第1526話 ツェリザーク領主邸での昼食会
冒険者ギルドツェリザーク支部を後にし、ツェリザーク領主邸に向かうライト達。
程なくして着いた領主邸では、四人ですんなり入れた。
先程レオニスが領主邸に出入りしたばかりだし、レオニスが冒険者ギルドツェリザーク支部に行くために領主邸を出る際、門番の衛兵に「他に三人を連れて戻る」と言っておいたのでスムーズに出入りできたのだ。
そうして領主邸の中に入ったライト達。
重厚な雰囲気が漂う建物に圧倒されていた。
「うわぁー……ここがツェリザークの領主様が住むおうちなんだぁ……」
「長い冬に耐えるためなのか、建物もすっごく頑丈そう……」
「あのガラス温室では、何を栽培してるんだろう? 非常食用の野菜か?」
「そんな、お前じゃあるまいし……」
ライトとマキシが領主邸の大きさに見惚れている横で、ラウルは複数あるガラス温室に注目している。
非常食の野菜を育てている、という予想をしたラウルにレオニスが半ば呆れている。
しかし、実はその予想は当たらずとも遠からずで、そこでは非常時用の薬草を栽培していた。
何しろこのツェリザークは、一年の半分以上が冬という超寒冷地。薬草を自前で育てるには、自然環境下ではかなり厳しくほぼ不可能と言っても差し支えない。
かと言って、薬草や回復剤を他領からの買い付けに頼るばかりではよろしくない。
そのため、領主邸の広大な庭園スペースの一角を薬草育成エリアとして活用し、ツェリザーク領内の薬師ギルドに卸しているのだ。
そしてこのガラス温室には、プロステスで作られた熱晶石が温源として使われている。
さらに言えば、このガラス温室での薬草育成はジョシュアが青年時代に初めて手がけた政策で、スペンサー家の私財を投じて推し進めたものだ。
この辺りの事情をレオニス達が知るのはもう少し先のことだが、それらはジョシュアの新当主としての器を示す逸話としてツェリザーク領民達に広く語り継がれている。
そんな秘話があるガラス温室を遠目に眺めつつ、ライト達は領主邸前まで進む。
そして四人は領主邸の中に入り、執事によって先程レオニスが案内された執務室とは違う場所に連れられた。
その行き先は客間の一つで、然程広くないこぢんまりとした部屋の入口にジョシュアが立って待ち構えていた。
「おお、レオニス君、君の帰りを待っていたよ!」
「うおッ!領主自ら出迎えんでもいいのに……」
「そして……君がラウル君だね!? ようこそお越しくださった!我らがツェリザークの救世主、殻処理貴公子様にお目にかかれて真に光栄だ!」
「ぉ、ぉぅ……」
ライト達の到着に、両手を広げて全身全霊で歓迎の意を表すジョシュア。
それだけではなく、目敏くラウルを見つけて速攻で両手で握手している。
ラウルの右手を両手で包み込み、ブンブン!と上下に振るジョシュア。なかなかに積極的かつ熱烈な歓迎である。
「ささ、こんなところで立ち話も何だ、皆で早速昼食といこうじゃないか!」
ジョシュアの案内により、客間に用意されたテーブルに移動するライト達。
客間の真ん中には円形のテーブルが用意されていて、その上には五人分の料理が所狭しと並べられている。
そして五脚の椅子にそれぞれ座り、ツェリザーク領主邸での昼食会が始まっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昼食会の料理に舌鼓を打つライト達。
中でもメイン料理の一つであるステーキは絶品で、その予想外の美味しさにレオニスがジョシュアに問うた。
「このステーキ、美味ぇな!一体何の肉なんだ?」
「これはブリザードホークのもも肉だよ。ブリザードホークは氷の洞窟にのみ生息する魔物だからね、氷蟹同様に他領への輸出にはあまり向かないんだ」
「あー……空間魔法陣以外の輸送だと、途中で肉が溶けて旨味が激減するヤツか」
