第1484話 リンドブルムとの邂逅
修験者の迷宮の奥にいた、赤紫色のドラゴン。
背中に左右対称の一対の皮膜型の翼を持ち、皮膚は赤紫色だが額から背中にかけて青紫色の長い鬣が生えている。
ライトが慎重にゆっくりと近づいていくが、ドラゴンはうつ伏せにした身体を丸めたまま微動だにしない。
どうやらぐっすりと寝ているようだ。
「これ……リンドブルム、だよな……?」
赤紫色のドラゴンの顔の近くまできたライト。
おそらくはリンドブルムであろうドラゴンの巨体を見上げ、繁繁と観察する。
遠目にはよく分からなかったが、体型的には西洋型寄りのようだ。
額上部に鬣と同じ青紫色の大きな角が二本あり、頭を乗せている手の爪も青紫色をしている。
閉じている目の睫毛まで青紫色なので、体毛の類いは全部青紫色が標準のようだ。
そしてこの睫毛がとても長くてフサフサで、目を開ければきっと白銀の君のような端麗な容姿に違いない。
ラーデと似た顔立ちかどうかと問われれば疑問だが、そもそも今のラーデは本来の姿ではないので比較すること自体が無意味である。
また、身体の大きさは白銀の君よりも一回り大きく見える。
これまでライトがサイサクス世界で会ったドラゴンの中で、最も大きかったのは白銀の君だったが、それを上回る大きさにただただ圧倒されるばかりだ。
リンドブルムと思しき赤紫色のドラゴンを一頻り観察したライト。
次の悩みは『このドラゴンをどうやって起こすか?』だ。
できればリンドブルムには今すぐ起きてもらって、これまたすぐにでも北側の天空島に同行してもらいたい。
だが、果たしてこのリンドブルムを不用意に起こしてもいいものかどうか。
もし寝起きが悪かった場合、起こしたライトを攻撃してくるかもしれない。
それに、ここでリンドブルムへそを曲げられたら、北側の天空島についてきてもらうことも難しくなる可能性がある。
だが、リンドブルムを起こさずにこのまま寝かせておくという選択肢はもっとあり得ない。
それではライトがここに来た意味がないし、何より今もバチバチと睨み合い続けているであろうレオニスとサマエルの間に入ってもらわなければならない。でないと北側の天空島は、大変なことになってしまう。
とりあえずライトはリンドブルムの顔の近くまでいき、おそるおそる声をかけた。
「あのー……リンドブルム、さん? 初めまして、こんにちはー……」
「気持ちよく寝ているところを、非常ーーーに申し訳ないんですが……起きていただけますでしょうか?」
「リンドブルムさーん?」
ライトの身長よりも高いリンドブルムの頭に向けて声をかける。
しかし、囁くような小声では起きるはずもなく、スピスピという寝息が鼻の穴から聞こえてくる。
どうしよう、このままじゃ埒が明かん……大きな声で叩き起こすべきか?
いやでもリンドブルムの機嫌を損ねる訳にもいかんし……
いっそのこと、脇の下をこちょこちょしてみるか?
……その方が余計に機嫌を損ねそうだから、こちょこちょは止めとくか……
ライトが考え倦ねていた、その時。
リンドブルムがモゾモゾと動き出した。
そして徐に胴体を後ろ側に捻り、ゴロン、と寝返りを打ったリンドブルム。
何とそこで背後の壁にべチンッ!と思いっきり体当たりしたではないか。
寝返りを打った拍子に、額や角まで壁にぶつけたリンドブルム。
ゴチン!という音からして、かなり強かに打ちつけたようだ。
その衝撃に、リンドブルムが『ふぎゃッ!』という小さな悲鳴を上げた。
『痛ァーーー……』
リンドブルムがヨタヨタと身体を起こし、小さな手で壁にぶつけたおでこを擦る。
するとここで、足元にいる小さな何かがリンドブルムの目に留まった。
おでこを擦り続けながら、リンドブルムが下から自分を見上げているライトに声をかけた。
『……ン? なーんか、ちっこいのがいる?』
「……あ!リンドブルムさん、初めまして!ぼくは人族で、ライトといいます!」
『ンぁー……起き抜けのおやつにするには、ちとちっこ過ぎるわねぇ……』
「おやつ!? ぼぼぼぼくは食べ物じゃありませんよ!?」
大きな顔をズイッ!とライトに近づけて、クンクン、と徐に匂いを嗅ぎながら物騒なことを言うリンドブルム。
ここでおやつ代わりに食べられては敵わない。
ライトは慌ててマントの内ポケットからラーデの羽根を取り出して、リンドブルムに見せつけるように高々と上げた。
「ぼくはラーデ、ぃゃ、皇竜メシェ・イラーデと友達です!よく見てください、これが証拠です!」
『ほぇ? ……確かに……ちっこいのの身体から、パパンの匂いがする……しかもその羽根も、パパンのもので間違いないようだし』
