第1504話 ドラゴンの系統とチュシャ猫の役割
その後ライト達は、引き続き美味しいおやつを食べながら様々な話をした。
新婚旅行で出かけた不思議の世界の街の話、フレア・ジャバウォックとファフニールの馴れ初め、これから始まる子育てへの不安等々、殆どの話がフレア・ジャバウォック主役だったが、聞いていて楽しかったり共感できるものばかりだったので特に問題はない。
そして話の途中で、フレア・ジャバウォックはサマエルの系統であることが分かった。
というのも、フレア・ジャバウォックがサマエルのことを『始祖様』と呼んだからだ。
それは、数日前に起きた北の天空島での諍いのことを話していた時のことだった。
『始祖様……相変わらず無茶なことをなさいますねぇ』
『無茶なものか。私は父上に天空島に帰ってきていただきたい、ただその一心でだな……』
『にしたって、北の天空島全てを敵に回していい道理などございませんでしょうに』
『ぐぬぬ……』
フレア・ジャバウォックの正論に、サマエルがぐうの音も出ずにぐぬぬとなる。
するとここで、レオニスがフレア・ジャバウォックに声をかけた。
「フレア・ジャバウォック、今サマエルに『始祖様』って言ったか?」
『ええ、そうよ。だってジャバウォック族は、サマエル様を祖とする末裔だもの』
「そうなのか!? それは知らなかった……」
『それはそうでしょうねぇ。ジャバウォック族と懇意にしている人族なんて、私ですら今まで一度も聞いたことないもの』
「まぁな……」
フレア・ジャバウォックの話にレオニスも頷く。
サマエルとフレア・ジャバウォック、二者の見た目はあまり類似点がないように思えるが、聞けばサマエルより八世代後にジャバウォック族の生態が完成したのだという。
つまり、フレア・ジャバウォックはサマエルの十世代以上も後に生まれた子孫。
そんな遠い末裔が、サマエルが敬愛して止まないファフニールと夫婦の契りを交わすというのだから、縁とは不思議なものだ。
するとここで、サマエルがフレア・ジャバウォックに向けて声をかけた。
『フレア嬢……いや、フレア義姉上。貴女はもう私の義姉になったのだから、その『始祖様』という呼び方はやめたまえ。それではファフ兄様に申し訳が立たない』
『そうですか? では、何とお呼びすればよろしいので?』
『私は貴女の義弟なのだから、呼び捨てでも何でも好きなように呼べば良い』
『ぇぇぇぇ……リンリンちゃん、どうすればいいかしら?』
紅茶を啜りながら涼しい顔でシレッと宣うサマエルの言葉に、フレア・ジャバウォックが狼狽えながらリンドブルムに助けを求める。
それまで『始祖様』と呼んでいた相手に対し、急に呼び捨てするのも気が引けるようだ。
そんな大親友の戸惑いに、リンドブルムがケロッとした顔で答える。
『そしたら、普通に愛称のサミーでいいんじゃない?』
『そそそそんな……不敬過ぎて、罰が当たるんじゃないかしら?』
『大丈夫、大丈夫!当のサミーが呼び捨てしていいって言ってんだから。それに、いきなり呼び捨てにするよりは愛称の方がまだ気が楽でしょ?』
『うーん、それはそうなんだけど……』
『てゆか、フレジャちゃんは今だって私のことを『リンリンちゃん』って呼んでくれてるし、ファフ兄のことも『ファフ』って呼べるんだもの。大丈夫、大丈夫!』
きゃらきゃらと笑いながら話すリンドブルムに、フレア・ジャバウォックの戸惑いや緊張も次第に薄れ解けていく。
確かにラーデの実子三兄弟のうち、サマエルを除く二者とは既に昵懇の仲。
それを考えると、サマエルにだけ畏まった態度を取り続けるというのもよろしくない気がしてくる。
そのことに気づいたフレア・ジャバウォックが、改めてサマエルに話しかけた。
『では……これより始祖様のことは『サミー様』と呼ばせていただくことにします』
