者が承諾する。
この腕相撲勝負は、レオニスと東の里のオーガの対決であり、ガイ達中央のオーガは第三者の立場で見届けてもらうのが一番だ。
ランベルトが宣言通り、右手の人差し指を鉤状にして切り株の土俵に腕を立てる。
一方レオニスは、遠慮することなくランベルトの人差し指を握った。
両者の横にガイが胡座で座り、二者が握った手の上に右手を置いて制止している。
ガイが手を離せば、その瞬間から勝負が始まる。
「始めッ!」
審判役のガイがスタートの号令をかけながら、右手を離した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……何故だ……」
チェスワフが、信じられないといった様子で呟く。
彼らが見守る中で始まった、レオニスとランベルトの腕相撲勝負。
本来なら、ランベルトがレオニスを秒殺して当然の場面であり、チェスワフもそうなると信じて疑わなかった。
なのに、チェスワフの目の前では全く違うことが起きている。
ランベルトが全力で右手に力を入れているというのに、両者の腕が垂直状態から一向に動かないのだ。
グギギギギ……と歯を食いしばりながら、必死に右手人差し指でレオニスを倒そうするランベルト。
その顔の表情は真剣そのもので、とても演技をしているようには見えない。
片やレオニスはというと、顔色一つ変えずにじっと前を見つめていた。
ガイのスタートの合図がなされてから、三十秒くらいそうしていただろうか。
拮抗しているかに見えた勝負を動かしたのは、レオニスだった。
そろそろいいか、と内心で独りごちたレオニス。
右手に一気に力を入れて、一瞬でランベルトの腕を切り株の平面に叩きつけた。
「おわッ!?!?!?」
突然右手にものすごい力がかかったと思ったら、それに抗う暇もなくあっという間に倒されてしまった。
その勢いで、右腕だけでなく身体のバランスも崩れて思わず右側に倒れ込んだ。
そしてこれを見たガイが、勝負ありと判断して高らかに声を上げた。
「レオニスの勝ち!」
勝敗が決着したことに、ガイの後ろで見守っていたテオやノアも思わず「おおッ!」と声を上げた。
ガイ達三人はレオニスの実力を知っているので、この腕相撲勝負でも簡単に負けるとは微塵も思っていない。むしろ内心では密かに『レオニスなら、本当にこの四人にも勝っちまうんじゃね?』と思っているくらいだ。
ただし、それを本当に口にしてしまうと東の里のオーガ達に悪いので、三人とも言葉にはしないのだが。
一方で、負けを喫した東の里のオーガ四人は呆然としている。
いくら右手の人差し指一本だけというあからさまな手抜き勝負だからといって、オーガが人族に腕相撲で負けるなどあってはならない。
あまりにも予想外の敗北に、四人ともただただ呆然自失に陥っていた。
そんな中、勝負に負けて倒れ込んだランベルトが身体を起こしてチェスワフに謝り始めた。
「チェスワフさん……本当にすみません……俺が……俺が不甲斐ないばかりに……オーガの名を汚してしまいました……すみません……すみません……」
土下座しながらチェスワフに詫びるランベルト。
その声は震えていて、レオニスに敗けたことが余程悔しいようだ。
額を地面に擦りつけて謝るランベルトの姿は、何とも痛々しい。
懸命に涙を堪えて、消え入りそうな声で謝り続けるランベルトの前に、チェスワフがしゃがんで声をかけた。
「ランベルト、お前一人のせいではない。お前が右の人差し指だけで勝負してやるというのを止めなかった私にも責任がある。……いや、むしろそれを止めずに許した私にこそ責任がある」
「……チェスワフさん……ううッ……」
ランベルトの肩に手を置きながら、静かな口調で慰めるチェスワフ。
その言葉にランベルトは感極まり、ずっと堪えていた涙が溢れ出す。
「お前はよく頑張った。後は私達に任せて、お前はゆっくり休んでおけ」
「……はい……ありがとう、ございます……ううッ」
敗れたランベルトをチェスワフが労いながら、後ろに退らせた。
ランベルトはヨロヨロとした足取りで三歩ほど歩き、地面にドカッ!と胡座で座って項垂れる。
そしてチェスワフは、他の若いオーガ二人と向き合った。
「あの人族……中央の三人が言っていたように、一筋縄ではいかないようだ」
「ですね……まさか、ランベルトが負けるとは……」
「ホントですよ……あいつは俺達の世代の中でも、屈指の力自慢なのに……」
