第1522話 ジョシュアの願い
その後もレオニスとジョシュアの会話は続いた。
「ところで……あんたは氷の洞窟の存在を容認していて、氷の女王とも親睦を深めたいと思っている、とアレクシスから聞いたが……」
「ああ!氷の洞窟はツェリザークの寒さの原因であり、スペンサー家では正直あまり好まれていない。だが、私は違う。何故ならこのツェリザークと氷の洞窟は、切っても切れない縁。なればこそ、反目し合うよりは良好な関係を築いていきたい、そう思っているのだ」
「そっか。まぁな、お互い引っ越せない同士がずっといがみ合うってのもよろしくないしな」
「だろう?」
目を輝かせながら、氷の洞窟への思いを熱く語るジョシュア。
その話すスピードは衰えることを知らない。
「それに、大抵の貴族はツェリザークを避暑地としてしか認識していないが……このツェリザークには、素晴らしいものがたくさんあるのだぞ? 例えば氷蟹や凍砕蟲の糸を使った織物なんかは昔からあるし、最近ではブリザードホークの羽飾りがファッション界で人気らしい。……ああ、そうそう、アイスライムのウォーターベッドが夏の密かな特産品なのだよ!」
「ぉ、ぉぅ、そうか……ツェリザークもなかなかに商魂逞しいんだな」
「ああ……それらの品は、全て氷の洞窟からもたらされたもの。そして皆ツェリザークの民が長い月日をかけて、心血を注いで作り上げたものなのだ。そんなツェリザークの民を、私は誇りに思う」
それはまるで演説かのような饒舌さ。
しかし最後には、逞しく生きる領民達を愛おしむ眼差しに変わる。
この領主なら、きっとツェリザークを今以上に盛り立てて発展させていくに違いない。
するとここで、ジョシュアの眼差しがレオニスを捉えた。
「ついてはレオニス君、一つ相談があるのだが」
「ン? 何だ?」
「私も是非とも氷の女王と玄武様に直接お会いしたいのだが。果たしてそれは可能だろうか?」
「氷の女王と玄武に、か? ンーーー、どうだろう……氷の女王は人嫌いで有名だが、それくらいはあんたも知ってるだろう?」
「ああ、もちろん承知している。だが、良好な関係を築いていくにはやはり直接お会いして、直接言葉を交わすのが最善の近道だと思うのだ」
「まぁなぁ……」
人嫌いで名を馳せる氷の女王に直接会いたいとは、ジョシュアの見た目に反して何とも豪胆だ。
今でこそ氷の女王は、レオニスやライトとも親交を持っているが、それ以外の者に心を許してはいない。せいぜいレオニスがともに連れてきたバッカニア達三人に女王の加護を与えたくらいだ。
そんな氷の女王が、しかもまだ幼い玄武がいる状況で、果たしてジョシュアに会うことを許すかどうか―――如何にレオニスであっても全く先が読めない。
「多分、ラウルが頼めば大抵のことは通りそうだが……こればかりは先方の意思を確認してからでないと答えは出せん。一度氷の女王に相談してからでいいか?」
「もちろんだとも。というか、そのラウルなる人物は何者だね? その名前、最近もどこかで聞いたような気もするのだが……」
ジョシュアの要望に即答できないレオニス。
だが、ジョシュアがそれに対して憤慨したり文句を言うことなどない。
そもそも氷の女王が人嫌いなのはジョシュアもよく知るところであり、そんな簡単に会えるとは思っていない。
頼みの綱はラウルだが、ジョシュアでもその名前に聞き覚えがあるようだ。
「ン? ああ、ラウルってのは俺がラグナロッツァの屋敷で執事もして雇っている妖精のことだ。あいつはツェリザークの氷雪をこよなく愛しているし、ツェリザークには氷蟹の殻処理依頼を受けるために定期的に通ってきているはずだ」
「何ッ!? ラウルとは殻処理貴公子様のご本名であったか!道理で聞き覚えがあるはずだ!」
「殻処理貴公子様……それ言ってんの、クレハ達だけじゃねぇのか……」
ラウルのことを『殻処理貴公子』などという珍妙な二つ名で、しかも様付けで呼ぶジョシュアにレオニスが若干引いている。
百歩譲って、冒険者ギルド受付嬢であるクレハがラウルのことをそう呼ぶのも理解できる。
しかし、ツェリザークの領主ともあろう者までラウルを崇め奉るとは。予想外にも程があるというものだ。
若干引き気味のレオニスに、ジョシュアがまたも熱く語る。
「殻処理貴公子様は、我がツェリザークの大恩人!彼の御仁は、日々増え続ける氷蟹の殻処理問題を解決してくれただけではない。あのぬるシャリドリンクの真価を世に広めてくださったのだ!」
「ぁー、ぬるシャリドリンクね……確かにそんなこともあったな……」
「あのぬるシャリドリンクは、今や氷蟹料理にも匹敵するツェリザークの名産品となった。その契機を作ってくださったのが殻処理貴公子様であり、我がツェリザークは彼の御仁を讃えるための銅像を立てる計画案まで出ているのだ!」
「銅像……確か、ネツァクのクレノもそんなことをそんなことを言っていたが……うん、さすがにそれはやめておいてやってくれ……」