ライトの必死の弁明に、リンドブルムが再び鼻をクンクン、と動かし父の匂いを嗅ぎ取った。
しかしその目は未だにジトーッ……とした半目で、思いっきりライトを睨んでいる。
寝起き直後で半ば寝ぼけているのに加え、突如現れたライトのことを信用しきれていないようだ。
そんな疑り深いリンドブルムに、ライトがここに来た目的を明かした。
「実はですね、今北側の天空島にサマエルさんが大量の天空竜を引き連れてきていてですね……」
『サマエル? 何でサミーがそんなとこに行ってんの?』
「えーと、まだその理由は直接聞けていないんですが……ぼく達が今日、ラーデといっしょに北側の天空島を訪れたのが原因かもしれないです……」
その後ライトは、今北側の天空島で起きていることをリンドブルムに話していった。
サマエルはラーデに天空に戻ってきてほしいと言っていたこと、それなのに全然帰ってきてくれない!と嘆いていたこと、ラーデが天空に戻らずに地上で暮らしているのが気に入らないらしいこと、そして何故か地上で暮らすラーデが蜥蜴になってしまう!と思い込んでいること、終いには『ラーデを殺してしまえ!』と言っていたこと等々。
それらの話をじっと静かに聞いていたリンドブルム。
時折はぁーーー……と大きなため息をつきながら、徐に口を開いた。
『ぁー、まぁねぇ……サミーは本ッ当ーーーにパパンのことが大好きな子だからねぇ……』
「ぼくもサマエルさんの話を聞いて、そんな感じはしてましたが……でも、あの様子だと本当にラーデのことを殺しにかかりそうで……親子で殺し合うなんて、そんなことになってほしくないんです」
『うん。サミーなら本当にパパンをブッ殺しかねないわね。あの子、変なところで変な考え方する子だし』
ライトの懸念に、リンドブルムは一切否定することなく肯定している。
実の姉?ですら速攻で認めるくらいには、サマエルはかなりの病み体質のようだ。
するとここで、リンドブルムがはたとした顔になりライトに問うた。
『てゆか、そもそもパパンは一体いつ正気を取り戻されたのん? 私、しばらくここで昼寝しててあの島のことは見てなかったんだけど』
「あ、それはですね、今年の一月……ぃゃ、半年ほど前……これも違うか、およそ二百日くらい前にですね、邪竜の島を討滅したんですが。その際に、邪皇竜メシェ・イラーザを倒してラーデが復活したんです」
『二百日くらい前かー……私、ここで何日寝てたかもよく分かんないわ……』
リンドブルムからの問いかけに、ライトが何度か訂正しながら懸命に説明している。
リンドブルム相手に一月だの半年だのと、人族が使う暦の単位で話しても通じないからだ。
一方のリンドブルムも、自分がここで何日寝ていたのかもよく分かっていないらしい。
確かに誰も起こしに来ることがなければ寝放題だろうし、そもそもこの修験者の迷宮に出入りできる者の方が圧倒的に少ないだろう。
「リンドブルムさん、とりあえずぼくといっしょに北側の天空島に来てくれませんか? メシェ・イラーデが言っていたんです、『自分ではサマエルを止められない。サマエルを止めることができるのは、兄姉であるファフニールとリンドブルムだけだ』って」
『そうねー……せっかくパパンが起きたのに、すぐに殺されちゃうのはさすがに可哀想だし。……うん、いいわ、いっしょに行ってあげる』
「ホントですか!? ありがとうございます!」
ライトの頼みを快諾したリンドブルムに、ライトが破顔しつつ礼を言う。
これでサマエルを止めることができる!と大喜びしたライト、さらに続けてリンドブルムに話しかける。
「この迷宮の外に、ぼくといっしょにリンドブルムさんを探しに来たのが二人いるんです。ラウルという名の妖精と、パラスという名の天使なんですが、その二人にも会ってもらっていいですか?」
『いいわよー』
「ありがとうございます!…………って、そういやリンドブルムさん、この迷宮からどうやって外に出るんですか?」
ライトの連れであるラウルとパラスの存在も伝えたし、後は外に出るだけだ!と思ったライト。
だがしかし、ここで疑問が生じる。
それは、巨躯を誇るリンドブルムがどうやってこの修験者の迷宮の外に出るのか?ということだ。
ライトが入ってきた扉は普通の人族サイズで、間違っても体長20メートル以上はあるリンドブルムが出入りできるものではない。
もしかして、サマエルのような人型に変化するのか?とライトは考えたが、それは不正解であることをすぐに知ることになる。
