第153話 各所への根回し
「じゃあ、吾輩はもうちょっとアイギスで付与魔法施したりしてるから、ライトきゅんは先におうち帰っててねーぃ」
「うん、分かったー、フェネぴょんもお仕事頑張ってねー」
「うぃうぃ、吾輩頑張っちゃうぞー!」
銀碧狼の毛糸を受け取ったライトは、フェネセンを残して先にアイギスを出る。
その際に、店の外まで見送りに出たメイにこっそりとひそひそ話をする。
「あ、メイさん。そういえば、これもフェネぴょんにはまだナイショにしておいてほしいんですが」
「ン? 何ナニ?」
「明後日の木曜日に、八咫烏のマキシ君の足輪外しが完了するんです。それに合わせて、フェネぴょんの門出を祝う会を盛大に行おうか、という話になってまして」
「まぁ、それは素敵ね!」
メイが小さな声で賛同する。
小声でコソコソと話をするのは、当然まだ店の中にいるフェネセンに聞かれないようにするためである。
「ええ、マキシ君の全快祝いも兼ねてるんで、フェネぴょんには『マキシ君の全快祝いの食事会をする』ということだけ話してあるんですが」
「フェネぴょんには、フェネぴょんの門出を祝う会のことはまだナイショにしてるんです」
「ですので、ぼくの御守のサプライズは先程完全にバレてしまいましたが……」
ここでライトがニヤリと笑う。
「門出を祝う会とブローチのサプライズは、まだ生きてるんですよねぇwww」
「なので。今度こそフェネぴょんをあっ!と驚かせてやりましょうwww」
そう、実はライトはフェネセンを驚かせることをまだ諦めてはいない。
先程フェネセンにあっさりと自分の御守サプライズのネタばらしをしたのも、まだ他に壮行会とブローチという隠し玉サプライズがあったからなのだ。
「うふふふふ……ライト君、お主もワルよのぅwww」
「いえいえ、アイギスのお代官様方のご協力があったればこそ、でございますよぅwww」
ライトとメイはニヨニヨと笑い、そのお尻には悪魔の尻尾がピコピコと生え動いているようだ。
その上何やら口調まで怪しくなっている。この世界に時代劇などあるのだろうか?
いや、もしかしたらサイサクスの創造神の趣味でどこか別空間に隠し部屋とか二周目ルート解放のような、ちょんまげ島国国家みたいなものが存在しているかもしれない。
「では、木曜日の18時にレオ兄ちゃんのラグナロッツァの家に来てもらえますか? もちろんカイさん、セイさん、メイさん三人皆で」
「ええ、喜んでお呼ばれするわ!」
「そしたら、カイさんやセイさんにもそう伝えといてください。あ、当然フェネぴょんにはナイショですよ?」
「分かったわ!楽しみにしてるわね!」
「ブローチも当日持ってきてくださいね。ぼくの方こそブローチ楽しみにしてますから!」
「了解!」
両者とも機嫌良さそうに大きく手を振りながら、ライトはアイギスを後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、お次は、と……」
アイギスを出た後、ライトが次に向かうはスレイド書肆である。
メイ達の店と同じ大通りにあるので、移動は歩いてもほんの2、3分程度だ。
しばらく歩くと、早速見覚えのある立派な門構えが見えてきた。
「ごめんくださーい」
スレイド書肆の扉を開き、声をかけながら店の中に入るライト。
しばらくすると、店の奥からスレイド書肆の主であるグライフが静かに出てきた。
「いらっしゃいませ。お久しぶりですね、ライト」
「こちらこそご無沙汰してます、グライフ」
「おや、今日はライトお一人でのお越しですか?」
「はい、実は本を見に来たのではなく、グライフに用がありまして」
「私個人に、ですか?」
ライトがスレイド書肆に来たのはこれで三回目だが、ライト一人で来たのは今回が初めてだ。前回、前々回はレオニスとともに訪れていた。
「明後日の木曜日の晩に、レオ兄ちゃんの屋敷で食事会が開かれる予定なんですが。もしグライフの都合が良ければ、グライフにも来ていただきたいんです」
「私がライト達の開く食事会に、ですか?」
グライフにしてみれば、唐突な誘いで全く訳が分からないことだろう。それも無理はない。
「実は今、レオ兄ちゃんのところに大魔導師フェネp……コホン、フェネセンさんがいるんです」
「おや、あの風来坊のフェネセンが、ですか?」
「ええ、まずカタポレンの森の家の方に訪ねて来まして。それからラグナロッツァの家に一ヶ月近く滞在してるんですが」
「そうなんですか、それは知りませんでした」
そんな風に要点を掻い摘みながら、ライトは経緯を話していく。
フェネセンが長い旅に出ること、その旅の目的は廃都の魔城の根絶のためのものであること、それ故いつ終わるとも知れぬ本当に長く厳しい旅であることなどを、グライフに話して聞かせた。
そしてライトが話している間、グライフは静かにその話を聞いていた。
「―――そういう訳で、明後日の木曜日にフェネぴょんの門出を祝う食事会が開かれるんです」
「グライフも、フェネぴょんとはお知り合いなんですよね?何でもフェネぴょんから呼ばれる愛称が『ぐりゃいふ』だって聞いてますし」
「もしグライフさえ良ければ、フェネぴょんが旅に出る前に明後日の食事会で会ってあげてほしいな、と思いまして……」
ライトが『ぐりゃいふ』という呼び名を出した時に、グライフの顔が一瞬だけスーン、と表情が抜け落ちた気がしたが。多分気のせいだろう。キニシナイ!
