第1524話 マキシの新たな決意
そうしてルティエンス商会で楽しく過ごしていたライトとマキシ。
時間は瞬く間に過ぎ、気がつくと店に入ってから早一時間が経っていた。
ライトがふと店内の時計(悪魔将軍お面を時計に改造したもの)を見て時刻を確認していたその時。
ルティエンス商会の入口の扉の鈴が鳴り響いた。
ラウルが殻処理依頼の仕事を終えて、ライト達二人を迎えに来たのだ。
「ライト、マキシ、ただいまー」
「あッ、ラウル!おかえりー!」
「お仕事お疲れさま!」
扉の軽やかな鈴の音とともに、颯爽と現れたラウル。
お迎えに来た万能執事の姿を見たライトとマキシが、嬉しそうな顔でラウルのもとに寄っていった。
「どうだ、何かいいもんはあったか?」
「ぼくよりマキシ君の方が、たくさん欲しいものがあるみたいだよ!」
「お、そうなのか?」
「うん!前にライト君からクリスマスプレゼントにもらった鑿、あれがすっごく使い心地が良くてね? その鑿はこのお店で買ったって聞いて、新しい鑿が欲しくて見せてもらってたんだ!」
ライト以上に興奮しながら話すマキシに、ラウルが思わず微笑む。
握りしめた両手を上下に振りながら、花咲くような表情で一生懸命にラウルに話すマキシ。
その溢れんばかりの情熱は、留まることを知らない。
「でね、でね、鑿以外にもいろんな道具を見せてもらったんだ!どれもすごく良い物ばかりでさ、次に何を買おうか決められないくらい迷っちゃうんだよねー」
「そりゃ良かった。俺もこの店はライトに紹介してもらったんだが、面白珍しい調理器具が掘り出し物のように出てくるから楽しいよな」
「あ、その話、ライト君から聞いたよ!あの呪いの鉄鍋もここで買ったんだってねー。ラウルがこのお店を贔屓にする理由がよく分かるよ!」
「だろう?」
ルティエンス商会の品揃えを大絶賛するマキシに、ラウルが同意している。
そしてこの二人の掛け値なしの大絶賛に、ライトは目を閉じうんうん!と満足げに頷き、ロレンツォはスーツの胸ポケットからハンカチを取り出し眦に浮かぶ涙をそっと拭っている。
見た目は胡散臭さMAXなこの店を、ここまでベタ褒めするのはライト達くらいのものだろう。
ルティエンス商会の真価は『BCO交換所』という、勇者候補生だけが知る秘密事項。
しかし、表の顔である雑貨屋としてもルティエンス商会は優秀であり、その品揃えはラウルやマキシをも唸らせる。
そう、ルティエンス商会はその真価を知らずとも十分に魅力的な店なのだ。
「で? マキシが欲しい鑿ってのはどれだ?」
「えっとねぇ、今日欲しいのはコレとコレ!」
「どっちも同じ鑿か。……ほう、マキシの言う通り、かなり良い鑿だな」
「でしょでしょ!」
「値段はいくらなんだ?」
「これ一本で1000Gなんだって!しかも僕はライト君の家族ってことで、一本買えばさらにもう一本オマケでつけてくれるってロレンツォさんが言ってくれてるんだ!」
「おお、そりゃお買い得だな」
頬を紅潮させながらラウルに鑿を見せるマキシ。
ラウルは彫金道具のことなど分からないが、それでも鑿にも刃がある。
ラウルは特に包丁やナイフ類をたくさん集めていて、刃物のことにはそれなりに詳しいし目が利く。
そんなラウルの目から見て、マキシが手に持つ鑿の刃は色艶、輝き、どれをとっても超一流品であることが手に取るように分かった。
というか、今購入すると同じ物をもう一本オマケ!とか、まるでテレビショッピングや通販番組の販売手法みたいである。
だがしかし、妖精のラウルや八咫烏のマキシにはそんなこと全く分からないので、普通に喜んでいる。
「他にも欲しい道具があるのか?」
「うん。店主さんにいくつか予約したから、次にお店に来た時に買う予定なんだ」
「そしたらそれも、俺がまとめていっしょに買ってやろうか? ほら、今日は俺の奢りだって約束しただろ? 1万Gまでなら俺が出すぞ」
「…………ううん、それはいいや」
ラウルの魅力的な問いかけに、一瞬だけマキシは戸惑ったものの、すぐに断った。
ラウルとしては善意で言ったことだけに、まさか断られるとは思っていなかった。
「マキシ、別に遠慮しなくていいぞ? 今日も氷蟹の殻処理依頼を五件こなしてきたから、懐は温かいし」
「もちろんね? ラウルにたくさんお金を使わせちゃうのが申し訳ないってのもあるんだけど……それだけじゃないんだ」
「……と、いうと?」
「この先僕がずっと使い続けていく道具だもの。僕が働いて自分で稼いだお金で買いたいんだ」
「…………」
マキシがラウルの奢りを断った理由を、ラウルは静かに聞いていた。