「そういうこと。それにこの肉は、下処理がかなり面倒でな。手間暇かけてまで他領に輸出する利点もほとんどない故に、ブリザードホークの肉は主にツェリザーク領内のみで消費されることが多いのだよ」
ツェリザークの隠れた名品、ブリザードホーク肉。
そのお味はほぼ鶏肉なのだが、普通の鶏肉にはないふんわり柔らかな歯応えとトロッとした肉汁が特徴だ。
旨味という点では、パイア肉やペリュトン肉には一歩及ばない感は否めないが、それでも十分美味しい部類に入るであろう。
氷の洞窟の固有魔物は、どれも取り扱いが難しいことで有名だ。
氷の洞窟は通年氷点下なので、その環境で生きる魔物達は洞窟外に出すと肉の劣化が何しろ早い。
例えばブリザードホークの場合、買取査定で値がつくのは主に羽根や爪、嘴であり、肉はオマケ程度で金稼ぎの主力にはならない。
しかもこのブリザードホーク肉、そのままの状態では臭い!硬い!不味い!の三拍子が揃っていて、普通に食べられない代物だという。
様々な処理を施さなくてはならない肉など、コストが嵩み過ぎて輸出品には向かない。
故にブリザードホーク肉は、原則として地産地消となっているのだとか。
そして珍しい食材に目がないラウルは、レオニスとジョシュアの話を聞きながら『今度氷の洞窟に出かけたら、氷蟹といっしょにブリザードホークも狩りまくるか……』などと考えている。
普段は氷の採取が目当てなので、魔物達に邪魔されたくなくて魔物除けの呪符を使用しているのだが。次からは、氷の採取後に魔物狩りもしよう!と密かに計画しているようだ。
他にも氷蟹のお造り、冷しゃぶ、パスタにグラタン等々、氷蟹のフルコース料理を存分に堪能したライト達。
デザートのフルーツシャーベットを食べながら、のんびりと会話をしていた。
「ほう、ライト君はもうすぐ冒険者登録するのか」
「はい!ぼくもレオ兄ちゃんやラウルのような、立派な冒険者になりたいんです!」
「それは素晴らしい。レオニス君や殻処理貴公子様の背を見て育った君ならば、必ずや立派な冒険者になれるであろう」
「ありがとうございます!」
「そして、マキシ君と言ったか。君は冒険者にはならず職人の道を歩むのかね?」
「はい。僕はレオニスさんやラウルほど強くないので……ですが、物作りに対する情熱は誰にも負けないつもりです」
「そしたら今日の記念に、マキシ君にはブリザードホークの羽根を進呈しよう。最高級のものだから、羽根飾りにするとものすごく見栄えが良いぞ」
「あ、ブリザードホークの羽根はアイギスでもいろんなところで使われています!特に貴族のご婦人方に好まれるようです」
「ほう、ラグナロッツァでも人気なのか、それは嬉しいな!」
レオニスやラウルだけでなく、ライトやマキシにも気さくに話しかけるジョシュア。
彼が本当に用事があるのはレオニスとラウルだが、二人以外の連れであるライトとマキシにもちゃんと気遣えるというのは何気にすごいことだ。
もしこれが傲慢で高飛車な領主なら、レオニス達のオマケでついてきた子供など価値無しと判断し、無視して放置するだろう。
そんなことをせずに、きちんと四人全員を客人としてもてなすジョシュアはやはり有能な領主である。
そしてデザートも食べ終えて、使用人達により全ての食器類が下ろされたところでジョシュアがラウルに話しかけた。
「ところで、ラウル君。レオニス君から君への要件は、もう既に聞き及んでいると思うが……」
「ああ、氷の女王達に会いたいって話か?」
「そうだ。私がこのツェリザークの領主となったからには、これからは是非とも氷の洞窟の主達と懇意にしていきたいと思っている。そしてその架け橋役にラウル君、君の助力が欠かせないのだ。どうだろう、氷の女王達に掛け合っていただけるだろうか?」
今日の本題である、ジョシュアと氷の洞窟の主達との対談。
氷の女王達と会いたいと切に願うジョシュアの表情は、それまでの明るく愉快なものと違ってとても真剣だ。
そんなジョシュアに、ラウルが遠慮なく質問をぶつけた。