「ふふふ……『ぐりゃいふ』ですか、懐かしい響きですね」
「ええ、確かに私が冒険者だった頃にフェネセンとは何度か同じ場所に居合わせましたが」
「そんな呼ばれ方もしていましたねぇ……私のことをそんな名で呼ぶのは彼くらいのものですが」
昔のことを思い出しているのか、グライフは微笑みながらぽつりぽつりと語る。
今でこそ紳士然とした優雅な姿のグライフだが、かつては聖銀級冒険者として名を馳せた強者だ。その実力からして、当然大魔導師であるフェネセンとも組んで討伐隊に加わったりしたこともあっただろう。
「そうですね。せっかくのお招きですし、私もその明後日の食事会にお邪魔させていただくことにしましょう」
「来てくれるんですね、ありがとうございます!」
「何時に行けばよろしいですか?」
「18時に来てください、お待ちしています!」
明後日の晩という唐突な食事会への誘いに、快く応じてくれたグライフに深くお辞儀をしながらライトはスレイド書肆を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、最後は……」
ラグナロッツァの屋敷からカタポレンの家、そこからすぐにディーノ村の冒険者ギルドに転移するライト。
ライトのお目当ては、もちろんあの人だ。
「クレアさん、こんにちはー」
「あら、ライト君。こんにちはー」
今日も閑散とした建物の中に、ふんわりとした柔らかいラベンダーカラーに包まれながら受付窓口に座って仕事をしているクレアの姿があった。
「先日はお世話になりました」
「いえいえ、どういたしまして。こちらこそ久しぶりに、とーっても充実した休暇を過ごせて楽しかったですぅー」
普段よりもさらににこやかな笑顔で答えるクレア、本当に心の底から先日の氷の洞窟周辺行きを存分に楽しんだようだ。
「えーっとですね、クレアさん。明後日の木曜日の夜なんですが、何かご予定はありますか?」
「明後日の木曜日、ですか?」
そこからライトは、スレイド書肆にてグライフにしたのと同じように、明後日の食事会の話とその趣旨の説明をした。
「まぁ、そうなんですか……フェネセンさん、また旅に出てしまうんですねぇ」
「しかし、廃都の魔城の根絶のため、ですか……どういう経緯でそうなったのかは分かりませんが、フェネセンさんがそう言うのならばそれは間違いなく真実なのでしょう」
「そして、そういう時こそ我が冒険者ギルドの出番にして全力で支援すべき案件なのですが」
「フェネセンさんの性格を考えると、無理強いはできませんねぇ。もともと国や冒険者ギルドに頼るようなお人でもないですし」
そう、本来ならば廃都の魔城に関わる事案は全て国と冒険者ギルドを主体としたギルド連盟の管轄にあり、特に冒険者ギルドはその全てをまとめるべき中心的立場にある。
だが、ことフェネセンに関してはその主張は一切通らないこともクレアは知っていた。
もともとフェネセンは、冒険者ギルドがメインの所属ではない。
彼は稀代の天才大魔導師であり、その本分たる魔術師ギルドに所属している。
だが、その魔術師ギルドですらもフェネセンを完全に縛りつけることはできない。そんなことをすれば、束縛を厭うフェネセンはさっさと国外に出てしまうからだ。
他所の国に行かれるくらいなら、手綱を緩めに緩めて普段は自由にさせておいて、ここぞという時に召喚する方が良い。
国や組織からは、そう思われているのだ。
「おそらく我々程度の力量では、フェネセンさんが目指すところへの到達を支援するに足る力は到底ないでしょう」
「ですが、だからといって何もせずとも良い訳はありません」
「人任せにしたまま手を拱いてただ眺めているだけなら、冒険者ギルドなど要りませんからね」
「ですから、私の方からも上に掛け合っておきます。フェネセンさんがもし何かお困りのことがあって、ギルドを訪ねたり助けを求めてきたら―――必ず力になれるように」
クレアはいつになく真剣な眼差しで語る。
「ライト君も、大事なことを教えてくれて本当にありがとうございます」
「あ、いえ、そんな……ぼくはただ、クレアさんにもフェネぴょんを見送ってほしくて食事会に誘っただけですから……」
「それでも、ですよ。こうしてわざわざお誘いに来てくれなかったら、私はフェネセンさんがまた旅に出ることすら知らないままだったのですから」
クレアはライトに、改めて感謝の意を示した。
「では、明後日の食事会にはクレアさんも来てもらえますか?」
「もちろんですとも!」
「ありがとうございます!」
「仕事が終わってから向かいますので、18時を回ってからお邪魔することになると思いますが。それでもよろしいですか?」
「もちろん!19時からの開催なので大丈夫です!楽しみに待ってますね!」
「うふふ、こちらこそ楽しみにしてますね」
グライフに続き、クレアの食事会参加の快諾を得られて、ライトは大喜びしながらラグナロッツァの屋敷に戻るのだった。
フェネセンの自称愛称『フェネぴょん』。この愛称で呼んでくれるのは現状ライトだけなのですが、ライト自身既にフェネぴょん呼びが定着してしまっているんですよねぇ。
ですので、例えば今回のグライフのところでも最初のうちは頑張って『フェネセンさん』と言っているんですが、次第に『フェネぴょん』になっていってしまうのです。
 