天高く掲げた拳にグッと力を込めて握りしめながら、高らかに銅像建立宣言をするジョシュア。その姿はまるで、どこぞの覇王もしくは拳王を彷彿とさせる世紀末的オーラを感じさせる。
冒険者ギルド受付嬢であるクレハやクレノが言うならともかく、ジョシュアまでそう言い出すなら、それはもはや世迷い言ではない。
城塞都市ツェリザークの領主まで感服させるとは、ラウルの万能執事ぶりはもはやラグナロッツァの中だけでは収まらないようだ。
一方でラウルの銅像建立計画をレオニスに止められたジョシュア、ネツァクでも同様の計画があることに驚きを隠せない。
ガビーン!顔で何やら不穏なことを呟き始めた。
「何ッ、ネツァクでも銅像計画が推進されているのか!? ぐぬぬ、ネツァクに先を越される訳にはいかん……」
「ぉぃぉぃ、そんな金があるなら他のことに使ってくれよ……氷の洞窟や玄武のために使うとか、そっちの方が余程いいと思うぞ」
「うむ、それもそうか。銅像建立予算案が先日通ったばかりだが、一旦保留にするとしよう」
「予算案まで既に通過してんのか……」
ラウルの銅像建立計画を真剣に推し進めようとするジョシュアに、レオニスが呆れながら軽く阻止する。
現時点で既に銅像建立計画の予算案が通過していたらしく、そのことにレオニスの方が驚きを隠せない。
その予算案が果たしていくらだったのかは知らないが、何にせよ税金の無駄遣いを阻止できて何よりである。
するとここで、正気に返ったジョシュアがレオニスに問うた。
「レオニス君、よければ殻処理貴公子様にも目通り願いたい。ツェリザークの救世主に、心から感謝しているのだ」
「おう、いいぞ。つーか、今日はラウルもいっしょにツェリザークに来てるしな」
「何ッ!? それは良いことを聞いた!是非とも今日お会いしたいのだが!殻処理貴公子様は、今どこにおられるのだね!?」
ラウルが今ツェリザークにいると知ったジョシュア。
ズイッ!とレオニスの顔の前に近づき、ラウルとの面会を申し出てきた。
「あー、今日は冒険者ギルドにある氷蟹の殻処理依頼を受けてるはずだ。複数の案件をこなしてるんじゃねぇかな」
「おお、実にありがたいことだ……そしたらレオニス君と殻処理貴公子様、お二人を今日の昼食をご馳走したいのだがどうだね?」
「いや、今日ツェリザークに来たのは俺達二人だけじゃないんだ。俺の仲間で他に二人、全部で四人で来ている」
「なら四人全員を招待しようじゃないか。ちょうど昼時だし、是非とも我が屋敷で食事をしていってくれたまえ!」
今日は四人で来ていることを理由に、ジョシュアの誘いを断ろうとしたレオニス。
だが、ジョシュアも一歩も引かない。救世主と崇め奉る殻処理貴公子様と会えるチャンスは、何が何でも逃さない!といった気迫に満ちている。
なかなかに押しの強い御仁だが、四人全員を呼んでくれるならレオニスとしても固辞することもない。
実際今の時刻は午前十一時半を回っており、もうすぐ昼食の時間だ。
それに、ジョシュアが氷の洞窟の主達に目通りしたいという問題についても、先にラウルに話を通しておかねばならない。
ならばジョシュアもいる場所で、皆で食事でもしながら二人の顔合わせをして話し合いもできれば一石二鳥である。
それら諸々を考えたレオニスが、徐にその口を開いた。
「そこまで言うなら、招待に与ろう。さっきの話、氷の女王と玄武に会いたいってのもラウルと話し合っておいた方がいいしな」
「おお、ご理解いただけてありがたい!ではすぐに厨房に伝えておこう!昼食の準備をしている間に、レオニス君はお連れの方々をここに連れてきてくれると助かるのだが」
「了解。じゃ、早速冒険者ギルドに戻るわ」
スペンサー邸での昼食会の話がサクサクと進み、レオニスが席を立つ。
ジョシュアはすぐに執事を呼び寄せ、昼食の人数が増えることを伝えている。
大きな街の領主ともなれば、食事の相手が急遽増えることなど日常茶飯事なのだろう。
そうしてレオニスは、再び冒険者ギルドツェリザーク支部に戻っていった。
前話に続き、レオニスとジョシュアの会話の様子です。
ジョシュアはプロステス領主アレクシスと懇意にしているだけあって、アレクシス同様気さくな人柄ですが。何かアレクシスに輪をかけて癖が強めな気がする…( ̄ω ̄)…
そしてラウルのいないところで、銅像建立とか変な話が進んでる件。
ちなみにリアルで銅像を立てるとなると、果たしておいくら万円かかるのか。気になった作者、早速ggrksゥ!(・∀・)
等身大の全身像の場合500万円~750万円程度が目安で、胸像であれば300万円程度なのだそうで(゜ω゜)
著名な作家に作成を依頼する場合は、原型だけで1,000万~3,000万円近くかかることもあるんだとか( ゜д゜)ウヒー!
今日も作者はまた一つ賢くなった!(・∀・) ←絶対に無駄知識