「氷の女王達に会って、何をするんだ?」
「まずはご尊顔を拝謁するだけでもいい。氷の女王達から直接お言葉をいただければ一番嬉しいが、なくてももちろん構わない。遠目にお会いできるだけでいい。まずは私に敵意などなく、ただただ崇敬していることを知っていただくのが最優先だ」
「………………」
真剣に語るジョシュアの言葉に、ラウルが静かに聞き入る。
それは、氷の女王が人族嫌いであることを十分踏まえた上でのジョシュアの見解だった。
このことに、ラウルは内心で感心していた。
欲深い者ならば、氷の女王達に会ってあれがしたい、これもしたい、と言い募るところだろうが、ジョシュアにはその気配が全くない。
初対面からグイグイと迫って、その結果氷の女王達に嫌悪されるようなことになってはいけない、と理解しているのだ。
「ラウル君、私からもいくつか質問があるのだが、聞いてもいいか?」
「何だ?」
「もし氷の洞窟の主達に会えるとして、手土産が必要ならできる限り用意するが、何を持参すれば良いだろうか?」
「ンーーー……玄武は生まれたばかりで育ち盛りだから、食べ物を持っていくと喜ばれるとは思うが」
「ふむ、玄武様への食べ物か……玄武様は何を好んで食べられるのだ?」
最初こそラウルの方からその真意を問うていたが、いつの間にかジョシュアの方からラウルへの質問攻めに変化している。
ジョシュアは玄武の生態や好みなど全く分からないので、それを知るラウルに質問が集中するのも致し方ない。
「基本的に野菜全般問題なく食べる。白菜やニンジン、キャベツとかな。他には氷蟹の肉とか、エンデアンのジャイアントホタテなんかも美味しそうに食べているな」
「ほう、玄武様は野菜と魚介類を好まれるのか……ジャイアントホタテを今すぐ取り寄せるのはさすがに厳しいが、氷蟹なら何とでもなる。……よし、今日中に冒険者ギルドに氷蟹の採取依頼を出しておこう」
ラウルへのリサーチで玄武の好みを把握したジョシュア。
早速右手を上げて執事を呼び寄せ、ゴニョゴニョと何かを指示した。
それは間違いなく、冒険者ギルドツェリザーク支部への遣いであろう。
その間に、ラウルがレオニスに話しかけた。
「ご主人様よ、本当にツェリザーク領主を氷の洞窟の中に連れていくのか?」
「ンー……魔物除けの呪符を使えば、そこはできんこともないとは思うが……」
ラウルの問いかけに、レオニスがチラッ、とジョシュアを見遣る。
彼の細い身体つきは、間違っても屈強な冒険者達のそれとは違う。
ジョシュアは見るからに文官系で体力もあまりなさそうだし、もし魔物除けの呪符を用いて氷の洞窟内を安全に進んだとしても、途中で彼の体力の方が先に尽きそうだ。
「できれば氷の女王と玄武に、氷の洞窟の入口近くまで出てきてもらった方が早くて安全だろうな」
「だよな……氷の女王にそう頼んでみるか」
レオニスの観察眼に、ラウルも同意する。
いくら今の時期が夏で氷の洞窟攻略に最も適した時期であっても、冒険者ではないジョシュアを氷の洞窟の最奥まで連れていくのは何かと厳しい。
それよりは、氷の女王達に洞窟入口近くまで出てきてもらう方が確実なのは間違いない。
だいたいの方針が決まったところで、ラウルがジョシュアに話しかけた。
「ご主人様とアレクシスの紹介だから、あんたを氷の女王達に会わせることに反対はしない。ただし、氷の洞窟にはあんた一人だけで来てもらうことが条件だ」
「つまり、私側の護衛がつくことは一切認めない、ということかね?」
「そうだ。大人数を引き連れて氷の洞窟に行くなど論外だ。見知らぬ人間が大勢で押しかけたら、氷の女王や玄武が怖がったり嫌がるかもしれんからな」
「承知した。それに、君達が私とともに氷の洞窟に行ってくれるなら、そもそも護衛など要らんだろうしな」
ラウルが出した条件を、ジョシュアが即時快諾する。
このツェリザークにも領主を守る騎士団はあるだろうし、領主一人で氷の洞窟に出かけると臣下に知られれば猛反対されそうなものだ。