『どうやって外に出るかって? そんなの上に飛べばいいだけよ?』
「??? 上に飛んだら、頭をぶつけちゃいますよ?」
『ンー……とりあえずやってみせてあげるから、私の背中に乗りなさーい』
「!!! はい、分かりました!」
リンドブルムの背中に乗る許可を得られたライト。
ドラゴンの背中に乗るというのは、冒険者なら一度は実現させたい夢だ。
ライトは既に白銀の君の背中に乗せてもらったことがあるが、リンドブルムの背中にだって乗れるものなら乗りたいに決まっている。
思いがけないラッキーな話の流れに、ライトは一も二もなく飛びついた。
ライトはふわり、と宙に浮き、リンドブルムの背中の真ん中あたりに乗り込んだ。
ウッキウキな様子で宙に浮くライトを見て、リンドブルムが『あらまぁ、人族っていつの間に飛べるようになったのん?』とか呟いていた。
『乗ったわねー。そしたら私の鬣にしっかり掴まってるのよー』
「はい!」
リンドブルムの呼びかけに、ライトが元気よく返事をする。
そしてリンドブルムがのっそりと起き上がり、広間の真ん中に移動した。
クイッ、と顔を上げて天井を見るリンドブルム。
背中にある一対の翼を大きく広げたかと思うと、バサッ!という音を立てながら羽ばたいた。
そしてリンドブルムが羽ばたくと同時に、額に生える二本の角から極大のビームが放たれた。
二本の極大ビームが天井の壁を瞬時に破壊して吹っ飛ばす。
その勢いは凄まじく、壊れた壁の瓦礫は落下することなく全てが外に向かって吹っ飛んでいく有り様だ。
ドカーーーン!というものすごい衝撃音に、リンドブルムの背中に乗っていたライトが思わず「うわッ!」と小さく叫びながら頭を低くして防御体勢を取る。
その衝撃音から五秒後くらいにライトがおそるおそる頭を上げると、外の青空が目に飛び込んできた。
突然のことにライトが驚き下を見遣ると、山頂の火口横にぽっかりと大きな穴が開いた中央の天空島が見える。
しかし、その穴はみるみるうちに塞がっていき、十秒もしないうちに元通りの岩肌の山に戻っていた。
何とも不思議なことだが、この山全体に自動修復機能のようなものが備わっているのだろう。
そして火口の上には、空を見上げてぽかーん……としているラウルとパラスがいた。
「あッ、ラウル!パラスさん!ただいま!」
「ライト、無事だったか!」
「そそそそのドラゴンは一体何だ!?」
ライトの姿を見つけたラウルがその無事を真っ先に喜び、パラスはリンドブルムを見て驚愕している。
中央の天空島の山の中から、地面を食い破るように突如ドラゴンが現れたのだ、パラスが喫驚するのも無理はない。
そんな二人に、ライトが大きな声で呼びかける。
「詳しい話は後でするから、今は一刻も早く北側の天空島に戻ろう!……あ、リンドブルムさん、ちょっとだけあの火口の横に降りてもらえますか?」
『いいわよー』
ライトの要請に快く応じたリンドブルムが、ラウル達がいるすぐ横のちょっとした平地に降り立った。
ライトはすぐにリンドブルムの背中から降りて、アイテムリュックから瞬間移動用魔石を取り出した。
この魔石を、ライトはリンドブルムの足元の地面に手早く埋める。
そしてマイページの移動欄に、新たに埋めた魔石の場所を【中央の天空島/山頂】と登録してから、ラウルとパラスに声をかける。
「ラウル、パラスさん、こっちに来て!」
「はいよー」
「何だ何だ、ここに何があるのだ?」
「二人とも、ぼくの腕か肩に掴まってて!」
矢継ぎ早に指示を出すライトに、ラウルはほいほいと従い、パラスも不思議そうな顔をしつつもそれに従う。
ラウルはライトの右側に立って右肩に手を置き、パラスはライトの背後に立ち左肩に手を置いた。
その後ライトは左手でリンドブルムの足に触れながら、テキパキとマイページの移動欄を操作していく。
そうしてライト達は、北側の天空島の畑の島に瞬間移動していった。
うひーん、今日も0時過ぎてもたー><
作者の頭の中では、話の大まかなあらすじはできてるんですよ。
ですが、それを人様に見せても大丈夫なくらいの文章に練り上げるのが大変なんですよぅぉぅぉぅ_| ̄|●
……って、力不足な作者の愚痴なんざどーでもいいんですよ。
今話でようやくライトはリンドブルムと出会えました。
え、とりあえずリンドブルムは見つけたけど、ファフニールはどうしたのん?と疑問に思っておられる、そこのアナタ!
そこら辺は次話以降でちゃんと解説を出しますので、もうちょいお待ちくださいね☆(ゝω・)
そう、今は一刻も早く皆で北側の天空島に戻らなきゃなりませんからね!(`・ω・´)




