第1495話 不思議の森の入口
ライトがリンドブルムとともに林檎を見に行った後。
その場に残ったのは、レオニス、ラウル、ラーデ、サマエル、そしてフォル。
ムードメーカーのライトや朗らかなリンドブルムが抜けてしまったことで、居残り組の間に微妙な空気が流れる。
唯一この場の空気に動じないフォルが、木の実を美味しそうにポリポリと齧る音だけがしばし響いている。
するとここで、ふとレオニスがラーデとサマエルに向かって声をかけた。
「なぁ、ラーデのもう一体の子、ファフニールについて聞いてもいいか?」
『うむ。ファフニールは一番最初の子で、リンドブルムやサマエルにとって兄に当たる』
「ラーデの子なんだから、もちろん竜なんだよな?」
『当然。ファフ兄様は父上に劣らぬ立派なお身体で、それはもう神々しいお姿なのだ』
まだ見ぬファフニールのことを問うたレオニスに、何故かサマエルがドヤ顔で誇らしげに兄のことを語る。
サマエルはラーデやリンドブルムのことが大好きだが、兄であるファフニールのこともものすごく慕っているようだ。
「リンドブルムの話だと、ファフニールは不思議の森に新婚旅行中だそうだが……」
『あの子が番を見つけたとはなぁ……感無量だ』
「ラーデやサマエルは、その不思議の森の入口は分かるか?」
『我は長らく封じられておったので分からぬ……サマエルは知っておるか?』
ファフニールが居るという、不思議の森。
実はこの不思議の森、人族の間でも様々な伝承がある。
それら『この世とあの世の狭間にある不思議な場所』『森には赤と青の巨大な恐ろしい魔獣がいて、トランプ柄の兵士が斬りかかってくる』『一度迷い込んだら、なかなか外に出られない』といったものだ。
そしてその名と伝承の通り、どこに入口があるか人族の間では分かっていない。
レオニスも不思議の森の場所は知らないので、ラーデ達にも聞いてみたのだが。ラーデは長い間邪竜の島に囚われていたので、全く分からないらしい。
ラーデに話を振られたサマエルが、難しい顔をしながら答える。
『私はフローズン君に会うために、何度か不思議の森を訪れたことがありますが……あの森への入口は、時折どころか結構頻繁に場所が変わるので把握し難いのですよねぇ』
『そうなのか……リンドブルムは場所が分かっていたようだが?』
『そりゃリン姉様は、フレア嬢やフローズン君の双方と懇意ですしね。言ってみればリン姉様は、不思議の森そのものに認められた『特別住民』のようなものです』
『ふむ……やはりリンドブルムに聞くのが一番早そうだな』
サマエルも不思議の森への明確な行き方は知らないらしい。
ならばここは、不思議の森を最もよく知るリンドブルムに聞くのが近道である。
それまでサマエルの膝?にちょこんと座っていたラーデが立ち上がり、ふよふよと宙に浮いた。
『我はリンドブルムを呼んでくる故、其方達はここでゆるりと待つがいい』
「はいよー」
ラーデがくるり、と踵を返し、林檎の木のある方向に飛んでいった。
そうして残されたのは、レオニス、ラウル、サマエル。
特にレオニスとサマエルは、一度ガチバトルに突入しかけた関係もあって、なかなかに居心地の悪い空気が流れる。
「「『………………』」」
居た堪れない空気と沈黙が続く中、敢えて空気を読まずに口を開いた妖精がここに一人。
「さ、ご主人様もサマエルも、ここはお茶でも飲んでのんびりしようぜ」
「……そうだな」
『我には飲食など必要ないが……ここでの飲食は、美味にして魔力回復に役立つ有意義なものであることは認めよう』
「お褒めに与り光栄だ」
ラウルの勇気ある呼びかけに、レオニスだけでなくサマエルも応じる。
コップに入れられた冷たい麦茶をクイッ、と飲むレオニスに、サマエルは敷物の中央に置いてあるシュークリームに手を伸ばす。
そしてサマエルは静かにもくもくとシュークリームを食べる。
特にがっついて食べている訳ではないし、ライト達のように顔を綻ばせながら『美味しい!』と大絶賛するでもない。食べている間の表情だって、常時スーン……としたままだ。