『本当は様も要らんのだがな』
『それは追々慣れていくということで、今日のところはご寛恕くださいまし』
『そうだな……義姉上に免じて、それくらいは勘弁して差し上げよう』
『ありがとう、サミー様』
フン、とふんぞり返るサマエルに、フレア・ジャバウォックがフフフ、と笑いながら嬉しそうに礼を言う。
相変わらず尊大な態度のサマエルだが、それでもフレア・ジャバウォックのことをちゃんと『義姉上』と呼んでいる辺り、彼なりに敬意を払っていることが分かる。
そしてこの話の流れで、その後は今のサイサクス世界にいる竜族達の系統の話になった。
飛竜はファフニールの系統で、翼竜はリンドブルムの系統。
シュマルリの竜族達はファフニール、リンドブルム、サマエルの三つの血筋が均等に混ざりあって生まれたものだという。
他にもヴィーヴル、ウシュムガル、ニーズヘッグ、ナーガラージャ等々、名だたるドラゴン達の名が挙がっては、どの系統に属するかをリンドブルムやサマエルが解説してくれた。
そうした竜族達の知られざる秘話に、レオニスだけでなくライトもまた目をキラッキラに輝かせて食いつくように聞き入っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうして楽しい時間が瞬く間に過ぎていき、外に出かけていたファフニールが戻ってきた。
人型の姿で談笑している様子に、ファフニールが小さく微笑みながら声をかける。
『父上、只今戻りました。フレアよ、何事もなく過ごせたか?』
『うむ、無事帰還できて何よりだ』
『おかえりなさい、ファフ!リンリンちゃんやサミー様とたくさんお話しできて、とっても楽しかったわ!それにね、ここにいる人族と妖精も私達に美味しいものをご馳走してくれたのよ』
『そうか、それは良かったな』
『ええ!お義父様が地上での療養先と世話人に選んだだけのことはあるわ!』
巨体のまま妻に『ただいま』の頬ずりするファフニールに、フレア・ジャバウォックも嬉しそうに両手でファフニールを撫でている。
なかなかに熱々のラブラブで、本当に仲睦まじい夫婦である。
するとここで、リンドブルムが徐に席から立ち上がった。
『さて、と……ファフ兄も帰ってきたことだし、私達はそろそろ帰らなくっちゃね』
『え、リンリンちゃん、もう帰っちゃうの? もう少しここに居てくれてもいいのに』
『うん、そうしたいのは山々なんだけどね? パパンは療養中の身だし、パパンを世話する人族も地上に返さないといけないのよ』
『ああ、それもそうね……お義父様の療養は、何よりも最優先しなければならないものね』
『そゆことー』
地上に帰還するというリンドブルムを引き留めようとするフレア・ジャバウォック。久しぶりに逢えた大親友と離れ難いようだ。
しかし、リンドブルムの言い分も尤もなもので、リンドブルムやサマエルはともかく、ラーデとライト達は地上に帰さねばならない。
この不思議世界の洞窟内にもそこそこ魔力は漂っているが、それでもカタポレンの森の比ではない。
ラーデが一日も早く元の姿を取り戻すには、やはりカタポレンの森での療養が欠かせないのだ。
そのことはフレア・ジャバウォックにも理解できるので、ここはおとなしく引き下がった。
だが、その顔に満ちる落胆は隠せない。
しょんぼりとするフレア・ジャバウォックに、ラーデが声をかけた。
『フレアよ、そんなに寂しがることはない。初孫が孵化したら、絶対にまた皆でここを訪れると約束しよう』
『まぁ!お義父様、それは本当に嬉しゅうございますわ!』
『うむ。しかし、そのためには卵が孵化したら誰かに伝えてもらわねばならぬが……どうすれば良いだろうか?』
『そうですね……私がまずリンリンちゃんに連絡して、リンリンちゃんからお義父様やサミー様に連絡してもらうのはどうでしょう』