しかしラウルの言い分は尤もなもので、初対面で氷の女王達に警戒心を抱かれたらその時点で終了である。
そんな事態に陥らないためには、ぞろぞろと護衛を引き連れるなど絶対にしてはならない。それくらいはジョシュアもすぐに理解できた。
「では、いつ頃氷の洞窟に行けるだろうか? 私としては一日も早くお会いしたいが、ラウル君の都合を最優先したい」
「そうだな…………今から一週間以内のどこかの日でいいか? なるべくというか、絶対にお盆前にはこなしておきたい」
「もちろんいいとも。八月以内なら私の仕事もまだ少ないから、お盆前に連れていってもらえるなら私としてもありがたい」
氷の洞窟行きの時期を尋ねるジョシュアに、ラウルはしばし思案してから答えた。
時期的に考えても、早めに済ませた方がいいのはラウルにも分かる。
しかし、八月はライトの冒険者登録という一大イベントが控えている。
そしてそれはライトの誕生日である八月十二日と確定していて、今日は八月四日。八月十二日までに一週間の猶予がある。
ならばライトの一大イベントを迎える前に、用事はササッと済ましておこう!とラウルは考えたのである。
そうしたラウルの意図を、レオニスも即時理解して提案する。
「今日ラグナロッツァに帰る前に、氷の洞窟に寄っていって氷の女王達に話をつけとくか」
「それがいいな。ライトとマキシもいっしょに行くか?」
「もちろん!」
「僕も行くよ!」
ラウルの確認の言葉に、ライトもマキシも即答する。
ライトはともかく、マキシは氷の洞窟には一度も行ったことはない。
だが、せっかくここまで来たのだ、日頃行けない場所に行ける機会が目の前に降って湧いてきたら『行く!』の一択である。
時刻は午後二時を少し回ったところ。
今は夏で日中時間も長いし、今から氷の洞窟に出向いても十分日が明るいうちに話を済ませられるだろう。
「さ、そしたら日が出ているうちに行かなきゃな」
「そうだな。今すぐ氷の洞窟に行かんとな」
「おお、そうか。本当はもっとゆっくりしていってもらいたかったが、確かに今日のうちに氷の洞窟に行くならあまり時間はないな」
いち早く席を立ち上がったレオニスに、ラウルやライト、マキシ、そしてジョシュアも続いて席を立つ。
「すまんな、また今度ゆっくり話をさせてもらおう」
「いや、こちらこそすまない。何しろ私のわがままな願いを叶えてもらうために、君達にもあれこれと動いてもらうのだからな」
「氷の女王と話がついたら、明日か明後日には俺がまた結果を伝えに来よう」
「ありがとう。私も明日と明後日はなるべく仕事を片付けて、お盆前にいつでも氷の洞窟に行けるよう準備しておこう」
ジョシュアが差し出した右手を、レオニスが同じく右手を出して握手する。
退室の気配を察したライトが、ペコリと頭を下げながらジョシュアに礼を言う。
「領主様、今日はぼくまでお昼ご飯をごちそうしていただいて、ありがとうございました。たくさんの美味しい料理が食べれて、とても嬉しかったです!」
「こちらこそ、大人の話し合いに付き合わせてすまなかったね。また近いうちに会おう」
「はい!」
美味しい食事の礼をきちんと言えるライトに、ジョシュアが微笑みながらライトの頭を撫でる。
そうして四人はツェリザーク領主邸を出て、氷の洞窟に向かっていった。
うおーん、久々に書いても書いても終わらないー><
てゆか、領主邸での昼食会の後にすぐ氷の洞窟に出かけるとか、まーた突発的に用事が増えたー><
何でこんなに作者の予定外のお出かけ先がニョキニョキ生えてくるんじゃー><
でもまぁね、昼食食べた直後でまだ時間的猶予はあるし。
ラグナロッツァに帰ってからまた日を改めて氷の洞窟に行くってのも、二度手間というか往復の時間や転移門の運賃(魔石代)ももったいないし。
氷の洞窟の主達にアポ取るなら今のうち!という訳です(´^ω^`)