だがそれでも、自ら手を伸ばして二個目を食べ進めるところをみるに、ラウルの出したスイーツがそれなりに気に入っているようである。
そんなサマエルの無言の肯定に気を良くしたラウルが、さらにサマエルに話しかける。
「そしたらサマエルも、南の天空島のことを教えてくれないか? せっかくこうして縁あって知り合ったんだ、いつかは俺達もラーデといっしょに南の天空島に行ってみたいしな」
『……良かろう。一宿一飯の恩義を忘れる程、私は恩知らずではないからな』
サマエルはラウルの願いを無碍にせず、淡々とした顔で受け入れた。
そしてラウルが次々と繰り出す質問、南の天空島にいる天空竜の生態や他の生物もいるのかどうか等々、それなりに話が盛り上がっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
程なくして、ラーデがライトとリンドブルムを連れて戻ってきた。
再びライト達が敷物の中に入り、冷たい麦茶を飲んだりアップルパイを頬張り始めた。
『あの林檎の木に成る赤い実が、この美味しいものの中に入っているのねー』
「アップルパイにするには、それなりに手間暇かかるがな」
『ていうか、この敷物の外は普通に暑かったわ!なのに、ここは他の木陰以上に涼しいなんて、ホント不思議ー。これ、氷の女王の氷だから成せる業なのよね?』
「ああ、あの氷槍には氷の女王の魔力が宿っているからな」
『そしたらフロー君の氷槍でも同じことができちゃうかしら?』
敷物の中の涼しさに、リンドブルムが改めて感心しながら涼しさのもとである氷槍に触れる。
その際に口にした『フロー君』という言葉に、レオニスが耳聡く反応した。
「その『フロー君』ってのは、不思議の森に住むというフローズン・ジャバウォックのことか?」
『そうそう、フローズンなんて堅苦しい名前よりいいでしょ? ……って、アナタ、フロー君のことを知ってるの?』
「まぁな。人族の間でも、不思議の森には『フローズン・ジャバウォック』と『フレア・ジャバウォック』という名の魔獣がいる、ということくらいは知られているからな」
『そうなの? 人族って、私が思うより実は賢い種族なのねぇ』
レオニスの問いかけに、リンドブルムが意外そうな顔で驚いている。
レオニスが推察したように、リンドブルムやサマエルが『フロー君』『フローズン君』と言っていたのは、不思議の森にいるとされている『フローズン・ジャバウォック』のことだった。
そして同じく彼らが言っていた『フレジャちゃん』『フレア嬢』は『フレア・ジャバウォック』のこと。
どうやらラーデの子供達は、この二頭のジャバウォックと懇意の仲らしい。
「つーか、フレア・ジャバウォックはもともと不思議の森に住んでるんだろ? なのに新婚旅行も不思議の森なのか?」
『不思議の森は、いろんな世界に繋がってるからねー。こことは違う人族の世界だったり、あるいは天空島よりもっともっと高い空の向こうだったりね。森の中とは思えない様々な場所に繋がってて見どころ満載だから、新婚旅行先として最適なのよー』
「そうなのか……そりゃ実に興味深いが……」
リンドブルムが語る不思議の森の話は、実に興味深いものだった。
特にサイサクス世界とは違う人族の世界や、宇宙空間と思しき空のはるか向こうに行けるとかの話は、レオニスであっても夢物語としか思えない話だ。
しかし、そこまで摩訶不思議な森となると、今度は別問題が発生しそうだ。
「不思議の森に入ったら最後、こっちに帰ってこれなくなった、なんてことにならんか?」
『案内役がいないとそうなるわねー。でも私は大丈夫、森の入口で案内役を呼ぶことができるから』
「不思議の森に案内役なんているのか?」
『ええ。チュシャ猫という生き物なんだけど。チュシャ猫といっしょにいれば、不思議の森で迷子になることは絶対にないわ』
「チュシャ猫か……それは知らんかった」