『おお、それが一番間違いがなくて良さそうだな。リンドブルムよ、頼めるか?』
『もッちろーん!万事私に任せなさーい♪』
『リンリンちゃん、ありがとう!』
不思議世界と地上を繋ぐ連絡役を快く引き受けるリンドブルム。
エッヘン☆という顔で己の胸を拳でドン!と叩く頼もしい姿に、フレア・ジャバウォックが花咲くような笑顔で抱きつきながら礼を言う。
甘えん坊の大親友に、リンドブルムが彼女の頭をなでなでしながらサマエルに声をかけた。
『そしたらサミー、洞窟の外にいるチュシャを連れてきてくれる?』
『分かりました。少々お待ちを』
姉の頼みに、サマエルが引き受けるや否やバビューン!と洞窟の外にすっ飛んでいった。
大好きな姉に頼られるのが何より嬉しいらしい。
ちなみにチュシャ猫は、洞窟内部には入ってきていない。
彼の今回の仕事は『リンドブルム達をファフニールの新居まで案内する』こと。それを無事果たしたので、洞窟内には入らずそのままスーッ……と消えてどこかに行ったのだ。
サマエルが外にすっ飛んでいってから、一分もしないうちに戻ってきた。
行きと同じくバビューン!とすっ飛んできたサマエル。
その右手はチュシャ猫の左耳をガシッ!と掴んでいて、チュシャ猫は耳を思いっきり引っ張られながら引き摺るように連れてこられていた。
『痛テテテッ!サマエル君、乱暴が過ぎるにゃ!』
『そうは言っても、貴殿には引く手がなかろう。だから致し方なく耳で代用しておるのだ』
『そりゃボクに手足はにゃいけども!だからって耳を引っ張ることはにゃいにゃよ!』
涙目で抗議するチュシャ猫に、全く気にも留めないサマエル。
そんな暴君サマエルに、リンドブルムの鉄拳が下った。
『コラ!サミー!チュシャをそんな風に乱暴に扱うんじゃありません!』
『痛テッ!』
『チュシャは不思議の森の案内役なのよ? 彼がその気になったら、部外者を不思議の森の中に永遠に閉じ込めることだってできるんだからね?』
『ぐぬぬ……』
リンドブルムがサマエルの頭の天辺に拳骨を落とし、容赦なく鉄拳が落とされた頭の天辺からシュウシュウ……と白い煙が立ち上っている。
両手で頭を抱えながら蹲るサマエルに、姉の厳しい言葉が降りかかる。
『ほら、チュシャにちゃんと謝りなさい!』
『ぐぬぅ……チュシャ猫よ、すまぬ。次は髭を引っ張ることにする』
『それはもっと酷いにゃ!』
姉に促されて謝るサマエルだが、その謝罪の後に続く言葉がまた酷い。
猫の髭を思いっきり引っ張るなんて、一体どこの悪魔であろうか。
弟に鉄拳制裁をしたリンドブルムが、人型の姿を解いて元の大きさに戻ってチュシャ猫をそっと抱っこした。
『チュシャ、うちの弟がバカ過ぎて本当にごめんねぇ』
『ううん、いいにゃよ。リンリン嬢が悪い訳じゃにゃーし』
『今日のお詫びに、次に会った時に美味しい宝石をご馳走するわね』
『美味しい宝石!? それは是非とも欲しいにゃ、すっごく楽しみにしてるにゃ!』
チュシャ猫に謝るリンドブルムに、チュシャ猫が嬉しそうな顔で彼女の謝罪を受け入れる。
後で聞いた話によると、チュシャ猫の大好物は『綺麗な宝石』で、彼は美しい宝石を直接食することで大量の魔力を得て、不思議の森の中であちこち動いているのだとか。
そして、何故リンドブルムがわざわざ改めてチュシャ猫を呼んだのかというと、そこにはちゃんとした理由があった。
チュシャ猫の案内無しでも、不思議の森の外に出ることはできる。
しかし、案内役も無しに自分達だけで外の世界に戻ると、何かと不具合が起こる確率が高いのだという。
その不具合というのがまた何気に恐ろしいものばかりで、軽い方で『入口として入った場所と全く違う地に移動してしまう』、酷いものだと『元の世界と全く違う世界線、パラレルワールドに飛んでしまう』、最悪は『入った時から数百年が経っていた』なんてことにもなるのだとか。