「ここから先は、手抜きは一切無しだ。私も含めて、全員が全力を出し切らねばならない」
「ええ、これ以上東のオーガの名を貶める訳にはいきませんからね」
「俺も全力でいきますよ!」
発破をかけるチェスワフに、若い二人のオーガも奮起しつつ答える。
想定外の事態に対する柔軟性は、そこそこ持ち合わせているようだ。
そして二人の若いオーガのうちの一人が、チェスワフに向かって張り切った様子で名乗りを上げた。
「ていうか、次は俺にやらせてください!全力で仕留めてみせます!」
「分かった。次はフィルマン、お前に任せる」
「ありがとうございます!俺がこのくだらない勝負事を終わらせてやりますよ!」
フィルマンという若者が、自分の要望を聞いてくれたことに破顔しつつチェスワフに礼を言う。
一番手であるランベルトが惨敗した以上、彼らはもう絶対に油断することはない。
たかが人族相手と侮り油断したのが敗因。これ以上負けて恥の上塗りをする訳にはいかない。
三人のちょっとした作戦会議が終わり、チェスワフがレオニスに声をかけた。
「もう油断はせぬ。次で勝負を決めてやる」
「ン? 次の相手が決まったか?」
「ああ。次はこいつ、フィルマンが貴様の相手をする」
「おう、俺はいつでもいいぞー」
チェスワフの宣言に、レオニスがまた事も無げに応じる。
ちなみにチェスワフ達三人が作戦会議をしている間、レオニスはエクスポーションをぐい飲みしながらガイ達と雑談をしていた。
「レオニス、お前、相変わらず鬼強いな!」
「おう、ありがとよ」
「つーか、お前……見た感じ、うちの里での腕相撲大会ん時よりまた強くなってねぇか?」
「あー、まぁな、そうかもしれん。俺はまだまだ成長期ってことだな!」
「なぁ、レオニス、お前一体どこに角を隠してんだ?」
「俺は人族だっての」
レオニスの鮮やかな勝利に、ガイ達三人がほとほと感心している。
かつてレオニスが参加したトーナメント方式の腕相撲大会に、ガイ達三人も参加していた。
ガイはレオニスと対戦することなく敗退したが、テオとノアはレオニスと直接当たって敗けたことがある。
その当時も『コイツ、化物か?』と密かに思っていたが、今日は当時以上にレオニスの強さが増していることを敏感に感じ取っていた。
「……さて、二回戦といきますか。ガイ、引き続き審判役を頼む」
「おう、任せとけ!」
飲み干したエクスポーションの空き瓶を、空間魔法陣にポイー☆と放り込むレオニス。
敵の作戦会議中にちゃっかりと体力回復を済ませるあたり、レオニスの抜け目の無さと勝負に対する貪欲さを感じさせる。
ストレッチよろしく右腕をぐるぐると大きく回し肩を解すレオニスに、フィルマンが右手人差し指をビシッ!と指しながら宣言した。
「俺達はもう油断しない。この腕相撲勝負は俺が終わらせてやるから、覚悟しろ!」
「そんなもん、やってみなきゃ分からんだろ?」
「そんなことを言っていられるのも、今のうちだけだからな!早いとこ帰り支度でもしとくんだな!」
「残念だが、俺はまだ負けてやる気はねぇからな。全力でいかせてもらうぞ」
息巻くフィルマンに、レオニスはあくまでも平静に受け答えしている。
そうして二人は再び切り株の前に立ち、レオニスは立ったままの姿勢で、フィルマンは胡座と前傾姿勢でそれぞれ右腕を出す。
今度は人差し指一本などというハンデはなく、両者が右手をガッシリと握り合う。
その上にガイの手が置かれ、二戦目の舞台が整った。
「……始めッ!」
ガイの掛け声により、レオニスの腕相撲四番勝負の二戦目の火蓋が切られた。
レオニスの腕相撲四番勝負の初戦です。
ホントはもうちょい先まで書くつもりだったんですが。いつの間にか4000字を超えてたので一旦分割。
人族のレオニスの倍近い大きさのオーガに、腕相撲での真剣勝負を持ちかけるとか、まぁ普通に考えて普通じゃねぇですよねwww(´^ω^`)
リアルで例えると、大人の作者が赤ん坊や幼児相手に腕相撲をするようなもん?(゜ω゜)
そう考えると、オーガ達がレオニスを侮ったり見下すのも当然っちゃ当然なんですよねー。
しかし、そうした初見殺しが通用するのは最初の一撃のみ。
二回目以降は敵も気を引き締めてかかってくるので、レオニスも油断はできません。
てゆか、今更こんなん言うのも何だけど。何で腕相撲勝負なんてことになってんのだろう?( ̄ω ̄) ←全く意図していなかった人