不思議の森で迷わない秘訣、それはチュシャ猫という生き物の存在らしい。
ライトはレオニスの横でそれらの話を聞きながら、内心でドキドキしていた。
何故かというと、ライトは『不思議の森』を知っていたからだった。
BCOでは季節行事以外にも、古今東西の童話や物語をモチーフとしたイベントが開催されていた。
例えばそれは『赤ずきん』だったり『ブレーメンの音楽隊』だったり、はたまた『浦島太郎』や『桃太郎』がモチーフのイベントもあった。
もちろん『不思議の国のアリス』が元ネタなイベントもあって、それこそが『不思議の森』というタイトルだったのだ。
さらにはフローズン・ジャバウォックとフレア・ジャバウォックも、この『不思議の森』イベントのボスモンスターだった。
どちらも『白のチェスピース』『赤のチェスピース』という特殊アイテムを用いて召喚するモンスターで、HP100万超えの強敵だった覚えがある。
もしかして、このサイサクス世界でもジャバウォックに会えるの!? と、ライトは内心でワクワクしっぱなしだ。
「で? リンリンは不思議の森の入口が、今どこにあるのか分かるのか?」
『分かるわよー。てゆか、私があの森の出入りに使うのは正門じゃなくて裏門みたいなもんだし』
「「「『裏門!?』」」」
不思議の森攻略の思わぬ裏技に、ライトやレオニス、ラウルだけでなく、サマエルまで仰天顔で驚いている。
そしてその裏門の在処は、リンドブルムの続く言葉によってすぐに明かされた。
『リン姉様、あの森に裏門なんてあったんですか!?』
『うん。だってあの森に行くのに、いちいち正門を探してたら面倒くさいでしょ? だからね、大親友のフレジャちゃんが私のために用意してくれたのよー』
「それは一体どこにあるんだ?」
『中央の天空島の中、私がいつも寝ている部屋の奥にあるの』
驚いたことに、あの中央の天空島の中に不思議の森に続く扉があるという。
ということは、皆で中央の天空島に行けば不思議の森に行けるはずだ。
だがここで、ラウルがリンドブルムに問うた。
「リンリン、一つ質問があるんだが、いいか?」
『ええ、いいわよ。何?』
「俺もライトやパラスといっしょに、あんたを呼びに中央の天空島に行ったんだが、火口には見えない壁のようなものがあってな。ライト以外は中に入れなかったんだ。そんな俺達が、どうやって中央の天空島の中に入れるんだ?」
ラウルの疑問は尤もで、ラウルは既に中央の天空島への侵入に失敗している。
それなのに、一体どうやって島の中に入れというのか。
その疑問の答えも、すぐにリンドブルムから告げられた。
『あー、それはねぇ、その時のアナタ達は私が認めない者だったからよ。私が知らない者は、天空島の山の中には絶対に入れない仕組みになってるの』
「そうなのか。……いや、待てよ、なら何でライトだけは山の中に入れたんだ?」
『ン??? 確かにそうね……何でかしら???』
ラウルの更なる疑問に、今度こそリンドブルムが小首を傾げて不思議がる。
リンドブルムが言うように、彼女が知らない者は一切排除されると言うのならば、それはライトにだって当てはまるはずだ。ライトだって、リンドブルムとはそれまで一度も会ったことなどないのだから。
しかし、現実にはライトはリンドブルムの拒絶を受けることなく、中央の天空島の火口奥に入ることができた。
それはひとえに『勇者候補生』という、サイサクス世界においては絶対的優位性を持つ資格をライトが持っていたためだった。
そうした真相など、リンドブルムは知る由もない。
だが、彼女はそんな細かいことなどキニシナイ!とばかりに口を開いた。
『……ま、何で坊やだけがあの部屋に入れたのかは分かんないけど。今はもう私達はこうして知り合った訳だし? 特にアナタ達はパパンの恩人で、私にとってももてなすべき恩人だから、中央の天空島にだって問題なく入れるはずよ?』
「ならいいが……こればかりは、実際に現地に行ってみないと分からんな」