不具合や手違いなどという言葉では生温い、あまりにも恐ろしい話にライト達の背筋が凍る。
もし次に不思議世界を訪れる時には、チュシャ猫が大好物だという綺麗な宝石をたくさん用意しておこう……と、ライトとレオニスが心の中で全く同じことを考えていた。
『そしたら、皆で地上に帰るってことでいいのん?』
『ええ、帰り道の案内をよろしくね』
『任せるにゃ!』
リンドブルムも人型の姿を解き、元の大きさに戻ってライト達を背中に乗せる。
そしてここに残る兄夫婦に、改めて挨拶をした。
『ファフ兄、リンリンちゃん、またね。二人の子に会える日を、私達も心待ちにしているわ』
『うむ、リンも今日はありがとう。復活なさった父上にお会いできて、本当に嬉しかった』
『リンリンちゃん、絶対に絶対にまた遊びに来てね!』
別れを惜しむ兄妹に、ラーデもまた声をかける。
『ファフニールよ、これから父となるからには今以上に妻子を大事にせねばならぬぞ』
『もとよりそのつもりです。父上も、地上での療養に励んでください。そして、一日も早く完全復活なされることを祈念しております』
『フレアも子育ては大変だろうが励めよ』
『ありがとうございます!お義父様達にまた会える日を楽しみに、我が子の孵化に全身全霊全力で挑む所存です!』
長子夫婦に励ましの言葉をかけるラーデ。
ファフニールとフレア・ジャバウォックもまた皇竜の言葉を謹んで受け止めていた。
そして最後に、ファフニールがレオニスに話しかけた。
『人族の……何と言ったか?』
「俺はレオニス、こっちはラウル。そしてそっちがライトだ」
『ああ、レオニスだったか。レオニスにラウル、そしてライト。我が父上を、どうかよろしく頼む』
「もちろん。ラーデは既に俺達の家族だからな!」
ラーデのことを頼むと言うファフニールに、世話人代表としてレオニスが快く応じる。
ファフニールに言われずとも、ラーデはもうとっくにライト達の家族も同然なのだから。
そうして別れの挨拶を一通り済ませたライト達は、リンドブルムの背に乗って洞窟の外へと移動していく。
チュシャ猫の後をついていくリンドブルム達の背中を、ファフニールとフレア・ジャバウォックは見えなくなるまでずっと見送っていた。
ラーデの長子夫婦、ファフニールとフレア・ジャバウォックの新居訪問ラストです。
とりあえず作者としては、ラーデの実子三兄弟が一堂に会しているうちにサブタイにもあるドラゴンの系統の話をしておきたくてですね。何とか頑張りました!
それにしても、ドラゴンってたくさんの種類がいますよねぇ。
古今東西どの国や地域にも大抵ドラゴンや蛇神がいて、ちょっとggrksしただけですーぐたくさんのドラゴンが出てくるし(゜ω゜)
これらの膨大な参考資料も、今の時代はスマホ一つですぐ調べられますが。インターネットがなかった時代は、資料になりそうな本を購入したり図書館で本を借りたりして独力と財力を駆使しながら解決しなきゃならなかったんですよねぇ…(=ω=)…
ぃゃー、本当に良い時代になったもんです(^ω^)
そして最後の方で、チュシャ猫の重要な役割が判明。
不思議世界の案内役であるチュシャ猫、第1499話以降出てきていなかったのはライト達に同行していなかったからなんですね。
まぁ、チュシャ猫はラーデ一族の身内ではないし、中までついて来させる必要もないよなー、てのもありましたし。
そして、チュシャ猫を連れずに起こる数々の不具合。最後の最悪のケースは言わずと知れた『浦島太郎』がモチーフです。
西洋の『不思議の国のアリス』と、和の『浦島太郎』の奇跡のコラボ!゜.+(・∀・)+.゜
……って、そんな大それたもんでもねぇんですけど(´^ω^`)




