第1458話 三つ目のBCOイベント
ルティエンス商会を出て、裏口の中庭でマイページを開くライト。
マッピングスキルでツェリザークからセンチネルの浜辺に瞬間移動した。
ライトは岩陰から顔だけ出してキョロキョロと周囲を覗い、周囲に人気が全くないことを確認する。
そして再びマイページを開き、【隠密】スキルを四回かけてから空を飛び始めた。
目指すは『呪われた聖廟』の最寄りの街、センチネルから南東に10kmほど下ったササニシキ村。
そこはかつてパンダの聖地として栄えていて、今は廃村だが笹がアホほど生い茂っているらしいので空から見ればすぐにそれと分かるだろう。
遮るもの何一つない青空の下、ライトはかなりのスピードで空を南東方向に飛んでいく。
そうして十分もしないうちに、こんもりとした緑の森があるのが見えてきた。
その緑の森はカタポレンの森と違い、明るい緑色をしている。
それは笹ならではの爽やかな、黄緑色の竹林が広域化したものだった。
「あれが、ササニシキ村か……つーか、民家とかほとんど見えんのだけど……村人がいなくなって、竹林に飲み込まれてしまったのかな?」
ライトはどんどん近くなっていく笹の森林をつぶさに観察しつつ、ゆっくりと高度を下げていった。
辺り一帯はどこも笹が大量に生い茂っていて、こんもりと密集している。
地上に降りる手前でライトは一旦止まり、ササニシキ村の上空でマイページを開いた。
イベント欄の中にある『七夕・笹魔人を倒して神寄の短冊を集めよう!』という文字をじっと眺めるライト。
思えばライトがこのサイサクス世界で生を受けてから、まだ二つのイベントしかこなしていない。
一つ目はリスクが全くない『使い魔の卵を育てよう!』、二つ目はクエストイベント『湖の畔に住む小人達の願いを叶えよ』。
二つ目のクエストイベントが想像以上に難易度が高く、今から一年半前に開始したというのに未だにクリアできていない。
もっとも基本の10ページは既にクリアしていて、今取り組んでいるのはエクストラクエストという延長戦なのだが。
いつものライトなら、土日はエクストラクエストの素材集めに奔走するところなのだが。大量の素材集めに辟易しつつある今、気分転換のためにも他のイベントに着手したい。
そこに現れた、七夕をモチーフにした季節限定イベント。これに乗らない手はないでしょう!とばかりにライトは飛びついたのである。
ライトは意を決して、イベント名の前にある丸いアイコンを右手人差し指でタッチした。
すると、それまで白い丸だったアイコンがピンク色に変化し、ライトの目の間に別ウィンドウが開いた。
その別窓には、イベントの詳細が書かれていた。
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七夕―――それは日頃遠距離恋愛で愛を育む彦星と織姫が、年に一度だけ会える特別な日。
たった一日だけの、儚くて切ない逢瀬。
そんな儚い逢瀬の裏で、相思相愛のカップルを妬む『非リア充』と呼ばれる者達の怨念が、あちこちで生み出され続けていた―――
彦星と織姫のデートを影からそっと守るべく、勇者候補生達よ、今こそ立ち上がれ!
【イベント概要】
非リア充の怨念に取り憑かれ、笹魔人と化したパンダ達。
罪のない動物に取り憑く非リア充達の怨念を祓い、哀れなパンダを救いながら『神寄の短冊』を集めて豪華アイテムと交換しよう!
七夕イベント限定武器『ペコペコハンマー』で笹魔人を倒すと、パンダに取り憑いた怨念が祓われます。
その際に『神寄の短冊』を落とすことがあります。
この短冊を集めて交換所に持ち込むと、様々なアイテムと交換することができます。
短冊の数によって交換できるアイテムが異なるので、イベント期間中にたくさん集めて豪華アイテムをゲットしよう!
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イベント概要を読みながら、ライトが独りごちる。
「おぉおぉ、懐かしいなぁ!」
「つーか、改めて解説文を読むとなかなかにクレイジーだよな……七夕カップルを妬む非リア充の怨念って、普通に頭おかしいやろがえ?」
「……ま、BCOが頭おかしいのは今更だけどな!」
ライトはカラカラと笑い飛ばしながら、マイページを操作してアイテム欄の中の武器類を見る。
そこには七夕イベント中に勇者候補生全員に配られる『ペコペコハンマー』が一番上にあった。
これは、先程ライトがイベントを開始したことにより創造神から支給されたものと思われる。
ライトは『ペコペコハンマー』をタップして、武器を取り出した。
ハンマー部分は両面が平らなタイプで赤色、柄は黄色。素材は何でできているか不明だが、質感的には限りなくプラスチックぽくて間違っても金属製ではない。
見た目はいわゆるピコピコハンマーなのだが、これを用いて何かを叩くと『ペコッ』という何とも情けない音が出る。
攻撃力や敵に与えるダメージはとても弱いのだが、イベント限定武器だけあって笹魔人に対してのみ絶大な威力を発揮する仕様になっている。
右手に持ったペコペコハンマーで、己の左手をペコペコと叩くライト。
自分で自分の手を叩く分には何のダメージも発生しない。
この武器が片手武器で良かったな……とライトは心底思う。もしこれが両手武器仕様だったら、ずっと両手に持って振り回さなければならない。
さすがにそれはライトでもキツいので、今後も片手武器のみ使っていくつもりだ。
ペコペコハンマーを握りしめながら、ふとライトは下を見遣る。
眼下に広がる笹の森から、何やら不穏な空気が漏れ出ている。
七夕イベントの舞台であるササニシキ村では、既に異変が起きているようだ。
「…………ペコペコハンマーも入手したことだし。そろそろ行きますか」
爽やかな黄緑色の笹の海から漏れ出る陰鬱なオーラ。
この下に、七夕イベント限定魔物『笹魔人』が既にうようよと涌いているのが分かる。
ライトは空中で目を閉じ、スゥー、ハァー……と静かに三回深呼吸をした。
そしてクワッ!と目を開き、ライトは一気に地上に降りて笹の葉の茂みの中に突っ込んでいった。
ライトの七夕イベントの突入前です。
ちと文字数少なめですが、書き続ける時間がないのとキリのいいところで締めということで。
久しぶりの新規イベントに、内心ドッキドキのライト。
良い気分転換になるといいのですが。