『そうねー。そしたら今から中央の天空島に行く?』
「……いや、さすがに今日はもう時間がないから明日にするか。中央の天空島に行くなら、こっちもそれなりに準備しておきたいしな」
リンドブルムの誘いはありがたいが、レオニスがポケットから取り出した懐中時計は三時半を指していた。
今から中央の天空島に出かけるのは、如何に日中時間が長い夏の季節であってもさすがに時間が足りない。
特に一度も行ったことのない未知の地に出向く時には、できるだけ日中の明るい時間帯に行動したい。
そのためレオニスは、明日にしよう、と提案したのだ。
『じゃ、もう一晩お世話になるわね』
「ああ、ラーデといっしょにコテージに泊まっていってくれ」
『サミー、アナタはどうする? 私達といっしょに、不思議の森に行く?』
『そうですね……』
昨日に続き、今日もリンドブルムはコテージに宿泊することが決まった。
そうなると、ラーデのもう一人の子であるサマエルはどうするか。
実際のところ、サマエルが不思議の森に行く必要は今のところ何一つない。
だが、そこは弟の意思をきちんと確認する姉の優しさと思い遣りを感じる。
『不思議の森へ通じる裏門や、案内役のチュシャ猫というのは私も気になるところですし……リン姉様さえよろしければ、私もお供させていただいてよろしいですか?』
『もちろんいいわよ!可愛い弟の願いですもの、断るなんてありえないわ!』
『リン姉様、ありがとうございます!』
サマエルが同行の意を示したことに、リンドブルムも快く受け入れる。
つまり、サマエルもリンドブルムとともにコテージでの連泊が確定したことになる。
このことに、いち早く反応したのはラウルだった。
「そしたら今日も、コテージで皆で飯を食えるように支度しなくちゃな」
「そうだな。ラウル、支度を頼んだ」
「了解ー。まだ晩飯までには時間があるから、飯の前に皆で先に風呂に入っとくか」
「じゃあここの片付けは俺とライトがやっとくから、ラウルは風呂と飯の準備をよろしくな」
「はいよー」
レオニスとラウルがこれからの予定をテキパキと決めていく。
その横で、リンドブルムが『そしたら今日は、フォルちゃんといっしょに寝るー♪』と大喜びし、サマエルは『私はまたあのクッションなるものの上で寝たい……』と小声で願望を漏らしている。
なかなかに人見知りが激しくて、未だにライト達と打ち解けきれないサマエルだが、ほんの少しづつでも距離が縮まっていっているようだ。
そんなツンデレなサマエルに、ライトは微笑みながら敷物の撤収を進める。
そうしてライト達はあっという間に片付け作業を終えて、コテージに向かっていった。
次なる探索先、不思議の森の入口他情報開示回です。
つか、今日も書き上げるのにこんなに時間がかかってもた…( ̄ω ̄)…
何でこんなに苦労してんのかって、ひとえにツンデレ子サマエルが原因です。
というのも、もともと作者がツンデレに詳しくないせいもあると思うのですが。何しろこの子、今まで拙作に出てきたどの子よりも動かすのが難しい!
ぃゃ、キャラが作者の思い通りに動いてくれないことなんて、そんなん別に今に始まったことじゃないんですけど(=ω=)
それでも今までなら、思い通りに動かないにしてもそれなりに何とか良い方向に流れを汲んで、話を作ってくれてたんですよ。
ですが。このサマエルだけは、どうにも動かし難い上に話の流れも全く作り出してくれなくてですね……本当の本当に、正真正銘の難物と化してしまっております_| ̄|●
おかげで0時過ぎところか、こんな26時直前までかかってしまいました(TдT)
でもこれは、サマエルが悪いのではなく。きっと作者のせい。
何故なら、ツンデレなんて慣れないジャンルに不用意に手を出してしまったから_| ̄|●
しかし、こんな難しい子でもいつかは可愛い子に化けてくれると信じて!作者は明日というか、今日も執筆頑張りますぅー(TдT) ←割とガチ泣き