「ラウルは僕以上にたくさんの調理器具を持ってて、その殆どはラウルのお給料で買ったものでしょ?」
「ああ、そうだな」
「僕もね、アクセサリー作りに必要な道具は自分の力で揃えたいんだ。その方が道具への愛着も湧くし、修業もより一層励む気になるでしょ?」
「……ああ、そうだな」
マキシが語る言葉に、ラウルも同意している。
「道具は他人に買ってもらうよりも、自分の金で買い揃えたものの方が絶対にいいよな」
「そうそう、そういうこと!……あッ!別にラウルに買ってもらうのが嫌だとか、ラウルに買ってもらったものをぞんざいに扱うとかじゃないよ!? この鑿だけは、今日の記念にラウルに買ってもらう予定だけど」
「フフッ、分かってるさ」
慌てて補足するマキシに、ラウルがくつくつと笑う。
マキシが道具をぞんざいに扱うなどとは、ラウルも毛頭思っていない。
むしろラウルに買ってもらった物ならば、一生大事に使い続けるだろう。
そして、マキシの言う『今日の記念』とは、マキシが初めてツェリザークを訪れたこと、そしてルティエンス商会という素晴らしいお店の存在を知ることができた喜びなどを指している。
そんなマキシの健気な気持ちを、ラウルもちゃんと理解していた。
「ていうか、マキシは本当に真面目だな。俺だったら、ご主人様に『包丁を買ってやる』とか言われたら、大喜びで十本は買ってもらうところだ」
「ハハハハ、ラウル、さすがにそれは欲張り過ぎだって」
「そうか? なら新品のオリハルコン包丁二本で抑えておこう」
「それで抑えてるつもりなの? ラウルってば、おっかしーい!」
なかなかに強欲なラウルの言い草に、マキシが堪らず笑いだす。
もちろんラウルだって、本気で包丁十本寄越せ!とは言わないだろうし、レオニスだってそれを真に受ける訳がない。
「バカ言え、却下だ却下」と速攻で拒否されるのがオチだ。
しかし、この万能執事はちゃっかりとした性格をしているので、どこまでがジョークでどこまでが本気なのか全く分からないが。
そうしてラウルがマキシから鑿二本を受け取り、少し離れた場所にいるライトに向かって声をかけた。
「じゃあ、この二本の鑿の代金は俺が出そう」
「ありがとう、ラウル!」
「ライトも何か買いたいものはあったかー?」
「ンーとねぇ、ぼくはこれが欲しい!」
「…………何だ、コレ?」
「『アヌビスくんのお面』っていう被りもの!これ、超可愛いよねー♪」
「「…………」」
ライトが手に持っていたのは、ファッションアイテム『アヌビスくんのお面』。
ライトの胴体ほどもある巨大な黒い犬の頭の被りもので、頭の天辺には縦長のピン!と尖った犬耳が二つ。
そして顔の横には、エジプトのファラオがつけている頭飾りのような、金と白の横縞の優雅な布飾りが垂れている。
ちなみに犬の顔はデフォルメされたアニメチックな造形で、リアルな怖い系ではない。
見る人が見れば『すっごく可愛いー!』と大絶賛されそうな黒いわんこである。
そしてこれは、お面と名のついている通り、頭につけるアイテム。もともとはミステリー箱のラインナップだったものだ。
そしてそれは、かつてライトがコヨルシャウキと死闘を繰り広げて得た『スペーススーツ・ヘッド』と同じく、見た目を変更するだけのアバターパーツである。
防具でもないこれが、一体何の役に立つのか?と問われれば、『基本的に何の役にも立ちません!』と答えるしかない。
しかし、絶対に無駄なものだとも言い切れない。
例えばライトがコヨルシャウキとのビースリー対戦に向かった時のように、ライトがその正体を隠して動きたい時には有効だ。
何しろ顔全部を覆い隠してくれるし、何よりBCO由来のアイテムなのでルティエンス商会以外での入手は望めない。
そう、この『アヌビスくんのお面』は正真正銘激レアアイテムなのである。
「まぁ、面白い被りものではあるな」
「ライト君が好きな小ブタみたいな、可愛らしさがありますよね!」
「でしょでしょー♪ これ、絶対にラグナロッツァでも売っていない、この店でしか買えない貴重品なんだよー♪」
「そんな貴重な品なら、値段もそれなりにしそうだな?」
「それがね? ロレンツォさんが、もうすぐ冒険者登録するぼくへのお祝いってことで、500Gで譲ってくれるって!」
「ほう、この手触りで500Gなら買いだな」
お会計のため、ライトから手渡された『アヌビスくんのお面』をむにむにと両手で揉むラウル。
それはまるでもちもちのぬいぐるみのような手触りで、手で揉むと何とも心地良い柔らかさだ。
ライトとマキシ、双方の欲しいものを知ったラウルがロレンツォに声をかける。
「店主、ライトのこのお面とマキシの鑿二本を購入したい。代金は1500Gでいいか?」
「はい。本日もお買い上げいただき、誠にありがとうございます。ラッピングはいたしますか?」
「いや、そのままでいい」
「承知いたしました」
店内のカウンターで会計を進めるラウルとロレンツォ。
ラウルが空間魔法陣から財布を取り出し、1500Gをロレンツォに渡す。
ロレンツォが商品代金を受け取り、アヌビスくんのお面と二本の鑿をラウルに手渡す。
これで会計は無事済み、お面と鑿は晴れてライトとマキシのものになった。
するとここで、ロレンツォがはたとした顔になりラウルに話しかけた。
「……ああ、そういえばラウルさんにお伝えしたいことが一つございました」
「ン? 何だ?」
「以前よりラウルさんが所望しておられた、出刃ソードと真菜シールドが近々入荷することになりまして」
「何ッ!? それはホントか!?」
「ええ、三日後には入荷予定となっております」
ロレンツォからもたらされた朗報に、ラウルの目が大きく見開かれる。
この『出刃ソード』と『真菜シールド』は、BCO由来の武器と防具だ。
以前からロレンツォにその存在を聞いて知ってはいたが、生憎在庫切れが続いていてまだラウルの手に入っていない幻の品である。
「二つ合わせて20万Gだったよな?」
「はい。ですが、入荷が予想外に長引いてしまい、長らくお待たせしてしまいました。そのお詫びとして、二つで10万Gでお売りさせていただきます」
「おお、まけてくれるのか。そりゃありがたい!」
「ええ、何しろラウルさんは、ライトさんに並ぶ当店のお得意様ですからね」
念願の出刃ソード&真菜シールドを入手できるだけでなく、半額で売ってくれるというロレンツォの話に、ラウルの顔がパァッ!と明るくなる。
半額と言っても10万G=100万円相当で、決して安い買い物ではないのだが。
しかし、調理器具マニアのラウルには絶対に見逃せない逸品であり、彼の中に『(値段が)高いから買わない』という選択肢はない。
「よし、そしたらまた三日後に受け取りに来よう。すまんが、代金の支払いもその時でいいか?」
「もちろんでございます。品物は売却済みということで、店頭には並べませんのでご安心ください」
「ありがとう。今日の冒険者ギルドでの仕事の報酬が入ってからの方が助かる」
ロレンツォの神対応に、ラウルは安堵しつつ礼を言う。
ラウルが所望していた品を入手できそうなことに、ライトとマキシも大喜びする。
「ラウル、欲しいものが見つかって良かったね!」
「ありがとう、俺も受け取りがすんげー楽しみだ」
「出刃ソードと真菜シールドが買えたら、ぼくにも見せてね!」
「おう、ライトだけでなくご主人様にも自慢してやるわ」
ラウルがロレンツォから受け取った『アヌビスくんのお面』をライトに渡し、二本の鑿をマキシに渡した。
その顔は実にご機嫌で、出刃ソードと真菜シールドを買えることが余程嬉しいようだ。
それぞれラウルに買ってもらった品を、ライトは早速アイテムリュックに仕舞い込む。
一方のマキシは、二本の鑿を手のひらの上に乗せたまま、しばしじっと見入る。
「ありがとう、ラウル……この鑿はずっとずっと、一生大事に使っていくからね」
「どういたしまして。素晴らしいアクセサリーを作る手助けになるなら幸いだ」
「僕、絶対に立派な装飾品職人になるよ!そしていつか、ラウルのために世界一格好いい装飾品を作ってプレゼントするよ!」
「おう、楽しみにしてるぜ」
ラウルに買ってもらった鑿の柄を握りしめ、マキシは決意も新たに誓う。
勤勉実直なマキシならば、その目標は必ずや達成されることだろう。
この日の出来事は、マキシにとって生涯忘れられない一日となった。
前話に続き、今話もルティエンス商会でのお買い物風景です。
そのついでと言っちゃ何ですが、最後の方でラウルが前々から欲しかった出刃ソードと真菜シールドも引っ張り出してきちゃったりなんかして( ̄m ̄)
この出刃ソード&真菜シールド、初出は第583話と何気に1000話近くも前から出ていたアイテムだったりします。
第832話では、ロレンツォが『年内には仕入れられるかと』とか言ってたのにー。年内どころか次の年の上半期も過ぎてしまいましたよ_| ̄|●
その詫びとして、ロレンツォが半額での販売を提示しましたが。
まぁリアルでこんなどんぶり勘定な商売してたらね、あっという間に倒産しちゃいますやね!(´^ω^`)
でも拙作はハイファンタジー小説で、しかもルティエンス商会は表も裏も真っ当な商売はしてないので。問題ナッシング!(º∀º) ←超適当




